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アレックス最後の戦い  作者: 土師 三良
第七幕 僕に関する最後のメモ
36/41

第一場

犬が行方不明/メンテナンスはまだ終わらない/人生からの逃亡/見捨てたのは誰か?/審問会/レアケース/質問に質問で答える/退場はゆっくりと




「シンガー君の消息はまだ掴めないのかね?」

「はい」

 何十回となく投げかけられてきた質問にいつもと同じ答えを返して、シャンメイはディミック副長の手元に目をやった。芋虫にも似た十本の指がホイールロック式の短銃の上を這い回っている。ここ数日、ディミックは銃をいじってばかりいた。「定期的な手入れ」というのは随分と時間がかかるものらしい。

 銃を持ち出した日から彼の顔に現れた恐怖の影は消えていない。それどころか、日を追うごとに濃くなっている。レイスの失踪という不可解な事態が恐怖を増幅させているのだろう。

「ひょっとしたら、シンガー君は逃げ出したのかもしれないね」

「なにから逃げるというのですか?」

「人生からだよ。審問官(リヴァイザー)の職務に疑問を抱き、その疑問を消せぬまま仕事を続けていくうちになにもかもが嫌になって、すべてを投げ出してしまう――そんな愚かな真似をしでかした者が過去に何人かいるんだ。シンガー君も同じ道を辿ったんじゃないかな」

 ディミックの口から、巨体に見合った大きな溜息が吐き出された。

「実に残念だよ。彼には目をかけていたのだがね。恩を仇で返されるとは……」

「まだ逃げ出したと決まったわけではないでしょう。なにかの事件や陰謀に巻き込まれたのかもしれません」

 シャンメイはかつての恋人を擁護した。それはディミックへの非難でもあった。「事件や陰謀に巻き込まれた」という言葉の衣を剥げば、「あんたの敵に拉致もしくは殺害された」という言葉が現れる。

「そうかもしれないね」

 ディミックは不承不承に同意した。

「無駄だと思うが、アレックスの件が一段落したら、手の空いている者たちにシンガー君の捜索をさせよう」

(とか言いながら、レイスを探す気はないんでしょう)

 飼い主に見捨てられた猟犬のことを思い、シャンメイは唇を噛んだ。

 その時、ある疑念が頭を過ぎった。本当に猟犬は飼い主に見捨てられたのだろうか? 実は猟犬のほうが飼い主を見限ったのではないか?

 猟犬の飼い主が話題を変えた。

「アレックスの件と言えば、審問会が開かれるのは今日だったね」

「はい。一刻後に始まります」

「そうか。では、それまでに仕事を済ませておこう」

「審問会を謁見されるのですか?」

「もちろんだよ」

 アレックスの妹を伴って数日前に出頭した少年は本当に残魂転移の素体なのか? また、素体だとしたら、アレックス・ザ・ミディアムの魂は本当に宿っているのか? それを確かめることが今日の審問会の目的だ。

 本来ならば、このような面倒な手続きは踏まずに素体は問答無用で処刑される(残魂転移は異端の真導(ウェイク)の中でも特に邪悪かつ危険なものと見做されているからだ)のだが、今回は特別に審問会が執り行なわれることになった。教会内では「ディミック副長が審問会の実施を強硬に主張した」という噂が流れている。

 副長の秘書官であるシャンメイはその噂が事実であることを知っていた。

「この審問会は必要なのですか?」

 責めるような語調で尋ねると、ディミックの顔の下部が体の中に沈み込んだ。肩をすくめたのかもしれない。

「逆に私がユォ君に訊きたいな。この審問会は必要ないと思うのかね?」

「私はともかく、出頭した被疑者はそう思っているかもしれません。ダックワース主任から聞いたところによると、被疑者は自分がアレックス・ザ・ミディアムであることを認めているそうです」

「しかし、それは被疑者の狂言かもしれないじゃないか」

「だとしたら、彼の狙いはなんでしょうか? アレックスになりすましたところで、なんの得にもならないと思いますが……」

「さあね。私の知ったことではないよ」

 ディミックは渋面をつくった。彼にしては珍しいことだ。しかし、滅多に見せない表情を披露したところで、その顔に焼き付いている恐怖の影が隠せるわけではない。

 手が短銃から離れて、軽く振られた。いつもと同じ動作だが、今日のそれは「退室してもよろしい」というよりも「さっさと出て行け」という意味合いが強いようだ。

 シャンメイは一礼し、わざと時間をかけて退室した。

 憎悪の念が込められた視線を背中に感じたが、足取りが乱れることはなかった。


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