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24. 桜井 紀子

「ただいま〜。遅くなってごめんね。」


 玄関ドアが開き、部屋に入って来たのは葵だけじゃなかった。慈朗先輩も一緒だ。


「いらっしゃい。妹がいつもお世話になっています。」

「お邪魔してます…。」


 慈朗先輩は、私達に気付くと、声をかけてくれた。葵の事を「妹」と言って…。


「颯ちゃんから聞いっちゃったよね。高梨 颯太は私の兄。春樹とは双子。小学校5年生まで、私の名前は『高梨 葵』だったの。」


 葵は、照れ臭そうに笑って話してくれた。


「それとね、中沢兄弟…慈朗ちゃんも、みっくん…充も…、2人のお兄ちゃんの遼ちゃん…遼太郎も、兄弟みたいに育ったから…。」


 少しさみしそうにそう言うと、1冊の分厚いアルバムを持ってきて私達に渡してくれた。


「これ、私の宝物。辛い時に見ると元気になるの。3人にも見て欲しい。」



『たとえ遠くに暮らしていても、葵ちゃんは私達にとっては可愛い娘で、颯太と春樹だけでなく、遼太郎・慈朗・充にとっても可愛い妹です。いつでも家に帰ってきてね。』


 表紙を開くと、見開きには丁寧な文字でこう書かれていた。

 慈朗先輩達の母から、引っ越すことになった葵へプレゼントされたものだそうだ。


 小さな産まれてまだ日も浅い双子の赤ちゃんの周りを、幼稚園位の男の子、その子より小さな2人の男の子、そして赤ちゃんが囲む写真。


『高梨家 次男 春樹・長女 葵 誕生』


 産まれたばかりの葵と春樹くん、そして双子を囲む颯太先輩と充先輩、慈朗先輩とそのお兄さん。


 初めて歩いた日、七五三、幼稚園の入園式、小学校の入学式、誕生日、旅行、日常のひとコマ。

 その全てに、兄弟か幼馴染の誰かが写っていた。


『遼太郎に髪を結んでもらってご機嫌の葵ちゃん』


『遼太郎、葵ちゃんにプロポーズ!?笑』


 幼稚園位の葵と、小学校低学年位の男の子。



「この人。私が夏休みに告白してフラれたの。この頃から遼ちゃんが好きだったんだよね。」

 紅茶を淹れ、シュークリームを持ってきた葵が写真を指差して笑う。


『遼太郎 青藍学園中等部入学』

『慈朗 青藍学園中等部入学』


 中等部の制服を着た遼太郎さんの姿は、充先輩そっくりだった。葵はそんな遼太郎さんの隣で笑っている。特に、慈朗先輩の入学式の写真をに写っている姿は、夏休み明けから髪の色を暗くした充先輩と瓜二つだ。




「充先輩…そっくり…。」


「そうなの。遼ちゃんとみっくんは顔が似てるんだよね。性格は全然違うけど。遼ちゃんは真面目そうに見えて、結構いい加減。みっくんはいい加減そうに見えて実は真面目。2人とも、優しいけど、遼ちゃんは優しすぎる…。遼ちゃんは普段クールで、あんまり喋らないんだよ。でも、私が悩んでると気付いて励ましてくれるの。みっくんは普段バカなことばっかり言ってよく喋るくせに、そういう時は気付いてくれない。

 2人とも、髪の毛結ぶの上手だけど、実はセットもメイクも上手なのはみっくんの方。遼ちゃん美容師なのにね。」


 葵は笑っていたけど、泣きそうな目をしていた。まだ遼太郎さんが好きなのかもしれない…。ううん、なんか違う…もしかして…?


「私のオシャレの師匠って実はみっくんなの。みっくんには、今日のこと内緒にしてもらえないかな。色々面倒だからさ。」


 その時、玄関のドアが開く音がした。


「ただいま〜。あれ?誰か来てんの?」

「ただいまー!葵ちゃん、お腹空いたー!って、なんで早坂がうちにいるわけ!?」

 春樹くんと充先輩だった。


「お邪魔してます…。なんでって…早瀬の家に遊びに来たんです。」

 早坂は困った顔で答えた。


「ミツは居候だろ?」

 春樹くんが呆れ顔で言う。


「ごめん、夏休み前までは辛うじて1人暮らしだったんだけど、夏休みから5人になったの。私がOKする前に、親達の許可取られちゃってさ…。女の子の一人暮らしは危ないし、今、中沢家の母は仕事が忙しいからって。それで、私が寮母みたいなことしてる。ある意味バイト?生活費以上に貰ってるし。」


「俺はここの住人。だからここ、俺ん家だもん。ね、葵ちゃん?って、葵ちゃん!?その髪どうしちゃったの…?切っちゃったの!?切りたいなら相談してよ、師匠なんだから…。まさか、遼太郎のとこで切ったりしてないよね!?…そのペンダント…そんなん付けてちゃダメ。とってあげる。」


 充先輩はまるで別人だった。葵が大好き!オーラ全開だ。


「良いじゃん。髪の毛位切ったって。暑かったし、飽きたし。遼ちゃんとこは遠すぎて無理だし。って言うか付き合ってる訳でもないのに彼氏面するな。別に良いじゃん。髪型もアクセもさ。勝手に取らないで?これ、遼ちゃんに貰ったお気に入りだもん。」


「オシャレの師匠として言ってるの!良いから取りなさい!」


 はぁ…。

 大きな溜息をつくと、葵は面倒臭そうに、かの有名なオープンハートのネックレスを外した。


「日常茶飯事だから気にしないで。昔から葵に対して充ってあんなだから。ほらね?」


 颯太先輩が指差したのはアルバムのあるページ。写真にはコメントが添えられている。


『充、葵ちゃんにプロポーズするもまた玉砕。』


『懲りない充。この後、葵ちゃんに怒られる。』


 拗ねた表情の充先輩と、葵の頬にキスする充先輩。小学校低学年位だろうか?

 ハナちゃんも、早坂も私も苦笑いするしかなかった。


「昔からあんなんだから、葵には本気だと思ってもらえないの。葵も遼太郎がずっと好きだったしさ、充をそういう風に見ない様に意地張ってるんだよね。兄としては、たらしの遼太郎よりも、一途な充推し。まぁ、血の繋がった妹じゃなかったら、俺が付き合いたいけど?なぁ、慈朗?」


「俺も、断然充推しだな。愚兄と愚弟の事が無ければ、俺が結婚したいと思えるレベル。葵って本当に良く出来た妹だよ。」


「葵が近くにいると、他が霞んで見えるんだよな…。ただでさえそうなのにさ、一応付き合ってる女はワガママばっか言うし、俺のことアクセサリー扱いだもんな。寝顔撮って見せびらかされたり本当に気分悪りぃ。その上…。」


 春樹くんが何か言いかけて辞めたのが気になった。


 もしかして、颯太先輩も慈朗先輩も、春樹くんもシスコン?

 葵は良く気が付くし、優しいし、いつもニコニコしてるし、すごく良い子だもん。それに美人。


 葵はまだ充先輩に絡まれていた。適当に流しているところを見ると、本当に日常のことなのだろう。


 こんな充先輩の姿、充先輩ファンの生徒が見たら発狂しそう。葵が他人のフリをしたがるのも頷ける。




 それから、夕食をご馳走になった。大きな鍋で煮込まれたカレーは凄く美味しかった。炊飯器2台で炊いたご飯も、カレーも、カラフルなコブサラダもあっという間に綺麗になくなった。

 こんなに料理上手なら、颯太先輩が付き合いたいと言うのも、慈朗先輩が結婚したいというのも、春樹くんが他の子が霞んで見えると言うのも納得だ。


 食べ終わると、葵が駅まで私達を送ってくれた。もちろん、葵だけでなく、充先輩が色々理由をつけてついてきた。

 葵が大好きでたまらないって感じで、ずっと葵の隣をキープして、早坂が葵に話しかけようものなら、話に割って入り、威嚇(笑)しまくっていた。私も葵が大好きだし、普段の先輩とのギャップが新鮮で充先輩が微笑ましく見えるけれど、葵は大変だろうな…と思った。


 早く、葵の本当の笑顔が見られます様に…。


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