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アレックス最後の戦い  作者: 土師 三良
第二幕 無法街のストレンジャー
13/41

第五場

はかない望み、消えない女/「グレイノーモアだよ」/殺戮のキャンプファイヤー/二度目のチャンス/論理的思考/たのしいばんごはん/おかしな話/あてにならない人物評/正しい道/カーペンター先生、かく語りき/最高の発明品




 目を開ければ、エイシアは消えているかもしれない――そんな願望を抱きつつ、俺はゆっくりと瞼を上げた。

 当然のことながら、エイシアは消えていなかった。右目を隠す前髪を指で梳きながら、こちらを興味深げに見つめている。

「いったい、なんの用だ?」

「べつに用はないよ。暇だから、貴方の顔を見に来ただけ」

「俺の顔を見たところで、暇つぶしにはならないだろう」

 俺は聴取録を机に置いた。

 すると、髪をいじっていたエイシアが素早く手を伸ばし、聴取録を掴み取った。その一連の動きは、暢気に毛づくろいしていた猫が不意に目の色を変えて獲物に飛びかかる様を連想させた。

「この本は?」

「聴取の記録だ」

「へぇー。わざわざ綴じてるんだ。粛正省って、無駄なところに力を入れるのね。これ、借りてもいいかな?」

「好きにしろ」

「ありがと。うふっ!」

 エイシアは笑った。猫のように。

 もちろん、俺は微笑み返したりしなかった。

「その代わりというわけでもないが、訊いておきたいことがある」

「はいはい。なんでも訊いてくださいなー」

「なぜ、君は粛正省への出向者に志願した?」

「愚問だね。アレックス・ザ・ミディアムを捕まえるために決まってるでしょ」

「冗談はやめろ」

「冗談じゃないよ。あたしはね、真導(ウェイク)を信じてるの」

 その言葉を聞いた途端、心の中の〈獣〉が騒ぎ始めた。

「真導を信じてる……だから、アレックスの復活も信じているというのか?」

「信じてるっていうか、信じたいんだな。アレックスが本当に生き返ったのなら、復讐を果たすことができるからね」

「復讐?」

「うん。あたしの故郷がどこだか知ってる?」

「知るもんか」

「グレイノーモアだよ」

「……」

 さすがに言葉が出ない。〈獣〉も黙り込んだ。

〈グレイノーモアの虐殺〉のことは何度も耳にした。アレックス率いる〈吼え猛る(ハウリング・)ヤマネ団〉(ドーマイス)は五十人近くの村人を殺した挙句、その死体(だけでなく、仲間の死体までも)を切り刻み、山のように積み上げて盛大に燃やしたという。この種の噂の常として誇張されているのかもしれないが、虐殺があったという事実に変わりはないだろう。

「〈吼え猛るヤマネ団〉は四十八人の村人を殺したの。その中には、子供の頃に一緒に遊んだ友達もいたし、近所に住んでいた親切なおばあちゃんもいたし、小さな教会を一人で切り盛りしていた真導師(コンダクター)の先生もいたし、警鼓隊に入ることに大反対していた口煩い村長さんもいた。そして、あたしの……」

「家族も?」

「うん」

 話の内容に反して、エイシアの声や表情は穏やかだ。明日の天気や夕飯の献立などの日常的な話題に切り替わったとしても、聞き手は違和感を抱かないかもしれない。

「もっとも、家族全員が殺されたわけじゃないけどね。自警団の団長を務めていた父さんは生き残った」

「不幸中の幸いだな」

 我ながら無神経な発言だ。でも、他に言葉が見つからない。

 俺の無神経さを責めることなく、エイシアは軽い調子で言った。

「殺されなかったからといって、無傷で済んだわけじゃないよ。父さんは両目を潰されたの」

「……」

「当然、あたしは復讐を誓った。それなのに中央の騎士(カカシ)どもが出張ってきて、警鼓隊より先にアレックスを捕まえちゃったんだよね」

「そして、アレックスは処刑され、復讐の機会は失われたというわけか」

「うん。でも、神様は二度目のチャンスをくれた。死人に復讐してやることはできないけど、その死人が生き返ったのなら、話は別だよ。今度こそ、あたしはアレックス・ザ・ミディアムを探し出し、捕まえて、奴の死を見届ける。この目に! しっかりと! 焼き付けてやる!」

 エイシアは左目の下の辺りを指先で軽くつついた。

「そのためにあたしは出向してきたの。納得できたかな?」

「できた」と、俺は頷いた。

「よろしい」と、エイシアも頷いた。

「しかし、俺の傍にいても、お目当ての617を捕まえられるとは限らないぞ。君がここで油を売っている間に、617は別の町の警鼓隊や審問官(リヴァイザー)に捕まるかもしれない」

「でも、どこかでアレックスが目撃されたりしたら、その情報は貴方に届くんだよね? 貴方はこの事件の担当者なんだから」

「ああ、そうだ」

「だったら、あてもなく島中を歩き回ってアレックスを探し回るよりも、貴方の傍で有益な情報を待っていたほうが効率的でしょ」

「クリケットにしては論理的な考え方ができるじゃないか」

「うふっ! 貴方に褒められるとは思わなかったな」

「べつに褒めてるわけじゃない」

 そう言った後で、俺は思わず呟きを漏らしていた。

「……しかし、おかしな話だな」

「なにがおかしいの?」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

「なによ、それ? 気にしないでくれとか言われたら、逆に気になっちゃうんですけどぉ」

「だったら、ずっと気にしてろ」

 不満げに唇を尖らせるエイシアを残して、俺は部屋から出て行こうとした。

「どこに行くの?」

「少し早いが、晩飯を食べる」

「あたしもつきあっていいかな?」

「なるべくなら、遠慮してほしいね」

「どこで食べるの?」

「俺の言ったことが聞こえなかったのか?」

「ちゃんと聞こえたよ」

 エイシアは聴取録を脇に抱えると、俺の横に並び、先程の質問を繰り返した。

「で、どこで食べるの?」



 中央教会の傍に〈愛しきデライラ亭〉という食堂がある。

 長方形の敷地に建てられているため、奥行きはあるが、間口はおそろしく狭い。片側の長辺には九卓の小さなテーブルが壁に密着した状態で並び、反対側にはカウンターが設けられている。テーブルとカウンターに挟まれた空間は、かろうじて横這いにならずに歩ける程度の幅しかない。少しでも広く見せるためか、テーブルの側の壁一面には広大な草原とそこで戯れる天使(マンカインド)たちの姿が描かれているが、効果は挙げていない。むしろ、その乱暴な筆使いと単調な色使いのせいで、狭い店内が更に狭苦しいものに見える。

 そんなウナギの寝床の最深部にある九番テーブルで俺は夕食を取っていた。卓上に並べられているのは、ブレッド・アンド・バタフライと呼ばれるセット――丸い白パンと鮭のフライ。それにレッドビーツを使った皇国風スープ。昨日も一昨日も同じ店の同じ席で同じ夕食を取った。その時との相違点はただ一つ。向かい側にエイシアが座っていること。

 エイシアの前には空っぽの皿だけが置かれていた。速攻で胃袋に納めてしまったのだ。

「ねえねえ。おかしな話のことを教えてよ」

 指についたタルトの屑とローズジャムを舐めながら、エイシアが言った。

「なんのことだ?」

「ほら、ここに来る前、思わせ振りに『おかしな話だな』とか言ってたでしょ」

「思わせ振りに言った覚えはない」

 俺は突き放すように言い捨て、会話を打ち切った。

 だが、エイシアのほうは突き放されたとも打ち切られたと思っていないらしい。ジャムまみれの指をくわえ、こちらをじっと見つめている。俺がなにも言わなければ、世界が終わる時まで見つめ続けているかもしれない。

 俺は敗北を悟ると、大きく嘆息して――

「つまり、こういうことだ」

 ――と、「おかしな話」について語り始めた。負け戦はさっさと終わらせたほうがいい。

「俺は真導を信じていないが、君は真導を信じている。俺はアレックスが生き返ったなんて思っちゃいないが、君はアレックスが生き返ったと思っている。普通に考えるなら、俺のほうがまとも(ヽヽヽ)だ」

「ふむふむ」

「しかし、別の視点から見ると、話は違ってくるだろう。俺は罪のない旅芸人の617(ホーホー)を捕まえようとしている。しかも、罪のない旅芸人であることを知った上でな。一方、君は正当な復讐心に突き動かされ、無法者の617(アレックス)を追っている。そういう意味では君のほうが俺よりもまとも(ヽヽヽ)な人間なのかもしれない」

「ふふぅーん」

 感嘆とも挑発ともつかない声がエイシアの口から発せられた。

「貴方って、そういう考え方もできるんだ。意外とおもしろい人ね」

「おもしろい人か……ジェイコブは逆の評価をしたよ」

「小隊長の下す人物評はあてにしないほうがいいよ」

「そのようだな。ジェイコブは君のことを『重度のクリケット』と言っていたが、君はちょっとクリケットらしくない」

「どこらへんがらしくない(ヽヽヽヽヽ)かな?」

「たとえば、クリケットと呼ばれても怒らないところだな」

「クリケットという言葉はなんだか可愛い感じがするから、腹は立たないんだ。でも、らしくないと言うなら、貴方も真導師らしくないと思うな」

「どのあたりがらしくない(ヽヽヽヽヽ)んだ?」

「クリケットを見下しているところ。〈教団〉(ニュー・オーダー)からすれば、クリケットは上得意でしょ。もうちょっと優しく接するべきよ」

「いや、クリケットだからといって、特別扱いするのはおかしい。〈教団〉が人々に求めているのは、真導を信じることじゃなくて、正しい道を生きることなんだ」

 おいおい、レイスよ。まるで回帰主義者みたいな言い種じゃないか。偉そうなことを言ってるが、(おまえ)は「正しい道」とやらを進んでいるのか?

 その自問に自答することなく、俺は話を続けた。

「逆に言うと、それ以外にはなにも求めていないということだ。九痕聖典(ナイン・スティグマス)にも『信仰は義務でもなければ、美徳でもない』と明記されている」

「うふっ!」

 エイシアが笑った。

「なにがおかしい?」

「カーペンター先生も貴方と同じようなことを言ってたの」

「誰だ、それは?」

「あたしの村にいた真導師さん。〈グレイノーモアの虐殺〉の犠牲者の一人だよ」

「そういえば、君は『教会を切り盛りしていた真導師もヤマネ団に殺された』とか言っていたな」

「教会だけじゃなくて、孤児院も切り盛りしてたのよ。十年前、ヴォーパル風邪が流行した時、うちの村でも大勢の人が死んだの。両親を亡くした子もいた。カーペンター先生はその子たちを引き取って面倒を見てたんだ」

「泣かせる話だ」

「うん。先生は村の皆に慕われてた。ちょっと変人だったけどね」

「君に変人と評されるからには、度を越した変人だったんだろうな」

「その『度を越した変人』と発言が被ってる貴方はどうなのよ?」

「……」

「うふっ!」

 エイシアがまた笑った。

 俺は反駁の言葉を探した。

 一言も見つからなかった。

 しかたがないので、何も聞こえなかったかのような顔をして食事を再開した。猫のように笑う女を視界を入れないようにして、蝶の形を模した(つもりらしいが、ちっとも蝶には似ていない)鮭のフライを先割れスプーンで解体することに専念する。しかし、彼女の姿を視界から排除することはできても、その声を消すことはできない。

「そういえば、先生は他にもおもしろいことを言ってたなー。聞きたい?」

「聞きたくない」

「あら、そう。でも、聞かせちゃおうっと。先生が言うにはね、この世界は一つじゃなくて、二つなんだって。真導が存在する世界、真導が存在しない世界――その二つが重なってるの。そして、クリケットは真導が存在する世界にいて、貴方みたいな人は真導が存在しない世界にいるわけ」

 聞こえてくるのはエイシアの声だけではない。心の奥で〈獣〉も吠えている。

「あたしと貴方は同じ世界にいるように見えるけど、本当は違う世界にいるのよ。こういう考え方って、おもしろいと思わない?」

 彼女を頭から締め出すことを諦めて、俺は顔を上げた。

「こっち側もそっち側もあるものか。世界は一つだけだ」

 そう言い放ち、スプーンを放り出す。

「食べないの? まだ残ってるのに……」

「君のくだらない話のせいで食欲がなくなった」

「じゃあ、もーらい」

 エイシアは、スープが入った皿を自分の前に引き寄せた。

「ねえねえ、真導を信じない真導師さん。人類史上、最高最大最良の発明は何だか知ってる?」

「その謎かけもカーペンター先生とやらの受け売りか?」

「そうだよ」

「だったら、答えは察しがつく。真導こそが最高最大最良の発明だというんだろ」

「ぜぇーんぜん違う。正解は――」

 俺が使っていたスプーンをエイシアは手に取った。

「――じゃじゃーん! 先割れスプーンなのだ!」

「は?」

「だって、スプーンなのにフォークとしても使えるんだぜぇ。これって、凄くない? あたしが〈教団〉の教主だったら、先割れスプーンの発明者を聖人に認定しちゃうな」

「……」

 もうどうしていいのか判らない。ここに鏡はないから確認できないが、きっと俺の目はテンになっていることだろう。

 心の中の〈獣〉も吠えるのをやめて、首をかしげていた。

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