16. 横山 花恵
「何それ…マジであり得ない…。」
「同一人物って事?」
「名前が一緒なんだって。みんな『アオイ』って呼ばれて…。正体暴いてシメる必要あるよね。」
「それがさ…1年で怪しい子がいるんだよね。」
「どういうこと?うちの1年!?」
「あのおしるこクリームソーダの子…あの子『葵』って名前なんだって。」
「マジで?あれって1-Cだったよね?」
「花恵が1-Cだよ?これ見せて聞いてみよう。」
*****
夏休み最終日。テニス部の練習の休憩中、私は先輩達に呼ばれた。
「花恵、ちょっと聞きたいこと有るんだけど良いかな?」
「ハイ!」
呼ばれた先には学園でも目立つグループに属する3人の先輩がいた。みんな高梨・中沢兄弟ファンの中心人物で、先輩達のグループには、颯太先輩の彼女の結菜先輩と、春樹くんの彼女の絵里奈先輩もいる。
その為、高梨・中沢兄弟情報は先輩達に聞くとすごく詳しく教えてくれる。時々、貴重な写真なんかも見せてもらえたりする。
そんな先輩達が私に何の用だろう?
「花恵のクラスに葵っていう子いる?」
「はい。早瀬 葵って子がいます。仲良いですけど、葵がどうかしましたか?」
「その子って、おしるこクリームソーダの子だよね?メガネかけてない写真あったりする?」
私は、スマホのアルバムのフォルダを開く。確か、ケーキバイキングに行った時の写真があったはず。
「えーっと…ありました。真ん中が葵です。」
ノリちゃんと、葵と、早坂がケーキの載った皿を持っている写真。あの日の葵はとっても可愛かった。元が良いとは思っていたけれど、髪型とメイクで随分変わるものだ。普段仲良くしている私達でさえ、声をかけてもらわなければ気付かなかっただろう。
スマホを渡した途端、先輩達がどよめいた。
「髪型…一緒。」
「間違いないね…。しかもまた男と一緒かよ?」
「あり得ないわ…。」
「花恵、この写真見てくれる?」
そう言って、渡された先輩のスマホの画面には、ズームにして撮られたせいなのか、少し画質の粗い画像。
葵だった。
「これってその子と同一人物だよね?」
「多分そうだと思います。」
「じゃあこれは?」
浴衣を着た葵。泣きそうな顔をしていた。
「これは?」
書店だろうか?小さくてはっきり顔がわからないが、葵に見える。
「後ろ姿だけど、これもそう思う?」
最後に見せられたものもおそらく葵だ。ケーキバイキングの時と同じ服装だった。
「どう思う?」
先輩達は怖かった。詰め寄られた。
「多分、全部葵だと思います。後ろ姿の写真の服、この時と同じ服だと思うので…髪型も一緒だし…。」
先輩達の表情が怖かった。
「本当にあり得ない!」
「最低。」
「許せない…。」
どうしたというのだろうか?葵は何か先輩達の気に障る事をしたというのだろうか?
「あの…葵がどうかしたんですか?」
恐る恐る聞いてみる。
「花恵、あの子とは関わらない方が良いよ。」
「さっきの写真、もう1度見る?」
そう言って、私にスマホを見せながら、ピンチインする。
そこには、浴衣の葵と、手を繋いで歩く男の人。何処かの駅だろうか?
「これ、誰だと思う?」
そう言って、今度は男の人の方をピンチアウトする。
「高梨…颯太先輩?」
「それだけじゃないの。高梨・中沢兄弟全員にちょっかいかけてるの。この女。」
どういう事だろうか?
葵は最近好きな人にフラれたと言っていた。それに、高梨兄弟は恋愛対象外だとはっきり言っていた。
葵を疑っている訳ではないのだけど、はっきり写真を見せられてはショックだった…。
休憩後は、とても練習にならなかった…。
「ハナちゃん!」
部活が終わり、モヤモヤしたまま帰り道歩いていると、ノリちゃんに声をかけられた。
「ねぇ、話が有るんだけど良いかな?」
ノリちゃんの表情が暗かった。
「うん。私も話したいことある。」
「早坂も呼んでいい?一応話しておきたい。」
「私もそう思ってた。早坂に電話かけるね。」
30分後、学校の最寄り駅の、学校とは反対側にあるファミレスに3人で集まった。
「あのさ…。非常に言いにくいことなんだけど…。葵が、先輩達に目つけられてる。リナ先輩、泣いてた。慈朗先輩取られたって。それだけじゃなくて、颯太先輩にも、充先輩にも、春樹くんにも手を出してるって…。」
慈朗先輩の彼女、リナ先輩は吹奏楽部の2年生。結菜先輩や絵里奈先輩とはグループが違うけれど仲がいい。
「実は、今日テニス部でも葵のこと聞かれた。画像見せられて…颯太先輩と手を繋いでた。」
「吹奏楽部では話しだけだったのに…証拠まであるんだ…。ショックだな…。」
「でも、信じられないよ…。」
「私も信じられない。」
すごく重い雰囲気の中、早坂が口を開いた。
「あのさ…早瀬のオシャレの師匠のことなんだけど…。多分、充先輩…だと思う。」
ケーキバイキングで聞いたオシャレの師匠の話。髪を結んで、メイクもネイルも、洋服のコーデもしてもらったと聞いた時、女子だと思って疑わなかった。ノリちゃんもそうなのだろう。目を見開いて驚いている。
「こないだのケーキバイキングの時さ、早瀬の髪の色、師匠と一緒だって言ってただろ?昨日充先輩に会ったんだよ。やっぱり同じ髪色だった。それに、花火の日、早瀬が来てた服、メンズでさ、師匠が貸してくれたって言ってたし、あの時のTシャツ、昨日充先輩が着てたんだよ…。他にもさ、花火の日、2人は同じ香水つけてた。」
「そもそも、花火ってなんで充先輩と春樹くんがいたの?」
「昼間、充先輩から電話かかってきたんだよ。わけわからん電話。貸してた雑誌をどうしてもあの日の夜返したいって。夏休み明けでも良いって言っても、用事があるから後日でって断っても、すげぇ粘るんだよ。どうしてもあの日返したいって。用事があるならそこまで持ってくから場所教えろって言って…。それで、6時過ぎに来て、参加させろって…まるで、花火するの知ってたみたいな…場所とか時間は知らなかったみたいだけど。断ると色々面倒臭そうだったからOKした。なんかさ、春樹には嘘ついて連れて来たっぽいんだよ。春樹はうちのクラスの集まりだって知らなかったみたい。バスケ部の集まりだって言われてたらしくてさ…。」
「そう言えば葵、あの日ちょっと変だったよね。ずっと片付けしてさ…。2人を見るなり不機嫌そうな顔してたし…。」
葵は花火に参加しなかった。誘っても、みんなが楽しそうだから自分は良いって笑って言っていたけれど…。
「なんか、あの2人がいることを怒っていたみたいだった。多分、充先輩は早瀬に具体的な場所とか時間教えてもらえなくて、俺に聞いたんじゃないかな?」
「充先輩、時々葵のこと見てるんだよね…。」
「俺も、あの変なジュースの時以来、あの人に妙にからまれるんだよ。」
「そもそも、あのジュースもおかしかったよね?まるで早坂に飲ませたくないみたいなさ…。」
味が知りたいなら、一口飲んでお終いな筈だ。葵も、春樹くんもあのジュースはまずいと言っていたし、充先輩自身もマズそうな顔して無理やりに飲んだ感じだった。
「もしかして、充先輩は葵の事が好きなんじゃないかな?早坂に、ヤキモチ妬いてるみたいだったもん。」
ノリちゃんの言う通りだ。
「よく考えてみたらさ、高梨・中沢兄弟ってすごく仲がいいじゃない?なのに、全員にちょっかいかけてるっておかしいよね?そんなことしたって、すぐバレて相手にしてもらえなくなるか、4人がギクシャクしそうなものだけど…この前の充先輩と春樹くん見る限りそんな事なさそうだったし…。」
「ここからは俺の仮定の話。もしそうなら全て辻褄が合うんだよ。」
そう前置きした上で、早坂は話し始めた。もし、早坂の仮定が事実だとしたら、先輩達に見せられた写真も納得出来る。
そして、最後にそう考えるに至った根拠となる写真を見せられた。それを見た私とノリちゃんは驚きのあまり声が出なかった。
「俺、バイキングの時、早瀬が言ってたこと信じてみようと思う。きっと、あいつにも色々あるんだよ。」
早坂が凄くカッコ良く見えた。
『あのね、私、3人に隠していることがある。今すぐ…は話す勇気がまだないけど…近いうち、そう言っても先になっちゃうかもしれないけれど、心の準備が出来たら絶対話すから…。ごめんなさい。』
葵は、私達を信じて話してくれようとしている。私達だって、葵を信じて待つ事を決めた。葵には葵なりの事情とか理由があるはずだ。
恐らく、新学期が始まったら葵は辛い思いをするだろう。私達に何ができるかわからない。力になれないかもしれない。でも、葵を支えたい。
私達の思いは同じだった。




