33. 高梨 春樹
「……コレヲ着ルンデスカ?」
「……作りが違うのは気のせいか?」
青藍学園高等部学園祭、略して青高祭。
2日間に渡り、文化部や文科系の同好会の作品の展示やイベントを中心にクラスの模擬店、吹奏楽部や軽音楽部のライブステージが行われる。そして2日目にはミスター青藍&ミス青藍コンテストが開催される。
今日は1日目。我が1-Bは、隣の1-Cと合同で執事&メイド喫茶を営業する。
今日の俺の仕事は葵と一緒にメイドとして接客すること。俺が女装して葵と一緒にって言うのは間違いなく俺たちが双子だから…という理由だと思っていた。周りもそうだと思っているだろうし、客だってそのつもりで来るのだろう。
クラスの売り上げに貢献できるのであればと俺と葵は渋々承諾した。
準備を進めていくうちに、俺と葵が選ばれた理由が双子だからというわけではなさそうだと言うことに気付く。
俺と葵がメイド役に抜擢された理由。衣裳担当の麻生の強烈な誘いだった。
初め、メイド役は立候補者を募っていた。定員8人に対して、男子1人を含む5人の立候補者がいた。
残りの3人は俺と、葵と、麻生本人。
ある日、俺と葵がプリントアウトしてもらったメニュー表をパウチしているときだった。
麻生に声をかけられ、俺と葵は用意する衣裳の為に採寸させて欲しいと言われた。
断る理由もないので、されるがままだったのだが、葵の採寸の際に、嬉しそうな顔で、オーダーメイドで仕立てるのかというくらい入念に採寸していく麻生。目がギラギラしていた。
俺の番になったら、胸囲とウエスト、肩幅を測って終了。
俺の採寸をしながら、ミスコンで葵が何を着るのか質問し、決まっていないというと衣裳を貸すという始末。
葵が断るとすごく残念そうな顔をするし、メイドのヘアメイクまで麻生がするらしい。
他のメンバーに聞いても、採寸どころかサイズを聞かれてもいないと言うし…。
麻生…充と同じ匂いがするのは気のせいだろうか…?
そして先程渡されたメイド服を見た時にそれは確信に変わる。
今日の担当は俺と葵を含めて4人。
俺たち以外の2人のメイド服は、大型ディスカウントチェーンで購入したものと思しき、サテン調のペラッペラの物であるのに対し、俺の物と葵の物は質が全く違う。
「この2着はね、私のと友人の自前のだから。春樹くんはちょっときついかもしれないけど頑張って。早瀬さんはサイズ調節してあるから大丈夫だよ?」
この2着でも、明らかに葵の物の方が凝った作りをしている。
「早瀬さん、コツがいるから着替え手伝うね。」
麻生、ウキウキしすぎじゃねぇか?
間違いなく充と同類だ。
20分後、ツインテールでいつもと違う系統のメイクをされて着替えた葵。
教室で準備をしていたメンバーから思わず歓声が上がる。
「おぉぉぉぉぉー!!」
「麻生GJ!!」
「葵、可愛い~!」
「早瀬、似合ってるぞ。」
俺、絶句。こんな姿を充が見たら、いろんな意味で発狂するに違いない。
麻生はいつの間にか一眼レフとタブレットを構えて、葵にいろんなポーズをとらせて写真を撮りまくっている。
葵は真っ赤な顔で困惑しながらも、言われるがままこなしていく。
麻生が女子じゃなかったら間違いなく充に殺されているだろう。
「じゃ、せっかくだから春樹くんも並んで?」
明らかに俺はおまけ。完全に葵目当てな訳だ。
「なんか違うなぁ…じゃあ早坂くん?」
「やっぱ違うし…横山さん…うん、いい感じ。」
完全に麻生の趣味の世界じゃねぇか?
満足したのか、一通り撮影すると葵を解放した。
「ハル…恥ずかしい。1日こんなカッコとか…みっくんに見られたらどうしよう…。」
「営業中に来たら超面倒臭そうだな…今日1日ミツも店番だろ?来ない事を祈るしかねぇな…。」
パフスリーブの黒いトップスはエプロンをつけてもほんのり谷間が見えているし、スカートはパニエを履いているとは言え制服よりも短いし、黒いニーハイソックスとの間にできる生足が眩しい。
俺のクオリティは低い。明らかに手抜きだ。
男性客のほとんどがなぜか葵目当てでやってきて、葵と写真を撮って帰って行った。
女性客は俺と太一と横山に割れる感じ。
ペラッペラのメイドは完全に給仕。ドンマイ。
葵は終始、ひきつった笑顔で対応。嫌がる葵に時々耳元で麻生が何か言って説得しているようだった。
「葵ちゃん?すごい人気だねぇ?」
やって来たのは友晴だ。颯太の悪友。悪い奴じゃないけど、まぁふざけた奴だ。
友晴を見た瞬間、麻生の目が輝きだした。っていうか、麻生は今日はフリーなはずなのになんでずっとここにいるんだ?
「すみません、彼女と絡んでもらってもいいですか?」
麻生は、友晴と葵の2ショットを取り始めた。
「獲物を見つけた感じで…そう、そんな感じです!」
麻生のテンションが急に高くなる。引くわ…。友晴はすげぇ楽しそう。葵は半泣きだ。
麻生も友晴もえげつない。充が見たらどうなることやら…。
背後から葵に抱きつくとか…耳を甘噛み寸前とか…葵泣いてるし…。
「イケメンだけど鬼畜で狼なご主人様と怯える子羊メイド!うん、最高!!」
麻生もだが、友晴も楽しみ過ぎだ。
俺も、太一も横山もドン引きで何も言えなかった。
「ハルぅ…助けてよ…。」
葵が泣きながら俺に助けを求めてようやく解放。友晴によると、「高梨姉妹のメイド姿が見られるのは今日だけ!」そんなうたい文句でタブレット片手に客引きをしているらしい。
タブレット?
「圧倒的に葵ちゃんの写真が多かったけど、春子ちゃんも写ってたよ?それにしても春子のクオリティ低いな…残念。」
営業前に撮っていた写真はそんな風に使われていたらしい。葵は知らない方が幸せだろう。
「それにしてもすげぇなあ…2日分のコーヒー全部売っちゃったわけ?」
「スイーツもあっという間に完売。」
「超忙しかったもんね。」
「間違いなく早瀬効果だな…。」
コーヒー以外のドリンクも仕入れていた分の3分の2が売れてしまったため、閉店予定時間の1時間前に店を閉めることになった。
明日はコーヒー系の材料だけ買い足して営業するらしい。
閉店しても、メイドや執事と写真を撮りたいと言う人が後を絶たず、仕方ないので30分間だけは俺と葵、早坂、横山が残って応対した。
「葵ちゃーん!!会いたかったよぉ!!営業中に来れなくてごめんね…。さみしかった?」
「さみしくねぇよ…。」
ついに充がやってきた。葵は疲労のためか口調が…。
「葵ちゃん、可愛いー!!」
充が抱きつく。葵はもう疲れ果てて拒否する元気すらない。
それをいいことに、充はやりたい放題。ベタベタだ。早坂と横山は見慣れているらしく笑っているが、麻生は見ていられないと言った様子だ。
「葵は疲れてるんだから放してやれよ。」
「うっわ、今日の春子、超ブスじゃん?やっぱ俺がメイクしないとダメだな…。たまにはこういう葵ちゃんも良いねぇ?このまま連れて帰りたい!」
「みっくん、放して…座りたい。」
「じゃあ、俺のひざに座りなさい。」
「無理。」
充を冷たくあしらう葵。
「早瀬さん…そのツンデレっぷりが堪らないわ…。」
頬を赤らめ、麻生が言う。
「俺の葵ちゃん、最高でしょ?」
「だからミツは彼氏ヅラするな。」
「うわ…最高…。」
「でしょ?でしょ?デレたときはもっとヤバいよ?」
いつの間にか、充と麻生は意気投合していた。2人で勝手に盛り上がっている。
その隙に葵が着替えたのは言うまでもない。そして、制服になった葵を見た2人の凹みっぷりには笑えた。
「俺…写真撮ってないのに…」
「もう少し愛でていたかったのに…」
充はまだ知らない。メイド姿の葵と2ショットで撮った男子生徒がたくさんいることを。
数日後、それを知った充が片っ端から彼らの写真データを消して回ったのは言うまでもない。




