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アレックス最後の戦い  作者: 土師 三良
第二幕 無法街のストレンジャー
12/41

第四場

謝罪と反省/炎と水/丸椅子と空飛ぶ円盤/「これからどうする?」/いいこと/シデムシはいかにして生き延びたか/大物と渡り合う法/ミル、幻聴に悩まされる/十人中の一人/蜘蛛の巣へ/あらためて自己紹介




 ミルの店に踏み込んできた警鼓隊士たちはまだアレックスの額の石を見たわけではないが、彼こそが手配中の617だと確信しているらしい。

 舌先三寸で丸め込み、その確信を崩したとしても(そんな器用なことがアレックスにできるわけがないが)、隊士に暴力を振るったという事実までもが消えるわけではないから、見逃してはもらえないだろう。

 アレックスは覚悟を決めて――

「ごめんなさい!」

 ――深々と頭を下げた。

「頭突きをしたり、蹴ったり、逃げたりしたことは謝るよ。本当にごめんなさい。心から反省してます。二度と警鼓隊の皆さんに迷惑はかけません。だから、許してください……なんてことを言っても無駄かなー?」

 上目使いで隊士たちの様子をうかがう。

「無駄に決まっとるやろが!」

 鼻の潰れた隊士が怒鳴った。

「じゃあ、しょうがないな」

 アレックスは頭を上げ、自分の陣営を確認した。

 ミルはそっぽを向いた。「兄」を助けるつもりはないらしい。

 ペイ爺はまだカウンターの奥で身を潜めているようだ。話にならない。

「孤立無援か……厳しいなぁ」

「妙な気は起こすなよ」

 隊士の一人が凄味のある声で警告した。

「おとなしくしていれば、こっちも手荒なことはしない。だが、少しでも抵抗すれば――」

「――ブッ殺したる!」

 鼻の潰れた隊士が後を引き取った。

 別の隊士が冗談めかした調子で言った。

「しかし、簡単には殺せないかもな。小隊長から聞いたところによると、この若僧はアレックス・ザ・ミディアムの生まれ変わりなんだとよぉ」

 隊士たちは一斉に笑った。彼らは残魂転移など信じない常識人らしい。

 その常識人たちにアレックスは尋ねた。

「あんたたちは僕を粛正省に引き渡すつもりなのかな?」

「そうや。ここで投降すれば、粛正省行き。抵抗すれば、あの世行き。好きなほうを選ばしたるわ」

「どっちも選ばねえよ!」

 と、大声で答えたのはアレックスではない。カウンターの裏で身を縮めていたはずのペイ爺だ。

 彼は飛び上がるようにして姿を現し、腕を振り上げた。その手に握られているのは店の棚に並べられていた酒瓶の一つだが、少しばかり加工されていた。小さな炎が瓶の口で頼りなげに揺らめいている。油の染み込んだ料理の敷き紙を捻じ込み、燭台に刺さっていた弔い用の蝋燭で火を点けたのだろう。

「ほぉれ、このラベルを見ろ。銘酒コロンバインだぞ。こいつは本土のプランピック州で造られた強烈な火酒だ。燃えるぞ、燃えるぞ、燃えまくるぞぉ!」

 隊士たちが息を飲む。火炎瓶に恐れをなした……というよりも、予想外の展開とペイ爺の狂態に仰天したのだろう。

 仰天したのは彼らだけではない。悲鳴と怒号を兼ねた声をミルがペイ爺にぶつけた。

「ペ、ペイ爺! なんの真似よ!?」

「見ての通りだ! 俺はアレックスを守る! 警鼓隊(ブッタタキ)なんぞには渡さねえ!」

「ペイさんの気持ちはとてもありがたいんだけど――」

 と、警鼓隊に視線を向けたまま、アレックスが言った。

「――なぜ、僕を助けてくれるのかな?」

「理由は三つある。一つ、おまえは酒をおごってくれた。二つ、俺はブッタタキが大っ嫌いだ。三つ、事情はよく判らねえが、おまえに加勢したほうがおもしろくなりそうだ!」

 ペイ爺は隊士たちをねめつけて、最後の選択をつきつけた。

「さあ、今度はおまえらが選ぶ番だ。尻尾を丸めて退散するか! それとも、ここで火達磨になるか! 言っておくが、この瓶を避けることができたとしても、無傷では済まねえぞ。ミル嬢ちゃんも自分の兄貴を守るために命懸けで戦うだろうからな」

「なに言ってんのよ!? あたしを巻き込まないでよね!」

 ミルが怒鳴ったが、ペイ爺は耳を貸さなかった。

 隊士の一人がミルに詰問した。

「この爺さんの言っていることは本当か?」

「嘘に決まってるでしょうが! あたしのことは気にせず、このターバン野郎をさっさと捕まえなさいよ」

「うまい!」と、ペイ爺が叫ぶ。「そうやって、敵を油断させているんだな。さすがだぜ!」

「あんたは黙ってろっつーの!」

 ミルはペイ爺の後頭部に肘を打ち込んだ。

 ペイ爺はカウウターに突っ伏し、その拍子に火炎瓶が手から離れて宙を舞った。

 不思議なことに誰も悲鳴や喚声をあげなかった。だからといって、取り乱さなかったわけではない。鼻の潰れた隊士は外に逃げ出そうとしたが、足をもつれさせて転倒した。残りの隊士たちは瞬時に壁際まで後退した。アレックスは、犬に吠えられた猫さながらにカウンターに飛び乗った。ペイ爺は後頭部の痛みに呻きつつ、再びカウンターの下に身を沈めた。

 ただ一人、ミルだけはその場を動かず――

「なにやってんだか」

 ――と、肩をすくめた。

 瓶の割れる音が店内に響き渡り、中に詰まっていた液体が撒き散らされた。

 そして、床一面に炎が……燃え広がらなかった。

 敷き紙を燃やしていた炎は消えている。

 アレックスと隊士たちは、床にできた水溜りと周辺に散らばった瓶の破片を茫然と見つめた。

 しらけきった顔をして、ミルが皆に告げた。

「本土の高価な火酒がこんな店に置いてるわけないでしょうが。あの瓶は飾りみたいなもの。中身はただの水よ」

 やがて、永遠に等しい数瞬が過ぎ去ると、ペイ爺がカウンターの裏から顔を覗かせ、自分の頭を小突きながら、照れくさそうに舌を出した。

「てへっ! 失敗、失敗! 味見して中身を確かめておくべきだったなぁ」

 皆は我に返り、時間が再び動き始めた。

 最初に動いたのはアレックスである。彼はカウンターから飛び降り、武器を手に取った。剣ではなく、傍にあった木製の丸椅子だ。

 三人の隊士が剣を振り上げて襲いかかってきた。ミルに対する警戒心は捨て去ったのだろう。

 アレックスは、先頭にいた隊士の顔面に椅子を叩きつけた。隊士は倒れ、椅子は四散した。

 椅子の破片が舞い散る中、別の隊士が斬りかかってくる。

 体を半回転させて斬撃を躱しつつ、アレックスは手の中に残っていた椅子の脚で相手の手首を打った。剣が手から離れた。それが床に落ちる前に、椅子の脚が跳ね上がり、隊士の顎を強打した。

 三人目の隊士は仲間が倒される様を傍観していたわけではない。相手の意識が自分に向けられるよりも早く、剣を突き出していた。

 その攻撃を避ける余裕はアレックスにはなかった。

 しかし、避ける必要もなかった。唸りを上げて飛来した円盤が隊士の手にぶつかり、剣の軌道が反れたのだ。

 刃が脇腹をかすめていく一瞬のスリルに酔いしれながら、アレックスは三人目の隊士の鳩尾めがけて椅子の脚を突き入れた。

 隊士の両膝が床に落ちる。その後方では、鼻の潰れた隊士が起き上がっていた。

 アレックスは三人目の隊士を蹴倒し、最後の敵に向かって突進した。

「しゃあーッ!」

 気合いを発し、椅子の脚を叩きつける。

 鼻の潰れた隊士はそれを剣で受け止めたが、刃は椅子の脚を断ち切ることができず、半ばまで食い込んで停止した。

 木と鋼の十字架越しにアレックスは相手と睨み合った。いや、相手の瞳に映る自分自身と睨み合った。瞳の中のアレックスはとても楽しそうな顔をしている。心の備忘録の第二項は修正したほうがよさそうだ。

『僕に関するメモその二、僕は荒事が大好き(ヽヽヽ)

 アレックスは椅子の脚の上端に手をやり、舵輪を操るかのように回転させた。それに合わせて剣が旋回し、隊士の手から離れた。

 回転が止まった時、剣の柄はアレックスの手に収まっていた。

「おう!?」

 驚愕の声を放ちつつ、隊士は瞬時に飛び退った。だが、両者の距離は縮まらなかった。ほぼ同時にアレックスも跳躍していたのだ。

 椅子の脚と噛み合ったままの剣が閃き、鈍い音が響いた。

 隊士は空中で体勢を崩し、背中から壁に激突して、白目を剥いて倒れ伏した。

「殺したの?」

 ミルが尋ねた。

 アレックスは「峰打ちだよ」と答えると、剣を投げ捨て、ミルに頭を下げた。

「どうもありがとう」

「え?」

「さっき、助けてくれただろ」

 三人目の隊士にぶつけられた円盤の正体は、ミルが投擲した皿だったのだ。

「ありがとう」

 再度、アレックスは感謝の言葉を述べた。

 ここでミルが頬を染め、動揺を隠し切れない声で「べ、べつにあんたを助けようとしたわけじゃないんだからね!」と言い放つ――そんな陳腐きわまりない展開をアレックスは密かに期待していたのだが、ミルの反応はクールだった。

「べつにあんたを助けたわけじゃない。手が自然に動いたの。ペイ爺じゃないけど、あたしもブッタタキは大嫌いだからね」

 そのペイ爺がカウンターから身を乗り出し、床に転がっている隊士たちを見回した。

「あっという間に四人も倒すとはな。たいしたもんだ。しかし、これからどうする?」

 アレックスより先にミルが答えた。

「決まってるでしょうが。ここから逃げ出すのよ。こいつらが目を覚ます前にね」

 ミルはスカートの裾を捲し上げて内側に丸め込むと、カウンターに手を突き、華麗に飛び越えた。

「でも……」と、アレックス。「ミルちゃんは逃げなくても大丈夫なんじゃないかな。警鼓隊が追っているのは僕なんだからさ」

「そうね。さっきまでは、あんただけを追っていた。だけど、これからは違う。あたしはあんたの仲間だと見做されたかもしれない」

「そうじゃないってことを説明すればいいじゃないか」

「ブッタタキどもが人の話に耳を貸すわけないでしょうが。あんたたちもさっさと逃げたほうがいいよ」

 その言葉を残して、アレックス・ザ・ミディアムの妹は店から出ていった。

 アレックスも外に向かって歩き出したが――

「あ! これを忘れてた」

 ――カウンターまで引き返した。

 上に乗った際の衝撃とその後の乱闘の余波によって、皿の中身は散乱していたが、シードルの入ったジョッキだけは無事だった。小さな奇跡だ。

 アレックスはジョッキを手に取り、中身を一気に飲み干した。

「ぷはーっ!」

 満足げに息を吐いていると、カウンターの奥からペイ爺が声をかけてきた。

「なあ、アレックスよ」

「なんだい?」

「さっきはすまんかった。こいつらを退散させるつもりだったんだが、役に立てなかったな。そのお詫びと酒の礼を兼ねて、おまえにいいことを教えてやる」

「いいこと?」

「アレックス・ザ・ミディアムの首を刎ねたのは――」

 ペイ爺は酒瓶を手に取り、アレックスの足元で目覚めかけていた隊士の頭めがけて放り投げた。酒瓶は砕け散り、隊士はまた意識を失った。

「――この俺なんだ」



「わーおぅ!」

 アレックスは目を丸くして、ペイ爺をまじまじと見つめた。

「アレックスの首を刎ねたということは……もしかして、ペイさんは刑吏なの?」

「おうよ!」

 と、白泥族の刑吏(シデムシ)は胸を張った。

「人呼んで『首落としのロブ』さ」

「……なぜにロブ?」

「ロブスターの略だよ。俺の本名はペイジャムポライビだが、これは『踊るウミ(ダンシング・)ザリガニ(ロブスター)』という意味なんだ。大陸人どもは白泥族の美しい名前をまともに発音することができないもんだから、妙な具合に略しやがるのさ」

 ペイ爺はアレックスに背を向けて、カウンターの後方にある棚を見た。そこに並べられている酒を品定めしているのだろう。

「アレックスを処刑したシデムシたちは怨霊に祟られて死んじまった――そんな噂を聞いたことはないか? その噂の半分は本当だ。アレックスの処刑には俺以外にも二人のシデムシが立ち会ったんだが、そいつらは死んじまった……というか、殺されたんだ」

「誰に?」

「獄舎の典獄だ。アレックスを処刑した日の夜、典獄は俺らに酒を振る舞ってくれた。その酒を口に含んだ時、ほんの少しだが、舌にピリッと来た。普通の人間なら気付かないだろうが、俺は白泥族だから、毒が入ってることがすぐに判ったよ。たぶん、あの毒はアビフララだな。遅効性の強力なやつさ」

「それで、どうなったの?」

「最初の一口はさりげなく杯に吐き戻したが、典獄が目を光らせていやがったから、飲まずに済ますことはできねえ。しょうがねえから、杯を勢いよく煽った。何杯もな。『浴びるように飲む』なんて言い回しがあるが、その時の俺は本当に酒を顔に浴びた。そりゃあもう、浴びて浴びて浴びまくった。だが、口には入れなかった。それから、ぐでんぐでんに酔っ払った振りをして千鳥足で長屋に戻り、典獄の手下が死体を確認しに来る前にテイパーズ・デンに逃げ込んだというわけだ」

 ペイ爺は酒瓶を手に取り、アレックスに向き直った。その瓶のラベルには、編物をしている羊の絵が描かれていた。

「どうして、典獄はペイさんたちに毒を飲ませたのかな?」

「たぶん、口封じだな。ヤバい言葉を俺は聞いちまったらしい」

「なんて言葉?」

「聞いて驚け。『ウォルラス』だよ」

「わーおぅ!」

 頭髪が逆立つような高揚感をアレックスは覚えた。まだ見ぬ仇敵ウォルラスへの距離が一気に縮まったような気がしたのだ。「一気に」というのは錯覚かもしれないが、「縮まった」のは間違いないだろう。

「アレックスは処刑される時にウォルラスの名を何度も叫び、助けを求めていた。つまり、アレックスとウォルラスには何らかの繋がりがあるということだな」

「その繋がりを外に漏らさないため、ウォルラスは典獄に刑吏を毒殺させたんだね」

「まったく、迷惑な話だぜ。俺も殺された二人もウォルラスのことなんぞ知らねえんだから、口封じする必要はないのによぉ」

「たぶん、ウォルラスはものすごく慎重というか臆病な奴なんだろうね」

「だが、ただの臆病者じゃねえぞ。それなりの地位に就いている奴でなけりゃあ、典獄を意のままに操ることなんて出来やしねえ。ウォルラスは間違いなく大物だ。はっきり言って、おまえ一人では太刀打ちできねえだろうな」

「じゃあ、どうすればいい?」

「一人でやるのが無理なら、他の奴の手を借りればいいじゃねえか。大物には敵が多い。現におまえを生き返らせたスルーフィールドもウォルラスの敵だったんだろ? そういう連中を利用してやれ」

「なるほど。でも、上手く利用できるかな? 僕、その手の駆け引きは苦手なんだよね」

 アレックスが弱音を吐くと、ペイ爺はニヤリと笑ってみせた。普段はしまりのない顔をしているにもかかわらず、その悪漢めいた微笑だけは様になっている。

「大丈夫だ。駆け引きに役立ちそうな情報を教えてやるよ。ようやく、本題に入れるな」

「え!? まだ入ってなかったの?」



 ミルはテイパーズ・デンをあてもなくさまよっていた。

 帰る場所はないし、金もないし、頼れる者もいないが、こういう苦境に陥ったのは初めてのことではないので、心細くはない。

 しかし、足取りは重かった。

「まったく、誰のせいでこんなことに……って、考えるまでもなく、あの得体の知れないバカのせいだよね」

「おーい!」

 後方から声が聞こえてきた。それは「得体の知れないバカ」の声に似ていた。

「今のは幻聴よ」

 自分にそう言い聞かせて、歩く速度を速める。

 声が更に大きくなった。

「おーい!」

「まだ聞こえる。しつこい幻聴ね」

「おーい!」

「幻聴じゃなかったとしても、あたしに呼びかけてるわけじゃない」

「ミルちゃーん!」

「……」

 ミルは溜息をついた。

 声と共に足音が近付いてくる。

 足を止めずに振り返ると、手を振りながら駆けて来る「得体の知れないバカ」の姿が見えた。

 そのバカ――アレックスはミルに追いつくと、彼女に歩調を合わせて、斜め後ろを歩き始めた。

「どうして、追いかけてくんのよ?」

「追いかけてきたわけじゃないよ。ペイさんの話を聞いた後、店を出てね。しばらく走っていたら、ミルちゃんの後ろ姿が見えたんだ。で、声をかけたというわけ」

「あんた、自分の立場が判ってないみたいね。追われてんだから、人目につかないように裏通りを歩きなさいよ」

「でも、僕はこの町のことをよく知らないから、大通りから外れると道に迷っちゃうかもしれない。ところで、ミルちゃんはどこに行くつもりなの?」

「他人のことよりも自分の心配をしなさい。あんた、どこにも行くあてはないんでしょ」

「いや、ないこともない」

「本当に?」

「うん」

「そこは安全な場所?」

「たぶんね」

「よし!」

 ミルは急停止し、反転した。

「おおっと!」

 アレックスも止まろうとしたが、勢いを殺し切ることができず、たたらを踏みながら、ミルの横を通り過ぎた。

 ミルは再び反転し、体勢を崩しているアレックスに向かって言い放った。

「その安全な場所とやらに案内しなさい! あたしも便乗させてもらう」

「便乗?」

「あたしはあんたのせいで店をなくしたんだから、それぐらいの恩恵を受けてもいいはずよ」

「それもそうだね。いいよ、僕について来な」

「……え?」

 ミルは当惑した。こんなにあっさりと受諾されるとは思っていなかったのだ。

「僕としても、ミルちゃんが一緒にいてくれたほうが心強いんだ」

 アレックスは優しげに口許を緩めた。それは十人中の九人の好感を勝ち取ることができる無邪気な微笑だった。

 だが、ミルは残りの一人だった。当惑が別の感情に変わっていく。

 嫌悪だ。

「あんた……クソ兄貴に似てる」

「え? どこらへんが似てるの?」

「こんな状況なのに、バカみたいにニヤついているところよ」

「僕はニヤついてなんかいないよ」

 アレックスは粘土をいじるように口の両端を揉み解し、毅然とした表情を作ろうとした。

 その様子を見つめるミルの目は冷え切っている。

「兄貴は暴力沙汰や揉め事が大好きだった。あんたもそんな人間みたいね」



 アレックスとミルはニシン通りからカジキ通りに抜け、帽子型の看板を出している店に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ」

 大きなトップハットをかぶった黒髪の美女が店の奥から現われ、二人に微笑みかけた。

「やはり、付け髭がご入用ですか?」

 と、その美女――アンゲラ・ディクスはアレックスに尋ねた。

「いらないよ」

 アレックスがそう答えると、背後にいるミルが肩をつついてきた。

「ちょっと! ここはただの古着屋でしょうが。こんなところに隠れるつもり?」

「ただの古着屋じゃないよ。たぶん、このお姉さんは――」

 アレックスはアンゲラを指さした。

「――〈教団〉(ニュー・オーダー)の蜘蛛だ。スルーフィールドは『蜘蛛の帽子屋が云々』とか言ってたからね」

「え!? あんた、本当に蜘蛛なの!」

 ミルが問い質すと、アンゲラは口許に微笑を湛えたまま、小さく頷いた。

はい(ヤー)

 そして、アレックスに近寄り、手を差し出した。

「まだ名乗っていませんでしたね。私はアンゲラ・ディクスと申します」

「こっちもまだ名乗ってなかったよね」

 アレックスは相手の手を握り、上下に強く振った。

「僕はアレックス。アレックス・ザ・ミディアムだ」

 その名を聞いても蜘蛛の帽子屋は驚かなかった。

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