31. 早瀬 葵
「早瀬さん、服のサイズ教えてもらっても良いかな?」
「え?Mサイズかな?ものによってはS?」
「あの、出来たら採寸しても良い?春樹くんも。」
中間テストも無事に終わり、学祭まであと10日。うちと隣のクラスは合同で比較的準備が楽とは言え、帰宅部の私や春樹はなんだかんだで準備を手伝うことが多かった。メイドや執事は当日の負担が大きいから準備は免除という話だったが、蓋を開ければ、意外にもクラス以外で学祭の仕事をしなければいけない人も多いので、当日の役割に関係なく手のあいている人とクラス委員で準備を進めていた。
私が声をかけられたのは、春樹のクラスの女子で、衣装担当の麻生さん。衣装や小物の調達、当日のヘアメイクを担当してくれるらしい。ヘアメイクまでって聞いた時は驚いたが、それだけ気合が入っているというか、売り上げはメイドや執事のビジュアルに関わるとの事なので仕方ない。
ちなみに、立候補以外は彼女のスカウトで執事役もメイド役も決まったらしい。春樹や私、ハナちゃん早坂くんがそうだ。
メジャーを手に持ち、ニンマリ笑って近づいて来る麻生さん。こ…怖い。服の上からの採寸とはいえ、恥ずかしい。勿論、採寸前に、サイズは内緒でとお願いしてある。
「早瀬さん…羨ましい…。」
ため息をつきながら、手帳に何やら書き込んでゆく麻生さん。
私が終わると、ハルの採寸をしていく。
「そう言えば、早瀬さんって、ミスコン出るんだよね?何着るの?」
ハルを採寸しながら麻生さんに聞かれる。
「え?…ミスコン?」
思い出した!ずっと忘れていたこと。制服審査の他に私服審査があるし、さらにアピールタイムで着る衣装についても考えなくちゃいけない。
「忘れてた…どうしよう?もういっそ、メイド服で行っても良い?」
「良いよ…って言いたとこだけど、早瀬さんの担当の日じゃ無いし、足りないから無理なんだ…早瀬さんが着たやつは私が着る予定。ごめんね。コスプレ衣装でよければ貸せるけど…。」
話によると、麻生さんの趣味はコスプレだそうで、アニメのキャラクターになりきってイベントへ行ったり、そういったお仲間と写真を撮ったりするらしい。
みんなには内緒ね?そう言って、どんな衣装が有るのか見せてもらったが、露出も高いし、ハードルが高くてとても着れそうにない。
「せっかく見せてもらって申し訳ないけど、ちょっとハードル高いかも…。自分でも考えてみるね。いろいろありがとう。」
はて、どうしたものか?
私服は、もういっそ、ミツに選んでもらって新調しよう。
制服は、まぁあえて着崩さず、きっちり着る。面倒がないし。
問題はアピールタイムというやつか。
和服は調達出来なくもないけれど、問題は着付けだし…それもどうにかなるといえばなるけれど、お願いするのも申し訳ないし。
だからと言って帰宅部の私には早坂くんのように部活のユニフォーム的なものが有るわけでもないし…。今までどんな人がいたのか慈朗ちゃん颯ちゃんあたりに相談してみよう。
ハルやミツ、颯ちゃん慈朗ちゃんはどうするんだろう?
家に帰ったら聞いてみよう。
「あの…早瀬さん、ちょっと良いかな?」
控え目に声をかけられる。振り向くと、そこにいたのは、私が髪を切られた日、私に話があると呼びに来た2年生だった。
「あ、大丈夫です。」
「あの…話がしたいんだけど…一緒に来てもらえないかな…。」
躊躇いがちにそう切り出され、私は応じる。
あの日、彼女ははっきり「ごめんなさい」と言った。おそらく、彼女もあの先輩達に脅されたか嫌がらせをされて私を連れてくるように言われたクチだろう。
「この前は、本当にごめんなさい。まさかあんなことされるなんて思ってもいなかった…。すごく綺麗な髪だったのに…私のせいでごめんなさい。今までずっと謝りたかったの。でも、何て声をかけたらいいか分からなくて…。」
彼女は、ミツと同じクラスの渡部さん。やはり、例の先輩方の頼みを断ったところ、嫌がらせをされ、やめて欲しければ私を連れて来るよう言われ、嫌々私を呼びに来たらしい。
「この髪型、結構気に入ってるんです。だから気にしないで下さい。」
そう言って笑うと、渡部さんは少し安心したような表情になった。
短くなったばかりはショックだったけれど、みんなにも好評だし、ミツが毎日嬉しそうにセットしてくれるのだ。以前の長さよりも扱いやすいし、いろんなアレンジが出来るとか。
そして何より、シャンプー&ブローが楽。
「今日、中沢くんが話しているのを聞いて、早瀬さんがミスコンでなにを着るか決まってないって知ったの。それでね、私、洋裁同好会なんだけど…私達の作品を着てもらえないかなと思って…。展示スペースの関係で、トルソーが1体しか置けなかったの…そうすると、3年生優先で、私達2年生が1年間かけて作ってきたものは日の目を見ないまま…。それじゃあ悲しいから、早瀬さんが着てくれたら嬉しい。」
「でも、本当に私なんかが着て良いんですか?そんな思い入れのある作品…。」
「良かったら、私以外の製作者の話も聞いて。実物も見てもらいたいし。」
そう言って、渡部さんは私を家庭科室へ案内してくれた。そこにいたのは、2年生が2人。渡部さんと3人で1年間かけて作品を仕上げたそうだ。
「実はね…この作品が原因で早瀬さんの髪が切られてしまったの…。」
私の髪を切った先輩方の頼みとは、この作品を提供しろと言うことだったらしい。
私に対する罪悪感。
展示出来なくなった作品。
展示がなくなり、あの先輩方に再度提供して欲しいと言われた。
そんな事をした人たちに作品を着て欲しくないと話し合っていたところ、ミツが話す私の話を耳にしたらしい。
私が着ることは、3人の希望なのだと言う。
「そこまで仰ってくださるなら、喜んで。でも本当に良いんですか?」
「出来たら、その後もそのまま校内をフラフラしてくれると嬉しいな。作品だって、トルソーよりも早瀬さんに着てもらったほうが嬉しいと思うから。」
「じゃあ、作品名と製作者名のプラカード持ってフラフラしますよ?」
みんなが笑った。結構本気なんだけどな?
作品を試着して、サイズを調整して、当日の着付けもお願いした。
「ヘアメイクは出来ないんだけど…良いかな?出来たら、これも使ってくれる?」
「ありがとうございます。ヘアメイクはあてがあるので大丈夫です。…というかむしろその人に頼まないと厄介なので…。本当にすごいタイミングで声かけてもらえて嬉しいです。…実はさっき、着るものがないから、模擬店の衣装で出たいって言って断られたとこだったんですよ。」
私は渡部さん達製作者にあるお願いをした。はじめは、遠慮していた彼女達だが、私の説得に最終的には、照れながらも快諾してくれた。




