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エイシアの夢

「よぉ! エイシア」

 空から声が落ちてきた。

 エイシアは顔を上げた。

 空に首が浮かんでいる。

 アレックス・ザ・ミデアィムの首が。

「これは……夢ね」

「そうさ。これは夢だ」

 と、エイシアの呟きにアレックスの首が応じた。

「よく聞け、エイシア。夢というのは、それを見ている人間の想像力の産物だ。つまり、この夢の中にいる俺は本物のアレックスじゃなくて、おまえの心が生み出したアレックスなんだよ。今、俺が喋っている言葉も本物のアレックスの言葉じゃないぜ。俺の口を借りて、おまえが喋ってるのさ。下手な一人芝居みてえによぉ」

「なにが言いたいの?」

「俺ァ、忠告してんだよ。こんな無意味な夢を見たところで、なんにもなりゃしねえ。もっと楽しい夢を見ろ。それができなきゃ、目を覚ませ」

「じゃあ、目を覚ますよ。そして、現実の世界であんたを見つけ出してやる」

「見つけ出すぅ? あはははははははは!」

 アレックスの首は大声を上げて笑いながら、鳥のように飛び回った。腐臭を帯びた血が切断面から撒き散らされ、エイシアに降り注ぐ。

「俺を見つけることなんか、できるわけねえだろうがよ! もう、俺はこの世にいねえんだ! 死人だからな!」

「『死人だった』の間違いでしょ」

 血を全身に浴びながら、エイシアはそう言った。

 それはとても小さな声だったのだが、アレックスには聞こえたらしい。彼は笑うのをやめ、飛び回るのもやめた。宙に静止し、怯えたような目でエイシアを見下ろす。

「うふっ!」

 血塗れの顔でエイシアは微笑んだ。

「あんたは死人だった。でも、残魂転移の真導(ウェイク)で生き返り、ちっぽけな石に封じ込めれて、別の人間の体に移されちゃったのよ」

「寝言を抜かしてんじゃねえぞ、このクリケットが!」

 アレックスは叫んだ。血の混じった唾が飛んだ。

「残魂転移なんざ、俺は信じねえ!」

「あたしは信じる!」

 叫び返した途端、闇の色をした緞帳が降り、アレックスの首は視界から消えた。



 頭に軽い衝撃を受けて、エイシアは目を覚ました。

 腕枕の上で寝ていたのだが、その腕が引き抜かれたため、本物の枕の上に頭が落ちたのだ。

「なんなのよ、もう……」

 エイシアは上体を起こした。室内は闇に包まれている。

 横を見た。腕枕の男がそこに寝ているはずだ。彼の顔がある位置に向かって、拳を振り下ろした。

「痛い」

 と、さして痛くなさそうな声をあげた後、男はエイシアに言った。

「なんだ?」

「人の安眠を妨害しといて、『なんだ』はないでしょ」

「悪い。腕が痺れてきたんでね」

「それにしたって、いきなりどけることないじゃない。空いてるほうの手で頭を優しく支えつつ、枕にしていた腕をしかるべき位置に戻してから、頭をやさしく置いてあげる――そういう具合に事を進めようとは思わなかったの?」

「思わなかった」

「優しい人だこと。泣けてくるわ。どうして、こんな男と寝ちゃったのかなー」

「ものの弾みじゃないか」

 と、その男――レイス・シンガーは言った。

「どっちが弾んじゃったかのな。あたし? それとも、貴方?」

「あきらかに君だろう。しかし、俺にも責任の一端があることは認める。仕事に差し支えるから、こういうのはこれっきりにしよう」

「差し支えるかな? 逆に捗るかもよー」

 エイシアはレイスの上にまたがると、彼の顔がある位置を見下ろした。

「降りてくれ。俺は眠りたい」

「眠る前にあたしの話を聞いてよ。あたしね、貴方に期待してるの。貴方に賭けていると言ってもいい」

「なにを期待しているというんだ?」

「アレックスを殺すことよ。奴は手強い。騎士団に捕らえられた時も十人以上の騎士を返り討ちにしたんだって。しかも、泥酔した状態でね」

 レイスの左胸に手を這わせる。指先から鼓動が伝わってきた。

「あたしも腕に覚えはあるけど、アレックスには勝てないと思う。でも、貴方なら、倒すことができるかもしれない。なにせ、五十人殺しのレイス・シンガーだもんね」

「五十人じゃない。俺がエルドリッチ市で始末した獲物は五人だけだ」

「何人でもいいよ。とにかく、貴方は強いんでしょ?」

「まあね」

「だったら、アレックス・ザ・ミディアムを殺してちょうだい。確実に殺してちょうだい。あたしの目の前で殺してちょうだい。これ以上はないってくらい残酷なやりかたで殺してちょうだい」

 声が上擦る。目頭が熱くなる。〈グレイノーモアの虐殺〉の犠牲となった弟妹の顔が頭を過ぎる。悲しみと共に悦びが湧き上がり、高揚感が全身を駆け巡る。果たせなかった復讐を果たせるのだ。弟と妹の仇を討てるのだ。歓喜の叫びを上げたい。哀切の涙を流したい。

 しかし、エイシアは衝動を抑え込み――

「うふっ!」

 ――と、笑った。

 その猫のような笑いや普段の突飛な言動は激情を隠すための仮面であり、心を暴走させないための安全装置でもある。彼女は自分を制御するために奇矯な女を演じているのだ。演じていると言っても、生来の性質を誇張しているだけなので、どこまでが演技なのかは本人にも判らなかったが。

「あたしの期待を絶対に裏切らないでね、レイス・シンガー」

「今更、なにを言ってるんだ? 君に期待されるまでもない。俺はアレックスを必ず見つけ出す」

「それが審問官(リヴァイザー)の職務だから?」

「俺の動機なんか、どうでもいいだろう。家族を殺された君の悔しさや哀しさは判らなくもないが、復讐心を共有することはできないよ。俺は自分自身のためにアレックスを追うんだ」

「うふっ!」

「……ここは笑う場面じゃないぞ」

「だって、貴方が素体のことを『617』でも『ホーホー・ホイ』でもなくて、『アレックス』と呼んでるんだもの。残魂転移なんて信じていないくせにさ」

 指先から伝わってくるレイスの鼓動が速くなった。彼の中で〈獣〉が吼えているのだ。エイシアはそれを感じ取った。〈獣〉の正体までは判らなかったが。

「ねえ、訊いておきたいことがあるの」

 レイスの顔を両手で挟み、ゆっくりと体を倒す。

「あの聴取録に、とても気になる一言があったんだよねー。小隊長の聴取に出てきた言葉だよ。なんのことだか判る?」

「判らない」

「じゃあ、判らせてあげる」

 エイシアは相手の耳元に唇を近づけ、殺気を含んだ声で囁きかけた。

「誰が『骨張った女』だって?」

「いや、あれは言葉の綾……」

 レイスが弁解を始めたが、エイシアはそれを無視して、彼の耳に噛みついた。

次回は2015年7月25日頃に投稿予定。

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