レイスの夢
レイス・シンガーは劇場神殿からタヴァナー市の中央教会に戻ると、駐留審問官たちに事の次第を伝え、ヴァリ島部局の本部に送る報告書をまとめ、今後の捜査方針について協議し、617の捜索隊を組織してテイパーズ・デンに送り込み、早めの夕食を取りながらスルーフィールドの審問会の記録に目を通し、スルーフィールドの知人に召喚状を送り、捜索隊の中間報告を受け、二度目の協議の後、寝床に入った。
そして、夢を見た。
その夢の中で彼は今日の出来事を追体験した。警鼓隊の急使に呼ばれ、劇場神殿に赴き、猫に似た女隊士エイシアと出会い、小隊長のジェイコブと言葉を交わし――
「粛正省のシンガーだ」
「シンガー!? おいおいおいおいおい。もしかして、あのレイス・シンガーかよ?」
「さあな。あんたが言うところの『あのレイス・シンガー』がどのレイス・シンガーのことなのか判らないから、答えようがない」
「『あのレイス・シンガー』っていうのは、お隣のエルドリッチで伝説を築いた男だよ。異端に手を染めた真導師とその手下あわせて五十人を皆殺しにしたっていう伝説をな」
「ラークスパー事件のことか? いつのまにか話が大きくなっているな。俺がエルドリッチ市で始末した獲物は五人だけだ」
そこで舞台が暗転し、記憶を忠実になぞっていたはずの夢は混沌の悪夢に変わった。
先刻までジェイコブがいた場所には壮年の真導師が立っていた。その周囲には三つの死体が転がっている。
真導師の名はエイン・ラークスパー。レイスがエルドリッチ市で殺した異端者だ。三つの死体はエインに師事していた無級真導師たち。彼らもレイスが殺した。
現実の世界で自分を殺し、この夢の中でまた自分を殺すであろうレイスに向かって、エインは虚ろな声で語りかけた。
「私は異端の真導を本気で信じていたわけではないよ。無知蒙昧なクリケットどもから金と敬意を搾り取るために真導の探求者を演じていただけだ」
「知ってるよ。おまえは真導師の格好をした山師だ」
「私に限ったことじゃない。〈教団〉に属する者は皆、山師なのだよ。もちろん、君もね」
「……黙れ」
静かな怒声と共に突き出された剣がエインの左胸を刺し貫き、死体の数は四つになった。
五人目の異端者を求めて視線を巡らせていると、背後から声をかけられた。
「おい、カッコー!」
振り返ると、そこにはアレックス・ザ・ミディアムがいた。後ろ手に縛られ、跪かされ、二人の屈強な刑吏に両肩を押さえられている。その傍には斧を掲げた老刑吏が立っていた。
現実の世界で見た光景と違い、アレックスは泣き叫んでいなかった。それどころか、楽しそうに笑っている。
「ウォルラスによろしくな!」
「俺はウォルラスなんて知らない」
レイスがそう答えると同時に斧が振り下ろされた。
だが、アレックスの首は落ちなかった。
その代わり、彼の両肩を押さえていた二人の刑吏の首が落ちた。
斧を振り下ろした老刑吏の首も落ちた。
レイスの視界が傾いたかと思うと、激しい勢いで回転し、天と地が何度も入れ替わった。
視界の回転が収まった時、レイスは自分の体を見上げていた。首をなくして立ち尽くしている体。
その体の横にもう一人のレイスが現れた。首がちゃんと繋がっているレイスが。
首のあるレイスは首だけのレイスを拾い上げた。
首だけのレイスは首のあるレイスに持ち上げられた。
首のあるレイスは自分の首を顔の前に持ってきた。
首だけのレイスは自分の顔の前まで運ばれた。
レイスの瞳にレイスが映り、そのレイスの瞳にもまたレイスが映り、二人のレイスの顔が合わせ鏡のように無限に続いていく。
やがて、その無限の顔が溶けて混じり合い、渦状になり――
――天井の木目に変わった。
窓から朝日が差し込み、小鳥たちの羽音や囀りが聞こえてくる。牛の鳴き声も聞こえてきたような気がしたが、それは腹が鳴った音だった。やはり、夕食を取るのが早すぎたらしい。
寝台に横たわったまま、レイスは天井を凝視した。
木目がなにかに見える。
その「なにか」の正体は判らないが、自分の顔でないことだけは間違いなかった。
次回は2015年6月7日頃に投稿予定。




