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73. 中沢 慈朗

「充、葵と何かあったのか?」

「慈朗には関係ねぇよ…。」


 葵の看病のお陰で、俺の熱ははあっという間に下がった。そして体調がいつも通りとまではいかなくとも、普通に生活出来るようになった頃、葵と充の様子が明らかにおかしい事に気付いた。

 葵が一方的に怒ってるとか、充が嫉妬してるとか、そんなレベルじゃない。


 俺が医者に医者にかかった日から、2人はギクシャクしていた。

 葵が俺の世話をするのが気に入らないとか、一緒に寝たのが許せないとかで充が嫉妬していたのは知っている。

 しかし、今のそれはそれ以上の何かがあったとしか思えない。

 とは言え、その原因のひとつとして、俺が大きく関わっているのは間違いないのに、充は何も言ってこない。いつもならギャーギャー喚いて噛み付いてくるはずの充がやけに大人しくて気持ち悪かった。


 何かあったのかと尋ねても、俺には関係ないの一点張り。


 葵は葵で、ほとんど姿を見せないし、姿を見せても苦しそうな表情。

 颯太や春樹が帰ってきてからは、いつも通り振る舞おうと努力している様子が伺えた。

 颯太も春樹も、それに気付いているからこそ、あえて触れずにいつも通り接しているようだった。




 俺は、この数日で葵への気持ちを整理した。

 まだ完全には整理出来た訳では無いが、諦められると思う。

 やはり、俺と葵は兄と妹の関係の方が幸せなのだ。それを確認した。


 一緒に寝ていた瞬間は幸せだったが、その後は虚しくて情けないだけ。


 そして、高校卒業と同時に、この家を出る事を決めた。

 どこに進学する事になっても、浪人する事になっても、そうするべきだとの結論に達した。




 連休明け、葵は学校を欠席した。

 本人は登校するつもりで支度をしていたようだったが、酷く顔色が悪かったことと、吐き気を催していた素振りを颯太に見つかり、休むよう説得されていた。


「葵、大丈夫か?」

「うん。半日寝たら随分良くなったよ。」

「念のため医者に行った方が良いんじゃないか?」

「ううん、大丈夫。ただの生理痛だから。時々、すごく辛いんだよね。」


 少し恥ずかしそうに葵が言った。颯太が心配無いと言っていたのも、ようやく納得出来た。






「颯ちゃん…気遣いが細やかすぎる…。」

「ああ、そうだな。俺が女だったら間違いなく惚れてると思う。」


 葵と2人、昼飯はどうしようかと相談しながらキッチンへ行くと、冷蔵庫にはメモが貼られ、中にはサンドイッチなどの軽食と、スープが用意されていた。朝のうちに買いに行ってくれたのだろう。


「しかも完全に好みを把握されてる…。」

「だな…。」


 颯太だけじゃなく、葵も良く気がつくんだけどな。ちゃんと好みを把握してくれてるし。

 颯太と葵は、顔こそ似ていないが、気遣い出来るところとか、空気感とか、なんとなく似たところも多い。


「こういう事されちゃうとさ、理想の男性像は颯ちゃんかもしれない…って思っちゃうんだよね。」

 その気持ち、良く分かる。

 俺にとってそれは颯太ではなく葵だが…。

 

「充と何かあったんだろ?」

 葵は、さみしそうに笑いながら、「やっぱり気付いちゃうよね、慈朗ちゃんだけじゃなくて颯ちゃんもハルも気付いてるよね」、そう言った。


「みっくんと私、価値観違うのかな。途中まで、ほとんど一緒に育ったのにね。私、浮気したらしいよ……」


 浮気した『らしい』という事は、葵にはそんな認識がないという事。


「……慈朗ちゃんと。」


 葵は無理して笑っていた。




「慈朗ちゃんは颯ちゃんと一緒なのにね。みっくんからしたら許せないんだって。やましい事なんて無いのに。一方的に怒られて、責められて、私も腹が立って、勢いに任せて言い返したの。それで、自暴自棄になってしまった感は否めないけれど、正面からぶつかってみた。でも、覚悟が足りなかったみたいで、余計怒らせちゃった。その後素直になれたのに拒まれちゃった…。昔からさ、みっくんと私ってそうだよね。売り言葉に買い言葉で素直になれないの。」


 やはり、原因は俺だった。


「もしさ、慈朗ちゃんがみっくんの立場だったらどう思う?颯ちゃんがみっくんの立場だったら、慈朗ちゃんと寝てもここまで怒らないと思うの。ハルも『ふーん』で終わると思う。本人に聞いたわけじゃないけど…。」


「俺だったら…面白くはないだろうけど、葵に怒りはしないだろうな。そんな事したって無駄だしな。まぁ、相手に下心があったり、葵の気持ちがそっちに行きそうだったら怒るかも知れないけど…葵に対してだけじゃなくてその相手に…な。」


 そう答えて少し後悔した。

 俺に下心が無かったとは言えない。あの時、間違いなく葵を妹として見てはいなかった…。

 そう思うと、充の反応はすごく真っ当なものだ。


「だよね。慈朗ちゃんにとっても私は妹なのにね。…みっくんだってそんな事知ってる筈なのに…。」


 葵にそう言われて、非常に後ろめたかった。充が怒る気持ちもすごく良くわかってしまったのだから。そして、あいつがそうなってしまうのには、もう一つ原因がある。


「充、自分に自信が無いんだよ。」

「なんかそれ、分かる気がする…。」




 あいつは昔から、俺や颯太、春樹と比べられる事が多かった。

 昔から大人受けがよくて真面目な優等生を演じてきた俺。

 頭が良くて雰囲気を読んで、何においてもそつなくこなしてしまう颯太。

 颯太程ではないが、うまく立ち回り、要領の良い春樹。


 充だって要領はそんなに悪くないし、器用なのだ。

 やれば出来るがやらない事も多い。

 ノリと勢いと、笑顔でごまかしてきたムードメーカー。

 大人受けは『憎めない子』ではあるが良くはない。決して出来が悪い訳では無いが、『出来の悪い子ほど可愛い』的な印象を与えてしまうのだ。


 葵にうまいことコントロールされ、調子がいい時はいい。

 そんな時は努力も惜しまないし、自信過剰すぎるのだ。


 しかし、1度スイッチが入ってしまうと、すごくネガティブになる。

 昔から比較対象が『外面の良い』俺や颯太なので、良くも悪くも『正直』な充は過小評価される事が多い。根が真面目な充はそれを真に受け過ぎて育ってきた。

 その結果、あいつは潜在的に、自分に自信を持てずにいる。


 そんな充をいつも励ましてきたのは葵だった。

 その葵と上手くいってない現状、自信を持てという方が無理な話だ。




「結局のところ、葵が好きでたまらないんだろうな…。」

「…………………。」

「葵はどうしたい?」

「……仲直りしたい……けど…私…今も拒まれてる気がする。私は…目も合わせてもらえない…。」

「あいつに自信を持たせられるのは葵だけだと思うぞ…。」

「……どうしたら良いのかな?」

「それは自分で考えなさい。じゃあ、俺は勉強するから。ゆっくり休めよ。」

「…ありがとう。」




 やはり、葵との関係はこんな感じの方が幸せなのだ、そう改めて感じた。


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