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アレックス最後の戦い  作者: 土師 三良
第二幕 無法街のストレンジャー
9/41

第一場

事件の知らせ/対話拒否/もの言わぬ美少年の警句と箴言/山吹色の飴玉/慣用句の体現/可哀想な男/クリケットが指摘する617の危険性/力無き者の罪




「タヴァナー市の中央教会からの報告書です」

 早馬で届けられた報告書を副長の机に置いて、秘書官のシャンメイは退室の許可を待った。

 しかし、豚小屋の(ぬし)――ディミック副長は彼女を解放することなく、必要以上に時間をかけて報告書を読み始めた。

 やがて、その口から呟きが漏れた。

「……これは一大事だ」

 わざとらしい独白だ。「なにがあったのですか?」といった類の言葉を期待しているのだろう。

 シャンメイは期待に応えなかった。なにも聞こえなかった振りをして、視線をディミックの斜め後方に逸らす。

 そこには一幅の絵が飾られていた。

 白い僧衣を着た痩身の美少年の肖像画だ。

 ディミックの言によると、この絵は驕慢を戒める警句であり、時の流れの残酷さを知らしめる箴言であるという。時の流れの残酷さ……そう、額縁の中で微笑んでいる美少年の正体は、若かりし頃のディミックなのだ。

(確かに残酷だわ)

 箴言を重く受け止め、美少年のなれの果てに視線を戻す。

 それを待っていたかのようにディミックは報告書を閉じて机に置き、シャンメイを見据えた。眉間に皺を寄せている。

「大変なことが起きたよ、ユォ君」

 この状況では聞こえない振りもできない。心の中で溜息をつき、シャンメイは義務的に問いかけた。

「なにがあったのですか?」

「あのアレックス・ザ・ミディアムが生き返ったそうだ」

「生き返った?」

「うむ。生き返ったのだよ。残魂転移の真導(ウェイク)でね」

 ディミックは小壷から山吹色の飴玉を取り出し、目の前に持ってきて覗き込んだ。剽げた仕種だが、表情は真剣そのものだ。冗談を言ってるわけではないらしい。

 シャンメイは顎に力を込めて、口許を引き締めた。少しでも気を抜くと、「開いた口がふさがらない」という言葉を字面どおりに体現してしまいそうだ。副長がクリケットであることは知っていたが、まさか残魂転移を信じるほど重症だったとは……。

「とても信じられないといった顔をしているね」

「いえ……」

「ユォ君もこの報告書を読んでみなさい。そうすれば、事の重大さを認識できるはずだ」

「はい」

 シャンメイは報告書を手に取った。記述者の欄に目をやる。そこに記されているのは、かつての恋人の名だ。

 レイス・シンガー。

 自分を捨てた男に対する複雑な想いが胸を締め付けた。

 シャンメイは知っている。レイスが有能な審問官(リヴァイザー)であることを。いや、有能な審問官でしかないことを。一方、レイスは自分が審問官のままで終わるような器だとは思っていない。野心と現実との間にある溝に気付かないまま、忠実な猟犬として振る舞っている。そうすることで高みに引き上げてもらえると本気で信じているのだ。真導を信じるクリケットと同じように。

(可哀想な(ひと)ね)

 その言葉でレイスへの想いを強引に断ち切り、報告書を手早く読み終えた。

「事のあらましは判りました」

 そう言って、報告書を机に戻す。

「しかし、事の重大さというのは判りません。首謀者のスルーフィールドは死んだのですから、事件は解決したと考えてよろしいのでは?」

「バカなことを言うものじゃない。確かにスルーフィールドは死んだが、アレックス・ザ・ミディアムの魂を宿した素体はまだ野放しになっているのだよ。早急に捕まえないと、〈グレイノーモアの虐殺〉のような惨劇がまた起きるかもしれないじゃないか」

「しかし、残魂転移が成功しているとは限らないでしょう。もしかしたら、素体は本来の自我を保っているかもしれません」

「それを確かめるためにも素体を捕まえる必要がある。そうだろう?」

「……そうですね」

 シャンメイは首肯した、納得したのではなく、諦めたのだ。どんなに理を尽くしたところで、クリケットの信念を覆すことができるとは思えない。

 無力感と罪悪感が両肩にのしかかってきた。素体の617は審問官に追われ、捕われ、殺されるだろう。シャンメイはそれを止めることができない。いや、彼女もまた617を死に追いやる者の一人なのだ。一介の秘書官に過ぎないとはいえ、粛正省に属しているのだから。

「各市の駐留(レジデント)審問官(・リヴァイザー)は当然として、警鼓隊にもこの件を伝えて警戒を呼びかけよう。諸々の手配を頼むよ、ユォ君」

 ディミックの片手が軽く振られた。もう片方の手はまだ飴玉を摘んでいる。

 シャンメイは一礼し、重い足取りで退室した。

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