48. 高梨 颯太
「葵、ちょっと頑張りすぎじゃねぇ?大掃除って別に今日までに終わらせる必要無いだろ?4日間、ずっと掃除と料理して過ごすつもりかよ?」
「後ここでおしまいなの。みっくんのバイトは今日までだから、明日から心置き無く遊べる様に…ご飯もさ、冷凍しといたり、日持ちのするもの作って置いたらいっぱい遊べるし…慈朗ちゃんは勉強しなくちゃだから、私がいなくても家で簡単に済ませられた方が良いでしょ?」
冬休みに入ってすぐ、葵は朝早くから起きて、俺と慈朗の部屋、春樹と充の部屋を除く家中の大掃除を始めた。そして、その他に、クリスマスイヴの夕食にと手の込んだ料理を作ったり、料理のストックを作ったり、1日中立ちっぱなしでハードな家事をこなしていた。
夜、疲れているのにも関わらず、充を起きて待つとがんばっていたけれど、ソファで爆睡してしまうところを見ると、結構無理をしているのは明らかだ。
そんな健気な葵を見ていると、充に対して腹を立てずにはいられなかった。
葵と遊ぶ為の資金調達と言っていたので、葵がクリスマスに出掛けるのを楽しみにしていた事を考えても、初めは、まぁ…100歩譲ってだが大目に見ていた。
しかし、バイト2日目。充のバイト先を知った途端そう思えなくなってしまった。
『地鶏料理 三上』
充がもらったという鶏の丸焼きの箱には三上の親が経営する料理店の名前が入っていた。
葵が気付いたら間違いなくショックを受ける。俺は、皿に鶏を移し、箱を処分する。
そして昨日。充と約束したからと3日かけてビーフシチューを作っていた葵。自分だけでも充と一緒に食べると言い張るのを何とか慈朗と春樹と説得して、4人で夕食を取った。
前日の慈朗の忠告も虚しく、充が帰宅したのは前日よりも1時間遅い11:00過ぎ。
葵の気持ちも考えろと殴ってやりたかったが、騒いで寝ている葵を起こしてはいけないとグッと堪えた。
しかし、充に俺の忠告は無駄だった様で、今朝もギリギリまで寝ていて、葵にちゃんと挨拶をしないまま出て行った。
それでもなお、葵はもうすぐ終わるからと掃除の手を止めない。仕方ないので、俺も手伝ってどうにか終わらせ、このまま家にいては今度は料理を始めかねないので、外に連れ出すことにする。
父に電話をかけ、了承をとる。
「葵、親父がブーツ買って良いって。一緒に買いに行こう?」
「でも…みっくん帰ってくるかもしれないし…。」
「早けりゃ帰って来る前にメールするだろ?息抜きに出かけようぜ?頑張りすぎだから。」
「うん。じゃあ支度してくる。」
渋る葵を説得して30分後、葵と2人で家を出る。
外に出ると、気が紛れたのか葵はニコニコ嬉しそうだった。
「颯ちゃんとクリスマスデートだね。買い物したらイルミネーション見て帰りたいな。」
一瞬さみしそうな顔をした葵。本当は兄ではなく、あのバカと出掛けたかったに違いない。
「颯ちゃん、みっくんのプレゼント何が良いかな?一応、一緒に選ぶつもりなんだけど、方向性だけでも決めておいた方が良いかなって…。」
自分の買い物に来たはずなのに、充の話を楽しそうにする葵。
「今日は葵のブーツ買いに来たんだよ?選んで買って、親父に電話かけてやれよ?葵の電話喜ぶからさ。」
ブーツを買って、帰ろうとした時。
俺は葵を連れ出したことを激しく後悔した。
「なんで…みっくん…バイトじゃないの…。」
アクセサリー売り場にいた充の隣にはよりにもよって三上がいた。
2人でショーケースの中を覗いている。
「葵、帰ろう。」
「なんで?」
「いいから、帰ろう。」
その時、視線を上げた三上がこちらに気付く。そして、葵を見てほくそ笑んでいる様な気がした。
充は気づかない。
「嫌だ。帰らない。なんで?なんでここにみっくんがいるの?なんであの人がいるの?」
タクシーに葵を無理やり乗せ、帰宅する。車内で葵は泣き続けていた。
家に帰る頃には目は真っ赤に腫れ、酷い顔になっていた。その様子に、慈朗と春樹が気づかないはずもなく、2人に俺が説明すると、落ち着いたはずの葵がまた嗚咽を上げて泣きはじめた。
「もしもし…パパ?ありがとう。颯ちゃんに買ってもらったよ。…うん。泣いてないよ?…え?パパ、今会いたいって言った?じゃあ、迎えに来て。今日はお泊まりする!1時間後?わかった。ありがとう。」
少し落ち着いた頃、葵のスマホに父からの着信があった。
電話を切ると、葵は荷造りをはじめた。しばらくここへは帰らないつもりらしい。海外旅行にでも行けそうなサイズのスーツケースに荷物を詰め出したのだ。
「慈朗、俺も今日は実家泊まるわ。」
「その方がいいかもね。」
「なんかあったら連絡してくれ。」
後のことは慈朗に頼んで、俺も一緒に帰ることにする。
「葵、俺も久しぶりに家帰るわ。」
「うん。一緒に帰ろう。」
その時だった。
玄関ドアが開く。
「ただいまー!葵ちゃん、クリスマスに出かけられなくてごめんね!」
全く呑気なものだ。
俺たち全員から注がれる冷たい視線に気付くことなくいつもの調子で葵に抱きつこうとする充。
葵は俺に抱きついて逃れた。
「何?2人でどっか出掛けるの?」
コートを着ている俺と葵に気付いたらしい。
「あれ、葵ちゃん泣いたの?目が腫れてるよ?」
葵は俺の背中に顔を隠した。
「葵ちゃん、良いものあげる。はい。」
充が小さな紙袋を葵に差し出す。
「いらない…。」
「は?何言ってるの?」
「要らないってば…。」
「そんなこと言わないで開けて見てよ?ね?」
「あの人と一緒に選んだものなんて見たくもない。みっくんのバカ!一緒に選びたいって言いたのに!クリスマスデートしようって言ったのに!お願いしたことも全然考えてくれてないじゃん!」
葵は泣いて出て行ってしまった。
「別に日程は俺の好きにして良いって葵言ったじゃん…。」
その一言に、俺の我慢の限界は超えた。
思い切り充を殴った。充はぶっ飛んだ。
「何すんだよ!」
「死ね…バカ。」
「は?意味わかんねぇよ!」
「自分のしたこと考えろ!それでもわかんなきゃ友晴にでも聞けよ!あいつが1番よく知ってるから!」
「なんで友晴なんだよ?」
「慈朗も春樹も知らねぇ事知ってるんだよ!アホなお前はもちろん知らねぇだろうな!」
飛び出した葵が心配だった俺は、それだけ言うと、葵のスーツケースとバッグを持って外へ出た。
相当ショックだった様で、財布もスマホも持たずに葵は飛び出して行ったのだから。
エントランスの隅で葵は泣いていた。
「颯ちゃん…。ありがとう…。」
「大丈夫か?」
「大丈夫…じゃない…。」
「だよな…。まぁ、実家でのんびりしようぜ?」
「うん。ありがとう。颯ちゃん大好き…。」
しばらくすると、父が車でやって来た。
俺がいるのを見て少し残念そうにしていたのがムカついた。
葵の泣き腫らした目を見て、騒ぎだしそうだったので、大掃除を頑張りすぎて、埃で涙が止まらなくなったとごまかすと納得したが、耳鼻科に葵を連れて行くと言い出したのには困った。
葵が、もう治まったから、さっき病院に行ってもらった薬も飲んだからと言ってやっと耳鼻科に行くのも諦めたが、久しぶりに見る過保護っぷりには引いた。
実は、葵が母親に引き取られた理由に、父が葵を溺愛しすぎるからというのもあったりする。




