part3
私は何も感じなかった。痛み所か、触られて居る感覚すら無かった。
此の状態に覚えが有った。忘れられる筈も無かった。
――亡くなった母の、症状だ。
そう、罹患者の躯に黒い斑が出来、其の部分の感覚が麻痺する。斑は、躯中に広がって行く。
私が流行り病に罹患した……と言う事か?
そうだ、先、魔術師さんに指摘された鎖骨の上の黒子。彼れも病に因る物……?
「あの……魔術師さん」
「……えっ? ああ、若しかして今、僕は君に呼ばれた?」
「あ、はい、呼びました」
「“魔術師さん”……呼ばれ慣れないな。いや、本来こう呼ばれて然るべきなんだ。うん、そうだよ」
魔術師さんが独り言を呟く。“魔術師さん”と言う呼称は良くなかったのか?
「あの、私、魔術師さんの事を何と御呼びすれば良いんですか?」
「ああ、私の事は好きに呼んで良い。名乗る名前を持って居ないんだ。只、便宜上“W”と名乗って居る。又は僕の幾つか有る仕事の一つの所為で、“先生”と呼ばれる事も度々在る。まぁ其の辺りで呼んで呉れても良いよ」
「あ、じゃあ先生って呼びますね」
「うん、分かった。……しまったぁあああっ!! 何時もの癖で本業の“魔術師さん”って呼ばれるチャンスを逃したぁあああっ!! 失敗した失敗した失敗した失敗したっ!!」
「あの、先生?」
「ああ、僕の事は先生で構わない。存分に先生と呼んで呉れ。好きな丈先生と呼ぶが良いさ!!」
自棄に為って居る様だった。
然し私には先生が落ち着くのを待つ程の精神的余裕は無い。
「あの、先生、御願いが有ります。先生が先程見付けた私の鎖骨の上の黒子を抓って貰えませんか?」
出来る限り真剣な顔で、声で、口調で、私はそう言った。
思いが通じたのか、先生は落ち着きを取り戻し、
「……何か意味が有りそうだね。良いよ。思い切り行くけど覚悟して」
と言った。
「はい、御願いします」
先生が私に手を伸ばす。私は反射的に痛みに備えて目を閉じた。躯に何の異変も感じない儘、暫く時間が経過する。
「如何だい?」
先生が訊ねて来た。
私は目を開けた。そして質問に質問で返した。
「先生、今、本当に私を抓って居ましたか?」
「ああ、間違い無く抓って居たよ。思い切りね」
矢張り、感覚が麻痺してる。如何やら私も流行り病に罹患した、と考えて良さそうだ。
「扨、僕は君には説明する義務が有ると思うんだ。僕を使ったんだからね」
笑いながら先生が言う。
「君は何を確かめたかったんだい? 説明して呉れ」
眠れない夜が続く颯奈夜です。
第三章-part3です。私の中では話が進んだ積もりです。完結まではまだ遠そうですが、お楽しみにして頂けたら幸いです。