72. 中沢 充
「これ返す。」
「みっくん、もしかして生派?ダメだよ、最低限のマナーだよ?それとも葵ちゃんにみっくんの子ども産ませるつもり?」
「……友晴…殴って良い?…当分する気ねぇし…。必要になったら自分で用意する…。」
「……マジでみっくん尊敬するわ…。葵ちゃんて超魅力的なのに…しかも超可愛いし…なのに我慢出来るとか超理性的!ダテに童貞をこじらせてないね!よっ!童貞の鑑!」
颯太と春樹がボードから帰ってきた。
うちまで送ってきた友晴に、彼が数日前俺の部屋に勝手に置いていった、友晴曰く「プレゼント」のどギツいピンクの紙袋に入った小箱を返却する。こんなものもう見たくない。…葵の酷い姿を思い出してしまうから。
それにしても童貞童貞五月蝿い。俺はまだ16だし、全然そんなものこじらせてねぇ。つうか、葵をそんな目で見るな。冗談だってわかっていても、マジで胸糞悪い。
土曜日の俺は最悪。完全に言い過ぎて葵を追い詰めた。
葵に他意はないのはわかっている。
葵は慈朗に現時点で恋愛感情を微塵も持っていないのだってわかっている。
カテゴライズしたら、慈朗は颯太と一緒。
葵が夜遅くまで起きているのが苦手なことも、1度寝るとなかなか起きない事も良く知っている。
だけど、知っていても、理解していてもどうにもならない感情だってある。
その感情をぶつける相手を間違ってしまったのかもしれない。
葵じゃなくて、慈朗にぶつけるべきだった。
しかしもう今更ぶつけても仕方がない。そんな事しても、葵をもっと怒らせるだけ。
日曜日になると、慈朗の体調は随分改善したようで、葵の世話はもう不要。
起きるとシャワーを浴びて、いつものように部屋で勉強していた。
葵は様子がおかしい。間違いなく俺のせい。
土曜の夜は酷かった。完全に自暴自棄になっていた。本心じゃないのだってわかっていたのに。無理をしていたのもわかっていたのに。
俺は葵の無理をした挑発にのり、キス以上の事をしようとしてしまった。完全に自分を見失っていた。理性もぶっ飛んでいた。
怯えて震えた葵を見るまでは。
いつもなら、キスしたら蕩けるような表情で、幸せそうに俺を見つめてくれるのに、その日はそうじゃなかった。
不安そうな虚ろな瞳で俺を見つめていた。
指先がやたら冷たかった。
一緒にいて欲しいと言われても、恐ろしくて一緒に眠る事など到底無理だった。
そのまま一緒にいたら、抱きしめてしまったら、再び理性がぶっ飛んでしまっていただろう。
そして欲望の赴くまま行動してしまったら、葵を酷く傷つけてしまう。そうなる位なら、葵の願いを拒んで泣かせたまま放置する方がまだマシだ。
気まずさは継続。
俺はまだ素直になれそうにない。
葵と目を合わすことすら出来ない。
翌日、葵は1日の大半を自分の部屋にこもっていた。出てくるのは食事の準備をする時や風呂やトイレに入る時位。
俺や慈朗と一緒に食事を取る事も無かった。
月曜日は、成人の日で、遼太郎は成人式。
俺と颯太と春樹は実家へ顔を出したが、葵は体調が優れないからと家に残った。
俺たちが実家で夕食を食べて帰ると、葵は眠ってしまった後だった。
そして火曜日。
葵は体調不良で学校を欠席した。
颯太が言うには、原因がはっきりしており、1日眠れば治るので心配無用との事だった。
葵は酷く青い顔をしていた。
大丈夫だから心配するなと言われても、心配な物はどうにもならない。
インフルエンザで水曜まで出席停止中の慈朗と日中一緒に家にいるのが気に食わないが、仕方ない。
俺も欠席して家にいたところで、意地を張ったままの俺では余計葵が辛いだけ。傷つけてしまうだけ。
帰宅すると随分顔色が良くなっていた。
水曜日、木曜日、金曜日は葵と一緒に登校した。
一緒に登校はしたものの、手を繋ぐ訳でも、会話がある訳でもない。一応、学校に着いて別れる時には言葉を交わすものの、ごく短い。
「じゃあな。今日は一緒に帰れないから…。」
「うん。わかった。バイバイ。」
それだけ。
葵は無理して笑っている。さみしそうで、哀しそうな目がそれを物語る。
あの日以来、葵に触れるのが怖くて、髪にすら触っていない。
水曜日、俺が声をかけるのを躊躇っていたら葵は自分で髪を結び、メイクも済ませていた。
木曜日、金曜日は俺が起きると既に葵は髪もメイクも整えた後だった。
葵に拒まれているようで辛かった。
これ以上拒まれるのが怖くて手を繋ぐ事も出来なかった。
幸か不幸か、帰りは葵と下校時間が違ったので、3日間とも一緒には帰ることが出来なかった。
以前押し付けられた、スキー合宿のクラスのまとめ役。その打ち合わせというか、準備があったのだ。
金曜日、帰宅すると友晴がいた。
先週は毎日来ていたが、今週は今日が初めてだ。




