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短編(その他)

ミッションコンプリート!

作者: 鴨野朗須斗

 藤村光太郎は正義のヒーローである。謎の科学者に拉致され人造人間として改造された彼は、日夜、シャイニングマンとして世界を征服せんとする悪の組織と戦い続けているのだ。

 以上、解説終わり。


 私があくびをかみ殺しながら新聞をポストから引きずり降ろしていると、件の光太郎は鳥すらさえずらない早朝であるというのに、眠気を一切感じさせない爽やかな顔で豪邸の門を閉めていた。昨夜も悪の組織との戦闘が夜半まで繰り広げられていたくせに、目の下のクマはおろかアホ毛の一本も立っていない。今日くらい寝坊すればいいのに。



「おはよう」

「……はよ」



 彼の爽やかなあいさつに、寝起きで粘ついた口をうんとこしょとこじ開ける。舌が張り付いてもごついた声になったが、まあ光太郎は私の無様な姿など見飽きているはずだから、今更恥じらったりもしない。髪がぼさぼさでも、よだれの跡がついていたとしても、それが光太郎の超超人的な視力でくっきりはっきりと見られていたとしても気にしないのだ。



「学校? 早いね」

「ちょっと用事があって」



 朝の5時から行われる用事とは。そう突っ込みたくもなったが、この博愛精神あふれる隣人がパトロールと称して時間を問わず徘徊していることを知っている私は聞かないでおいてあげた。シャイニングマンは謎の科学者以外協力者がいないため、悪の組織と戦うためには足で稼ぐ必要があるのだ。

 草木も寝静まった深夜、若い男がひとりうろつくのは怪しいことこの上ないが、幸いこのヒーローは生まれ持った顔面のおかげで通報はされていないらしい。良かったね、光太郎。すべてはイケメンに生んでくれた両親に感謝するんだ。



「あっそ、がんばって」

「ありがとう。ちーちゃんも、何か疲れてない? 仕事がんばってね」

「……あー、はい」



 昨日は部下がやらかしたので私も大量の始末書にチェックを入れたり、諸手続きを踏んだりと色々とやることがある。今回のプロジェクトは大掛かりなものだったため、うちの部署は最低3日は書類仕事に追われることだろう。

 光太郎の後光が差しそうな笑顔をぞんざいに見送って、ぱたんとドアを閉めた。手にした地方新聞の一面には、デカデカとシャイニングマンの活躍記事が載っていた。



「……お前のせいだ、お前の」



 私のプロジェクト失敗はすべて、隣に住む笑顔が爽やかなヒーローがボトルネックである。





 何の変哲もないグレーのスーツに袖を通した私は、通勤客でごった返しす路面電車に乗っていた。家から自転車で5分、最寄りの味噌天神駅から市電で6駅先にある勤務地は、何の変哲もない小さな5階建てのビルである。

 一階に入っている眼鏡屋の店主に小さく会釈して、エレベーターを呼び5階へと昇ると、目の前に株式会社田中商事の看板が掲げられていた。最近リニューアルされた看板は、TANAKA CO., INC.だなんて西洋かぶれした社名が掲げられている。私的には、前の極道みたいな達筆な筆文字で書かれた(株)田中商事の方が気に入っていたが、若い社員からは好評らしい。



「あ、三田さん! おはようございます」

「おはようございます」



 定時で帰れる受付の吉川さんは今日も時間がかかってそうなナチュラルメイクで、髪にはつやつやと天使の輪が光っていた。対して私は適当な化粧に毛先の痛んだひっつめ髪だ。

 若いっていいなあ、と独り言ちそうになったが慌てて首を振る。よくよく考えてみると、大学新卒枠で入社した吉川さんは私よりも年上だった。


 吉川さんと適当な会話を交わして、奥へと進む。途中2度ほどIDをかざして扉を押し開けると、薄汚れたエレベーターが見えた。3度目の正直とばかり、今までとは別の種類のIDをかざすと、緩慢な動作でエレベーターが開く。



「あ、おはようございます」

「おはよう」



 エレベーターの中には今年入社したばかりの陣内が疲れた顔をして立っていた。



「残業?」

「そうなんですよ……ちょっと、朝飯買いに行ってきます」

「お疲れ」



 ブラック企業に酷使される社畜の背中を見送り、エレベーター内のパネルにIDを通す。ピッと電子音を鳴らしながらパスワードを入力すると、静かにエレベーターは下降を始めた。

 5,4,3,2,1,0,1,2,3,4,5――切り替わる液晶パネルを眺めながら、毛先を眺めていると枝毛を発見して少し気落ちする。ゴウン、と音を立てて扉が開けば、そこはもう何年も通っている私の職場だ。



「ミネルウァさん、おはようございます」



 黒いスーツを着た下っ端戦闘員たちが次々と頭を下げる。私、三田千尋こと、悪の組織の女幹部ミネルウァは今日何度目かわからない朝の挨拶を繰り返した。





 悪の組織に入社して――入社でいいのか? 取りあえず入って数年しか経っていないが、私は幹部に昇進している。というのも、今は既に引退しているが祖父母がこの組織の幹部で、幼い頃から戦闘やらうまい金策の仕方やら戦闘指揮やら始末書の書き方やら、真っ当な日本人とは思えない英才教育を施されて来たからだ。今のところ一番役に立っているのは、部下の人心掌握と始末書の書き方である。



「それで、始末書の準備はできたのかい、ミネルウァ」



 悪の組織のそれなりに広い秘密基地は、地下に置かれているためちょっとだけジメッと湿気っている。なんでも、この大きな地下空間を掘る際に地下水が噴出したりして大変だったらしい。幹部会議が行われる部屋には、除湿機が3つも置いてあるがすぐに満杯になってしまうと下っ端が言っていた。

 長机でコの字を描いた会議室の中には、私を小ばかにするような顔をしたおっさんたちが悠然と鉄パイプに腰かけている。他の幹部たちだ。女幹部仲間の理恵さんことラークシャサはシャイニングマンにやられて入院中なので、嬉しくない紅一点だ。体格のいい男たちに取り囲まれる若い女というのは、心象的に良くない。主に私の。



「カッカッカ、ミネルウァはいつも失敗ばかりだからなあ」



 そもそもこの地区を制圧できていない時点で、私以外の幹部が成功しているとも言えない。じいちゃんの時代からあるのに、何やってたんだこのおっさんたちは。



「いや、そもそも私は日程に不安があったから開始をずらそうとしたんですよ。シャイニングマンの出現状況から分析するに、奴は昼に職を持っているか、あるいは学生です。平日の9時から17時らへんがねらい目だって、ちゃんと書類出したじゃないですか。宮本さんたちにもちゃんと回ってますよね?」

「……ちょ、三田ちゃんせっかく雰囲気出してるんだから乗ってきてよ。あとここではグーシオンで呼んでっておじさん言ったよね!」

「ここはもっと女幹部らしく、くっ貴様ら……とか粋がってくれよ! そしたら俺たちだってガハハって笑って、こう、悪役っぽいことできるだろ?」

「……いえ、そもそも仲間割れとか演出しなきゃいけないって、いったいどこを意識してるんですか? カメラとかついてませんよね? あなたたちは日曜朝の番組見すぎなんですよ!」



 水面下で暗躍してきた悪の組織だったが、社内で特撮番組の流行により無意味でど派手なことをしたがる幹部が増えた。

 銀行強盗を――そもそも逃走計画すらずさんだしいくら田中商事の方で海外貿易部門があるとはいえ、マネーロンダリングの危険性を一切理解していない。下手をすれば田中商事まで表に引きずり出される。

 女性を誘拐して――誘拐して、どうするんだ。身代金だなんてたかが知れているし、そもそも戦後日本での身代金誘拐事件の未解決は8件、誘拐犯の97パーセントが検挙されている。未解決で金を無事に受け取った犯人はいないし、実質成功率は0だ。

 殺人ウイルスを作って――以前やろうとしたら何か新種のワクチンできちゃったんでしょうが。

 じゃあノロウイルスを――生牡蠣食って給食センターで働いてこい!



「みなさん最近遊びすぎなんですよ! 当初の目的を忘れたんですか?」

「だって……」

「だってもへったくれもないですよ、最近は正義のヒーローなんかでちゃって……離職した白鳥さんの福利厚生とか、ちゃんとしてなかったんですか!」



 何を隠そう、シャイニングマンを改造した謎の科学者白鳥は元うちの社員である。



「いや、白鳥くん働きすぎだから無理やり残業禁止にして休みをあげたら、もっともっと仕事がしたいって出て行ったんだよ」

「社畜精神極まってますね」

「でも白鳥は金にはならないけど趣味に走れて楽しいって生き生きしてたぞ」

「え、未だに交流あるんですか?」



 研究者でもあるダンタリオンが瞳をキラキラと輝かせて答える。



「ああ、化学班の若いの連れて飲んだりしてるよ。お互い切磋琢磨して頑張ろうって」

「お互い頑張ってどうするんですか……っ!」



 ダンタリオンのいい笑顔に打ちのめされてパイプ椅子から崩れそうになった。少年のような瞳をしたおっさんがいるべき場所は悪の組織ではない。もっとこう、NGOとかに属して世界の貧困で喘ぐ子供たちを救ったりした方がいいと思う。



「それにさ、最近スポンサーから評判いいんだよね。ヒーローものっぽいって」



 うちの組織にはスポンサーなるものがついている。といっても、別に本気で世界征服に加担して、世界の半分をもらおうだなんて思っている人はほとんどいないらしい。どちらかというと「面白いことしてるみたいだし、リアルタイムでアニメみたいなことが見れるからお金あげちゃおうかな」という金持ちの道楽である。ちなみにこのスポンサー制度ができたおかげでうちの組織の殺人率はほぼ0にまで引き下げられた。怪我人はほぼすべてうちの社員たちだ。



「総帥! 総帥はいいんですか、こんなんで!」



 私は藁にも縋る想いで中央に鎮座する総帥を見上げた。総帥の真っ直ぐな黒髪がサラリを揺れる。



「…………三田くん、僕たちの争いが最近何ていわれてるか知ってるか?」

「え? いえ、あの存じ上げておりません」

「うちのインターネット掲示板工作班によると、リアルヒーローショーと呼ばれているらしい。シャイニングマンだけじゃなくて、うちの幹部も割と人気らしくてね。ああ、特にミネルウァとラークシャサが」



 少しだけ値段が高いパイプ椅子に座った総帥が足を組み替える。ぎしり、と沈黙を表すように椅子のきしむ音が響いた。



「僕もあんまり世界征服とか興味ないし、そもそもできるとも思ってなくてね。どうだろう、悪の組織、イベント部門として田中商事に移籍しない?」



 とうとう私は床に崩れ落ちた。悪の組織4代目総帥、高崎累。先代が飲酒後入浴というコンボで急死して、急きょ総帥の座に君臨した現役大学生は、ここにいる誰よりも地に足着いた考えを持っているようだ。





 スーツとは、現代社会に紛れ込むための最高のギリースーツだ。

 胸元に刺さっているペン型のスイッチを回して、私は悪の組織の女幹部ミネルウァに変身する。残念ながら魔法少女のような華やかな変身バンクはないが、化学班では現在開発中らしい。商魂たくましい奴らである。いや、彼らはロマンを追いかけているだけかもしれない。

 悪の女幹部ミネルウァは、ロングブーツに黒と赤を基調としたぴっちりとしたドレス、顔上部を覆い隠す鳥の羽をかたどったマスク。手には同じく鳥の羽を模した槍を持っている。変質者の完成だ。



 鶏すら目覚めていないような早朝は人気もなく、しんと静まり返っている。しかしその中で、遠くから小さな足音が一歩ずつ近づいてきた。光太郎、いや、シャイニングマンだ。早朝パトロール中ミネルウァの姿を目にして変身したのだろう、シャイニングマンは戸惑ったように拳を構えている。



「お、お前はミネルウァ! 悪の組織は分解されたはず……残党、か……?」

「お前を待っていた、シャイニングマン――いや、藤村光太郎」

「な……っ!」



 マスクの下で光太郎の目が驚きに見開かれる。割と悪の組織では有名だったけど、そういうのかっこよくないとかいう謎の矜持で、光太郎のプライベート関連は突っ込まないようになってたんだよね。

 光太郎は知られてないと思ってるけど、あんたの両親どころかご近所さんにも招待バレて井戸端会議の話題をかっさらってるから。



「お前の言う通り、私の組織はなくなった。だがしかし……それも今日まで!」



 色んな所に手を回して、お金払って、ちょっと過激な一部はお勤めしに行ったりして悪の組織は身ぎれいになった。大手を振って歩いていても、後ろ指さされることはあってももう逮捕されたりはしない。地方新聞の一面で「悪の組織幹部が自首」とか取り上げられてちょっと大変だったけど。



「今日から我々は、再び活動を始める!」

「……何をっ」

「悪の組織改め――――株式会社田中商事イベント部門として!」

「は?」



 虚を突かれたように、シャイニングマンの攻撃姿勢が崩れた。そこを狙って一気に距離を詰め、両手を差し出す。スーツで強化された私のスピードに、光太郎は反応しきれない。



「藤村光太郎くん、あなた、高校卒業後うちにシャイニングマンとして就職しない? ちなみにもう、白鳥さんとは話がついてるから」



 ぽかんとする光太郎に、株式会社田中商事イベント部門資料をつき渡す。光太郎はいまだに状況がつかめないような顔で呆けていたが、しっかりとそれを受け取った。

 女幹部ミネルウァ、久々のミッション成功の瞬間であった。

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