43. 早瀬 葵
「あおいさーん。」
「はーやーせー。」
「確かに試合中は応援するなって言ったけどさぁ…試合前に応援しても良いとは言って無いよ?」
「ハナちゃんと早坂くんのケチ!良いじゃん、ちょっとくらい見逃してよ…。」
「葵、冗談だって。むしろ、そうしてもらわないと、充先輩は試合中に応援を強要しそうだからね。」
ミツと別れた直後、ハナちゃんと早坂くんにからまれる。おそらく2人も私とミツの様なことをしていたに違いない。うん、絶対そうだ。
「みっくん調子良いらしいから、早坂くん頑張ってね!」
「誰が充先輩の調子アゲたんだよ?うちが負けたら早瀬の責任だからな?」
「そう言うのを責任転嫁と言うんだよ?じゃあごゆっくり〜。」
2人の邪魔をしてはいけないと思い、ハナちゃんを置いて先に観覧席に行く。
丁度女子の準決勝が終わって、座席の入れ替えのタイミング。1番前の良席を4つ確保。ノリちゃんはすぐに来た。
試合開始ギリギリになって、ハナちゃんと真美ちゃんがやって来たので、手招きする。
「葵ちゃんありがと!」
「葵、ナイス!」
「ほら、うちのクラスの勝敗はハナちゃんと真美ちゃんにかかってるんだから。私がクラスの応援すると多分逆効果だからさ…。」
「それ納得。葵が早坂の名前叫ぼうものなら、充先輩ムキになりそうだもんね。」
ノリちゃんが笑って言う。それに皆が納得したとばかりにうんうん頷く。
「だからさ、応援頑張ってね!」
「葵もちゃんとクラスの応援するんだよ?」
ハナちゃんに念を押された。
選手入場。
隣のコートでも、同時に準決勝が行われる。
「葵ちゃーん!こっちも見てねー!!」
奥のコートから叫ぶ声。友晴先輩だ。こちらに手を振る友晴先輩をミツが超不機嫌そうな顔で睨んでいる。
友晴先輩の趣味は間違いなく『みっくんイジリ』だ。私をネタにするのはご遠慮頂きたい。
ミツがこっちを見たので、こっそり手を振る。嬉しそうな顔してる。私も思わず笑顔になる。
試合開始。本当にミツの調子は良さそうだ。得点を入れる度、私に向かってピースサインを送ってくる。ピースサインを返すわけにも、手を振るわけにもいかず、にっこり笑ってみたり、こっそりウィンクしてみたりした。ウィンク出来たんだ、私。
それが結構効果があったらしく、ミツは時々ガッツポーズしていた。可愛い…可愛いすぎる。
ミツが真面目にプレーしてる姿をじっくり見るのは久しぶり。最後に見たのは、確か中等部の引退試合だったから、2年以上前だ。
久しぶりに見るミツはすごくカッコ良かった。クラスの応援を忘れて見惚れてしまう程。
こんなに素敵なのに、なんでバスケ部に入らなかったんだろう。…そう言えば、練習が嫌だからとか言ってたな。ミツらしいと言えばミツらしい。
やれば出来るのに、敢えてやらない。それが中沢 充。それをいかにしてやらせるかが、昔から私に課せられた役割だった気もする。
「おい…早瀬…。」
試合は、充のクラスの圧勝。試合を終えた早坂くんから早速クレームを頂戴した。
「ウィンクとかしてるんじゃねぇよ?充先輩、更にテンション上がっちまったし…。」
う…バレていた。
「葵さん、私の隣でそんな事なさっていたんですの?」
「ハナちゃん…ごめん。」
ハナちゃんの口調が怖い。
「10回はしてたよねぇ?その度に充先輩ガッツポーズしてたよ?」
ニヤニヤ顏のノリちゃんが暴露する。
「ノリちゃん!気付いてたの?!」
「気付かないと思ってた?」
「ごめんなさいー!」
みんな笑って許してくれたのでホッとする。
「なんであの人、現役でやってないくせにあんなに動けるんだよ?衰えてるどころか、前よりも上手くなってるし…意味わからん。」
早坂くんのボヤキに答えが返ってきた。
「それは俺が天才だから?ね、葵ちゃん!」
「相変わらず凄い自信ですね?」
なんか早坂くんとミツは楽しそう。
「葵ちゃん、勝ったから約束!チュウしてー!」
ここでそれを言うか…。穴があったら入りたい。なくても掘って入りたい。
「やっぱり、うちが負けたの葵のせいだね?」
ハナちゃんに言われる。
「試合前にあんな事やこんな事してたのが早坂と田中くんの敗因。俺、見ちゃったもんねー!」
「み…充先輩?」
しどろもどろの早坂くん。
そして真っ赤な顔のハナちゃん、真美ちゃん、田中くん。
「いやぁ…ナイス情報ありがとうございます。」
「本当、見てるこっちが恥ずかしくなっちゃう位だったよ?絶対ベロチュウだし!」
ノリちゃんとミツが盛り上がってる。2人ともニヤニヤした顔して、横目で早坂くん達を見ている。
「葵ちゃん、次俺の応援宜しくねー。」
「ひぃぃー。」
後ろから急に抱きつかれて、驚きのあまり、間抜けな悲鳴をあげてしまった。
「友晴、テメェ!葵ちゃんから離れろ!」
「葵ちゃん良い匂いがする。」
「湿布の匂いですか?」
ミツに助けてもらって、ミツの影に隠れて睨みながら聞く。
「葵ちゃんそんなに怒らないでよ?湿布の匂いじゃないし。」
「一体何がしたいんですか?先輩のおかしな趣味に私を使うの辞めてもらえません?」
「俺の趣味?」
「えぇ、名付けて『みっくんイジリ』。先輩のご趣味でしょ?」
「葵ちゃんご名答!俺、みっくんイジるの大好き!」
その実態をよく知る早坂くんが頷きながら苦笑いしている。同意を求めて田中くんを探していたみたいだが、いつの間にか田中くんと真美ちゃんは消えていた。
「友晴先輩ちょっとお伺いしたいことがあるんですが良いですか?」
ノリちゃんが、友晴先輩に声をかける。同時にこちらに目配せしてくれたので、「ありがとう」と口の動きだけで伝えて、ミツと逃げてお散歩。
「葵ちゃんのウィンク超可愛いかった。ありがと!」
「実は、早坂くんにバレて怒られた。私のせいでみっくんが調子アゲて負けたって。」
「それ正解!」
嬉しそうに笑うミツ。
階段脇の死角のところで、ミツが立ち止まる。
「約束、チュウしたい。」
周りを見回して、誰もいないことを確認してから、小さく頷く。
先にぎゅーってしてくれた。それから、腕の力を緩めて少し屈んで…。
私は目を瞑る。優しく唇が触れたかと思ったら、ちょっとだけ舌が入ってきた。
「ちょっと!みっくん!」
恥ずかしい。ここは学校だよ?からかわないでほしい。
「恥ずかしがる葵ちゃん可愛い!」
「ねぇ…さっきのジンクス…みっくんが言ってたじゃん?」
「え?何?」
「早坂&田中コンビの敗因。」
「あ…。でも大丈夫!あいつらもっとすごかったから!」
「ふーん。次負けたらきっと今のが原因だよ?」
「絶対大丈夫!今日調子良いし!」
「頑張ってね。私は3位決定戦の方応援しなくちゃだからさ。」
「え?そうなの?」
「だからノリちゃんが気を使って友晴先輩引き留めてくれたんでしょ?」
ちょっと残念そうなミツ。ごめん。
「もう行こ?ちょっと遠くからだけどちゃんと見てるから、ね?」
手を差し出す。にっこり笑って握り返してくれた。
手をつないで体育館に戻ると、丁度女子の決勝が終わったところだった。
「充、次頑張ってね!優勝は女子だけじゃなくて男子も2-Eがもらうけど!」
「三上お疲れ!優勝したんだ?おめでとう!男子はうちが勝つから!」
女子の優勝は、颯ちゃんのクラスだったらしい。昨日私のせいで負けた相手。
ミツに声をかけた三上さんがパスを出したボールを私が後頭部で受けたんだよな…。なんか思い出して凹んでしまった。私がちゃんと避けるかパスをカットしていたら、うちのクラスが女子バスケでは優勝していたかもしれない。
「葵?どうしたの?」
急に黙ってしまった私の顔を、ミツが心配そうに覗き込む。
「なんでもないよ。じゃあ頑張ってね。」
そう言って振り向くと、颯ちゃんと友晴先輩がいた。
「颯ちゃんと友晴先輩は頑張らないでね。」
にっこり笑って2人にそう伝えて、ミツに手を振って観覧席に向かう。何だかミツは満足そう。颯ちゃんは苦笑い。友晴先輩はほっぺを膨らましている。
3位決定戦の行われるコート側の観覧席へ行くと、渡部さんとそのお友達が私を待っていた。渡部さんは、ミツのクラスメイト。私がミスコンで着たドレスを提供してくださった、ドレスの製作者。
「早瀬さん、探したよー!」
「早瀬さんはこっちこっち!」
「ちゃんとお友達には断り入れたから大丈夫!」
そう言って、連れて来られたのは、優勝決定戦の行われるコートの良席。
「うちのクラスの優勝は早瀬さんにかかってるから!」
2-Dの皆さんにやたら歓迎される…。
何だか責任重大です。でも、これで思いっきり応援できるので嬉しかったりする。
選手入場。
「中沢くん!早瀬さんが見てるからねー!」
「充!負けんなよ!」
「葵ちゃーん!俺頑張る!!」
「俺も頑張るー!葵ちゃん見ててね!」
「友晴の応援はさせねぇよ!」
穴があったら入りたい再び。恥ずかしい。友晴先輩は『みっくんイジリ』を試合中もするのだろうか?それって、結構マズイ。ミツの集中力を削る作戦としか思えない。
「みっくん、頑張ってね!」
声をかけて手を振る。嬉しそうな顔。
試合は終始拮抗していた。ミツのクラスメイトと一丸となって私は応援していた。時にハイタッチしたり、手を握って喜んだりしていたものだから、おそらく颯ちゃんのクラスメイトからは良く思われていなかっただろう。
それをわかっているくせに、友晴先輩は、私に投げキッスやらしてくるのでタチが悪い。
目を逸らしてやり過ごすしかない。
「みっくん、カッコイイー!!」
3ポイント決めた時に思わず叫んでしまった。本人は両腕を大きくあげてガッツポーズ。
応援がめっちゃ盛り上がる2-D。
第4Q、残り3分。先程の3ポイントのおかげで、3ポイント差で2-Dが勝っている。
しかし、残り2分、友晴先輩が決めて1点差。2-E、大興奮!
「友晴、良いぞー!!」
「充、逃げ切れー!!」
ミツには、友晴先輩がピッタリ張り付いている。あれ?友晴先輩、ミツに何か言った?明らかにミツが動揺している。
ミツの動きが少し鈍る。
残り30秒。
ボールを持った颯ちゃんが凄い勢いでドリブルして行く。そして、ランニングシュート。
会場から上がる歓声と悲鳴。
我が兄ながらカッコよすぎるぜ…颯ちゃん。
超良い笑顔でこっち向いて手を振っている。私は、おそらく、非常に間抜けな顔で固まっていたことだろう。
試合はそのまま終了。
結果は77ー78で颯ちゃんの2-Eが勝利。
「マジかー!!」
「あり得ねぇ…。」
「でも充も良くやったじゃん?友晴、現役バスケ部だし、エースで主将だし…向こうは颯太だっているし…。うちのクラス、現役いないどころか経験者も充だけじゃん?ここまで良くやったって。」
「早瀬さんもありがとう!」
「お力になれずすみません…。」
「そんなこと無いよ!」
体育館の隅で、未だうな垂れるミツ。
「ほら、中沢くんのところに行こう!」
2-Dの皆さんに連れられ、落ち込むミツを励ましに行った。
もう1方のコートでは、1-Cが歓喜に包まれている。どうやら3位はうちのクラスらしい。
疫病神は私な気がする…。
ごめんね、みっくん。




