70. 中沢 充
「!??……葵…ちゃん…?」
いつの間にか俺は眠ってしまっていたらしい。葵と一緒にいるのが気まずくて、顔を合わせたくなくて、部屋でゴロゴロしていた。
そして、今、目を開けると、目の前には葵の顔。
しかも超近い。
しかもノーメイク。
実はメイクをした葵よりもノーメイクの葵の顔の方が好きだったりする。少し幼くなるけれど、それがまた可愛い。
少し前までは、メイクをした葵が新鮮で、より可愛く見えていたけれど、最近俺が熱心にメイクをするのは少し意味合いが変わってきた。
もちろん、葵という「素材」が良いので、メイクしたら可愛くなる。でも、やっぱり、ノーメイクの方が断然いい。
ノーメイクの葵を他の奴に見せたくない。ノーメイクの葵を見ることが出来るのは、俺と…百歩譲って兄達(慈朗含む)の特権。
葵の無防備な笑顔を他所の男に見せてたまるか。
それ以上に貴重な無防備な寝顔が、今俺の目の前にある。
俺好みに整えた眉。長い睫毛の大きな目。控えめだけどすっと通った鼻。小さめの口は、下唇の方がぷっくりしている。
これを拝めるのは俺だけの特権!
可愛い。可愛すぎる。もうたまらない。
キスしたい衝動に駆られる。
良く眠っているみたいだし…いや、起こしてしまっては可哀想だ。でもキスしたい…。
数分の葛藤の後、誘惑に負けた俺はキスしてしまった。しかも触れるだけのつもりだったのにも関わらず、下唇を吸ってしまうとか…自分の意志の弱さに呆れた。
その結果、葵を起こしてしまい…。
「ひゃっ…。」
葵を驚かせてしまった。
グシャリ。
何かが潰れる音がした。
「驚かせてごめん…目が覚めて…目の前に葵ちゃんの顔があって…あんまり寝顔が可愛いから…つい…。」
「良いよ…勝手に部屋に入った私もいけないし…。」
お互い、目を合わせられないまま。
このままじゃいけない。
謝らなくては。
起きてベッドの淵に座る。葵の腕を引き上げて、隣に座らせる。
「葵ちゃん…今朝はごめん!」
やっぱり顔を見れない。ので思わず抱きしめてしまった。
抱きしめて後悔した。
俺の体に、柔らかなものが触れた途端、今朝の光景が頭の中に、鮮明に広がってしまった…。
いけない。葵の顔を見なくては。
腕を緩め、葵の頬を両手で包む。
葵の目を見ろ!俺!
「うん…良いよ…鍵かけ忘れた私もいけないし…。でも…恥ずかしかった…。」
葵も一生懸命俺の目を見てくれようとしていた。
「ごめんね。」
今度こそ、触れるだけのキスをする。
すると、葵が俺の手を葵の頬から離して、今度は葵の両手が俺の顔へ伸ばされた。
チュッ。
少し首を傾けて、少し腰を浮かせて、葵はキスしてくれた。しかも、下唇吸われたとか…心臓に悪すぎる。
もうドキドキが止まらない。
自分でも倒れてしまうのでは無いかと心配になる程だ。
「これで仲直りね?」
可愛すぎる。こんな事されては頷くことしか出来ない。
そして葵は、思い出した様に、腰掛けていたベッドから降りて屈んだ。
「ごめん、さっきこれ踏んづけちゃった…。」
葵が拾ったのは、見覚えの無いどギツいピンクの小さな紙袋だった。
「何これ?」
よく見ると、小さな文字で何か書いてあった。
『みっくんへ。トモくんより愛を込めて!』
なんだか嫌な予感。
恐る恐る封を開けると、予想通りのものが袋から出てきた…。
「どうしたの?……!?」
葵にも見られるなんて…やっと気まずさが無くなったのに…。
「みっくんは…やっぱり…したいの?」
葵は俺から目を逸らして、俺がやっと聞き取れるほどの声で呟いた。
「うん。………!?…ごめん、そりゃいずれはって思ってるけど、今すぐにしたいとかじゃないからね!?ほら、大好きだったらそう思うのが自然でしょ!?…これも、俺が用意したわけじゃないし、ほら、ここ見て?それにそういう事狙ってボード行かなかった訳じゃないから!信じて!今朝のも、事故だから!事故とはいえ、本当にごめん!!」
思わず溢れてしまった本音に俺は動揺してしまった。
慌てて、ピンクの袋を掴んで、小さな文字を指差した。すると、潰れた小さな箱が葵のももの上に落ちてしまい…再び気まずい空気が流れてしまった。
その小箱を回収し、袋に戻して部屋の隅に向かって投げる。
「これ、ちゃんと友晴に返しておくから!」
その時の、廊下の向こうでドアの開く音が聞こえた。
「慈朗ちゃん起きたみたい。私、様子見てくる。」
葵はそそくさと部屋を出て行ってしまった。
葵が出て行った後、俺は1人凹んでいた。もっと考えてから、言葉を選んで話さなくてはそのうちまた葵を傷つけてしまう。
先程は、気まずくなった程度で済んだからまだ良いものの…いや、それすら良くはないが…以前俺がずっと付き合ってもらえなかったのは俺が何気なく言った事だったし…。
しかし、ここで1人ごちゃごちゃと考えていたってどうにもならない。
そう思い、部屋を出て、葵を探すがキッチンにもリビングにも居ない。
ああ、慈朗のとこか。いい気はしないが仕方ない。
慈朗の部屋の前まで来ると、2人の話し声が聞こえた。
盗み聞きをするつもりはない。
『聞いた』ではなく『聞こえた』のだ。
「葵も薬ちゃんと使えよ?」
「さっき吸入したから大丈夫。」
「それにちゃんと休めよ?俺が葵うつしてる可能性高いんだし…。」
「大丈夫だって。予防接種もしたもん。」
「俺だってしたよ?でもかかってるだろう?結局朝まで一緒に寝ていた訳だし…しばらく気をつけろよ?」
「……はいはい。人の心配よりも自分の心配しなきゃダメだよ、慈朗ちゃんは早く治して勉強しなくちゃでしょ?」
「わかってるよ。…葵、ありがとな。」
「背中拭けたよ。あとは自分で……みっくん?…きゃっ…ちょっと…どうしたの?痛いから…」
俺は慈朗の部屋に入り、葵の手を掴んで部屋から出る。
「おい…充!」
慈朗が力なく怒鳴るが、俺は睨み付けて部屋のドアを閉める。
「葵、慈朗の看病はもうするなよ。」
「みっくん、なんでそんなに怒ってるの?」
「怒るに決まってるだろ?慈朗と寝たってどういう事だよ?」
「……昨日、寝付くまでそばにいて欲しいって言われて…体調悪いとさみしくならない?だから、私は床で座って本を読んでいたの。慈朗ちゃんが寝たら部屋に戻るつもりだった。…だけど疲れてたみたいで私の方が先に眠っちゃって…目が覚めたら一緒に寝てた…。多分…床で寝ちゃった私を気遣って慈朗ちゃんが寝かせてくれたんだと思う…。」
「本当にそれだけ?朝寝汗かいてシャワー浴びたのって慈朗と寝たから?」
「うん。慈朗ちゃん寒いって言ってたし、たくさんお布団かけてたから…暑くて汗かいちゃったみたい…。」
「本当にそれだけ?」
「なにそれ…みっくん、どういう意味?」
「別に。」
「慈朗ちゃんは私にとってもお兄ちゃんだよ?颯ちゃんと一緒だよ?何かあるわけないじゃん?」
「でも、葵と慈朗は本当の兄妹じゃないし、慈朗は男だよ?葵の彼氏は俺。」
「そりゃ、昨日みっくんを断ったのに慈朗ちゃんのベッドで寝ちゃったのは悪かったと思うけど…本当は慈朗ちゃんが寝たら湯たんぽ用意して、私は自分の部屋で寝るつもりだったし…でも、眠ってしまったんだもん。仕方ないじゃん…。」
「いや、そもそも俺意外の男と同じ布団に入るなよ?その前に起きろよ。」
「……でも慈朗ちゃんはお兄ちゃんだよ…?」
「だからって何もされない保証は無いだろう?慈朗と寝た事に罪悪感は無いのかよ?」
「………無いと思ってるの?」
「………さっきのはどういう事だよ?なんで慈朗の身体拭いてるんだよ?そんなの自分でやらせろよ?」
「慈朗ちゃん、怠いんだよ?手伝ってあげてもいいじゃん?」
「俺は今朝、葵の裸見てすげぇ動揺したのに、葵は慈朗の裸見て触って平気なのかよ?」
「別になんとも思わないよ。……動揺って、何?裸の私をエッチな目で見てたって事?」
「そりゃ、仕方ないだろ?すぐにでもしたいよ。俺だって男だし。葵の事好きだし。そういう風に見るに決まってるだろ?」
「…一緒にしないで。さっき、したいけどすぐじゃなくていいって言ってくれたのは嘘だったんだ…。嬉しかったのに。」
「別にあの時は嘘じゃなかったよ。したいけど、葵を傷つけてまではしたくないし、それは今も同じ。でも、慈朗と寝たとか聞いたら腹立てるに決まってるだろ?俺とは寝れないって言って、そんなつもりじゃないとか言っても結果的に慈朗と寝たとか、何もなかったからいいじゃんとか開き直ってるのがムカつくんだよ。慈朗と寝るくらいなら、俺と寝ろよ?浮気された気分だよ…。俺は葵が好きなんだよ。もう誰にも触らせたくない位大好きなんだよ!好きな女の裸見たらどうしたいかなんて考えなくてもわかるだろ?」
「…みっくんの言いたいことはよく分かった……でも慈朗ちゃんのお世話はやめないよ。美津子さんに頼まれた私の『仕事』だから。お金ももらってるし。不安なら一緒にいて、私がしちゃいけない事みっくんが代わりにしてよ。」




