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9. 高梨 颯太 / 中沢 遼太郎

「葵ちゃんが着てくれて嬉しいわぁ。充、バイトなんて残念ね。遼太郎、着付け終わったからヘアメイクしてあげて〜!」


 案の定、葵が困った顔をする。

「葵、俺の部屋においで。」

 遼太郎が葵を呼ぶ。

 ゆっくり階段を上ってゆく葵。

 ついて行こうとする俺に、慈朗が声をかける。


「辞めとけ。シスコン。」

「慈朗だってシスコンだろ?」

 2人で笑った。


 今日は俺たちが生まれ育った地元の花火大会。朝から中沢家を訪れた俺と葵、そして慈朗。

 葵は毎年の事ながら美津子に浴衣を着せられている。

 自身に娘がいない美津子は、葵に和装をさせるのが昔から好きだ。充が葵の服をコーディネートしたり、髪をセットしたりするのが好きなのは間違いなく彼女の遺伝だ。


 元看護師の彼女は、今は着付け教室の講師兼をしながら出張で着付けを請け負う仕事もしている。仕事イコール趣味な生活を送っている。

 それに打ち込む為、葵に受験生の慈朗と充を押し付けた気がしないでもない。




 *****




「葵、どうしたの?困った顔してさ。」

 髪をとかし、ブロッキングする。大きく3つに分けて、同じ方向に向かって編み込み、それらをまとめ、毛先をコテで巻いて、整える。


「もしかして、この間のこと気にしてる?」


 2ヶ月前、颯太と葵を車に乗せた時。俺は付き合っている女の1人に、葵を妹だとか、幼い頃俺のお嫁さんになると葵が言っていたと話した。酷いことをした自覚はある。






 幼かった葵ももう高校生。以前はとてもそう見ることが出来なかった妹も、今では十分恋愛対象として見れる。

 しかも、成長してすっかり美人になってしまった。スタイルも良いし、性格だって可愛らしい。女子力の高さだって美津子のお墨付き。

 葵じゃなかったら迷う事なく付き合っている。あくまで葵じゃなかったら、だ。

 俺としても葵は魅力的な女の子。しかし、遊びで付き合うのには俺にとって最も不適切な女の子。


 葵の父親がいる限り、彼女と付き合う事は、今すぐにでも結婚する覚悟が必要で、他の女の子には一切手を出せなくなることを意味する。

 そもそも俺は葵の父親と仲は良く葵の兄的存在としては好かれている。しかし娘の恋愛対象となる『男』としての評価は最悪。そんな俺が葵と付き合う事になったら、事細かな契約書にサインさせられるのは間違いない。


 俺にはとてもそんな覚悟も無いし、葵に対してそこまでの拘りもない。

 そして何より、俺は葵に相応しくない。






「うん…。」

 俺の質問に消え入りそうな声で答える葵。

「あのね、あの時もまだそう思ってたから。…もしかしたら…今もそうなのかも。…遼ちゃんのお嫁さんになりたい。」

 やっぱりそうだった。


 そんな気がしたからあえて突き放した。俺ではダメだ。こんないい加減で不誠実な俺では。

「諦めなさい。葵はこれからもっといい女になれるよ。俺よりももっと葵を思ってくれる真面目で誠実な奴がいるから。きっとすぐ側に。」

「うん、私も遼ちゃん諦めなくちゃって思ってた…。もっといい女になって、いい男つかまえて遼ちゃんのこと後悔させるね。」

 涙が一筋。

「遼ちゃん、諦めるからお願い聞いて。」

「良いよ、言ってごらん?」

「…キスして欲しい。」

「じゃあ、目瞑って…。」

 触れるだけのキス。

「ありがとう。ずっと大好きでした。これで遼ちゃん諦める。」

「それが良いよ。俺じゃ葵は幸せになれないから。ちゃんと女の子として葵を見てくれてる奴がいるからね。」

 涙を拭いて、メイクをする。

 最後に、グロスを指で塗る。


「出来たよ。」

「ありがとう。」


 にっこり笑う葵は、今までで1番綺麗だった。






 *****






「颯ちゃん、私やっぱり先に帰る。」

 中沢家ではニコニコして気丈に振舞っていた葵だが、遼太郎の部屋から出てきてから様子がおかしかった。

「一緒に帰ろうか。」

「せっかくの花火だから、颯ちゃんは慈朗ちゃんと見ておいでよ。私は1人で大丈夫。」

「葵が1人で帰ったら、充と春樹に俺が殺されるから。それも俺も帰りたい。人混み辛いし。」

 駅から、花火大会の会場に向かう人たちの流れに逆らって歩く。このままでははぐれてしまう。

「葵、手繋ごう。はぐれるから。」

 こうして妹と手を繋ぐのは何年ぶりだろうか。小さくて細い指先は冷たかった。




「葵…泣いてるの?」

 電車は空いていた。

 2人掛けの座席が並ぶ電車で良かった。

 隣に座る葵にハンカチを渡す。


「遼ちゃんに告白した。」

 やっぱりそうだった。そんな気がしたからついて行こうとしたんだ。

「諦めることにしたの。」

 でも、慈朗が言う通り、葵には必要な痛み。

「最後にね、キスしてもらった。」

 我慢出来ずにポロポロ涙を流す葵に何も出来ない。ただ、背中をさすってやるだけ。

「いい女になってね、ふったこと後悔させるの。」

「きっと、葵のこと大事にしてくれる奴はいるよ。遼太郎よりももっともっといい男。」

 葵が気づいていないだけ。






 葵の家に帰ると、そいつが待っていた。

「葵ちゃん、可愛いよぉ!」

 ぎゅっと抱きつく。

 珍しく葵が大人しく抱きつかれている。

 じぃーっと葵を見つめた後、不機嫌そうに聞く。

「ねぇ、ヘアメイク、誰がしたの?」

 お前はあえてそれを聞くのか?

 わかっているだろうに。

「遼ちゃん。」

「…………。悔しいけど、可愛い…だからチュウしてもいい?」

 ボフッ。

 鳩尾に1発食らったらしい。

「今日は絶対だめー!!せっかく遼ちゃんにキスしてもらったんだもん!!諦めるからって。」

 充は、悔しそうな嬉しそうな複雑な顔をしていた。

「じゃあもっかいギュってさせて。」

「やだよーだ!」


 いつもの葵に戻った。

 やっぱり、葵を幸せにするのはこいつなんだと確信した。

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