8. 高梨 春樹
「は?葵ってもう宿題終わったの?夏休み、まだ始まって10日じゃん?」
「うん、慈朗ちゃんに付き合ってもらって終わらせた。だってすることなくて暇だもん。ハルとミツと違ってバイト出来ないしさぁ…。」
「まぁある意味これがバイトだしな。」
「だね。で、夕ご飯何にしようか?」
葵と2人でスーパーで夕食の買い物をする。
夏休みに入ってから、俺たちは葵の家で寝泊まりするようになっていた。充がついに実力行使に出たのだ。
葵は今まで布団が無いから家へ帰れと俺たちを夕飯の後追い出していた。充は、両方の母の許可を取った上、布団を買って持ち込んだ。流石に母達の許可を取られては葵も追い出せず、それに便乗して、俺も、颯太も慈朗までもが葵のマンションに住み着いた。元々、早瀬さんの仕事の都合がつけば夫婦と葵で暮らす予定だった母名義の3LDKの家だ。俺とミツが同室、颯太と慈朗が同室で葵は鍵付きの自室と言う部屋割りで、人数の割には結構広々使えている。
葵は夏休み限定と言うが、おそらくそれは無理だろう。少なくとも俺と充は居座るつもりだ。
葵は、3食の食事の用意とリビングダイニングの掃除、タイミングが合えば葵の物と一緒に洗濯もしてくれる。その他の場所の掃除と洗濯は当番制。
そして、高梨父と中沢父から食費&高熱費&水道代&お世話代をもらっている。なぜか、俺と充は中沢家の母美津子の指示によりバイト代の2割を葵に払うことになっている。迷惑料らしい。葵曰く、「慈朗ちゃんは家庭教師だから指導料でチャラ、颯ちゃんは物納済み」らしい。
「暑いし、さっぱりしたものが良いよね?冷しゃぶと冷やしうどんでいっか?」
「夜食は?」
「え?必要?」
「慈朗ちゃん受験生だし。俺ら育ち盛りだし。」
「何がいい?」
「これにしよ、ピザ、それとポテト。今日DVD借りてきたんだよ。コーラも買う。」
「それなんか違う…。ハルがDVD見ながら寝転がって飲み食いしたいだけじゃん?必要ならハルじゃなくて慈朗ちゃんに聞くわ…。」
ピザもポテトも戻されてしまった。残念。
「慈朗ちゃん、甘いのが良いって言うからプリン作るわ。おっきいやつ。」
葵のプリンは美味い。滑らか系のトロトロじゃなくて、昔ながらのプリプリのプリン。そっちの方が好きだ。
「生クリーム乗っけて!」
「肥えるよ…。」
そう言いながらも、生クリームを素直にカゴに入れて会計をする。
「ハル、ソフトクリーム食べたい。」
「んじゃ半分こしようぜ。」
「うん、流石双子だね。ちゃんと通じてる。」
食べたい味も一致。流石双子。以心伝心だ。
買い物の荷物をじゃんけんに負けた俺が持ち、葵がスプーンで掬ってソフトクリームを俺の口へ運ぶ。欲しいタイミングで口へ運ばれる。流石双子。
「あーあ、なくなっちゃった。やっぱり2個買えばよかったね。」
考えること、大体一緒。
俺と葵は間違いなく双子の兄妹だ。
「葵ちゃーん。お帰りぃ。」
葵が帰宅した途端、甘えったれた声が聞こえる。
幼いころ小柄だった充は、1歳年上だが俺や葵と体格が変わらなかったため、同じ学年の颯太よりも、俺や葵と仲が良く、三つ子のように過ごした時期もあった。
『過ごした時期もあった』というのは、体格がほぼ同じとは言え、学年が違うというのが意外に大きかったことと、充が葵を兄妹ではなく、1人の女の子として意識するようになったからだ。
残念ながら、当の葵は、充の事を俺と同等にしか見ておらず、ずっと4歳年上の充の兄、遼太郎に恋をしていたため、充の思いはずっと一方通行だ。
それでもめげずに、葵を追いかけまわし、暇さえあれば好きだのキスしたいだの言うので、皮肉にもそれが挨拶か冗談…もうむしろ充はそういうものだと葵は認識しているらしく、充が本気だということに葵自身は微塵も気付いていない。
そんな訳で、毎度適当に流され、あまりに酷いと鳩尾にパンチを入れられている。それさえ嬉しいと言うあたり、充はもうかなり重症だ。
でも、俺は知っている。
葵も少しづつではあるが、充に惹かれていることを。
そして、それを認めたくなくて、必死に遼太郎が好きだと思い込んでいることも。
双子なんだから、見ていたらわかるんだ。
時々、葵が充を見る目が、かつて遼太郎を追っていた目と同じ目で見ていることを。
充に向けられる笑顔が、今までと違うことを。
「葵ちゃん、何作ってるの?…この匂いは…もしかしてプリン!?」
「ちょっと、ミツ邪魔だからあっち行ってて…狭い。」
いつものように葵にまとわりつく。
かつて体格の変わらなかった葵と充も、今でははるかに充の方がデカい。160cmの葵に対して、充の身長は180cm。俺もいつの間にか充との身長差は5cm程あった。
「生クリーム乗っけて!ね?お願い!乗っけてくれるって約束したらあっち行くからさ?」
はいはい、生クリーム乗せるからあっちに行きなさい、そう適当にあしらわれながらも嬉しそうな俺の親友でもある充。
そう言えば、プリンはこいつの好物じゃないか。
そう思い、葵を見ると上機嫌でプリンを作っていた。
俺と葵は双子。考えてることも何となくわかる。




