77. 早瀬 葵
このフワフワする感じはなんだろう?身体が火照って、うまく喋れない。
でも、久しぶりにみっくんに甘えられて幸せな気分だ…。
もしあれが現実だったなら…皆もいるのに…私、どうかしちゃってる…。
頭が痛い。ズキズキする。
…嬉しい様な、残念な様な複雑な気分。だんだんはっきりしていく意識の中、夢だったのだろうという結論に達した。
「葵、大丈夫?」
「あれ…?ノリちゃん?今何時?」
「まだ9時過ぎだよ?葵が寝てたのは1時間位かな?ケーキにお酒入ってたんだって。酔いは覚めた?」
「やっぱり酔っ払ってたんだ…。なんだかフワフワしてた…。颯ちゃんによくわからないけど叱られて…。」
ノリちゃんに声をかけられ完全に目が覚めた。
気が付けばリビングには私達2人だけ。颯ちゃんもハルも、友晴先輩もいない。もちろんみっくんの姿も見えない。
みっくんと仲直りしなくちゃ。
ちゃんと謝らなくっちゃ。
「みっくんは…?」
「充先輩なら部屋で電話かけてるんじゃないかな?多分早坂くんと。さっきかかってきてたみたい。春樹くんはお風呂で他の2人は出かけたよ?…葵、充先輩に謝っておいでよ…さっき、葵が積極的過ぎて困ってたよ?充先輩。」
私…積極的…?
「葵、もしかして覚えてないの?皆の前であんな事とかこんな事を…」
意地悪な笑みを浮かべるノリちゃん。ノリちゃんのこの笑顔は私をからかう時の笑顔。だけど、徐々に鮮明になっていく記憶が彼女の言葉とリンクして、私は自分の一連の行動を思い返してブルーな気持ちにさせた。夢じゃなかった…。
「ウジウジ悩んでないで話しておいでよ。」
さっきまでの意地悪な笑顔から一変。ノリちゃんの優しい笑顔に後押しされて私はみっくんの部屋のドアをノックした。
「葵ちゃん…大丈夫?」
部屋に入れてくれたみっくんはなんだか顔が赤い。だけど、今まで目をなるべく合わせないようにしていた彼がちゃんと私の顔を、私の目を見てかけてくれた言葉に、何かつかえていたものがすうっと溶けて消えていくような感じがした。
「うん。…さっきはごめんね。私、酔ってたみたい。相変わらずダメだね、私。」
みっくんの表情が少し和らぐ。
「あの…この間はごめんなさい。ムキになってたし…何よりみっくんの気持ちを考えずに軽率な行動をとってごめんなさい。みっくんと仲直りしたい。今週はすごく苦しかった。今までみたいに一緒に笑って、一緒にいたいのに、どうしたらいいかわからなくってずっと逃げてた。ちゃんと話そうとしなかった。でもそれじゃあ駄目なんだよね。ちゃんと言わなくちゃだよね。」
結局、年末と一緒なんだ。
ちゃんと言わなくちゃ伝わらない。それが出来ずにギクシャクしていたなんて馬鹿みたいだ…。つい数週間前の事なのに…。
「大好きだから、大切にしたかったから…葵のこと、拒んだわけじゃないって、ずっと言いたかったのに言わなくてごめん。俺も忙しいの言い訳にして逃げてた。」
久しぶりに抱きしめられたみっくんの腕は力強くて、温かくて、この間の冷たさや虚しさが嘘のようだった。
ふと視線を上に向けると、それに気付いたみっくんが笑ってくれた。
私が大好きな笑顔。ずっと見たかった笑顔。
私とみっくんは仲直りした。
「結局さ、いつも素直になれないとか、言葉が足りないとかでギクシャクしてるよね…。お互気をつけような?せっかく一緒にいてもそんなんじゃ時間が勿体無いから…。それと、無理するのもやめようぜ?俺も悪かったと思ってる…。したいのもしたくないのもどっちも本音。だけど葵に無理させて傷付けるのは本当に嫌だから。無理すんなよ?」
私は笑顔で頷いた。
私とみっくんがリビングに戻ると、ハルとノリちゃんがゲームをしていた。
2人とも集中しているせいか、無表情でテレビの画面を見つめ、無言でリモコンを操作している。
ものすごく真剣にプレイしているものだと思っていたけれど、なんだか様子がおかしい。
勝敗が決まっても無言の2人。2人の間に流れる空気に違和感を覚えた。
「葵ちゃん、ノリちゃんとお風呂入って来れば?俺も春樹もシャワー浴びたし。」
みっくんもそれを感じたのか、私にそう促した。
「ノリちゃん、お風呂入ろ!せっかくだからバブルバスにしよ?どの香りが良いかなぁ?」
「良いねぇ、バブルバス。葵、悪いんだけど、部屋着というかパジャマ的なもの貸して?」
私は2人分の部屋着とバスジェルを用意してバスルームへノリちゃんと向かった。
ストロベリー、グリーンアップル、ローズ、マリン、シトラス、ラベンダー。2人で相談して、ストロベリーのバスジェルをバスタブに垂らし、お湯を勢いよく注ぐ。
モクモク泡立ち、それがバスタブいっぱいに満たされていく様は何度見てもワクワクする。
バスルームはストロベリーの甘い香り。
「葵、仲直り出来て良かったね。」
ノリちゃんがバスタブの中、すくった泡で遊びながら、ヘアパックをする私に笑顔で話しかけた。
「ありがとう。…ところで、ハルとなんかあった?」
私は気になっていたことを尋ねる。
「別に…?なんで?」
そう答えるノリちゃんの声からは動揺などは感じられなかった。
「2人共、無言だったから…。」
「ちょっと眠くなってきてたんだよね。それに…始めはそれなりに盛り上がってたよ?でも何度もしてるうちにちょっと飽きちゃったっていうかさ…。」
「それなら…いいんだけど。」
腑に落ちないが、それ以上聞くのも躊躇われたので、その件に関して話すことはやめることにした。
お風呂から上がると、ハルはもう眠ったようだった。
結局、狭いけれど私とノリちゃんが私の部屋で一緒に眠る事になり、友晴先輩に絡まれても面倒なので、颯ちゃんと友晴先輩が帰ってくる前に私とノリちゃんは部屋にこもることにした。
部屋が温まるまでは寒いので、一時的に布団に入ったつもりが、お互いあっという間に眠ってしまったのだった。




