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LIGHT  作者: きゅう
光石陽加里
4/13

目指せ女の子

 春休みは大学生になってから初めて心身共に落ち着いた長期休暇となった。

 何せイケメンからの連絡に煩わされることもなく、のんびり家で本を読んだりちょくちょくアルバイトしたり自動車免許をとるために実家に帰ってまったりしたり出来るのだ。


それからそれから――、先輩とご飯食べに行ったり。


 デ、デートじゃないよ!……まだ・・。せっかくお近づきになれたんだからいつか告白したいなあ、なんて思ってたりするけど。


「何かあったら連絡しておいで。話を聞くぐらいしかできないけど」と言った先輩と連絡先を交換したのをチャンスとばかりに、『この前のお礼』という名目で昼食に誘ったのが最初。と言っても、ただ食堂でお互い一人のときにばったり会って「この間ご迷惑おかけしたんで払わせて下さいお願いしますっ」と結構強引に先輩の分を払い、ついでに一緒に食べただけなので誘ったとは言わないのだが。


 しかし、だ。

 このときお互い好きな本の話で大変盛り上がったのだ。それは、もう、双方猫がボロボロと剥がれ落ちるくらいに。

「あの本マジ面白いっすよね!?いや、もうね、コメディのくせに結構本気で世の中に問題提起しちゃってるなんて矛盾してそうなのに全然違和感ないとこが最高!」

「あー、分かる分かる。あれ結構考えさせられるやんなあ…」

「……ん?先輩もしかして関西の人ですか」

「…普段は出さんようにしてんねんけどなあ。光石さん面白いからつい方言出てもうた。まあ、良いわ。光石さんもだいぶ素出てるみたいやし」

「……先輩って結構意地悪ですよね」

「まさか。俺めっちゃ優しいやん」

 そう言ってまたあの意地悪そうな顔をした先輩にまたもや赤面したら笑われた。

 先輩は優しくて、でも結構意地悪で、そして笑い上戸かもしれない。


 それから本の貸し借りをはじめ、一緒に図書館に行ったり好きな作家の新刊を買いに行ったりと、研究室以外の場所で顔を合わせる機会が増えた。

 さらにその流れで一緒に食事をすることも。大学で会ったときは学食で、出掛けたときは先輩に連れて行ってもらった場所でランチを食べたり。

 先輩はお洒落で安くて美味しくてそこそこのボリュームもあるお店を沢山知っていて、色気より食い気に走る私がもりもり食べるのをときどき意地悪しながら優しい目でにこにこと見てくれる。

 それが餌付けしたペットを見守るような目だとかいうのは気にしない。


 家にも何度かお邪魔した。初めて行ったときは気が動転していて気が付かなかったが、先輩の部屋には大きな本棚があってほぼぎっしりと本が詰まっている。

 作家買いするという先輩の本棚には私が好きな作家の本がすべて揃っていることが多くてつい、長居したくなる魅力的な場所だ。と、言うか実際本を読み耽っていて長居してしまい先輩手作りの晩御飯を御馳走になってしまったこともある。

 先輩は人格だけでなく料理の腕も素晴らしかった。

 きれいに整えられた部屋と言い、色々負けているような気がするのも気にしない。


 そんな調子で一緒に出掛けたりお互いの家を行き来したり(先輩が来ることになったときはかなり必死で掃除した)しているうちに春休みは明けて、私は2年生になった。



「陽加里ちゃん木曜日って授業ある?」

 新歓などでばたばたしていて中々顔を出せなかった研究室に新4年生と顔合わせをするべく新年度になってから初めて顔を出した途端、春樹先輩に聞かれた。


 春樹先輩とは先輩のことである。あの、優しくて意地悪で笑い上戸の先輩のことだ。

 先輩の名前は芦原春樹あしはらはるきというのだが、ずっと先輩、先輩と呼んでいたらある日突然「光石さん俺の名前知ってる?」と聞かれた。

 「当然です」と即答したが、せんぱ、じゃ無かった、春樹先輩曰く

 

「他の研究室の先輩のことはちゃんと名前なり苗字なりつけるのに俺だけ『先輩』としか呼ばれない」


とのこと。

 試しに芦原先輩と呼んでみたら「名前が良い」と言われた。

 そんなことドキドキして出来ない!と思ったが「俺も陽加里ちゃんって呼ぶからよろしく」と何故だか黒いものが見える笑顔で言われたら、逆らえなかった。


 でも、ちょっとだけ。ちょっとだけ脈ありなんじゃないかと思ってたりする。


 とまあ、そんなことは置いておいて。

「1限だけあります」

 初めて顔を見る他の4年生たちが不思議そうに見ているのを少し気にしつつ答える。

「お、じゃあこれ行かない?」

 何でもないかのように渡された小さな紙を取りあえず受け取ってそこに書いてある文字を見た瞬間私は他の先輩のことなんか忘れて春樹先輩の片手をがっしり掴んだ。

「行きます!是非行かせていただきます!授業休んででも行きます!」

「そう言うと思った。授業は休まなくても行けるから行こう」

 苦笑しながら空いている方の手で落ち着けとばかりに私の頭をポンポンと叩いた春樹先輩は、「じゃあ全員揃ったし軽く自己紹介しようか」と言った。

 その台詞で他の人の存在を思い出した私は初対面の人たちの前での自分の挙動に赤くなって掴んでいた先輩の手をそっと離した。

 この後自己紹介のときに「そこの二人付き合ってるの?」と全員に聞かれ「ちちちちちち違いますっ!」と盛大にどもったのは仕方ないことだと思う。春樹先輩はそんな私を見て笑っていた。

 笑い事じゃないっ。




 春樹先輩に渡されたのは私たちが大好きな作家のサイン会の整理券だった。隣の県の書店で行われるものなのだが、行けなくなった知り合いにもらったらしい。

 私はホクホクした気分で浮かれていたのだが、よく考えると電車で1時間も移動するほどの遠出を二人でするのは初めてなのだ。

 今まで大学や下宿周辺でぶらぶらしていただけだがこれはもしや付き合ってなくてもデートと呼べるものになるのではないだろうか。幸いサイン会まで3週間ほどある。

 そこまで考えた私は生まれて初めてお洒落をしようと思い立った。

 

 それからは早かった。


 20歳を超えているにもかかわらず初めて足を踏み入れた化粧品売り場で、恥を忍んで店員さんに予算からなるべく使いやすい化粧品とメイクの仕方を教えてもらい。

 生まれて初めて髪アイロンなるものを買い。

 今まで素通りしてきた可愛らしい服がずらりと並ぶお店に足を震えさせながら入って、「お似合いですよ」という店員さんの押しに負けて花柄のワンピースなんぞを購入し。

 伸ばしっぱなしの髪を整えるべく美容院の予約までしてしまった。

 家で教わったメイクを練習してワンピースを着て髪を巻いてみて一人で羞恥に悶えたりしたがそんなことは気にしない。

 ちょっと恥ずかしかろうが、気合入れ過ぎだろうが、ぶっちゃけ頑張ったところで今更だろうがお洒落したって良いじゃないか。

 大体どうして今までひたすら地味に目立たず空気のように過ごしてきたかと言うとこれだけ存在感が薄ければイケメンの視界に入ることもないんじゃないかと無駄に警戒してきたからだ。

 努力もむなしくイケメンに見つかり、しつこく付き纏われ、見事撃退に成功した今、私が恐れるものは何もない。


 と言うことで家でひっそりメイクと髪を巻くのに慣れ、ワンピースからのぞく足がむくまないよう毎夜お風呂でマッサージし、前日に腰まであった髪をばっさり胸元まで切り前髪もつくって全身の毛を丁寧に処理した私は当日の朝、鏡の前で自分も捨てたもんじゃないかもしれないと自画自賛してみてから1限の授業を受けるべく大学へと向かった。

 数少ない友人たちはやってきた私を見て誰だろうという顔をしてからじっと見つめ一同に唖然とした顔を晒してくれた。

 ニンマリ笑ってやると中身は変わってないのかと安心された。うるせぇ。




 駅で待ち合わせた春樹先輩のもとへ向かう途中緊張しすぎて心臓が暴れまわっていた。手汗なんかめったにかかないのに掌が微妙にじっとりする。

 駅に着くと春樹先輩の姿にすぐに気が付いた。

 丁度切符を買う列に並んでいるところで、正面から見られずに済むことにほっとしながら大きく息を吸い込むと、怖気づく前に勢いだとばかりに先輩に走り寄る。

 踵の低いパンプスにしておいてよかった。これなら走ってもあまり音が鳴らないから気づかれない。


「お待たせしました春樹先輩っ!こんにちは!」


 全身を見られるのが恥ずかしくて先輩の斜め後ろの位置にけっこう近づいてから声をかけたら、先輩がビクゥッとしたのがまる分かりだった。

 ついつい吹き出してしまったのは仕方ない。

 ついでに緊張感もそこら辺に捨てる。

 先輩が何と思おうと良い。ドンと来い。もはや開き直りだ。


「ちょ、笑わんといてや陽加里ちゃん。全然気付かへんかったからホンマにびっくりし、た……」


 振り向きざまに言った先輩は私の姿を視界に収めると今度は言葉につまった挙句目を真ん丸にした。失礼な。


 だから、今日は私が――、

「二重にびっくりしました?」

 ――意地悪く笑ってやる。


 先輩は私のそんな顔を見て口を一回開け閉じした後少し慌てた様子で言った。


「三重にびっくりさせられた」

 また、一つ知った。先輩は慌てた顔も素敵だ。

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