EP 2
ダラダラとしていて申し訳ありません。
作者には世界観を作中に散りばめるような技量はないのでこういった形になってしまいました。
もう少しだけお付き合い下さい。
大地を埋め尽くす広大な森がある。
陸地のほとんどを埋め尽くす広大な大森林には国と呼べるものは無く、せいぜい三百から五百人ほどの集落が点在している。その数多ある集落のうちの一つで一組の夫婦の間に子供が産まれた。
産まれた子供は男の子。
その子は大人しく、まだ赤子だというのにはっきりと整った容姿だというのが分かる。両親も女の子だと言われても不思議では無いほどに端正な顔立ちの息子を溺愛していた。
月日は流れて男の子は両親の愛を受けてすくすくと成長する。
男の子が五歳の誕生日を迎えて暫くした頃に変化が生じる。時より激しい頭痛が少年を襲うようになったのだ。
最初の頃は一月に一度程度。それも一瞬だけ。月によっては痛みの無いこともあった。次第に間隔は短く痛む時間も長くなっていったが、その間だけじっとしていれば痛みも治まっていたため少年は気にする様子も無く毎日を過ごしていた。
七歳を過ぎた頃になると頭痛の頻度はさらに増していき、八歳になる最近では毎日、頭痛に悩まされるようになった。
痛みは五分ほど続き、痛みの具合はどんどん激しくなっていく。両親に心配させまいと隠しているのもそろそろ限界に近い。
気を緩めれば意識を失いそうになるほどの痛みはほんの五分ほどといえども少年には永遠とも言えるほど長い時間だった。
さらに数週間がたち少年は日課である家の手伝いをしていた。手伝いの合間の空いた時間に同じ集落の子供達と遊ぶのが少年の日常だ。この日も手早く手伝いを終えて、集落の広場で子供達と遊んでいるといつもの頭痛の予兆を感じた。
またか、と少年は思った。
一緒に遊んでいた子供たちに休憩をすることを伝え木陰に座り込む。子供達はそれをいつものことだと、特に気にすることも無く別の遊びを始めた。
少年はそれを確認すると片手で頭を支え、いつもの五分間をじっと耐える体勢になる。じんじんと頭の中心から脈打つような痛みは激しさを増していく。
永遠にも思える五分間を耐えなければならないと思うと憂鬱になる。普通の子供ならば泣き叫んでもおかしくは無い痛みなのだが少年は一人で誰にも言わず耐えている。
少年は産まれた時から大人しく手のかからない子供だった。産まれた時以外に泣くようなことが無かったため、両親も何か病気なんじゃないかと疑ったくらいだ。
少年自身も五歳を過ぎた頃、ちょうど頭痛が始まった頃から周りの子供と自分とでは何かが違うなと感じていた。
何が違うのかと悩んだ時期もあったがまだ幼い少年では考えても答えは出ない。幼いながらも妙に達観していた少年は答えの出ないことを考えているよりも、あまり裕福とはいえない家の手伝いをして大好きな両親に褒めてもらいたいと考えるようになった。
両親に頭痛のことを話せば間違いなく心配してくれるだろう。少年は両親からしっかりと愛を感じているから。
だからこそ心配させてはいけない。薬を買う余裕などない。両親に余計な手を煩わせる訳にはいかない。
幸いなのはまだ両親の前で頭痛が起きていない事だろうか。
少年はいつも通り一人、木陰で耐え忍ぶ。
だが今日はいつもと違う。五分を過ぎても頭痛は治まらない。
痛みはどんどん激しくなっていく。ギリギリで意識を保っていた少年にはこれ以上は耐えられそうにない。
視界のまわりが染み出すように黒く染まっていく。全てが黒く染まりとうとう意識を手放してしまう。
その瞬間、何かが身体から溢れ出てくるのを感じる。だんだんと景色のようなものが浮かび上がり次々と移り変わっていく。
少年はきっとこれが以前に隣に住む狩人のおじさんに聞いた走馬灯なのだろうと思い、自分は死んでしまうのだろうなと感じていた。
だが何かが違う。きっと自分は死ぬのだろう。身体が端から分解され辺りに広がっていくような感覚がある。
自分が死ぬのは間違いない。根拠はないがそれは確信がもてる。
しかし先ほどから見えている景色のようなもの。走馬灯だと思っていたこの景色自体もそこにいる人物も少年は知らない。
服装も見た事がないし、人よりも大きな鉄のようなものの塊が動いているが少年はそんなものは知らない。
どこか別の世界の誰かの人生を見させられているようだった。
感覚の無くなってきた身体で流れる景色をぼっーと眺めていると、一人の男が長椅子に座って泣いている。突然に男が叫びだしたかと思うと、視界はまた黒く塗りつぶされ今度こそ少年の意識は完全にこと切れた。
◇
(なんだったんだ?)
身体の奥底からくる何とも言えない倦怠感を感じながら男の意識が覚醒する。
最初に覚醒した時のような瀑布のような轟音も脈打つ重低音も今は聞こえない。むしろ何も聞こえない、それでも耳に痛いような無音でも無くただただ静謐に包まれている。
覚醒する直前まで八年と少しの少年の人生が見えていた。いや、体験していた。
(さっきのはなんだ? 映像を見ていたにしてはリアルすぎる。バーチャルリアル? いやいやいや、やっとヘッドディスプレイでゲームが出来るようになった程度だぞ? それにあの頭痛は本物だった。本物の痛みだった。死ぬかと思うほどの……俺…死んだのか……?)
少年の短い人生はしっかりと記憶に残っている。乳飲子だった記憶も、両親の愛も、あの頭痛も。
(……生まれ変わった? いやいや、その前に俺は何で死んだんだよ! 店のソファーにいたはずだろ! いや…でもあの体験は……それにあの頭痛…あの時の映像は俺の人生そのものだった……。転生……か)
少年が最後に見た映像は、男の記憶にも残っている。最後の映像は自分がソファーで泣き叫んでいるシーン。しかし映像はそこまで。その後に自分がどうなったのかは分からない。
今の状況から考えられるのはやはり男は死んでしまったのだろう。
無理があるかもしれないが、不摂生で自堕落な生活を送っていた男が人生に絶望し泣き叫んだ。そして不摂生が祟って頭の血管が切れた。
無理矢理だがこんなところだろうか。
(死んだ……死んだのか…。生まれ変わりか。いや、でも……)
自分は生まれ変わっていたのだろう、と男は無理矢理に納得する。転生や生まれ変わり何ていうのはどこかの宗教や漫画、小説なんかではお馴染みだ。もちろん男は信じてはいなかったが実際にこうなってしまっては無理矢理にでも信じるしかない。
だがそこで一つ疑問が生まれる。
少年として過ごした八年間を思い浮かべる。その生活はあまりにも貧しかった。
森に囲まれた小さな集落。木材だけを組み上げた簡素な家。芋を蒸したものや。狩ってきた動物をただ焼いただけの質素な食事。
これだけならば、アマゾンやアフリカなんかの秘境が思い浮かぶ。現代でそんな生活を送っているのはそれぐらいしか男には思い浮かばなかった。あとは東南アジアの秘境もそうかもしれない。
だが、少年だった時周りにいた人たちは黒人でもなければアジア系でもましや南米系でもない。もちろん両親もだ。白人が一番近いが、そんな生活をしている白人のいる国が思い浮かばない。それに他には集落なんて無いのじゃないかと思えるほどに閉鎖的だった。
一番おかしな点は耳だ。集落の全員が先の尖った長い耳をしていたのだ。まるで物語に出てくるエルフのように。
地球のどこかの秘境にひっそりと隠れ住んでいたエルフの子として生まれ変わった。
(いやいや、ないない)
思い浮かんだ考えを振り払う。
衛星が飛び交う地球に発見出来ない集落などあるのだろうか? それこそアマゾンの奥地や大陸の秘境だろう。それでも五百人規模の集落を発見出来ないとは思えないが。
それにどっちもエルフが似合わない。むしろ男としては考えを振り払った一番の理由だ。
(そうすると、まさかとは思うが……異世界?)
アマゾンにエルフがいるよりかはしっくりくるし、夢があるなと男は思う。
そう考え出したら年甲斐も無くワクワクしてしまう。なんせ異世界転生だ。漫画やラノベ、ゲーム、ファンタジーの世界なのだから。
そこまで考えたところで全く意味が無いことに思い当たる。
いくら転生したと言っても八年しか生きていないし、その間は前世の記憶も無かった。それでは全く意味がない。漫画や小説では前世の記憶を持つというアドバンテージがあったからこそ活躍出来るのだから。そもそも自分はもう死んでしまっている。
(頭痛で死ぬとか……脳梗塞かな? そう言えば最初の時も脳梗塞で死んだのかな?まぁ、いいか)
死んだことに変わりはないだろうから考えても仕方がないと男は切り替えようとする。
実際その時のことは思い出したく無いのだ。大の大人が少し上手くいかなかったからって大泣きした挙句に死ぬなんて、意味が分からないし考えただけでも恥ずかしい。
今思えばなぜあんなことで泣いていたのか、もっとやりようはあっただろう、と情けない友人を叱責するような感情が湧いてくる。
既に死んでしまったせいか他人事のように思えてくる。だがそれが自分のことだと思うと恥ずかしくて仕方が無い。完全な黒歴史である。
(それよりも、ここはいったい何処なんだ?)
最初に覚醒した時の轟音はおそらく母親の子宮の中なのでは無いかと考える。テレビのドキュメンタリー番組でそんなことをやっていた気がするのだ。
子宮から出た瞬間、少年として誕生した瞬間に男の記憶は一旦途切れ少年としての生が始まったのだろう。
ではいったい今いるここは何なのだろうか?
周りは相変わらず音は無く静謐な空間が広がっている。四肢や身体は子宮内ほどでは無いがぼんやりとした感覚しか無い。
辺りは暗くてよく見え無い。いや、何かが違う。
(何も無いな。いや、何かはあるんだけど……)
周りには身体に纏わり付くような感覚があり、手足は動かせるが違和感がある。視界には暗闇が広がっているようだが何かが違う。暗くて見え無いのでは無く見えているが何か分からないというか…………
黒く墨汁のような液体、いや濃霧に満たされた世界にいるような感覚といえば分かってもらえるだろうか。
男は黒い霧の中を天も地も無く漂っているようだった。
霧に意識を集中させると、霧はただ漂っているだけでは無く流れがあるのが感じられる。
男はその流れに身をまかせる。
得体の知れ無い黒い霧の中で一人漂うのは普通に考えればとんでもない恐怖だろう。しかし男は二度も死を経験したためか、それともこの状態では何も出来ないと諦めているのか、取り乱すことも無く冷静だ。
それは黒い霧に満たされた空間が母の子宮の中にいた時に感じた安心感に似ていたのも男が冷静でいられた理由の一つかもしれない。
男が流れに身を任せてから暫くすると、霧に変化が現れたのを感じる。
なんとなく今までより霧の密度が増したように感じるのだ。手足を動かした感覚も違和感程度だったものが、明らかに重くなったような抵抗を感じる。
どうやら霧の流れは密度の濃い方へ流れているようだ。
流れが進むにつれて霧の密度は増し、手足の自由はきかなくなる。纏わり付くだけだった霧は圧力を増して押しつぶされそうだ。
マズイ! 男が思った瞬間に意識が一瞬だけ途切れてまた覚醒する。
するとそこは以前にも聞いた、轟音と脈打つような重低音が鳴り響いていた。
心の底から満たされる安心感に包まれている。
ああ、またもう一度産まれるんだ、と思った時全身を締め上げるような感覚と脇腹の辺りに激しい痛みが襲う。
気がつくと男は黒い霧の中にいた。
(なんだったんだ!?)
今はもう痛みはない。だが痛みに襲われた瞬間、表現しようの無い恐怖を感じたのを覚えている。
(これは……死んだってことか?)
考えられるのは、産まれる前に事故か何かで死んでしまったのだろう。
(何の罰ゲームだ! ずっと碌な死に方していないじゃないか!)
産まれる前に死んでしまう、実際それほど珍しい事ではないが前回と前々回の死に方を思えば確かに文句も言いたくなる。
ふとここでまた一つ疑問が浮かび上がる。
自分はずっとこんなことを繰り返してきたのか? と。
黒い霧の流れに乗って世界から世界を渡る。
(輪廻転生)
ふとそんな言葉が頭をよぎるが直ぐにその考えを振り払う。
あれは同じ世界での話だったはずだ。今の男の状況は少し違う。先ほどは産まれる前に死んでしまったため確認は出来ないが、その前のエルフの世界のことを考えると同じ世界とは考えにくい。
転生を繰り返しているのは事実だが、それにしては美容師として生きた人生以前の記憶がないのもおかしい。
これは自分にだけ起こっている現象なのだろうか? しかしこんな奇跡のような現象が自分にだけ起きていると考えるのはおこがましい。
ではこの空間に他の誰かがいるのかもしれない。
そう思って男は周りには意識を集中してみるが、誰かがいるようには思えない。叫ぼうとしたがこの空間では声は出せないようだ。
奇跡は起こった。
何がきっかけかは分からないが、兎に角奇跡は起こった。そう考えるしかない。
ではそれはどんな奇跡なのか?
異世界に転生することは奇跡かもしれないが、自分に起こった奇跡はそのことではないのかもしれない。現にエルフの世界で記憶はなかったのだから、それではただ産まれたのと変わらない。もしかするとこの空間、黒い霧に満たされた空間、ここに自我を持って存在できていること。これが自分に起こった奇跡なのではないか。
これなら最初の美容師として過ごした世界以前の記憶が無いことにも、今この空間に自分以外に自我を持った存在がいないことにも説明がつくかもしれない。まあ後者は単純に他の存在を認識できていないという可能性もあるのだが。
そもそもこの黒い霧はなんなのか?
光の無い暗黒の世界。そう考えると禍々しいイメージがあるが、そんな感じはしない。むしろ優しく包まれているような感覚がある。三度経験した母の子宮のような満たされた安心感にも似ている。
もしかすると生命の根源のようなものなのかもしれない。
世界へと運ばれ生命となり一生を終えて黒い霧へと還る。
こういったサイクルがあるのだとすれば、やはりこの空間で自我を維持できていることが奇跡と考えるのがしっくりとくる。
男が思考を巡らせていると黒い霧の流れにまた変化が生じ、霧にの密度が増してきたのを感じる。心なしか先ほどよりも圧迫感は薄れているようにも感じる。
また世界が近づいてきたようだ。
男は思考を切り替える。
(んー、そもそも産まれた時に記憶が無いのでは今の状態になんのメリットもない。どうにか記憶を保ったまま転生できるようにならないとせっかくの奇跡が無駄になる)
男は方法を模索しながら流れに身をまかせる。
新たな世界に期待を抱きながら産声をあげた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。