10. 早瀬 葵
「ごめん、遅くなった〜!」
私が待ち合わせ場所に数分遅れて着くと、もうすでに3人は集まって話していた。
「えっと…誰…?」
キョトンとした顔でノリちゃんが私に尋ねる。
「もしかして…葵?」
ハナちゃんは恐る恐ると言った感じだ。
「あ、メガネ忘れた…。」
私にとって、メガネは地味に見せるためのアイテムだ。夏休みになって、その必要が無くなって存在自体を忘れていたようにも思う。
「いやいや、それ以前の問題。そもそも早瀬の顔が違う。それにその髪どうしたの?」
「葵…可愛いよ!こっちの方が良いよ、2学期からこの髪型でおいでよ!」
「でもこれ、自分では結べないし…。」
「前髪だけでもこうしなよ、この方がずっといい!」
結局髪はスプレーで黒くするのはやめた。この色、結構気に入っているし、ミツが褒めてくれるから。今日は最近のミツのお気に入りの髪型にしてくれただけじゃなくて、なぜかメイクまでしてくれた。しかもすごく上手くて驚いた。なんでも、去年の学園祭でハルを女装させるためにすごく練習したんだとか。
最後にグロスを指で塗られた時は複雑だった。この間の遼ちゃんの事思い出しちゃったから…。暗く沈んだ私に、ミツはすごく優しい目で
「葵ちゃん、すごく可愛いよ☆」
なんて言ってくれた。
ミツは私のオシャレの師匠。師匠に褒められると弟子としては嬉しい。
ホテルのケーキバイキングは予約をしていたので、すんなり席に案内してもらえた。
「でも、どうして髪染めたの?」
「えっとね、私のオシャレの師匠のススメ。今師匠とお揃いの色なの。ネイルとメイクまでしてもらったし、服も選んでもらった。髪の毛も師匠に結んでもらったの。」
「すごいね…葵に何が似合うのかわかってるんだね、お師匠さん。」
「良いなぁ、私も弟子入りしたいなぁ…。」
「ごめん、今はもう弟子はとってないらしいの。」
「そっか、残念。その前にテニス部厳しいからメイクとかネイル無理だしいいや。」
ニカって笑うハナちゃん。元々小麦色の肌だったけど、更に濃くなって、歯の白さが際立つ。そんなハナちゃんも可愛いよ。
「ねぇ、葵って例の彼と上手くいったの?久しぶりにあったらすごく可愛くなってるし、恋でもしてるのかな?なんてね。」
ノリちゃんニヤニヤしてる。恋バナは聞くのも話すのも大好きなノリちゃん。
「うーん、今日の姿の方が元々の私に近いかも。学校では目立たないように地味になるように結構がんばってきたんだよね。ほら、また虐められるの嫌だったからさぁ。」
「そうだったんだ…でもさ、逆に目立ってたよ?黒髪ロングのストレートって珍しいしツヤツヤだったし。それに、あのビミョーなスカート丈を着こなしてるからさ、あの丈なのに全然ダサくないって言うか逆にオシャレだったもん。メガネだって度なしの伊達メガネでしょ?スタイルもいいしさ。ね、早坂?」
「横山の言う通り。早瀬可愛いって言ってるやつ多いよ。バスケ部でも時々話題に上るし。」
「うわ…目立つとかマジで困る…平穏に暮らしたいんだもん…。」
再びビッチのレッテル貼られるとか耐えられない…。
「葵が虐められてた理由って、目立つ先輩の彼氏だったり、学校のアイドル的存在に告白されたとか?」
「え?ノリちゃん何で知ってるの?」
ハル辺りから漏れたのか?
「だってさ、葵と付き合って4ヶ月だけど、虐められる要素が思いつかないから…それに今日の姿みたらそんな気がして…。」
「女の嫉妬は怖いもんね。で、実際どうだったの?」
「ノリちゃんの仰る通りです。怖目の先輩の彼氏と言う人とか王子様キャラの先輩。しかもタイミング悪く、遊びに来た兄と幼馴染みとはしゃいでる写真がメールで回されて、あっという間にビッチ扱い。」
「どんな写真だよ、それ?」
「兄と幼馴染みと腕組んでる写真と、幼馴染みがふざけて私のほっぺにチュウしようとしてる写真。」
「てっきり、最中とか際どい写真かと…。」
「早坂、最低だね…。」
「ほんと酷いよ。観光地で真昼間に撮った写真でそうなっちゃうんだよ…。」
あの写真が今出回ってもマズイんだろうな…。
「でさ、恋の話は?彼氏出来たの?」
ノリちゃんもハナちゃんも急に前のめりになって聞いてくる。これは言わない訳にはいかなそうだ…。
「えっと、告白した。そしたら私は彼にとって妹だから無理って。諦めるかわりに、キスをおねだりしてみた。チュッてしてくれてさようなら。こんな感じ。」
「え…?」
多分2人のお望みの答えではなかったんだろう…。ハナちゃんとノリちゃんが固まった。
「それで、葵は良いの?」
「うん。ずっと前からわかってたことだし。ハッキリ言ってもらえてスッキリした。いい女になって後悔させるって約束したし。はぁ…。」
すごく大きな溜息が出てしまった。これでも随分楽になったんだよね。
「あんまり良くなさそうだけど?」
「ねぇ、葵はその人のどういうところが好きだったの?」
遼ちゃんの好きだったところ。一生懸命考える。
「優しくて、カッコ良くて、昔はいつも髪の毛結んでくれたの。因みに今は美容師だよ。泣いてたら笑わせてくれて、笑顔が素敵で、不安な時は側にいてくれて…すごく優しい目で可愛いって言ってくれるところ。」
でも、これって、昔の遼ちゃんで今の遼ちゃんじゃない…って言うか他に該当者がいることに気づく。
「それで、大人なところ。」
それを認めたくなくて、付け足してしまった。
「その条件だったら中沢弟でピッタリじゃない?」
ノリちゃんの発言に動揺してしまう。
「桜井…。」
「そうだよね、優しくてカッコ良くて、笑顔が素敵で、ムードメーカーだもんね。しかも高梨弟の髪編み込みしてるもんね。」
「今彼女いないし行っちゃえば?」
「おしるこクリームソーダの件もあるしさ、葵のこと見てるんじゃないかって思うこと時々あるし。」
「早坂、知り合いでしょ?紹介してあげなよ?」
「うーん、中沢兄弟と高梨兄弟はオススメ出来ないって。」
「じゃあ他バスケ部で良い人いないの?」
「バスケ部で1番良い男といえば俺でしょう?」
「ダメだ、こいつ…。」
「無しだね。」
ハナちゃんとノリちゃんと早坂くんに嘘をついているのが心苦しかった。3人なら、私の事、颯ちゃんとかハルの「妹」じゃなくて「葵」として付き合ってくれる気がする。私を私として友達でいてくれてる。
「あのね、私、3人に隠していることがある。今すぐ…は話す勇気がまだないけど…近いうち、そう言っても先になっちゃうかもしれないけれど、心の準備が出来たら絶対話すから…。ごめんなさい。」
「急にどうしたの?別に無理しなくていいよ?今の話だけでなんだか嬉しい。ゆっくりで良いから…葵が言いたくなったら言ってね。」
「私も待つからね。」
「俺も。」
みんなの優しさが嬉しかった。ついつい泣いちゃうくらい。
「葵?なんで泣いちゃうわけ?」
「ごめん、嬉しくて…つい。」
それから、3人の部活の事とか宿題の事を話しているうちに制限時間になって、そのまま解散した。塾とか、デートとか、家の用事とかみんなそれぞれ忙しい。
私も、帰って夕ご飯作らなくちゃ。




