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アレックス最後の戦い  作者: 土師 三良
第四幕 水底(みなそこ)と街角で
22/41

第一場

簡潔な報告/副長の舞踏あるある/萌葱色の飴玉/再確認、再々確認/ラークスパー事件について/暴力の代償は血/笑顔/最良の選択




「タヴァナー市の駐留(レジデント)審問官(・リヴァイザー)から報告書が届きました」

 報告書と言っても、シャンメイが机に置いた紙にはたった一行しか記されていない。

 その一行をディミックは読み上げた。

「『セバスチャン・スルーフィールドの背後関係を洗ったが、特に収穫はなし』か……」

 半球型の頭が微かに傾いた。首をかしげたつもりなのだろう。

「この報告はなにを意味するのだろうね。スルーフィールドの背後には誰もいないということか。それとも、巧妙に姿を隠しているだけなのか」

「前者でしょう。スルーフィールドは尊大な男だったと聞いています。誰かの手足になることを良しとするは思えません」

「しかし、スルーフィールドは単純な男だったとも聞いている。その単純な性格に付け込まれ、自分でも気付かぬうちに誰かの手足になっていたのかもしれないよ。(おのれ)の意思で踊っているつもりが、実は他者に踊らされていた――よくある話じゃないか」

 ディミックは小壺から萌葱色の飴玉を取り出し、目の前に持ってきた。

 飴玉の奥にある目を睨みつけて、シャンメイは挑むような語調で疑問を口にした。

「私は背後関係よりも目的のほうが気になります。スルーフィールドはなんのために残魂転移をおこなったのでしょうか?」

「おそらく、粛正省に対する示威行為だろう。無名の人間を復活させたところで威を示すことはできないから、アレックス・ザ・ミディアムを選んだんじゃないかな」

 無理のある推論だが、シャンメイは異を唱えることができなかった。反論する暇を与えることなく、相手が話題を変えたからだ。

「ところで、ユォ君はまだ信じていないのかな? アレックスが残魂転移によって復活したということを……」

「はい。昨日も言いましたが、あまりにも荒唐無稽ですから」

 どんなに鈍い人間でも、彼女の「昨日も言いましたが」という言葉に「何度も同じことを訊くな」という苛立ちが込められていることは判るはずだ。

 だが、ディミックはしつこく念を押してきた。

「本当に信じられないのかね?」

「はい」

「しかし、エイン・ラークスパーがしでかしたことを忘れたわけではないだろう?」

 苦い記憶が頭の奥で蠢いた。

 ラークスパー事件を忘れるわけがない。一ヶ月ほど前、エルドリッチ市で小区長を務めていたエイン・ラークスパー三級真導師(コンダクター)が三人の弟子とともに残魂転移をおこなった。素体にされたのは、ラークスパーが人形屋から買い取ったチャオ人の少女だ。

「ラークスパー事件は覚えていますが、それとこれになんの関係があるのですか?」

「あの事件を処理した審問官(リヴァイザー)は、君が愛してやまないシンガー君だよ」

「……」

 副長の顔を睨みつけながら、シャンメイは考えた。この場合、どのような対応をすればいいのだろう。「レイスとはもう終わりました」と言えばいいのか? いや、それは無意味だ。ディミックは破局を知った上でレイスの名前を出したに違いない。

「シンガー君はラークスパーたちの隠れ家に乗り込み、すべてを浄化した……つまり、殺したんだ。首謀者のラークスパーを。彼に師事していた三人の無級真導師(ディサイプル)を。そして、残魂転移の素体として利用された少女をね」

 それとも、この男の顔に拳を叩き込んでやろうか? いや、論外だ。こんな奴に暴力を振るったところで良心は痛まないが、返り血で服を汚したくない(ディミックに血が通っているとすればの話だが)。

「ラークスパーと無級真導師たちはともかく、少女まで殺す必要はないはずだ――そう思う者もいるだろう。しかし、シンガー君は間違ったことはしていない。審問官として職務を果たしただけだ。異端の真導(ウェイク)を施された者は浄化しなくてはいけないのだよ。たとえ、その被術者がなんの罪もない少女であろうとね」

 では、なにも聞こえなかったような顔をして立ち去るというのはどうだろう?

「しかし、しかしだよ。ユォ君が言うように残魂転移が実在しなかったとしたら、シンガー君は大きな過ちを犯したことになる。そう、殺す必要のない少女を殺してしまったという過ちだ。それを踏まえた上で残魂転移を否定しているのかね?」

 ディミックは飴玉を口に投げ入れると、目を細め、薄い唇を捻じ曲げた。ぎこちなく、どこかユーモラスで、それでいて悪意に満ちた笑顔。

 結局、シャンメイは三つめの行動を選ぶことにした。退室の許可を待たずに振り返り、扉に向かって歩き出す。

 ディミックに呼び止められることはなかった。叱責もされなかった。

 背後から聞こえてきたのは、飴玉を噛み砕く音だけだった。

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