たっくんとゆかいななかまたちシリーズ<1>たっくんとはじめての友達
たっくんとはじめての友達
『空軍はこのたび、世界初のステルス戦闘機F117ナイトホークを完全退役させることを発表した。最新型ステルス戦闘機F22ラプターの運用費用を捻出するためと考えられている』
たっくんはもう一人でずっと同じ基地のハンガー(ハンガー=飛行機のお家)でくらしていました。
ときどき演習で他の飛行機と一緒に模擬戦を行うことはありましたが、普段は他の飛行機や基地の外の人間にであうことはほとんどありませんでした。
パソコンとスマートフォンを持っていたしテレビを見ることもできますし、通販でほしいものを買うことができるので不自由はありませんでした。トレードマークのピンクの帽子も通販で買ったものです。
エアショーの時は旅行もできます。
「どうして俺だけ他の飛行機と遊んじゃいけないんだよ?俺も外に出たい!」
すると毎日会いに来る飛行隊長のジェイムスン中佐は言いました。
「お前の体には秘密がたくさんあるからな、悪い奴らにつかまって体を調べられたら大変だ。でももう少しの辛抱だ。もうすぐお前も他の飛行機と一緒に海外の演習に参加できるぞ」
「本当に?もうすぐっていつだよ?」
「そうだなぁ。まずは議員のおえら方のセンセイを説得しなきゃなぁ」
あるとき、どこかですごい泣き声が聞こえてきました。
「うえーん。うえーん。ぐすん。ぐすん」
「うるさいぞ!」
たっくんは怒鳴り返しましたが泣き声はやむどころかどんどん大きくなります。
「うおーん。うおーん」
「てめぇ泣きやまねぇとのどにぬれタオル詰め込むぞ!」
「びえーん。びえーん」
全く泣きやむ様子がないのでたっくんはそいつを黙らせるために声のする方へ行きました。
声がしたのはたっくんの住んでいるハンガーよりももっと巨大なハンガーからでした。
中へ入るとたっ君の4倍くらい幅のある大きな平べたい顔の爆撃機がうぉんうぉん泣いていました。
「おい!」
たっくんがいきなり声をかけたのでその爆撃機はびっくりしました。
「わ!君は誰だい」
「俺はたっくんだよ。この向こうのハンガーに住んでるんだ。お前こそなんだよ」
「僕はB2スピリットって言う名前だよ」
「なんで泣いていたんだ?」
「ナイトホークさんが急にいなくなったんだ」
B2君はしゃくりあげながら言いました。
「だからってうぉんうぉん泣いていたって会えるわけじゃないだろ。俺だって兄ちゃんには全然会ってない」
「えっ、ほんと?」
B2君は泣きわめくのをやめてたっくんの顔をじっと見ました。
「うん、今、シリアで戦ってるってメールが来たよ」
「随分と遠いところだね」
「そのナイト…なんとかってのはどこで戦ってるんだ?」
「戦ってるわけではないけどネバダという町に引っ越してしまったって。もう二度とこの基地には戻らないと言ってたよ」
そういうとB2君はまた悲しそうに顔をくしゃっとさせました。
「僕はいつもナイトホークさんと一緒に飛んでいたんだ。本当のお姉さんのように優しくていつも一緒だった」
「どうして引っ越ししてしまったんだ?」
「ナイトホークさんは体に特徴があって夜にしか飛べないんだ。それに操縦はとても難しくてたくさんのパイロットがけがをしたり事故があったからだって。それに今度かわりにF22という新しい飛行機がくるんだっていってたよ。なんでも最強のステルス戦闘機だって基地の人達も言ってた。きっとけんかが強くていじわるなやつに違いないよ。僕のことをたたいたりけったりするかもしけない。そんな戦闘機いらないからナイトホークさんに帰ってきてほしいな」
「いいから泣くんじゃない。ネバダなんてシリアに比べたらこの近くじゃないか。だったら会いに行けばいいだろ」
「えっ、基地から出たら怒られるよ」
「でも会いたいだろ。俺も一緒について行ってやるよ」
B2君はびっくりしていました。基地の人間の許可も得ずに、勝手に基地の外へ出ていくなんてことは考えたことがなかったからです。
「ほんとに?じゃあ行く」
たっくんはこれは好都合だと思いました。B2君をネバダに連れて行けばB2君も泣きやんで静かになるだろうしたっくんも基地の外に出られるのです。
たっくんたちの基地は大陸の東の端、ネバダは大陸の西の端、緯度はほぼ同じでお互い一直線上にあります。
さっそくたっくんとB2君はネバダに向けて出発することにしました。
ところがここは国の中枢ともいえる大きな空軍基地で、たっくんとB2君が抜け出したと大騒ぎになりました。
B2君はたっくんより足が遅かったので、とてももたもたして離陸に時間と距離がかかります。
「早くしろB2君、つかまっちまうぞ」
「待ってよー」
どうにか2人は空に上がることができましたが、人間の乗った哨戒機が追いかけてきます。
「おーい、二人ともとまりなさい」
本来これが国籍不明機なら戦闘機が来て撃ち落とされたりするのですが、B2君もたっくんも所属の分かっている飛行機ですし、なにしろたっくんはコストが1機180億円、B2君にいたっては1機2000億円以上するので、へたにけがをさせることもできません。そこは大人の事情があるのです。
そのとき、たっくんとB2君を追っていた哨戒機のパイロットたちに無線が入りました。
ジェイムスン中佐からです。
『追跡は中止だ。全機帰投せよ』
そしてこう言いました。
「行先は多分ネバダの空軍基地だ。二人が行くかもしれないと相手の基地に連絡しよう」
でもこのことはナイトホークに知らせないようにしてもらおう。きっと無事に到着するか心配するだろうからな」
「えっ、それじゃあ二人を放っておくのですか」
哨戒機のパイロットの一人がびっくりして言いました。
「ほうってはおかないさ。ちょっと様子を見ようじゃないか」
ジェイムスン中佐は返事しました。
その頃、たっくんは初めて人間を載せずに自由に外へ出て街を見下ろしていました。
B2君が、
「もっと高いところへ上がろう。いくら僕達がレーダーに映りにくいステルス機でも目視で見つかったら大変だよ」
と注意しました。
たっくんはもう街を見たかったけれどあきらめて垂直上昇しました。
足の速い戦闘機のたっくんが前を飛び、その後を爆撃機のB2君がついていきます。
B2君はたっくんの背中を見ながらそういえばたっくんの記号と愛称は何だろうと思いました。B2君にはB2スピリット、ナイトホークさんにはF117ナイトホークというように、軍用機には種類ごとにアルファベットと数字を組み合わせた記号と愛称を持っているはずです。
そしてたっくんは少なくともB2君が今までに見たどの機体とも違うものでした。
そういえばF15イーグルさんに似ているような気がしますが、インテークの形や翼の形もちがったのと体にステルスの塗装が付いていること見たことのないエンジンノズルを付けていたので全く別の飛行機であると言うことは分かりました。
あとでたっくんに名前について聞いてみようとB2君は思いました。
しばらくすると、だんだん日が暮れてきました。
それまでB2君を守るように先頭を飛んでいたたっくんのスピードが少し落ちています。
「困ったなぁ」
「どうしたの」
「実は俺、あんまり夜の空を飛んだことがないんだよあと幽霊は平気だが宇宙人は苦手なんだ。俺達をさらいにくるかもしれない!」
元気いっぱいだったはずのたっくんははじめて嫌そうな顔をしました。
するとB2君は
「そういうことなら僕に任せてよ。僕はいつも爆弾を積んでナイトホークさんやF16ファルコンさんと夜中に飛んでいたんだ」
とB2君が今度はたっくんの前を飛びます。
「お前は怖くないのか?」
「僕はいろんな国の夜空を飛んだことがあるけども、宇宙人に出会ったことがないよ。怖いのはいきなり現れる相手の迎撃機くらいだよ。でもファルコンさんがやっつけてくれたよ」
「そうなのか。じゃあ今度迎撃機が出たら俺が撃墜してやるよ。ミサイルで殴れるなら怖くないもんね」
たっくんはたのもしいことを言いました。
B2君はナイトホークさんの代わりに来る飛行機がF22じゃなくてたっくんだったらよかったのにと思いました。
B2君はたっくんに比べて決して足は速くありませんが、暗くなり始めた空の上をゆっくりと安全に飛びました。少し時間はかかりましたが、無事ネバダの空軍基地へ近付いてきました。
「見つからないように着陸しなくちゃ」
「でもおめぇのでかい体をばれないようにするのは難しいぞ」
たっくんが言いました。
そーっとそーっと2人は退役した飛行機たちが集まるハンガーに行きました。
ナイトホークさんはモスボールといっていつでも運用再開ができるように処置をされてハンガーにいました。エンジンを取り外されているので今は飛ぶことはできません。
それでも会えた嬉しさでB2君は大喜びです。
「ナイトホークさん!会いに来たよ」
「あなたわざわざこんな遠いところまで飛んできたの」
ナイトホークさんはとてもびっくりしましたが、B2君を優しくなでてくれました。
それを見てたっくんはもう何年もあっていないお兄さんに会いたくなりました。今もシリアで空爆の仕事をしているはずです。
「たっくんがここまで僕を連れてきてくれたんだ。僕の新しい友達だよ」
B2君はナイトホークさんにたっくんを紹介しました。
いつの間にか友達、ということにされてたっくんはとてもうれしく思いました。
「たっくん、僕をここまで連れてきて本当にありがとう。僕はここでずーっとナイトホークさんと暮らすんだ」
「えっ、基地へ帰らないのかよ?」
たっくんはびっくりしました。
せっかくの初めての友達が帰らないと言ったら明日からたっくんはまたひとりぼっちです。
するとさっきまでB2君に優しかったナイトホークさんが怒りました。
「何を言っているの。私はもう退役して飛ぶことができないの。でもあなたは明日からもまた基地で働かなくてはいけないのよ」
「いやだ、いやだ僕も退役するんだ」
またB2君はうぉんうぉんと泣きだしました。
「僕はもう戦争に行くのは嫌なんだ。撃たれるのも怖いし爆弾を落として人間を傷つけるのはとても悲しいことなんだ」
「だめよ。あなたはまだ退役していないじゃないの。これからはF22とがんばらなくちゃ」
ナイトホークさんはB2君にさとしましたがB2君は言うことを聞きません。
「その新しいF22だってきっと意地悪な奴に決まってる。僕のことをのろまだといじめるんだ。F22なんかいらない。F22なんか大嫌いだ」
するとナイトホークさんは目を丸くして言いました。
「あなたは大事な新しい友達のことを意地悪だと言ったり大嫌いだ、いらないと言うの?」
「えっどういうこと」
「この子が今度からあなたと一緒に働くF22よ」
ナイトホークさんはたっくんを指さして言いました。
「えっ、たっくんが?」
B2君に大嫌いだ、いらないと言われてたっくんは悲しそうにうつむいています。
「どうしてだまっていたの?」
B2君はびっくりしてたっくんに聞きました。
「だってお前最初にあった時に俺のこといらないって言ったじゃん。本当のこと知ったらもう遊んでくれなくなるだろ。せっかく初めて友達ができたのにそんなの嫌だよ」
たっくんはぐったり機首を落として出て行こうとしました。
ナイトホークさんは黙ってB2君の顔を見ていました。
「待ってよ」
B2君はたっくんを呼び止めました。
「僕達は友達になる約束をしたじゃないか。
明日もまた一緒に遊ぼうよ」
「じゃあお前も一緒に基地に帰るんだな」
たっくんが聞きました。
「…うん。帰る。また働かないとみんなに怒られるよ」
B2君ははっきりと返事しました。
「これからも新しいお友達と頑張るのよ」
ナイトホークさんはB2君を優しく抱きしめて言いました。
「一緒に遊ぶのは結構だが基地から勝手に飛び出したらダメだろ」
と声がしていつの間にかB2君の足元にジェイムスン中佐が立っていました。人間はたっくんたちよりずっと体が小さいので気が付かなかったのです。
たっくんたちの基地の他の人達もいました。
怒られる!とたっくんは思いました。
「ごめんなさい」
B2君は先に謝りました。
「待ってくれ。こいつをそそのかして外に出たかったのは俺だよ」
たっくんがジェイムスン中佐に言いました。
「そうかもしれないけど僕がナイトホークさんに会いたいと言ったからです」
B2君もたっくんをかばいました。
ジェイムスン中佐はため息をついて
「どっちにしてもお前ら2人ともいい友達を持ったな」
と言いました。
B2君とたっくんはお互いの顔を見て目を丸くしました。
「まぁいい。事故もなかったし、司令官の中将もそんなに怒っていない。それにB2に分からないようにナイトホークを移設させたのは俺達人間がわの失敗だ。だけど今日みたいな騒ぎをもう二度と起こすんじゃないぞ。みんなが心配するんだ。さぁ帰ろう」
どうやら許してもらえたことに気が付いてたっくんとB2君はほっとしました。
帰り道にまた好き勝手に飛ばないようにたっくんのコクピットにはジェイムスン中佐が乗って帰ることになりました。
「まったく目を離すと鉄砲玉のようにいなくなっちまうのはお前の兄貴と一緒だな。俺が操縦して帰るからな」
とジェイムスン中佐はたっくんのキャノピーをポンポンと叩きました。
B2君はナイトホークさんともう一度固く抱き合いました。
B2君はまた涙が出てきました。
「体に気を付けるのよ」
「うん」
「みんなと仲良くして真面目に働くのよ」
「うん」
それからナイトホークさんはたっくんに握手を求めました。
「新しいステルス機としてこれからもB2君のことを助けてあげてね」
「うん、いいよ。俺の最初の友達だからな」
たっくんはあっさりと返事をしました。
そしてB2君に
「泣いてんじゃねーよ。明日もなんかして遊ぼうぜ。基地の中でだけど」
と声をかけました。
こうしてたっくん達は自分達の基地へと帰りました。
しばらくして嬉しいニュースが2つありました。
政府からたっくんが他の飛行機たちの演習に合流する許可が下りました。
友達もきっとたくさん増えるでしょう。
そしてB2君は前もって許可を求めれば月に一度はネバダの基地へナイトホークさんに会いに行ってもいいよということになりました。
もちろん爆撃機が一人だと危険なのでたっくんも一緒にという条件が付きましたけれど。
<おわり>