面倒なイケメン
「ここのケーキどれもすごく美味しいんだ。ほら、一口交換しよ?」
ショートケーキを優雅に差し出す超絶イケメン。
「あの…ほんとに、もう、やめて下さい……」
平時から縮こまっている体を更に小さくし、泣きそうな顔をする地味女。
「…ごめん、勝手に連れて来て迷惑だったかな…?」
悲しげな顔をして女の様子を伺う超絶イケメン。その顔は何故か二次元並にキラキラしている。
「ぃぇっ、迷惑なんかじゃ……」
ますます小さくなり、俯く地味女。その様はただでさえ地味な女の存在を更に薄くする。
「よかった…!君には是非ここのケーキを知って欲しかったんだ。僕のお気に入りだからあまり他人には知られたくないんだけど、君は僕の特別なひとだから。ね?」
悲しげな顔から一転、甘い甘い微笑を浮かべる超絶イケメン。辺りには薔薇が舞っているように見える。
「っ、………」
小さく息を呑み、最早テーブルに突っ伏しそうな程俯く地味女。その顔は全く見えないため伺い知れない。だが、
「耳が赤くなっているよ」
「……」
「ん?もっと赤くなってしまった。…大丈夫?熱でもあるのかな?」
「……」
「おでこは熱くないね。熱はないみたいだ」
「っ、」
「もしかして照れてる?フフ、可愛いね…」
「ゃめ、」
「こんなに顔を赤くしちゃって。本当に可愛いなあ」
「ゃ、だ、」
「嫌だ?嘘だろう?耳まで真っ赤に染めているのに…素直じゃ無いなあ」
「ふぇ……」
「ああ、泣きそうな君も可愛いよ。ほら、下を向いてないでその可愛らしい顔を見せてくれないかな?」
「ぁ……、」
「全く、頑固だね。でも、君のそういうところも含めて大好きだよ」
「……そんなこと…」
「僕の気持ちを否定しないで…。本気なんだ。初めてだよ。こんなに胸が締め付けられて…」
「ぅそ…」
「本当だよ。今もすごくドキドキしてる…。ねえ、君も僕を好きだと言って?」
「…からかわないでっ、」
「からかってなんかいないよ」
「……」
「僕と、付き合ってくれないか…?」
「……」
「好きなんだ。どうしようも無いぐらいに。今すぐにでも君を連れ去ってしまいたいよ……マイ、ダーリン」
プツ。
小さな音が鳴り響いた。
そして、
「うぜぇんだよクソが。さっさと消えろ。二度とあたしの視界に入んじゃねぇ」
地味女こと、私――光石陽加里――は、幾重にも重ねて被っていた猫を投げ捨て、どこまでも無表情に言い捨てると勢い良く立ち上がり、唖然としている超絶イケメンを置き去りにして店を出た。
抜けるような青空に優しい陽の光。散歩にはもってこいの穏やかな昼間なのに、私の心はついにやってしまった、という後悔がどんどん膨れ上がっていて、とても穏やかとは言えない。
「ああああぁぁぁ……」
やっちゃった。やっちゃったよ。
今まで耐えて来たあの苦労は何だったんだろうか。こんな事なら初めて声をかけられたときに言ってやれば良かった。どうして選りに選って今日だったんだ。もうちょっと我慢出来たんじゃないか、私。後になればなるほど冷静さが戻ってくる。そうだ、別にあんなのはいつものことで、わざわざキレるほどのことでも無かったのだ。
だが――、何故かあの時本当にもう、耐えられないと思った。何かに突き動かされるように怒りが渦巻き、衝動的に言葉が飛び出した。
そう、何かに突き動かされるように。
やはり、私の運命は変えようのないものなのだろうか?
運命なんて大層な言い方をするほど大変なことではないけれど、それでも私は私の恋がしたい。
――そう、あんなチャラチャラして世の中舐めてる奴と大恋愛の末結ばれるなんてまっぴら御免なのだ。
*****
小さい頃から同じ夢を見る。
私はゆったりとした座り心地の良いソファに腰掛け、買ってきたばかりの本をわくわくしながら読み始める。
本のタイトルは『僕の光』。
夢の中なのにその本はとてもリアルで、夢なのに私はそれを読めた。
内容はいつも同じ。
特別目立つことの無い女の子が、ある日突然人気者の男の子に声をかけらる。女の子は最初、男の子を拒絶するがだんだん惹かれていき、ついに二人は結ばれて幸せになる。
勿論、それまでには様々な障害が立ちはだかったりと、何度読んでもドキドキしてしまう恋愛小説なのだが。
ひとつ、問題があるのだ。
それは男の子が最後にいう台詞。
「君は僕の光だよ――」
「――陽加里」
ここまで女の子の名前は一切出てこなかったのに、最後の最後でその名が明かされる。
そう、私と同じ名前。
夢の中で、私は驚き顔を上げる。すると、目の前には大きな鏡があるのだ。そこに映るのは知らない女性。どこかのお人形さんのようにふわふわした外見なのに、知性をたたえた目を持つひと。一度も見たことのない人のはずなのに、私は彼女を見て「私だ」と認識するのだ。
勿論、私は自分の顔ぐらい鏡で見たことがあるので、その顔が私だなんて思っているわけではない。
ただ、その目を見たとき、私と彼女が同一人物であると認識するのだ――。
この不可思議な夢はもしかしたら夢じゃないのかもしれない。
そう思い始めたのはいつの頃だったか。いつしか私はこれは前世の記憶とやらではないかと考えていて、今もその考えは変わらない。
そして、今、私が生きているこの世界は前世の私が読んでいた小説の中の世界で、私はあの小説のヒロイン。
そんなまさに物語のような仮説が正しいと確信したのが半年前のこと。大学に入って1ヶ月ほど経ったときのことだ。容姿の特徴や、雰囲気、そして名前。夢の小説に出てくる男の子と全てが一致するイケメンに、小説と一言一句違わぬ言葉をかけられた。
「初めまして。法学部の中辻陸斗です。ああ、君の名前はいいよ、知ってるからね。ずっと君のこと見てたんだ。よかったら……僕と付き合ってくれませんか?」
衝撃だった。
後で友達に聞いたところ、入学当初からその目立つ容姿のためかなり騒がれていたらしいが、目立たず大人しくをモットーに交友関係もひっそりしている私には、そんな学部も違う人の話なんて伝わって来なかったため、「あの」中辻陸斗がいる、ということなんて知らなかったのだ。
それなのに私の前に突然現れ付き合ってくれなどと虚言をのたまった中辻陸斗。いや、名前を口に出すのも煩わしい超絶イケメン。
勿論私は条件反射で光の速さにはさすがに劣るが音速と同じぐらい早く、そして短くお断りさせてもらった。
「無理です」
と。
そして自分の台詞にぞわっとした。
何故、なぜ私はあの陽加里と同じ断り方をしているのだろう?
たった四文字の短い言葉だが、同じものは同じ。もしかしたら私は無意識にあの小説に沿った人生を歩ませられるのではないか。そう思ったときから自分の言うこと為すことすべてが恐ろしくなった。
必死で陽加里の言動を思い出し、小説の場面に直面するたびに彼女とは違った受け答えをしてきた。
彼女は基本的に大人しそうな見た目に似合わず思ったことをずけずけというタイプだったため、ひたすらおびえたように小さくしゃべるようにし、自分の思ったことを口に出そうとしてもついどもってしまうような話し方を前面に押し出してきた。
あのイケメンが気まぐれに目を付け、遊んでやろうと思った陽加里を好きになったのはその遠慮のない物言いを面白がっていたのが原因の一端なのだから、その逆を演じれば問題ないと思っていた。
それなのに、だ。
気付けば私の行く先行く先にキラキラと輝くイケメンが作り物の憂い顔を浮かべて現れはじめて早4ヶ月。どこで手に入れたのか夏休みだからイケメンと会わなくて済むと油断していた私にイケメンがメールと電話を寄越してきたときは戦慄した。着信拒否をしてアドレスを変えた私に「家に行ってもいいかな?」というLINEがきて慌てて着信拒否を解除したが、それからイケメンは毎日毎日「デートしよう?」と甘い声で囁いてくる。
結果、一度でぇとのお誘いとやらに応じてイケメンに堕ちたかのように振る舞えば飽きて捨てられるかと思い頑張ってほだされた演技をしていたのに、私の堪忍袋の緒は半日と保たなかった。
「うぜぇんだよクソガキが。さっさと消えろ。二度とあたしの視界に入んじゃねぇ」
この場合嘆くべきなのは私の素の口の悪さなのか、またもや陽加里と同じ台詞を言ってしまったことなのか。
どちらにせよ言ってしまったことは取り消せないので明日からのイケメンの反応が恐ろしい。
これを期に他の女の子に乗り換えてくれないだろうか。
そんな淡い期待を抱きつつもどうせ無理なんだろうなあ…、と小さく呟きいつの間にか目の前にあった家のドアを開けベッドにダイブした。