17. 早瀬 葵
「葵、おはよう!」
「ハナちゃん、おはよう。」
今日から2学期。久しぶりの学校。学校前のバス停でバスを降りるとすぐにハナちゃんに会った。私の乗るバスを利用している生徒は殆どいない。鉄道駅を利用している生徒が殆どだし、バス通学でも、違うルートのバスなのだ。ハナちゃんは自転車通学。いつもはバス停の方には来ないのに、今日はバス停前のコンビニへ用があったのだと言う。
学校はガヤガヤ騒がしかった。夏休み明けのせいだろうか?いつもと雰囲気が違う。なんだか、みんなヒソヒソ話している様な…きっと気のせい。色々積もる話もあるよね、久しぶりなら。
一瞬、中学時代の事がフラッシュバックしてきた。
でも、きっと気のせい。大丈夫。
教室に到着。やっぱり騒がしい。
「おはよう。」
なぜか、私とハナちゃんが教室に入った途端…ううん、違う。私が入った途端だ。教室がシーンと静まり返った。
嫌な予感。
「早瀬、横山、おはよう!」
早坂くんだった。
「葵、ハナちゃん、早坂おはよ。」
後ろからノリちゃんに声をかけられる。一瞬静まり返った教室も、また直ぐ普段通りの喧騒が戻った。
始業式が行われた体育館。移動の際に通る廊下。後ろ指さされている感が半端ない。2年半以上、前の学校でも続いて居たので慣れている。流すのが一番。反応無いと相手も虐め甲斐がないからだんだんトーンダウンするんだよね。
その前に訪れるピークをどう乗り越えるかが問題だ。教室離れてる時、教科書&ノートとか、体操服、私物を隠されたり壊されたり汚されたりが厄介だ。
もし、これが気のせいでないのならばしばらくノートはルーズリーフに取って家でまとめるか…。
基本荷物は鍵付きロッカーに入れときゃ平気かな。下駄箱も鍵付きだから多分大丈夫。前みたいに毎日持ち帰る必要ないって素晴らしい。ビバ、鍵付きロッカー&鍵付き下駄箱。かなり心強い。
って、条件反射でそんな対策考えちゃったけど、そもそも後ろ指さされる様なことしたかな?花火の時は別にみんな普通だったしな…。花火に参加せず、片付けしていたのがマズかった?いやいや、普通に感謝されたし。もしそうなら、クラスメイトの不評を買っても、他クラスや上級生にまでとやかく言われる筋合いは無い。
「あの子でしょ、おしるこビッチって…。」
は?それって私の事?おしるこクリームソーダの件とビッチが融合?ビッチのレッテルだけは避けたかった…でも何故?おしるこって事はミツ絡み?それともあの事件はそんなに有名だって事?早瀬 葵=おしるこクリームソーダって図式ですか?100歩譲ってそうだとしても、ビッチは何処からやってきた?まさか中学の時の原因の写真が出回った?イヤイヤ、あれでビッチとかあり得ないでしょ?先輩の彼氏に告白なんてされてないよ?高校入学してから私に告白してくる人いないし。って事はそれ以上のネタがあったのか?何をしたんだ、私。
「写真と顔全然違くねぇ?」
「でも髪型一緒じゃん?」
写真?髪型?
時々聞こえる陰口。この髪型って事は割と最近…夏休みの話か…夏休み何があったっけ?
今日も、ミツ師匠に結んでもらいました。すごくご機嫌で私の髪を結んで、グロスと香水までつけてくれちゃってさ…。
昨日、髪をカラーリングしてもらって再び黒髪。なぜかミツまで黒くしてた。イメチェンとか言って。
…ん?カラーリング?そう言えば、ミツとカラーリング剤をドラッグストアに行った時…もし、ミツが勝手にカゴに入れた小箱を棚に返すところを誰かに見られていたら…。いや、それでもとやかく言われるのはおかしくないか?彼氏彼女がいたらそういうもの必要ですよね、高校生だったら。それでビッチとか言われてもね。馬鹿らしい。…もしかして…一緒にいた相手が悪かった?中沢 充だから?
はぁ…それは確かに否定出来ないかも。
あれ?でも、こんなにいろんなところでヒソヒソ話されているし、教室に入った途端あんな反応だったのに、ハナちゃんとノリちゃんと早坂くんはいつもと全く変わらない。もしかして、ハナちゃんって私が1人で教室に行かなくても済む様にバス停で待っててくれたの?
3人が知らないとかあり得ないよね?状況的にも。
聞きたかったけれど、気を遣わせても嫌なので、今日は気づかないフリをすることにする。今日ずっと私が1人にならない様にしてくれているんだもん。
そう思ったら涙が出てきた。嬉しかった。嬉しくてトイレでちょっぴり泣いた。ハナちゃんもノリちゃんも私が泣いたことにはきっと気付いてないはず。
ケーキバイキングの時、約束したことを話す勇気が出た。せっかくだから、きちんと話したい。家に来てもらおう。
始業式の日だったので、学校は半日で終わった。ハナちゃん、ノリちゃん、早坂くんはそのまま学校に残って部活だ。私は特に用事も無いので帰る。って言うか寧ろ帰りたい。
「早瀬、帰るんだろ?俺、コンビニに昼飯買いに行くからそこまで行こうぜ?」
私が帰ろうとする前に声をかけられた。早坂くんだった。
「え?あ、うん。」
まさかそこまで気を遣われるとは思っていなかった。それ程までに状況は酷いのだろうか?
ハナちゃんとノリちゃんに笑顔でさよならをして、早坂くんと教室を出る。やっぱり、色々言われてる感じはあったけれど、気にしない。この程度で気にしていたら卒業まで居られない。
はぁ、今までの努力が無駄になったよ…まぁ仕方ない。結局ツメが甘かったって事だ。自業自得。諦めて受け入れろ、自分。
特に会話の無いまま、バス停に着いた。
「じゃあまたね。色々ありがと。」
そこで別れるつもりだったのに、早坂くんはコンビニへ行く気配がない。
「バス来るまでいるよ。」
「なんで?」
「いや、何となく?特に意味は無い。」
気を遣ってくれている様なのでありがたく甘えさせてもらうことにした。慈朗ちゃん、颯ちゃん、ハル、ミツ以外にこういうことしてもらうのが初めてでなんだか照れ臭かった。
「早瀬、今日なんでその髪型?」
「え?師匠が結びたいって言うから…。」
「そっか。でも明日からそれじゃ無い方が良いかも。何と無く、だけど…。」
ああ、やっぱり何か知ってるんだ。
「アドバイスありがと。あのさ、バイキングの時の約束覚えてる?」
「隠し事話すってやつ?」
「うん。覚えていてくれて嬉しいよ。近々ゆっくり話したいと思ってる。」
その時、バスが来た。
「ありがと。じゃあまた明日ね。」
「早瀬、無理すんなよ。」
不覚にも、バスの中で泣いてしまった。勿論、嬉し泣き。




