魔法使いの”出逢い”前編
俺が初めてミハクに出逢ったのは冬の終わる少し前、三月の半ばだった。
当時俺は、高校も無事決まってなお且つようやく本家から解放されたから、心も体も浮かれきっていた。
俺は山奥にひっそりと佇む屋敷に一週間前から一人で暮らしている。元々両親のものだったのを俺が受け継いだんだ。
俺には両親がいない。病気で俺が五歳の頃二人とも死んでしまったらしい。
らしい、というのは俺が五歳から下の記憶が全くないのと、その事実を父方の本家に引き取られてから毎日のように義父から言われたからだ。
ここで俺と本家との関係を書くと長いしやたらウザいので省略する。
読者諸君も開始早々他人の家のゴタゴタは聞きたくないだろう?
まあそんなことは置いといて。
俺は今解放されている。
古臭いしきたりも毎朝の格式ばった挨拶もこれからの生活には存在しない。
荷物はほとんどダンボールから出したし、生活用品も大体買いそろえられた。長くほっとかれた屋敷の掃除も終わったことだし、やっと一息ついたのが今日だった。
俺は気分が良くなって屋敷の外に散歩に出ていた。
これが俺にとって人生で最後の”普通の人間の散歩”となることは知らずに。
爽やかな天気、腹いっぱいに吸い込みたくなるおいしい空気。
木の葉から差し込む光は春の訪れを感じさせる。
舗装された町までの道のりは砂利と石だらけで歩きづらかったがそんなもん関係ない。なんせ今の俺は”自由”だからなっ。
もちろんこれからは一人暮らしだ。楽ではないことも多いいだろう。
これからの生活に不安はあるけど、それ以上の期待が胸には広がっている。
世界は美しい、と思った時だった。
ごとん。
アレ、世界が目の前にあるぞ、いや違う地面が目の前にあるぞ?どうしてだろう瞬き前まで視界には青い空が広がっていたのに。
1、2、3秒。
俺はようやく状況を理解した。
どうやら、空を見上げて歩いていたら石につまずいて転んでしまったようだ。
「・・・・・はずかしっ!!!」
知り合いに見られてなくてよかった。まあこんな山道じゃ知り合いどころか人も全然通らないしな。
「ん?なんだこれ?」
つまずいたところから立ち上がろうとした時、石が沢山ある中から何かが光っているのを見た。
ガラスか何かかなと思って他の石を退けるとそこには緑色に光る破片のようなものがあった。
「・・・・・・・・・なんだ?」
手に取ってみた。
ステンドガラスか宝石かなにかかな。太陽に掲げると鮮やかな緑色はより一層輝きだした。
「うわっなんだこれ・・・」
俺が太陽からそれを反らすと、次の瞬間今まで感じたことなないような感覚に襲われた。
―――ドクン、ドクン
心臓が脈打つ。
血管の全てが飛び出してきそうな強烈な熱をもって。視界に映る色鮮やかな山の景色が白と黒だけの無機質な世界に変わった。
「っつ!!!」
あまりの熱さに持っていた左手が痛む。思わずぎゅっと握ってしまった”それ”は俺の左手を緑色の光で包みこんだ。
「う、うわーーーー!!!!???・・・・・・・・・・・・・・・・アレ?」
吸い込まれるような眩い緑の光に覆われ思わず叫んでしまった。何かを覚悟し、目を閉じた。
しかし何も起こらない。おそるおそる目を明けるとさっきの破片は左手から消えていた。視界も元通りになってさっきは聞こえなかった小鳥のさえずりさえも聞こえる。
「別に取り落とした気はなかったんだけどな・・・・・?」
自問自答数秒。
1、2、3秒。
「ま、いっか」
もしかしたらここんところ忙しすぎて転んだ拍子に白昼夢でも見たのかもしれない。きっとそうだ。第一破片が光るワケないだろう。
「やれやれ、どっこいしょっと」
気を取り直して立ち上がった。身体も疲れてることだしそろそろ家に帰るか。
俺が家に向けて、帰宅の一歩を踏み出した瞬間、
不気味な草の音が背後から聞こえた。
「―――え?」
がさがさがさがさがさがさ
血の気が一気に引いて、声も出せなくなる。正体不明の音は瞬間ぴたりと止まって、嫌な沈黙が辺りをうめる。
山に住む動物だろうか。それにしては音がデカイ。ヒト一人がたてたような音だった。
この山には熊や鹿はいないはずだが・・・・・・・?
「な、なんだ・・・?」
俺が後ろを振り返った瞬間、影の中から”それ”が飛び出した。
「な、んだ・・・これ・・・?」
俺が”それ”をはっきりと明確にばっちりと見てしまった後、俺の頭はしばらくフリーズした。
1、2、3。
俺は状況を理解する前に勢いよく足を踏み出し、駆けた。
絶叫で。
「ぎゃああああああああああ!!!!!!!!出たーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
1、2、3、ダ―!
風邪も少し治ってきました。