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アレックス最後の戦い  作者: 土師 三良
第七幕 僕に関する最後のメモ
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第四場

火事/「冥土の土産に教えてやろう」/何色もの飴玉/銃弾/Aの覚醒(A-WAKE)/「だって、虎の巻に書いてあったから……」/アレックスの告白/ミルの告白/嘘/解体作業/死霊の出現




「やっと会えたね、ウォルラス」

 成す術もなく立ち尽くすディミックに向かって、アレックスは歩き始めた。

 ミルが後に続いた。

 突然、鐘の音が聞こえてきた。鐘楼の鐘だ。この場面を盛り上げるかのようにけたたましく鳴り響いている。

 その狂乱の独奏はすぐに混乱の合奏に変わった。人々が走り回る音や「火事だ!」という叫びが加わることによって。

「帽子女は上手くやってくれたみたいね」

「うん」

 アレックスはミルの言葉に頷き、ディミックが訊いてもいないことを語り始めた。

「まず、ゲラさんが教会の一角に火を付ける。その騒ぎに乗じて、衛士の格好をした僕たちが審問所に飛び込み、『火事です! 安全な場所まで逃げてください!』なんてことを叫ぶ。そして、あんたを避難させるように見せかけて、人目に付かないところで殺す――そういう筋書きを用意してたんだけど、火事を起こす前にあんたが審問所から出たもんだから、予定が変わっちゃったよ」

 剣が届く距離に達したところで歩みを止める。

「なんだか、この状況は活劇のクライマックス直前みたいだよね。悪役が主人公を追い詰めておきながら、とどめを刺さずに長々と喋ったりするような場面だよ。そういう悪役たちの気分が今の僕にはよく判る。やっぱり、すぐに殺しちゃったら面白くない」

「ア、ア、アレックス……」

 ディミックの唇がわななき、命乞いの言葉が喘ぎと共に吐き出された。

「は、話し合おうじゃないか……いや、話し合う前に謝らせてほしい。君を見捨てたことについては申し訳ないと思っている。本当にすまなかった。今までのことは水に流して、また手を組んでくれないか?」

「やめなよ、ウォルラス。謝っても無駄。取引を持ちかけても無駄。泣き落としも脅しも無駄。なにをしたところで、僕の意思は変わらないし、あんたの運命も変わらない。今、ここで、あんたは、僕に、殺される。ワカリマシタカ(ファーシュテーン)?」

 最後の言葉はアンゲラ仕込みの怪しげなドロッセルラント語だ。

 ディミックが後退りを始めた。小刻みに震える両手が袖の中にゆっくりと引き込まれていく。

「活劇なら、ここで主人公が逆転するんだろうな。あっと驚くような手段でね。だけど、現実と活劇は違う。仮にこれが活劇だったとしても、あんたは主人公じゃない」

 アレックスは間違っていた。

 確かにディミックは活劇の主人公ではないが――

「私に近寄るな!」

 ――叫びながら、「あっと驚くような手段」を披露した。腕を振り上げて、握りしめていたものを袖から突き出したのだ。

 ほぼ同時に鈍色の光が跳ね上がった。

 アレックスの剣である。

 ディミックの手の中のものが指ごと断ち切られ、そこから色とりどりの小さな球体がいくつも零れ落ちた。

「……?」

 悲鳴を上げることも忘れてしまったのか、ディミックは手を顔の前に持ってきて茫然と見つめた。人差し指と中指を失った手。残された指には、切り裂かれた小袋が引っ掛かっている。

 銃を突きつけるつもりが、間違って反対側の手(飴玉が詰まった小袋を握り締めていた手だ)を動かしてしまった……というような椿事の内幕など、アレックスは知る由もない。そもそも、相手が銃を隠し持っていることも知らない。ただ反射的に剣を振り上げただけだ。

 床に散らばった飴玉をアレックスは見下ろした。続いて、ミルと顔を見合わせた。そして、ディミックにまた視線を戻した。

「この人、なにがやりたかったのかな?」

「さあ?」

 ミルは首をひねった。

 次の瞬間、ディミックが絶叫した。ようやく事態を把握し、手の痛みが認識できたらしい。

 叫ぶだけでは終わらなかった。ディミックは反対側の腕を振り上げた。

 今度こそ、本物の「あっと驚くような手段」であるホイールロック式の短銃が姿を現した。

 アレックスの剣が再び閃いた。

 だが、空を斬った。

 ディミックが体を大きく仰け反らせたのだ。意図的に躱したのではない。飴玉を踏みつけて足を滑らせてしまったのである。

 ディミックは体勢を立て直せずに尻餅をついたが、銃は離さなかった。しかし、狙いをつけることもできなかった。

 銃声が聞こえた。

 小さな苦鳴も聞こえた。

 その苦鳴に気を取られつつ、アレックスはディミックの手に斬りつけた。短銃が床に落ちた。更に相手の鼻面に靴底を打ち込んで昏倒させてから振り返る。

「ミリアム!」

 ミルは何も答えなかった。手を左胸にあて、アレックスを見つめている。

 その手がどけられた。

 胸当ての左側に小さな穴が穿たれていた。

「……最悪」

 溜息混じりにそう呟き、ミルはゆっくりと崩折れた。

 その光景が曳き金となって、アレックスの頭の中でなにかが弾け飛び、塞き止められていた記憶が流れ出した。とはいえ、それは当惑や感動をもたらさなかった。今、彼の心を占めているのは甦りつつある記憶ではなく、目の前で倒れ伏した少女だ。

「ミルちゃん!」

 ミルに駆け寄り、その体を抱き起こした。胸当ての脇から流れ出した血が袖を赤黒く染めていく。その染みが篭手に達すると同時に記憶の奔流も止まった。

 アレックスは知った。

 いや、思い出した。

 自分が何者なのかを。

「くそっ!」と、ミルが毒づいた。「撃たれた! 撃たれた! 撃たれた! めちゃくちゃ痛いよ……」

「大丈夫だよ。かすり傷さ」

「そんなわけないでしょうが! これ、致命傷だっつーの!」

「大丈夫だって。本当に大丈夫だから」

「はいはい、そーですか。まさか、こんなマヌケな死に様をさらすことになるとはね……まあ、しょうがないか。自業自得ってやつ? 兄貴ほどじゃないけど、あたしも悪いことを沢山やってきたから……楽に死ねなくても……神様に文句は……言えな……」

 ミルの言葉は途中で消え、瞼がゆっくりと落ちた。

 アレックスは彼女を揺さぶり、大声を張り上げた。

「ミルちゃーん!」

「うるさい!」

 ミルが目を開けて、怒鳴り返した。

「お願いだから、体を揺らさないでよ。傷口が痛くて死にそうなんだから……っていうか、死ぬんだけどね」

「いや、君は死なない。絶対に助かる」

「気休めはやめて。それより、訊きたいことがあるの。あんたの言い種じゃないけど、最後のお別れなんだから、真面目に答えなさい」

 ミルの手が伸び、アレックスの肩に置かれた。

「さっき、あたしのことを『ミリアム』って呼んだよね」

「え? そうだっけ?」

「ごまかさないで。どうして、あたしの本当の名前を知ってるの? あんたに教えた覚えはないのに……」

 アレックスに答える暇を与えることなく、ミルは瞳を覗き込んで畳みかけてきた。

「やっぱり、あんたは兄貴なの? だから、あたしの名前を知っていたの?」

 逡巡の嵐がアレックスの胸中で吹き荒れた。自分が何者なのかは判ったが、ミルの聞きたがっている言葉は判らない。彼女は真実を求めているのか? それとも……。

 どんなに考えても結論は出なかった。迷っている間もミルの血は流れ続けていく。

 アレックスは決めた。

 そして、その判断が間違いでないことを祈りつつ、死に逝く少女に「真実」を告げた。

「そうさ。俺はアレックス・ザ・ミディアムだ」



 ミルの目が大きく見開かれた。

 そこに映し出された自分の顔をアレックスは見た。瞳の中の彼は得意げに笑っている。大掛かりな悪戯を成功させた子供のように。

「驚いたか? 実を言うと、最初(ハナ)っから記憶をなくしちゃいなかったんだよ。なにも覚えてない振りをして、おまえをからかってたんだ。まさか、こんなに上手くいくとは思わなかったけどな」

「あんたが本当にあに……」

 全てを言い終える前にミルは激しく咳こみ、血を吐いた。

 アレックスは右腕でミルの体を抱き起こしたまま、左手で彼女の口許の血を拭った。その時になって、自分の指先が震えていることに気付いた。ミルも気付いただろうか?

 やがて、血の混じった咳は苦しげな喘鳴に変わり、また言葉に戻った。

「……あんたが本当に兄貴なら、言っておかなくちゃいけないことがあるの」

「『本当に兄貴なら』なんて言葉は余計だろうが。正真正銘、嘘偽りなく、絶対に、神かけて、頭のてっぺんから爪先まで、俺はアレックス・ザ・ミディアムなんだぜ」

 ミルは軽口に耳を貸さなかった。あるいは聞こえなかったのかもしれない。

「帽子女は間違ってるわ。それとも、本当のことを知った上で、わざと間違った推測を口にしたのかな」

「なんのことだ?」

「兄貴たちの隠れ家を密告したのはディミックじゃなくて――」

 アレックスの肩に置かれた手に力が込められた。

「――あたしよ」

 ミルは両目をきつく閉じた。その隙間から涙が滲み出し、流れ落ちていく。

「あたしが兄貴の情報を売ったの。店を開くためのお金が欲しかったし……それに……それに……ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ご、ごめ……」

 しゃくりあげ、また咳こみ、血を吐きながら、少女は「ごめんなさい」という言葉を何度も繰り返した。自分を抱きかかえている男を兄と認め、彼に侘びているようにも見えるし、脳裏に浮かぶ兄に侘びているようにも見える。

 アレックスは放心の(てい)だったが、込み上げてくる怒りによって我に返った。ミルに対する怒りではない。彼女が恐怖や悔恨や罪悪感を抱いていることも知らずに、復讐ごっこに興じていた自分に対する怒りだ。

「このバカ野郎! つまらねえことで謝ってんじゃねえよ!」

 自分を罵倒する代わりにミルを怒鳴りつけた。

 とても優しい怒鳴り声だった。

「悪びれなくてもいいし、侘びなくてもいいし、泣かなくてもいい。謝るのは俺のほうだ。密告しなくちゃいけないところにまでおまえを追い詰めたのは俺なんだからな。おい、聞いてんのか?」

 返事はない。

 ミルの手が肩から離れて床に落ちた。

「ミル! ここに来る前、おまえは言ったよな? 『これはまっとうな人間としてやり直すためのチャンスだ』ってよ。俺はこのチャンスを無駄にしないぜ。これからは正しい道を進む! まっとうな人間になる! おまえが胸を張って自慢できるような兄貴になってやる!」

 ミルの目が開いた。その潤んだ瞳に映っているアレックスの顔はもう笑ってはいない。

「……絶対、嘘だ」

 それが妹の最後の言葉だった。



 アレックスはミルを床に寝かせ、顔を撫でるようにして目を閉じさせた。

 彼女の言葉がまだ耳に残っている。

『絶対、嘘だ』

 いったい、なにを嘘と見做したのだろう。「俺はアレックス・ザ・ミディアムだ」という告白か? それとも、「これからは正しい道を進む」という決意か?

 どんなに考えても、答えは出なかった。もっとも、答えが出たとしても、それが正解かどうかを確かめることはできない。

 ミルは死んだのだから。

 アレックスは剣を拾い上げ、正解を知る機会を奪った男を見た。

 ディミックは意識を取り戻していた。立ち上がる気力もないのか、大きな尻を引きずるようにして後退りしている。

「く、く、来るな!」

 歪んだ状態で硬直していた顔が弛み、口から涎が滴り落ちた。恐怖の針が振り切れて、筋肉が弛緩したのだろう。

「なにを怖がってんだ、ウォルラス? お得意の真導(ウェイク)を使えば、この程度の窮地は切り抜けられるだろうがよ」

「ま、待ってくれ、わた……」

 ディミックがすべてを言い終える前にアレックスは駆け出し――

「しゃあーッ!」

 ――袈裟がけにディミックの左肩に斬り下ろし、更に左の腰から右肩に斬り上げた。

 絶叫が響き渡り、Xの字を刻まれた巨体がのけぞった。

 突き上げられた下腹部を刃が一文字に断ち割り、腸がはみ出した。その腸をかき集めるために伸ばされた両腕が手首のところで斬り落とされた。続いて、右の耳が削ぎ落とされた。左の耳は斬られなかったが、剣の切先が耳孔に捩じ込まれた。致命傷にならない程度に浅く、激痛を与える程度に深く。

 叫びながら、泣きながら、喚きながら、ディミックは血の海でのたうちまわった。

 その叫喚にまぎれて別の音が背後から聞こえてきたような気がしたが、アレックスは振り返らずに解体を続けた。

「シングァ……く……んぅ…………た、た、たずくぇ……て……」

 手首から先を失った両腕を伸ばして、ディミックが言葉らしきものを発した。その目はアレックスの後方に向けられている。

 ようやくアレックスは振り返った。

 祭壇の奥――ラムディアの紋章が描かれた壁の前に一人の男が立っていた。藍色の僧衣を着た若い男だ。死霊(レイス)のように青ざめた顔をして、生気のない目でアレックスを見つめている。

 アレックスも男を見つめた。〈教団〉(ニュー・オーダー)の幹部を惨殺しているところを見られたのだから、すぐにこの場から逃げるなり、目撃者を殺すなりすべきなのだろう。だが、なにもしなかった。相手に敵意が感じられないからだ。

「随分と劇的な登場だねえ」

 そう言いながら、ディミックの顔面に剣を突き立てて床に縫い付けた。

「ぶげぇ!」

 断末魔の声が足元から聞こえた。

 こうして、あっさりと復讐劇の幕は閉じた。

 達成感はない。

 満足感もない。

 以前のアレックスなら、込み上げてくる虚しささえも楽しむことができただろう。「なんか、カッコいいよね。復讐を終え、虚無感を抱いて生き続ける孤高の戦士って感じ?」というような具合に。

 以前のままではないアレックスは男に尋ねた。

「あんた、誰?」

「レイス・シンガー」と、男は名乗った。「おまえは俺のことを知らないだろうが、俺はおまえのことを知ってる」

「ホントに?」

「ああ。おまえはアレックス・ザ・ミディアムだ」

「いや、違う」

 アレックスはかぶりを振った。

「僕はアルシャオ・インだ」


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