EP 4
やっと手に入れたチート能力。
ノインにしてみれば幾度も繰り返した人生の努力の賜物なのだが、何度も繰り返せるという時点でチートと言われたらその通りだろう。本人が納得するかどうかは別問題だが。
それもそのはず繰り返した人生の数は一度や二度では済まないのだから。
剣術、格闘術、銃術、魔術を極めた男にはもう何者も脅かすことは出来なかった。黒い霧を吸収することで世界での肉体的なスペックもどんどんと上がっていき、もはやどの世界でも人外というべき存在となっていった。
(もう相当に昔になっちゃったけど、美容師だった時はもう少し知的なキャラだったはずなんだけどなぁ……)
今の男は完全に脳筋である。極めた技術もさることながら肉体的なスペックは尋常ではなかった。
何となく落ち込みつつ、いつものように黒い霧を吸収しながら、流れの中を漂う。
そして次の世界が近づいてきた。
いつものように圧迫感に耐える。そして母体に宿る新しい肉体へと受肉する。
が、次の瞬間にはまた黒い霧の中を漂っていた。
(あれ? 最近では滅多に無かったのに……事故でも起きたのかな?)
ここ数百回の転生では一度も無かった誕生する前の死。
(ずっと無かったからってこれからも無いとは限らないよな)
まあ、こんなこともあるさと気にした様子もなく、霧を吸収しつつ漂う。
だが、それは偶然では無かった。
その後も何度も世界に行き着いたがその全てで誕生することは出来なかった。男も数回ほどで偶然では無いとは結論づけている。だがその原因が分からない。
いつもの男であるならば「分からないことは仕方が無い」として放棄していたが、流石に放置していい問題では無かった。
「あのー?」
男は思考を巡らせ考える。考える。考える。いつものルーチンのように霧を吸収しながらも考える。
「すいませーん?」
が、答えは出ない。そもそも原因が分からない。
それでも考える事を止めたりはしない。
それは永遠に霧の中を漂う事を意味しているから。
「ねぇってば!」
「んだよ! うっせぇな! こっちは緊急事態なんだよ!」
「ひぃ!」
「あれ? 喋れ……る?」
男は自分の声に、声を発した自分に驚き唖然としている。
何とか冷静になり我を取り戻すと、何か聞こえたなと周りを見渡す。そこには異常に濃い黒い霧の塊が人型になって男の近くを漂っていた。
「ぬお! 何だお前は!」
「ひぃっ!」
誰何する男に少女のような高いトーンの悲鳴をあげて怯える黒い塊。
実体を持った状態であったなら、子供を脅しているようにしか見えないだろう。
今までにこの空間において自分以外に存在するものはいなかった。語気が強くなってしまったのも仕方のない事だろう。
「す、すまん。考え事をしていて、ついな。もう怒鳴ったりしないからそんなに怯えないでくれ」
「ほ、本当に?」
「ああ、本当だ」
「本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当、本当に、本当、本当に、本当、本当に、本当、本当に、本当、本当に、本当、本当に、本当、本当に、本当、本当に、本当、本当に、本当?」
「おおぅ、一気にきたな。ちょっとづつ増やすのがセオリーだろうに。本当に怒鳴ったりしないから安心して」
「うん! わかった!」
「ここはもう一回来るところじゃ無いのか……」
「おじさんはどこに行くの?」
「……黒い塊にしか見えないはずなのに何でおじさんだとバレた? ………」
「おじさん?」
「ん? へ? ああ、そこにある世界にな」
唐突に話題の変わる黒い塊。
首を傾げているようにも見える姿から本当に少女と話しているような気がしてくる。実際に少女なのかもしれないが。
「何しにいくの?」
「何しにって……」
「壊しちゃうの?」
急に物騒な事を質問してくる。
少女? からしてみれば男の方が怪しい存在なのかもしれないが子供に与た自分の印象にショックを受ける男であった。それも最初の印象がすこぶる悪いのだから致し方ない。
「そんなことするはず無いだろ。なんでそう思うんだ?」
「だっておじさん、すっごい濃いもの。僕なんかよりずっとずっと何倍も濃いもの」
「何かあんまりいい響きじゃないな……濃いっていうのは黒い霧のことか?」
「黒い霧? うん! そう! オプリスっていうんだよ!」
「へぇ〜名前があったんだな」
「そうだよ。おじさんみたいに濃い人が入ってきたら壊れちゃうよ」
「ああ〜だからさっきまでの世界には入れなかったのか。世界の防御機能的な感じか?ところで君は誰なの?」
少女の声から発せられる、何となく際どい発言を男は全力でもってスルーする。実体のない黒い塊で良かったと内心冷や汗ものだ。
「そういうのは先に名乗るものなんだよー」
「これは失礼。でも名前っていっぱいあってなーどれを名乗るべきか」
「そうなの? 変だね!」
「まぁ、そうだな。確かに変だ」
「僕はね特に名前はないんだー」
「へ? そうなのか? じゃあここで何してるんだ? 俺と同じで漂ってるのか?」
「ん? 特に何もしてないよ? 」
「ん?」
「ん? えっーとね。そこの世界をねー。見守ってるの」
「黒い霧に…オプリスだっけか。流されたりしないのか?」
「流されたりしないよ? おじさんだって流れてないじゃん」
「あれ? そういえばそうだな。んーっと、じゃあここに留まってただ世界を見守ってるだけか?」
「たまに世界に降りて噴火とか津波とか起こしてるよ」
「おおぅ、デンジャーな発言におじさんビックリだ。それじゃあれかい? 君は神様なのかな?」
「そう呼ぶ人もいるね!」
この少女と出会ってからと言うもの今まで出来なかった事が出来るようになっている。いや、正確には出来ないと切り捨ててしようともしなかった事だ。
流れに逆らう事は出来なかったから留まろうとも思わなかった。叫ぶ事は出来なかったから声を出そうとも思わなかった。後者は会話する相手がそもそもいなかったわけだが。だが、これまで出来ないと思い込んでいた事が力をつけた事により出来るようになった。それはこの少女との出会いも同じなのかもしれない。
今までの世界も同じように少女のような存在がいて、男がその存在を認知出来なかっただけで、力をつけたことで認識することが出来るようになったと考えるのが自然だろう。
「あーなるほどね。理解した。君はたまに世界に降りて噴火とか起こして遊んでる神様で、俺が世界に降りると君より力が強すぎて世界が壊れちゃうと。問題を打開しようと霧を吸収してたのにやり過ぎちまってたのか」
「ひどいよ! 遊んでないよ! バランスが重要なんだよ! それと僕よりじゃなくて、世界よりだね」
「またまた〜」
「本当だよ! 嘘つかないもん!」
「マジか……」
どうやら男が想像していたよりも遥かに力をつけすぎてしまったらしい。
そういえば、世界に入るときの圧迫感も最近では全く感じなかったな、と今更になって気づく。
「それじゃあ神様……なんか呼びづらいな。なんか名前つけようぜ」
「つけてくれるの?」
「その方が便利だしな。どんなのがいい?」
「カッコイイのがいい!」
「……確認するけど、世界での姿は女の子だよな?」
「そんな感じが多いよ!」
「ん?……まあいいか。気にしちゃダメだ。……『ニース』なんてどうだ?」
「カッコイイ?」
「俺の知っている人はカッコイイ女の人だぞ」
「ならそれがいい!」
「気に入ったなら何よりだ。それでニース。おれーー。」
「それじゃあ、おじさんのは僕がつけてあげるね!」
「……ああ、まあいいか」
「んーっとねー『ノイン=アルファジール』なんてどうかな!?」
「ずいぶん偉そうな名前だな。なんか由来があるのか?」
「あるよ! 僕が好きなアニメのね〜もびるすーー。」
「まて! そこまでだ! 他のにしないか?」
「えーなんでー? これがカッコイイよ! だってこの機体はーー。」
「やめろ! 分かったから!それでいいから!」
「やったね! ノイン! 改めてよろしく!」
「ああ、よろしく。……正式名じゃなくてもじってあるからまあいい……か?………!?」
(なんでこいつ、そんなこと知ってるんだ? あーでも神様なわけだし色んな世界を知ってるのか?)
「な、なぁ、ニース?」
「なぁにぃ、ノイン?」
「ニースは色んな世界を行き来してるのか?」
「え? 僕はこの世界からいなくなったりしないよ?」
(え?……ってことは…)
「えっと、ニースの世界には『日本』とか『アメリカ』っていう名前の国はあるか?」
「地球のことだね!あるよ!」
(へ? 俺、一周した……?)