15. 早坂 太一
「えー?真っ黒に戻しちゃうの?せっかくだからさ、落ち着いた濃い目のブラウンにしようよぉ……え?あ、それはダメ…?わかったよ…髪色戻しにするから。また冬休みは可愛くしようね?約束だよ?他に要るものある?無いの?そうそう、葵ちゃんに似合いそうなグロスあったよ?秋の新色で、ネイルと合わせたら絶対可愛いから…その辺はドーンと師匠に任せなさい。ね?帰ったら塗ってあげるから。…学校にもそのまま行けば良いじゃん?…ダメなの?…わかったよ…。じゃあ、今日は我慢してまた今度にするから買ってもいい?」
部活帰りに寄ったドラッグストア。洗顔とか、脂取り紙を探していると、聞き覚えのある声。
葵ちゃん?…師匠に任せなさい?
気になって声のする方へ歩いて行くと、そこにいたのは電話をかけながら買い物をする充先輩だった。
花火の日、そうなのではないかと思った事を裏付ける様な発言。改めてみてもやはり早瀬と同じ髪の色。
先輩から少し離れて気持ちを落ち着かせる。なんだろう、ドキドキする。知りたく無い事を知ってしまった反面、謎が全て解けてスッキリしたような複雑な感情。
「あれ?早坂じゃん?何してんの?コンドームでも買いに来た?」
突然後ろから声をかけられる。心臓が飛び出しそうだった。それにしても、普通の声量でその単語を口にするとかどうなんだよ?買い物中のオバちゃんにガン見されたじゃないか…。
「み、充先輩!?」
声が上ずってしまう。なぜ動揺しているんだろうか?振り向いて、充先輩と対面する。そして目に入ってきたのは先輩の着ているチャコールグレーのTシャツ。…これ、見たことある。
あの日、早瀬が着ていたネズミのキャラクターがプリントされたTシャツ。
「ふーん。これ使ってるんだ?こっちの方が俺は好き。」
そう言って、俺の買い物カゴに、洗顔を投げ入れる。
「俺はスクラブ入りが好きなんで。」
そう言って、充先輩のカゴに入れ返す。先輩のカゴの中には、髪色戻しが2箱と、厚切りのポテトチップス、整髪料、そして白とブラウンのマニキュアと真っ赤なリップグロス。カゴの中をじーっと見る俺に気付いた先輩。目が泳いでいる。
「先輩、こんな派手なグロス誰が使うんですか?」
「えっと、春樹の女装用?あいつ、結構嫌いじゃ無いみたいでさぁ……。」
充先輩の視線は右斜め上。そういう時って、心にも無いことを言っている時ってご存知ですか?先輩。
「髪色戻しも2箱も使うんですか?よほど真っ黒にしたいらしいですね?久しぶりの先輩の黒髪、楽しみにしてます。」
「そうそう、明るいのにも飽きたしさぁ…イメチェンってやつだ、イメチェン…。」
そう言うと、充先輩は用事を思い出したと言って帰ってしまった。
「春樹の女装用…か。」
去年の学園祭の時、充先輩はミスターコンに出場していた。その時、ステージに同伴した長身の美女がいた。会場中がどよめいた。高梨・中沢兄弟のうち、唯一彼女がいなかった充先輩に彼女がいたのかと、女子が大騒ぎしていた。
しかし、その正体は春樹で、最後に明かされたとき、それはもう盛り上がった。1年生だった充先輩が名だたるライバル達(颯太先輩と慈朗先輩含む)を蹴散らしてグランプリを獲得したほどに。
そう言えば、女装した春樹と2ショットで撮った写真があったっけ?妙に気になってしまった俺は、帰宅後その写真を探した。確か写真部が撮ってくれて、プリントアウトしてもらったはずだ。
「お?これこれ。って…なんだこれ?マジか!?」
写真を見て驚愕する。
高等部の女子の制服を着崩して、ニーハイのソックスを履き、俺と腕を組む春樹。
斜めに流した前髪。アップにした茶髪。
「早瀬…そっくり…。」
女装した春樹は、ケーキバイキングに行った時の早瀬に瓜二つだった。
翌日は昼から部活の練習があるため学校へ行った。大抵の部活は、3年生が引退した為、2年生が主導権を握っている。バスケ部も先週3年生が引退した為、2年生が仕切っていた。明日は始業式と言うこともあり、練習も早く終わり、部室でのんびり話しながら着替えをしていた。
2年生のスマホの着信音が一斉に鳴り、雰囲気が一変する。
「なんだ?拡散希望?…うわっ…マジかよ?」
「どうした?あ、俺にも拡散希望ってやつ来てる。」
「マジか…あり得ねぇ…ってこの子、太一仲良かったよな?」
「うわ、マジでビッチだな。」
「もしかして、太一もやらせてもらってたりする?」
「生派とかヤバイな。」
「羨ましいわ、マジで。」
「つうか、太一も遊ばれてんじゃねえの?」
先輩達は何やら下衆な話をしているようだ。しかも、俺が関係あるのか?
「何の話ですか?」
「お前が、早瀬 葵に遊ばれてんじゃないかって話。」
「は?意味がわからないんですけど?早瀬とはただのクラスメイトですけど?」
「なんだよ、つまんねーの。」
「太一にも送ってやるよ。これが本当なら酷い話だよ。」
「これだけ写真があるならクロだろ?」
早瀬の言われ様は酷かった。
何の根拠があってそんな酷いことを言われなくてはいけないのだろう。
「まぁ、今送ったやつ見てみろよ、マジであり得ないから。」
「でも本当なら遊んでみたいかも。可愛いし、スタイル良いし。」
「確かに、でも充とある意味兄弟だぜ?」
「いやいや、充だけじゃ無くて、颯太も慈朗さんも春樹もだろ?」
「マジでウケるわ…。」
最低だ。馬鹿馬鹿しい。ふざけている。早瀬、良い奴なのに。
送られてきたLINEのメッセージには、拡散希望の文字とともに、あるBlogのURLが貼り付けてあった。そして、注意書きとして、『高梨・中沢兄弟にこのBlogの存在を知らせた者も早瀬 葵と共に処刑する』…アホだろ?それでバレないと本当に思ってるのだろうか?
Blogの内容もくだらない。くだらなすぎる。ただの妬みとか思えない様な内容。写真も恐らく葵本人だろう。だとしても、隠し撮りだし、趣味が悪すぎる。
颯太先輩に貢がせた?浴衣で手つなぎデート?春樹とソフトクリームを食べていた?慈朗先輩と本屋にいた?だから何?充先輩とドラッグストアから出て来て、ゴムが要るとか要らないとか揉めていた?どうせ充先輩が一方的にふざけてただけだろ?そこからこんなに話を膨らませるとか、想像力が豊か過ぎて笑える。
「でもさ、このBlog書いてる奴って頭悪すぎじゃね?この子シメたいのかもしれないけどさ、慈朗さんと颯太と春樹本人とさ、その彼女達の事もバカにしてるよな。充はまぁきっといつもの調子で絡んでたんだろうな。」
部室に響く冷ややかな笑い声。
「早瀬 葵に弄ばれる高梨・中沢兄弟。そして寝取られた女達って事まで拡散してるんだろ?それとも寝取られた本人達が同情して欲しくて自ら広めてるのかね?もしそうなら残念過ぎ。そうじゃ無くても、出処はどうせその周りだろ?惨めじゃ無いのかね?」
颯太先輩と仲の良い、バスケ部主将の友晴先輩の発言に、皆が頷いた。全くその通りだ。
しかし、恐らくそこまで考えの回る生徒は多く無いはずだ。きっと早瀬の悪評(濡れ衣)は、瞬く間に生徒中に知れ渡るだろう。
そんな時、着信があった。
横山からだった。




