13. 早坂 太一
『もしもし…早坂?前に借りてた雑誌返したいんだけど。』
充先輩から突然の電話。夏休み前に貸した雑誌を返したいと言う。夏休み明けで良いと伝えると、なぜかどうしても今日じゃなくちゃ嫌だと言うので、渋々応じる。
ここ2ヶ月位やたらと充先輩に絡まれる。充先輩は中等部の時、同じ部活だった。
去年は、充先輩が高等部、俺が中等部と校舎自体が違ったので、関わること自体がなかったのに、俺が高等部に上がった途端、いや、正確にはおしるこクリームソーダの件以降必要以上に絡まれるのだ。
充先輩は、高等部では帰宅部だ。バスケ上手いのに勿体無い。充先輩だけでなく、高梨兄弟も、充先輩の兄の慈朗先輩も続けなかった。中等部は全員が部活動をしなくてはいけないのに対し、高等部では参加が自由だからなのだろう。
今日は、クラスのほぼ全員が集まって花火をする。場所は学校近くの河川敷。言い出しっぺの俺は同じクラスのバスケ部員の田中と昼間のうちに花火を買い、明るいうちから準備をしていた。ブルーシートを敷いて、休憩と言うか軽く飲み食い出来るようにもした。飲み食いと言っても、500のペットボトルが1人1本と、お菓子がごちゃごちゃある程度だが…。
集合時間は夕方6:30から7:00の間。
きっとみんな6:30過ぎないと来ないだろう。
ところが、6:00過ぎにやって来た2つの人影。
「中沢弟と高梨弟?!」
一緒に準備をしていた田中が驚く。無理もない。田中には充先輩が雑誌を返しに来ることを言っていなかった。それに、2人は学園の有名人。女子がキャーキャー騒いでファンクラブもあるとか。高等部から青藍の田中はバスケ部だと言っても2人とほぼ面識がない。
「早坂、雑誌ありがとう。」
「花火の量すげぇ!良いなぁ…俺もしたい…会費払うから参加しちゃダメ?」
「早坂、俺もまぜてくれるよね?」
ニヤけ顏の充先輩見ていると、なんだか今日の花火を知っていて電話して来た気がしないでもないが…断ったと知れたら参加者(主に女子)の反感を買いそうなので、不本意だがOKする。
参加者が徐々にやってきた。6:30を過ぎるとどんどん増え始め、充先輩と春樹を見つけた女子がキャーキャー騒ぎはじめた。
そして、普段仲良くしている女子3人もやってきた。
横山、桜井、早瀬。
横山と桜井は中等部の頃クラスが同じで元々仲良かった。早瀬は、高等部から入ってきて、名簿が早坂、早瀬で続いており、横山、桜井とも仲が良かったので、そこになぜか俺が入り微妙なグループが形成された。
早瀬は可愛い。制服の着こなしも独特でオシャレだ。
この間、4人でケーキバイキングに行ったのだが、普段と違う早瀬の姿にドキリとした。
「え?ウソ?なんで充先輩と春樹くんがいるの?!」
横山のテンションが上がる。こいつはミーハーだ。
「すごい、ラッキー!」
桜井も喜んでいる。
しかし、早瀬は無表情。いや、一瞬怒っていた様に見えた。
「早瀬、どうした?」
「え?何の話?」
「葵、もしかして例のおしるこクリームソーダ事件の事思い出してた?」
横山が言う。それならば、嫌な顔をするのも理解できる。2人が飲み干したペットボトルの件で嫌な思いをしたのだ。
「早瀬さん、雰囲気違うね。アップの方が可愛いんじゃない?」
他のクラスメイトに声をかけられ、早瀬はやっと笑顔になった。
今日の服装は、ゆったりしたTシャツに白の長袖シャツ、そしてデニムにスニーカー。河川敷は蚊が多いので気を使ったのだろう。
「えーっと、みんな今日はありがとう。1人1本ずつ飲み物あるから飲みたい時に飲んで下さい。何種類かあるから早い者勝ちで。お菓子も適当に食べて〜!虫除けもブルーシートのとこあるから適当に使って。花火はこっちにまとめてるから、仲良く分けてね〜!終わったのは必ずバケツに入れて下さい。じゃあ適当に始めまーす!!」
参加者が全員集まったので、いい加減な開会宣言をして、思い思いに楽しんでもらう。
「やっぱ、初めは打ち上げ系でしょ?」
「半分は〆に残そうぜ!」
「いや、〆は線香花火だろ?」
ワイワイ楽しい雰囲気。
アホな男子は、ロケット花火を投げている。時々起こる女子からのブーイング。しかしそれも楽しそうだ。
充先輩と春樹の周りは参加者の半数以上が固まっている。打ち上げ系をやっているらしい。キャーキャーみんな楽しそうだ。
「早坂くん、水のバケツちょうだい。あの人たち、そのまま終わった花火を放置しそうで怖いから。」
「重いから持って行くよ。」
「大丈夫。貸して。」
ふわりと香る、柑橘系の香り。
「早瀬、良い匂いがする。」
「え?そう?…あ、そういえば最後にかけられたの香水だったのかな?」
そういやあの直後匂いかいでたな…そんな事を呟いている気がした。
「自分でつけたんじゃ無いの?」
「あ…うん。今日も師匠に髪の毛やってもらった。スプレーで黒くしたかったから。」
「それで今日は落ち着いた色だったんだね。着てる服ってメンズ?」
「多分。ボタンが逆だし。虫刺され対策で長袖。ゆったりしてる方が涼しいからって師匠が借してくれた。師匠、やたらと服持ってるんだよね。」
結局どちらも譲らず、2人でバケツを運んだ。早瀬は終わった花火をバケツに入れていく。
「ゴミ袋って、ブルーシートのところ?」
しっかり火を消した花火の残骸の水を切り、手際良くゴミ袋へ入れていく。そして空いたバケツに再び花火の残骸を入れる。
「早瀬も見てきたら?」
「楽しそうなみんな見てるだけで良いや。片付け最後に回すと見落としありそうだし、こう言うの嫌いじゃないから良いよ。ありがと。」
そう言って早瀬はロケット花火の回収を始めた。
みんなが楽しんでいる間、早瀬は片付けに徹していた。何度か、横山や桜井が一緒に見ようと声をかけていたが、俺が言われたことと同じ様な事を言って断っていた。
結局、充先輩と春樹が打ち上げ系を前半で全て使ってしまったので、〆は全員で線香花火をすることになった。
早瀬のおかげで、花火の片付けはもう殆ど終わっている。
早瀬は横山、桜井他の女子達と丸くなって線香花火をしていた。
「なぁ、早坂って早瀬狙い?」
田中他数名の男子に声をかけられる。
「さっき良い感じだったよな?」
「絶対狙ってるだろ?」
「なんかさ、早瀬可愛いよな…メガネ取ったらヤバそうじゃない?」
うん、メガネないとすげぇ可愛い。
「別にそんなんじゃ無いけど…早瀬は可愛いよな。」
不意に殺気を感じる。なんだろう…この感じ。
「早坂くん。」
充先輩だった。なんで「くん」付け?笑顔だけど、目が笑ってねぇ…怖いんですけど。
「なんすか?」
「別に?呼んでみただけ。」
意味不明。最近こんなんばっかりだ。
みんなで片付けをして、ゴミをゴミ係に引き渡す。ゴミ係はゴミを持ち帰ると言う非常に厄介な役職なので、参加費が免除される。たまたま家が近い奴が引き受けてくれて助かった。45Lのゴミ袋持って電車に乗るとかどんな罰ゲームだよ?
「みんな、1-Cじゃない俺を入れてくれてありがとう〜!楽しかったぜ〜!2学期もよろしく!じゃあ解散!!」
なぜか、充先輩が閉会宣言をしてお開きとなった。
帰り道、コンビニに寄る。そこには充先輩と春樹がいた。
「絶対怒らせた…家入れてもらえるかな…。」
「ミツ、バスケ部の花火って嘘だったのかよ?はぁ…帰るのが怖いんですけど。」
よく聞こえ無いがそんな話をしていた。
「充先輩、もしかして今日うちのクラスが花火するの知ってて雑誌返しに来たんすか?」
「は、早坂?!」
挙動不審。この人何驚いているんだろう?
「良いじゃん、楽しかったんだし!俺、がんばって盛り上げたし!」
開き直った…。っていうかごまかした?
その時、ずっと被っていた帽子を脱いだ。充先輩の髪の色に目を奪われる…。
「今日はありがとな!じゃあまた!」
俺の肩をポンと叩いて通り過ぎた時、ふわりと柑橘系の香りがした。
充先輩の髪の色も、ふわりと香る良い香りも、何故か早瀬と同じだった。




