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人形以下

 そう、これは確かに悲劇だ。

 かけがえのない命が失われた。いや、奪われた。

 しかも、奪った者はまだ罰せられていない。のうのうと逃げおおせて、どこかで皆を笑っているのだ。

 私には聞こえる。その不愉快極まりない笑い声が。

 許せない。

 許してはいけない。

 ここに誓おう。かの者を必ず見つけ出し、然るべき報いを受けさせる、と。

 この誓いは悲劇を乗り越えるための第一歩だ。

 忘れてもいい悲劇など存在しないが、乗り越えられない悲劇もまた存在しない。

 今は悲嘆の時ではなく、前進の時。

 亡き人のためにも歩き続けよう。

 我ら(ヽヽ)の未来に向かって。


     ――ディミック副長の追悼式におけるレイス・シンガーの弔辞(抜粋)



     ◆



 真暦一六一三年翠玉(すいぎょく)の二月五日、粛正省ヴァリ島部局々長レイス・シンガーの葬儀がアベンゼン教会で執り行われた。

 シンガー局長はヴァリ島部局の綱紀粛正を推し進めていた改革者であり、穏健派の回帰主義者であり、そして、博愛主義者だった。

 博愛主義者だからといって、誰からも愛されていたわけではない。局長に心服している者は多かったが、敵視している者も多かった。局内で私腹を肥やしている悪徳真導師(コンダクター)たちからすれば、改革者である局長は目障りな存在だったのだ。また、タヴァナー市警鼓隊のエイシア・スキーン中隊長のように、局長の言動から垣間見える全体主義的な思想を問題視している者もいた。

 そのためか、訃報が知れ渡るのとほぼ同じ速さで暗殺説も広まった。「心不全」という不可解な死因がその説に信憑性を与えていた。

 だが、本当の死因がなんであれ、局長が安らかに逝ったことだけは間違いない。

 彼は微笑を浮かべて死んでいたのだから。



 出棺前に局長の顔を見た参列者たちは「聖者のような笑顔だ」と異口同音に発したが、公私にわたって局長を支えてきた妻のシャンメイ・シンガーだけは悲しげな顔をして、こう呟いたという。

「人形みたいな顔ね」




【完】






これにておしまい。

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