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69. 早瀬 葵

「あ…みっくん…おかえり。慈朗ちゃんは?」

「ただいま…先に帰ってる。慈朗、インフルエンザだった。薬、俺と葵のももらってきた。…予防になるからって。」

「…ありがとう。」


 自宅マンションのエントランスでみっくんにばったり会ってしまった。


 なんか気まずい。

 すごく気まずい。

 ものすごく気まずい。


 エレベーターでも会話が無い。何か話題を考えるけれど思い付かない。何か…何か…そうだ。


「颯ちゃん達…もう滑ってるよね。みっくん…本当に行かなくて…良かったの?」

「…俺がいない方が…良かった?」

「え…そんなこと無いよ…ほら、病院も買い物も助かったし…。」

「それならいいけど…。」


 私、変な事言っちゃったよ…。

 こんなんじゃ駄目だ、会話が続かない。しかもみっくんがすごくネガティブになってるし…。






 昨夜、熱が出て慈朗ちゃんは寒いと震えていた。そして、私は慈朗ちゃんが眠るまで一緒にいて欲しいと言われた。弱ってる時って、さみしいもんね。クリスマス直後の私がそうだったし…。あの時、私の側には颯ちゃんがいてくれた。


 私は、慈朗ちゃんが寝付くまで、という約束で部屋にいて、床に座って本を読んでいたはずだった。あの時、颯ちゃんがいてくれて心強かったように、私が何か出来るなら慈朗ちゃんの役に立ちたかった。慈朗ちゃんは大好きなお兄ちゃんだから。


 でもまさか、私の方が先に眠ってしまうなんて思わなかった。慈朗ちゃんが眠ったら、湯たんぽを用意して、慈朗ちゃんの布団にそれを入れて、私は自分の部屋で眠るつもりで…。もしみっくんがまだ起きていたなら、やっぱりみっくんと寝てもいいかも、なんて思っていたのに。


 気付くと私は慈朗ちゃんと一緒のベッドで眠っていた。びっくりした…なんてもんじゃない。


 なんだか、後ろめたかった。


 寒がる慈朗ちゃんのために、颯ちゃんがいつもかけている布団までかけていたし、高熱の慈朗ちゃんと一緒だったから、私は暑さで目が覚めた。床で本を読んでいたはずなのに…なんで私はベッドで寝ているんだろう…状況が飲み込めなくて、きっと床で寝てしまった私を気遣って慈朗ちゃんが寝かせてくれたんだって考えに至るまで、結構な時間がかかってしまった。


 慈朗ちゃんも、私程ではないけれど、うっすら汗をかいているようだった。

 多めにかけていた布団を片付け、慈朗ちゃんを起こさずに拭けるところの汗を拭いて、おでこと首に冷却ジェルシートを貼って、枕を氷枕と交換して、私は慈朗ちゃんの部屋を出た。




 みっくんと一緒に寝たいと言われて断ったのに、結果的に慈朗ちゃんと一緒に寝てしまったのだからみっくんに申し訳なくて仕方がなかった。

 でも、私にとって、慈朗ちゃんはお兄ちゃんだし、慈朗ちゃんにとっても私は妹。きっと床で眠ってしまった私を気遣ってくれただけで他意はないはず。

 目が覚めた時、慈朗ちゃんと密着していたのはびっくりしたけれど、それほど寒かったのだろう。私が起きている間、慈朗ちゃんはずっと震えていたのだから。


 そんな事を考えながらシャワーを浴びた。

 何だか言い訳がましくて自分でも嫌になった。


 タオルを取ろうとバスルームを出た時、みっくんに全裸を見られてしまった。今思えば、すぐにバスルームに戻るなり、タオルを取って隠すなり、どうにでもなった気がする。なのに気が動転していた私は、何もせずフリーズしていただけ。思い出しただけで恥ずかしい。


 そういう事をするなら、裸を見られるなんて当たり前だし、そういう事をする覚悟をしなくてはいけないとは思っているけれど…。見られるだけにしたって心の準備というものがある…。

 私、ダメダメじゃん。

 ヤケクソにならない限り、そんな覚悟は出来そうにない。



 みっくんを断ったのに…自分の意思ではないとはいえ、慈朗ちゃんと一緒にベッドで寝てしまった罪悪感と、裸を見られてしまった恥ずかしさ。

 気まずさの原因は間違いなくそれらだ。


 私があんな姿を見られて恥ずかしかったように、みっくんだって恥ずかしかったのだろう。あの後、顔が真っ赤だったし、それからずっと目を合わせてくれない。







「これ、使い方わかる?」


 そう言ってみっくんが出したのは、吸入するタイプの抗インフルエンザ薬だった。


「うん。去年、予防で使ってたから…。」

「じゃあ説明は良いよね?説明って言っても、説明書読んでもらうだけだけど。…買ってきたやつ…トイレットペーパー以外、キッチンに置いとくから。」

「ありがとう…。」


 お礼を言って、みっくんから薬を受け取る。

 買ってきてもらった栄養ドリンクと、水と経口補水液と一緒に薬を持って慈朗ちゃんの部屋へ行く。


「慈朗ちゃん…入るね。」

 ノックをしても返事はない。一応声をかけて、部屋に入ると慈朗ちゃんは眠っていた。

 起こして薬を吸入させた方が良いのか迷ったが、無理に起こすのも悪いので目が覚めたら視界に入るであろう場所にメモを残して置いておくことにした。

 おでこを触るとまだ暑いので、冷却ジェルシートを貼る。少し顔をしかめるが、起きないところを見ると、やはり起こさなくて正解かもしれない。


 すぐに部屋を出て、キッチンへ向かう。

 昼食の準備と夕食の下ごしらえをする事にした。

 リビングにみっくんの姿はない。自室にいるのだろう。

 慈朗ちゃんは朝、食欲が無いと言っていたので、お粥を炊く準備をする。

 私とみっくんの食事はどうしよう…。食べたいものを考えるけれど思い付かない。

 思い切って、みっくんに聞いてみようかな。うん、そうしよう。この気まずい空気だってどうにかしたいし、このまま顔を合わせないだけじゃどんどん気まずくなるだけ。


 ドアをノックする。

 返事がない。

「みっくん…いないの?」

 ゆっくりドアを開く。

 いつもはハルが寝ているベッドでみっくんは横になっていた。

「みっくん?…寝てるの?」

 ドアをそっと閉めて近づいてみる。

 床に腰を下ろすと、私の目の前にはすやすやと気持ちよさそうに眠るみっくんの寝顔。

 こうやってまじまじと寝顔を眺めるのは初めてかもしれない。


 私、みっくんの寝ている姿見る機会少ないかも。

 昔から、一緒に寝ると先に私が眠ってしまう。起きるのは大抵私が先だけど、なんだか気恥ずかしいし起こしちゃ悪いからすぐに私は部屋を出るし…。

 そもそも、私の前で居眠りしたり殆どしないもんなぁ…。ハルや私みたいにソファで寝ちゃうこともないし…。


 なんか新鮮。


 みっくんって、結構睫毛長いんだよね。眠っていると余計長く見える。

 鼻筋も通っているし、ちょっとだけ大きめの口と薄い唇。

 綺麗に整った穏やかな寝顔。

 こうやって見ると、目尻も垂れていないし、結構キリッとしていて私の好きな顔なのになぁ…。

 いつもは顔をくしゃくしゃにして笑って、頬を膨らませて怒って…鼻の下を伸ばして喜んで…。

 ああ、表情崩していなければみっくんって思いっきり私の好きなタイプの顔立ちなんだ。そういえば、今日の不機嫌そうな顔、見ているのは悲しいけど、ドキっとしちゃう瞬間もあった。


 いつも一緒にいるのが昔から当たり前だったから、私が追いかけなくても来てくれるから、みっくんの事を私もちゃんと見ていなかったんだな…。


 しばらく、私はみっくんの顔を眺めていた。

 穏やかな寝顔を眺めているだけで、なんだか幸せな気分になった。

 そしていつもみっくんと同じ部屋で寝ているハルがちょっと羨ましくなった。


 お尻が冷えてきたので、クッションの上に座り、ベッドの淵に腕と顔をのっけていたら、いつの間にか私も眠ってしまっていた。

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