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LIGHT  作者: きゅう
中辻陸斗
11/13

解き放たれた過去

「光石さんさ、なんて言ってあの先輩と別れたわけ?」

 彼と出会った場所から駅に向かいながら、彼女に問いかける。

 今日の予定はまだ続くはずだったが、打ち切りだ。

 お互い小説ごっこを続けられる空気ではないし、ただでさえこれ以上やつれようがない程やつれている彼女が更に暗くなっている。


「…他に、好きな人ができたって」

 

 ぼそり、と彼女が言った言葉に驚いた。

「え?それで、あの先輩信じたの?え?まじで??」

 無言の肯定を返す彼女に、「噓だろ…」と呟きが漏れた。

 だって、どんなに鈍いやつでも分かる。

 彼女は別れたことでこんなにもボロボロになっていて、あの先輩がちらりと見えただけで全身でそばに行きたいと訴えていて、どう頑張っても他の奴になんて目が行かないぐらい彼のことが好きだと伝わってくる。

 彼のために綺麗になって、彼の横でいつも笑って、彼を見る目が愛おしそうで。それが彼女を輝かせていて、恋が人を変えるというのを鮮明に感じた。

 そんな彼女が、他の人を好きになる?これほど下手な理由はないと思う。

「有り得ないだろ……」

 もう一度もれた呟きに、彼女の足が止まった。

「光石さん?」

「そうだよ…ありえないよ……」

 やっと顔をあげた彼女にぎょっとした。

 静かに涙を流す様子に、泣いて僕を拒絶したあの日の彼女が被る。

 苦しい、もう嫌だ、解放して欲しい。

 そんな気持ちが彼女の中に渦巻いているのが伝わってくる。


「有り得ないよ……!私はずっとっ!今もまだ、先輩が、春樹先輩が大好きだよ!ずっとずっと春樹先輩が好きで、好きで、大好きでっ!!それでも!!」



 本音をさらけ出す彼女が、をぴたりと見据えた。

 僕もその視線の中に彼女・・を見た。

「……それでもが、過去の私・・・・が………あんたが好きだって、中辻陸斗が好きだって訴えてくる!!」

 その言葉に、僕の体の底からどうしようもない熱が全身を駆け抜けていくのを感じた。

 気が付けばの光石陽加里への気持ちが溢れだしていた。

も、光石陽加里が好きだよ。過去の僕・・・・が、君のこと大好きだって叫んでる」

 そして、目を見開く彼女が目に入った途端、眩しい光がはじけた。



 窓に向かって手を伸ばす青白い少年。

 鏡に向かって手を伸ばす儚い女性。

 その二人の手が、窓を越えて、鏡を越えて、わずかに触れ合ったように見えた。


 *****


「光石さんさあ、あの先輩と寄り戻さないの?」

 元気はないものの、以前に比べれば随分すっきりした様子の彼女に、何度も聞こうか迷った質問を投げかけた。


 あの日、僕達は過去が紡ぐ夢から解き放たれた。

 名前も知らない以前の()彼女(・・)の想いは間違いなくお互いのもとへと届いたし、それによって前世の未練とも言えるしがらみが無くなったのは確かだ。

 もちろん僕から光石陽加里への感情も、光石陽加里から僕への気持ちも、友情の範囲に収まっている。

 そうなった今、彼女の先輩への想いはただ一筋なものであって、僕としてはその純粋な気持ちを押し殺してしまうのは勿体無いと思ってしまう。

 もっとも、彼女から別れを切り出した手前、都合良く寄りを戻そうなんてこと考えられないのは真面目な彼女らしいのだが。


 案の定チラリと彼女を見やれば、ふざけた事を抜かすなと言わんばかりの眼と視線が合った。

 と、思ったら実際にその通りの台詞が降ってきた。

「ふざけた事ぬかしてんじゃねえよ」

 随分久しぶりなドスのきいた声だ。

「あの人に……そんなこと言えるわけないでしょ」

 でもその後に続いた言葉は弱々しい。

 失礼だとは思うが、やっぱりこんなに覇気のない様子は彼女に似合わない。

「でもさ、あの先輩だってまだ君のこと好きでしょ?」


 そう、あの人なら喜んで復縁するだろう。彼女は気付いていないが、食堂や図書館など僕らが彼と同じ場に居ることは多い。

 正直チラリチラリと彼女に寄越される傷ましい視線は、僕の胃腸をキリキリ痛ませる。

「そんなこと無いよ……私はあの人を傷付けた。もし仮に先輩がまだ私のこと好きだとして…それでも私は、先輩を傷付けた私を許さないし、私の感情で先輩を振り回そうとも思わない」

「そんなこと言ったって、絶対……」

 絶対、彼は光石陽加里の素直な気持ちを知りたいはずだ。

 彼女がこれまでの経緯に触れるか触れないかは別として、彼への気持ちをもう一度伝え直したほうが間違いなくハッピーエンド。

 ついでに僕も変に気を揉まずに済んで大団円。

 だけど、唇を強く噛みしめる険しい顔の彼女には、これ以上何か言ったところで解決することは無いと判断した。


 *****


 驚くべきことにーーそんなにも意外ではないのかもしれないがーー彼の方から接触があったのは、僕が彼女の説得に見切りをつけた次の日だった。

 こちらから一度話をしてみようと考えていたところだったため、なんともタイミングが良く、話をしてもらえないかという問いに快諾した。


「どうぞ、あがってください」

 眉を下げて困惑すらしている彼を玄関に押し込む。

 そんな、悪いよ、をひたすら繰り返す彼をやや強引に家まで連れてきたのは、万が一、彼女に見られることのないような場所で話をしたかったからだ。

「はい、靴脱いで、僕もはやく入りたいんで」

 軽く背中を叩いて急かせば、諦めたような吐息とともに部屋まで入ってくれた。

「ちょっと麦茶しかないんで、大したお構いはできないんですけど」

 そのまま座布団を引いて座らせ、目の前にコップを置いて、すぐに話す態勢に入る。

 正直、彼が何を話したくて来たのかはっきりは分からないのだが、まずはこちらの話を聞いてもらって、彼女の置いて言った誤解を解くのを先にしたい。

 彼女を返して欲しいと詰め寄られるのか、はたまた彼女を幸せにして欲しいと頼まれるのかは知らないが、すべての事情を知っているこちらからすれば、巻き込んでくれるな、と言うのが素直な気持ちである。

 まあ、以前彼らの間を引っ掻き回そうとした前科の負い目の分は動かせてもらうが……。

 誤解を解いてしまえば、あとは本当に彼と彼女の問題なのだから。


 だから、

「あの、」

 口を開きかけた彼を遮って、

「先にこれだけは言わせてもらいますけど」

 不安そうに強張らせるその顔を、

「彼女が好きなのは、貴方です。芦原春樹さん」

 安堵に変えさせる。


 全く、彼にとっても、彼女にとっても、僕のこれまで焼いてきた中でも、ーーーー最大のお節介で。

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