EP 7
さらに一週間が過ぎた。
ノインは相変わらずダラダラと過ごしている。一度底辺まで落ちたやる気は一週間程度では回復しないようだ。
ウィラはダラけたノインのお腹の上で必死にスウェットをしゃぶっている。ウィラは今、ノインのスウェットと同じ素材のフード付きのベビー服を着ている。
つなぎになっていてフードの穴から出た耳とお尻から出ている尻尾が縫いぐるみの様に見える可愛らしい服だ。
ノインが自分のスウェットが涎だらけになるのを回避するために用意した物なのだが、そんなことは御構い無しにノインのスウェットにしゃぶりついている。
ノインに自分の能力の新たな道を示されたシュンはというと、ひたすら銃の設計をしていた。
といっても銃の構造を部品ごとに設計しているわけではない。構造の殆どを魔法に頼ることで解決するからだ。
簡単にいうと弾丸を創る魔法陣とそれを打ち出す為の魔法陣を組み込んだ筒を用意すればいいだけだ。
だが、これでは取り回しも照準を合わせることも難しいうえに連射も覚束ない。
スナイパーライフルなら出来るかもしれないが、超遠距離からの狙撃をしなければいけないシュチュエーションがシュンには考えつかない。
将来的に一つはあっても良いかも、と思う程度だ。
銃の設計をしていくうえでシュンはスムーズに狙いをつけるには銃の形は理にかなっているのだなと考えさせられた。
現状でアサルトライフルなんて作れるわけがないと考えたシュンはまず爆発魔法の最適な威力と射程を知るためにシンプルな筒状のぱっと見は吹き矢のような銃を作成し検証。
そこから少しづつ銃の形に近づけていき、なるべくシンプルにかつ拡張が可能な設計を目指す。
ちなみに材料はノインが用意している。世界を創造したのだからそれぐらいは出来て当然だ。
ただ銃自体を創り出すことは出来ない。構造を理解していないからだ。知らないものは作れない。神も万能ではないのだ。
そうして作り上げた試作品を手に部屋でダラけているノインにシュンは声をかけた。
「ノインさん、試作が出来たので試射に行きましょう」
「へ? もう出来たの? 用意したパーツなんて四つしか無かったよな?」
ノインがシュンに頼まれて用意したのは銃本体にバレル、トリガーにマガジンの四つだけだ。さすがにこれだけで銃が完成するとは思えない。何かしら実験するだけだろうと思っていたのだが、シュンは試作品と言った。
形はデザイン性のかけらもないL字型の金属の塊にしか見えないが試作品という事は銃の機能は果たせるという事だろう。
訝しんでシュンを見るが、とうのシュンは早く試したくて仕方がないといった感じだ。そこには以前の諦念のような暗い影は見えない。
「僕だって銃の構造なんて知りませんから、全部一から作るなんてできません。ただ理屈は簡単なはずです。火薬による爆発力で弾を飛ばす。他の部品や構造は安定性や安全性、後は真っ直ぐに飛ぶようにとか、次弾のスムーズな装填とかそういった機能だと思うんですよね。そこは大半が魔法で補えますから、難しく考えるよりもシンプルにいったほうが成功するんじゃないかと」
「なるほどね」
「後はシンプルな方が拡張もし易いんじゃないかと思ったわけです」
「それは確かにそうかもな。で、気になったんだがーー」
「説明は歩きながらしますから、早く行きましょ!」
早く早く! とノインを急かしながらシュンはドアの方へと向かう。それを見てあいつ誰だ? と苦笑を浮かべてその後を追っていった。
「それで?」
「んぁ?」
「さっき気なる事があるって」
「ああ、お前の話を聞いてパーツが少ない理由は分かったんだが、それだとマガジンとかいらなくね?」
「それは魔法陣というものに欠点があったからですね」
「……どんな?」
「魔力を流すと発動してしまうんです」
「それは…そういうもんだからだろ」
「そうなんですが、それだと誤発泡も怖いし魔力のオンオフを自分でしないといけません。魔力を流し続ければフルオートになるかと思ったんですが、そこは上手くいかないようです。何よりマガジンを変える事で容易に弾の質も変えられます」
「なんだ、フルオート出来ないのか」
「まぁ、そこはおいおい研究してみます。マガジンには弾の生成と魔力を一時的に溜める小型のタンクを仕込んでいます。トリガーを引く事でタンクから魔力が流れて銃本体の魔法陣が発動して発泡します。」
「なんかガスガンみたいだな」
「ああ、なんかに似てるなと思ってたんですよね。そうですね。ガスガンみたいですね。……なんか一気にランクが落ちた気が…」
会話をしているうちに試射にちょうどいい場所に着いた。町から離れた街道もないただ広いだけの草原だ。誰もいないであろう事と発砲音で騒がれる心配を考慮してこの場所を選んだ。
ノインはウィラの耳を押さえてまずは十メートルほどの的に向かって銃を構えているシュンを見つめる。
シュンは腰を落として両手で銃を構えている。自分の身体スペックで衝撃がどれほどかかるのか分からないからだ。狙いを定めてトリガーを引く。
パンッ!
発砲音と共に藁に鎧を被せた的が木っ端微塵に吹っ飛んだ。とりあえず成功のようだ。
「火薬の匂いがしないのはちょっと不満だが概ね成功じゃないか?」
「そうですね。でもこれだと毎回スプラッタですね……よく鉛玉っていうから鉛にしてみたんですが、やっぱり貫通性を得るにはフルメタルジャケットじゃないとだめなんだろうか? それだと仕込む魔法陣が増えちゃうし、もっと硬い金属にすればいけるかなぁ……」
ぶつぶつと独り言を言いながらまた的を設置していく。
今度は三十メートルだ。
先ほどの試射で反動はあまり感じなかったシュンは今度は自然体で狙いを定めてトリガーを引く。たださっきと違う点が一つ。考え事をしていた為かトリガーを引くのがゆっくりと溜めるように引いていく。
ドンッ!
ゆっくりとトリガーを限界まで引かれて発泡された弾丸は先ほどよりも鈍く大きな音を立てて的を粉微塵に吹き飛ばしさらにその後方の地面を抉った。
ノインは目を見開いて驚き、ウィラは耳を塞がれているおかげで怖がる事もなく飛び散る藁にキャッキャと喜んでいる。
「今のはあれか? さっき言ってたマガジンを変えたのか?」
「いえ、今回は仕込んだ魔法陣がちゃんと機能するかの実験なので他のものは用意していません」
「それじゃ今のは? 誤差どころの威力じゃないぞ」
今回シュンが弾を生成する為に用意したマガジンは一種類だけだ。武装の拡張性を持たせる為に徹甲弾や炸裂弾などを生成するマガジンも作成する事を視野には入れている。
だが、上手く銃が機能するかわからない段階で作っても失敗した時に無駄になってしまう。今回の実験が成功すれば銃のデザインも含めていろいろと作る予定だったのだ。
「えっと…何でだろ? 考え事をしながらだったので……ちょっとトリガーを引くのがゆっくりだった? かも」
「それはもしかして」
「え? でも以前は流し続けても発動はしませんでしたよ?」
「なんだお前今までも魔法陣の研究をしてたんじゃないのか? さっき欠陥がどうのって言ってたけど知らないだけだったんだな。タメ射ちかと思ってワクワクしたのに…まぁでも同じ事か。でもエフェクトとかそれっぽい音が無いのは寂しいよな」
「一人で納得してないで教えてくださいよ」
「いや、すぐわかるだろ。魔法陣はどうやって発動してるんだ?」
「それは陣に魔力を流して」
「それは発動させる前準備だ。銃でいうと撃鉄を起こした状態だな。発砲するにはさらにトリガーを引かなければならない。陣でいうと魔力を切ること。それで命令待ちだった陣が発動する」
「それじゃ威力が上がったのは流した魔力が多かったからで、発動したのはトリガーを引ききった状態がその流れを断ち切ったからですか?」
以前に銃の実験をした時にシュンはフルオートを期待して魔力を流し続けた事があった。それも今回のようにゆっくりとトリガーを引いた気がする程度のものでは無く、任意で数十秒だ。
その時は発動しない事に訝しんで魔法陣自体をキャンセルしてしまったが、それが僥倖だった。そのまま魔力を切ってしまっていたらとんでもない威力の魔法が発動していた事になる。悪ければ暴発して大爆発だ。
その時の事を思い出し言葉を綴るに連れて青ざめてくる。
「そういう事だな。トリガーをゆっくり引いた事で流れ込む魔力量が増えたんだろうな。良かったじゃないか。タメ射ちなんて切り札っぽくて」
「でも……」
「なんだ?」
「今聞いた話だとかなり単純な事ですよね? でも、今までそんな事意識しなくても発動してましたし、教わった事も本にも載っていませんでしたよ」
「そんなん俺に言われてもな。人は突拍子も無い発明をする事もあるが、結構アホだったりもするからな」
「アホって…」
「今まで魔法陣はお前が現れるまでスクロールしかなかったんだろ? 能力に差があってもみんな魔法が使えるんだ。スクロールを使う場面なんて魔力を温存するためとか緊急事態用だろ。発動状態になったスクロールにいつまでも魔力を注ぐ奴がいなかったとか? 後はそうだな……お前らがどんなスクロールを使ってるのか知らないが魔力が多過ぎると耐えられないんじゃないか?」
これは後者が正解だ。魔法は魔力量でその効果の規模や威力が左右される。スクロールでそれを試していない筈が無いのだ。
スクロールに使われているのは羊皮紙がほとんどで、急激な魔力の増加には耐えられない。それは大規模な魔法のスクロールが作れない事を意味していて、その為シュンの能力が低く見られる要因の一つでもあった。
そもそも魔法陣自体が重要視されていない。大なり小なり誰でも魔法を扱えるからだ。
強力な魔法、便利な魔法は積極的に研究されているが、魔法陣はそれを容易に扱えるように描かれるだけでそれ自体を研究の対象にしていたのはシュンぐらいのものであった。
シュンもこの世界に来て日が浅い。教わった以上の事を研究するのはまだまだこれからの事だったのだ。その研究も他の勇者への劣等感から単純な力を求めるあまり滞ってしまっていた。
「それじゃ全く研究されていないも同然ですね。この世界に来て魔道具を見た事が無いのも当然だったわけだ。それじゃノインさん、はい」
シュンはまた新たに的を容易すると試作品の銃をノインに差し出してくる。
「ん? 俺もやるのか?」
「魔法陣の事はノインさんの方が詳しいじゃないですか。わかった事があったら教えて下さい」
「はいよ」
ノインは抱いていたウィラを預け、銃を受け取る。ウィラは好物のスウェットがなくなった事で不満そうだ。
銃を徐に構えたノインは的に向かって引き金を引く。
が、発砲音は聞こえない。的にも変化は見られない。
「どういうつもりだ?」
ノインは表情を変える事も無く振り返る。
そこには銃を構えたシュンがいた。その銃口はノインへと向いている。
「その銃の魔力タンクは既に空になっています。……貴方には感謝しています。命を救って貰いましたし僕の欠陥品だった能力にも未来を示してくれた」
「それは質問の答えになっていないな」
シュンの先ほどの試し射ちで魔力タンクは空になっていた。もともと試し射ちで作った試作品だ。魔力タンクもまだ小さいものでしか無かった。
タンクに魔力を補充するにはただマガジンを取り出せば良いだけなのだが、その隙をシュンは与えるつもりはない。
「僕ら勇者がなぜこの世界へ召喚されたか言いましたよね」
「魔王がいるんだったか?」
「そう。その魔王を倒すためです。現在確認されている魔王は二体。そして新たに魔王が産まれている可能性があるそうです」
勇者を魔王を倒すために召喚する。ファンタジーものの作品では使い古された設定だ。
魔王は百年ごとに産まれる。その魔王を倒すために勇者もまた百年ごとに召喚される。
これがシュンから聞いたこの世界の現状だった。そしてその戦乱が文明の成長を妨げている要因でもあった。
「それで?」
「僕はまだ魔王を見た事はありませんが聞く限りでは歴代の魔王は人型らしいですよ。僕は悪魔みたいのを想像していたんですけどね。違うみたいです。新しく生まれた魔王もきっと人型でしょう。僕は貴方だと思っています」
これはノインが初めて聞く話だった。魔王の存在にノインは当たりをつけていたが、人型と聞いて表情を曇らせる。目星をつけていた魔王とはギャップがあるようだった。
「すごい強引だな。神とは信じないのに魔王だとは思うのか」
「口ぶりから転生者というのは間違い無いのでしょう。それが魔王でも不思議ではありませんし、貴方の力は異常です。致命傷を傷も残さず癒したり物を生み出したり。知っている勇者たちでもそこまでの力を持ったものはいません。それに貴方が神のはずがありません。僕はもう既に出会っています。この世界に来る時に女神様にね」
「ああ、やっぱりそういう奴がいたんだな。国が召喚しただなんてそんな事出来るはず無いと思ってたんだ。女神ね…誰だか知らんがそいつとは話をしないとな」
女神の存在。これもノインは初耳だった。
シュンはノインが能力の一端を見せ「自分は神みたいなものだ」と言った時から魔王かもしれないと考えていた。
勇者の召喚の時期は各国で決まっている。召喚の儀式は国によって多少違いはあるものの行う日はどの国も同じ日。決まった日にしか勇者は召喚できないのだ。
勇者は例外なく強力な存在である為、それがそのまま国同士のパワーバランスにも繋がる。
魔王は人類共通の敵。この考えは揺るぎないが、国が牽制する相手はそれだけに留まるはずが無い。
魔王の討伐が成されれば世界が平和になると考えるのは国の上層部にはいない。その矛先はいずれ侵略に使われるだろうと考えるのは当然の事だった。
よって他国の勇者の情報は必須事項であり、全てでは無いが名前や容姿は隠しきれるものでは無い。
ノインが勇者ではない事はシュンにもすぐにわかる事だった。
最初は見た目が日本人なのにノインと名乗ったり神だと自称してたりと、痛い勇者が国を逃げ出してきたのだと思っていたが、ノインの口ぶりからも世界の事情を知らな過ぎる事からその考えは早々に切り捨てていた。
転生者というのも世界の事情を知らないのはおかしい。だが百年に一度産まれる魔王であれば話は別だ。
国で教わった事にしても歴史書を見ても魔王の幼体の存在は確認されていない。魔王は成体で産まれてくるというのは人類の共通認識、というよりも幼い魔王と言うのが想像出来ないというほうが正しいのかもしれない。
魔王として転生したのであれば世界の事情に疎い事も既に成体である事にも説明がつく。これがシュンがノインを魔王であると結論付けた事情であった。そして女神の存在を伏せた事も関係している。
女神に魔王を殺せるような力がないのは明らかだ。それは勇者を態々召喚している事で分かる事だ。
魔王側が勇者や人類側の事情を何処まで把握しているかはシュンには分からない。だが魔王は女神の存在を知らないのでは? とは漠然と思っていた事だった。知っているのであれば女神を直接殺せば勇者は召喚されないのだから。
ただ女神にも自衛手段はあり魔王が直接手を下せないという事も考えられるが、シュンは前者の可能性も考えて女神の存在をノインには話さなかった。
「貴方に女神と話す機会はありません。ここで終わりですから」
「無理だから。やめとけって」
「さっきの威力を見たでしょう。これも試作品ですが性能はそれと変わりません」
シュンは最初からこの機会を作る為にノインと共に試射をする事を申し出た。
シュンはノインの能力を心底恐れている。あの手を翳しただけで大木を消滅させた能力だ。
ただシュンはここ一週間の間でノインの能力をある程度把握したものと考えている。銃の部品を作ってもらう時ノインは必ず手を翳して創り出していた。それをノインは手を翳すことで能力を発動していると結論付けたのだ。
無防備なノインに銃口を向けているシュン。
ノインが手を翳す素振りを見せればすぐさまトリガーを引くだろう。
ただこれは大きな勘違いである。
ノインにしてみれば手を翳すという行為は単なるルーチンのようなものだ。そのほうがより上手く出来そうな気がするといっただけのことに過ぎない。
「わかったわかった。試してみればいいよ」
「こんな形で出会ってしまって残念ですが、お別れです」
ズガァァン!
発砲音とは思えないほどの爆発音が辺りに響き渡る。
せめて一発で、とタンク内の魔力を全て注ぎ込んで放たれた弾丸は先ほどまでの試射とは比べ物にならないほどの威力を持ってノインに襲いかかるが、ノインは何事も無かったかのように立っていた。
「満足したか?」
「……どうして?」
「あのな、この世界は俺が創ったんだぞ? その世界の理の中に在るお前が俺を害せるわけないだろ」
この世界はノインが創造したものだ。他の神とは違う。
オプリス大運河の気まぐれによって自然と産まれた神とは違ってノインはいわば成り上りの神だ。
他の自然神が存在の肯定を願い、それを聞き届けた大運河が世界を創ったのとは違い、ノインは自らの力を使って世界を創った。力自体は同じオプリスだが元手が違えばその在り方も違ってくる。
簡単に言うとこの世界はノインの魔法によって作られているのと同じ事なのだ。自分の魔法で自らを傷つける事は無い。
ノインに傷をつけるにはオプリスそのものを自らの力と出来る神以外にはあり得ないのだ。
ノインはシュンに対して何の感情も抱いていない。害意を持って銃口を向けられていたとしても。
最初から何も出来ないと分かっているのだから当然かもしれないが。それにシュンを殺す事などノインにとっては容易い事だ。
それも手を翳す事無く刹那の間に。
「まさか本当に……。そんな馬鹿な」
「お前には力も与えたし、俺を殺せない事も分かったろ。もう軽く謝って終わりにしよう。聞かなきゃいけない事も出来たしな」
「ぼっ僕は魔王を倒して元の世界へ帰るんだ!」
シュンはやけくそになったのか、隠し持っていたマガジンと交換するとノインに向けて何度も発砲し始めた。だがノインはタンクが底をつくまで射ち込まれても平然としている。
「ああ、そういう条件なのか? そもそも帰れるのか?」
「え?……」