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5.買い物

 “マオルベルグ”は炭鉱の町である。大陸東部にある“ドグラ山脈”の麓に位置するこの町は、山脈から採掘される上質なミスリルが有名である。

 だが、今でこそ栄えている“マオルベルグ”も昔は僻地の小さな炭鉱町だった。

 それが発展した裏にはダイン共和国の指導者“モーディス・ハガート”の存在が大きいだろう。モーディスはミスリルを加工する職人に目を付けたのだ。彼の誘致によって“マオルベルグ”には大陸中から、ミスリルを加工する腕の良い職人が集められた。そして職人達が作り出す質の良い商品を求めて、各地から行商人達も頻繁に出入りするようになった。

「ま、そんな経緯で“マオルベルグ”には旅人や商人が多いのよ」

「なるほどな。宿が多いのもその所為か」

 キサラギとシェラは旅人を装い堂々と“マオルベルグ”の町に入った。今は中央の大通りから手近な宿屋を見付けて馬を預かって貰っている。

 今日は日帰りの予定なので部屋は取らなかったが、宿屋の主人は嫌な顔一つされない。勿論、慣れているのもあるだろうがソレだけでは無いだろう。

「じゃ、食事はうちでとってくれよ。サービスするぞ」

 そう言うと宿屋の主人は、どこか生暖かい笑顔で二人を送り出してくれた。

 その原因は明白である。

「さて、それじゃ行きましょうか。キサラギ」

「…………」

 ウキウキと楽しげに前を歩くシェラ。その身に纏う服こそ旅人のように控え目だが、彼女が持つ咲き誇る花のような気品は隠せていない。その幼さを残す整った顔にシェラは微笑を浮かべている。彼女は今にも鼻歌を歌いだしそうな程に機嫌が良さそうだ。

 そんな浮き足立つシェラの姿を見てキサラギは思う。

(完全に目立ってるな。しかも俺は何もしてないし……読みが外れたな、リート)

 道行く人々は皆、シェラという少女の美しさに目を奪われていた。時々その後ろを歩くキサラギにも目線が来ているがその視線に含まれる感情の種類は違う。

 セルディオ大陸は西洋系の人種が大多数を占めている。そしてキサラギは日本人の血を引いていので大陸の“人間”とは肌の色や顔付きが少々異なる。

 尤もそんな違いはシェラという美少女の前には霞んでしまうらしく、周囲の者達は楽しげに歩くシェラを遠巻きに見守るだけだった。

「最初はあそこの店にしましょうか。キサラギの服も買わなきゃいけないしね」

「安物で良いぞ。服なんて着れればどれも一緒だ」

「はぁ~わかってないわね。キサラギは私が雇った傭兵なのよ? この天才シェラ様が雇うのだから、みすぼらしい格好なんて許さないわ」

「なら適当に頼む。服の良し悪しなんて俺にはわからん」

「ふふ、この私に任せて置きなさい」

 妙に自信満々なシェラに手を引かれキサラギは服屋の扉を潜った。

「いらっしゃいませー」

 店員らしき中年の女性に笑顔で出迎えられる。この店は富裕層を客の中心とする店のようで、広々とした店内には見本となる上等な服が大量に並べられていた。

「旅をしているのだけど彼に丈夫な服を買いたいの。見繕ってくれるかしら」

「はい、予算は如何ほどまででしょうか?」

「銀貨1枚までよ」

「畏まりました。それではこちらの棚をご覧ください」

 店員の示す棚には装飾の少ないシンプルな作りの服が並んでいる。丈夫な服が欲しいというシェラの要望に応えたのだろう。あまり派手な服を着る気の無かったキサラギにも有り難い選択だった。

「これなんて良いんじゃない? キサラギに似合うと思うわよ」

「うーん、もっと迷彩色の擬態効果の高い服とかないのか? 明るい色だと目立って支障が出る」

「何に支障が出るのよ……今買おうとしてるのは普段着。仕事とは関係ないわよ」

「そうか……なら、コレで良い」

「結局、大人しい色を選ぶのね」

 キサラギが選んだのはやや暗めの草色の服だった。頭から被って腰紐を結ぶタイプのセルディオでは割とオーソッドクスな服である。

 選んだのは偶然だったが、旅人の装いとしても一般的で違和感の無い物だ。

「それじゃあ、この服と……そこの服を買うわ」

「はい、畏まりました。それではサイズを寸法しますね。外套を脱いでいただけますか?」

「わかった。少し持っていてくれ」

 シェラに外套を手渡すと店員にサイズを測って貰う。キサラギの纏う見慣れない格好に衣服を扱う者として興味が惹かれたのか、店員の女性は興味深そうに軍服を観察していた。

「ほーこれは珍しい服ですね。生地も見たことがございませんし、どこかの地方の民族衣装か何かですか?」

「旅先で買ったんだ。俺も詳しくは知らないんだが着心地が良くてな」

「そうなんですか……世界は広いんですね。……はい。それでは仕立て直すのに半日程かかりますがよろしいですか?」

「ええ、夕方には取りに来るわ。それまでにお願いね」

「畏まりました。それではお代は銅貨20枚になります」

「それじゃ前金に銅貨10枚を渡して置くわね」

「はい。確かにお預かりしました。お名前を窺ってよろしいですか?」

「ルシフェラ・セリクスよ」

「はい。ではまたの来店をお待ちしております」

 シェラが店員に名前を教えると二人は服屋を後にする。キサラギは外套を羽織り直すと前を歩くシェラの隣に並んだ。

「あー……何だ……」

「どうしたのよ。キサラギ?」

「い、いや……その……」

 話しかけたは良いが、いざ面と向うとキサラギは言い淀んでしまう。言葉を捜すキサラギの煮え切らない態度にシェラは眉根を吊り上げる。

「何よ? はっきりしない態度ね。何か言いたいことがあるんじゃないの?」

「まぁ、そうなんだが……何と言うか……」

「あぁーもう! 男ならはっきりする!」

 あっさりと我慢の限界を迎えたシェラに怒鳴られ、キサラギは半ばやけくそ気味に言い返した。

「あ、ありがとよ!」

「はぁ?」

 あまりに予想外の言葉がキサラギの口から出たので、思わずシェラは間の抜けた声で聞き返してしまう。

「き、急にどうしたの?」

「初めてなんだよ。その……物を貰って礼を言うのは、さ」

 キサラギも柄でも無いことを言った自覚はあるのか慌てて言い繕う。まだ照れているのか顔が赤い。キサラギは孤児出身で幼い時から傭兵として働いており、報酬以外に他人から物を貰った経験がなかった。

 勿論、二人で買い物に行ったことなど皆無である。

「あら? そうなの……って、そう言えば私も誰かに物をあげるのは初めてね」

 またシェラもキサラギと同じである。彼女も幼少の時よりブライと二人で“魔の森”に隠れて住んでいた。そして従者に贈り物を贈ったことは無かった。

「「…………」」

 二人は気恥ずかしくて黙り込む。道行く人々は往来の真ん中で俯く二人に怪訝な視線を向けて通り過ぎる。

 先に復活したのはシェラの方だった。

「そ、そろそろお昼時ね。さっきの宿屋で食事にしましょう」

 馬を預けた宿屋の主人の言葉を思い出し、シェラはキサラギに提案する。

 その言葉にキサラギは目の色を変えて飛び付く。

「何ッ!? 飯だと!? よし行こう。直ぐ行こう!」

「はぁ~……行きましょう」

 シェラが力の抜けるような溜息を付く。彼女の中でキサラギの評価がどんどん微妙なものになっているのだが、知りもしないキサラギは呑気に昼食の料理に思いを馳せていた。



『うーん。これは……』

 同時刻、シェラの屋敷ではリートが【シュナイト】の修復に頭を悩ませていた。

 彼女の本体は現在キサラギの体内から【シュナイト】へと移されている。ある意味でこの星で最も安全な場所に居ると言えるだろう。

『修復は難しそうですね。分解して資材に転用しましょう』

「調子の方はどうですか? リート様」

 ブライが仰向けに寝そべる【シュナイト】を見上げて声を掛ける。彼もシェラから屋敷の警備を任されているのだが、朝から作業に没頭するリートを気遣って定期的に様子を見に来てくれていた。

『やはり本体の修理にはミスリルが必要です。マスターとシェラさんに期待するしかありませんね』

「やはりそうなりますか……しかしミスリルは国が管理しています。大量に入手するのは難しいですね」

『疑問に思っていたのですが、シェラさんの持っていた研究用の素材は、一体どのような経緯で入手した物なのですか?』

「あれは“魔の森”で野垂れ死んだ侵入者から私が拝借して来た物です。お嬢様は純粋に素材を求めておりましたので、鎧や剣は鋳潰してインゴットにしてからお渡しました」

 ミスリルは上等な装備の材料に使われている。また“魔の森”は強力な魔物が生息しており、“人間”と“魔族”の双方から難所として有名だった。

『なるほど、それならマスターに剣の一本でも買って来て貰うべきでしたか……』

「いえ、ミスリル製の剣は少なくとも金貨5枚はします。銀貨20枚しかお持ちでないお嬢様では買うのは無理でしょう」

『買・う・の・はですよね?』

「まさか、キサラギ様は――」

 含むようなリートの言葉にブライは顔を青褪めさせる。確かにキサラギは同業者の中では真っ当な倫理観を持っている方だろう。

 だが、セルディオの倫理観に合わせてキサラギが行動する保障は無いのだ。

『騒ぎは控えるよう言い含めました。ですが、効果があるかは微妙です』

「嗚呼……私、頭が痛くなりそうです」

『慣れるしかありませんね。気休めですが、一応は騒ぎになってもシェラさんの安全は保障しますよ?』

「はい。問題がないことは存じております」

『わかるのですか?』

「これでも剣士の端くれです。私の一閃を眉一つ動かさずに見切ったキサラギ様の眼力は見事でした。キサラギ様も相当お出来になるのではないですか?」

 そう言って老執事はニヤリと笑う。なるほど一流の剣士の眼力も侮れない、とリートはブライに感嘆の言葉を送りたくなる。

 彼の言う通りナノマシンで肉体を強化されたキサラギは、セルディオの“人間”とは肉体の持つ性能が違う。セルディオでは一流の剣士であるブライによる神速の一閃も強化された動体視力が完全に捉えていた。

『マスターは強いです。しかし過信するのも危険でしょう。セルディオには“魔術”という未知の力があります。チンピラ程度にはまず負けませんが、ブライさんのような実力者を相手にするような危険は冒さないでしょう』

 キサラギは人間相手の実戦経験に乏しい。こういった実力者が持つ観察眼や剣士の勘と言ったモノは持ち合わせていない。それはリートの力でも再現不能な“経験”の産物だ。

「お嬢様には是非とも買い物を楽しんでいただきたいものです」

『申し訳ありません。先に謝らせてください。きっと今頃マスターはシェラさんの買い物の盛大に邪魔をしていることでしょう』

「は、はは……杞憂だと思うのですが……はは……」

 自信が無いのかブライも目が泳いでいた。早くも悪い意味で信頼されているキサラギだった。

『右肩部ミサイルポッドの連結を解除。信管をロックして保管ですね』

 ブライと話ながらもリートは【シュナイト】のテキパキと修復作業を進めている。修理の難しい装備をパージ。使用されている材料を再利用すべくナノマシンで分解し、機体を動かせるレベルまで修復させていく。

『自動盾の修理は諦めましょうか。アームの修理に回せる材料もありませんし……』

 大気圏突入時にアームが折れた自動盾は盾の部分だけを残して資材に分解する。残された盾は材質がレアメタルなのでそのまま取って置くことにした。

「先程からコレは一体何をなさってるのですか?」

 傍から見れば【シュナイト】の装備がひとりでに外れて、消えているようにしか見えないのだろう。

ブライの疑問にリートは端的に事実のみを説明する。

『使えそうな装備の選別です。補給が望めない現状では修理が難しい物も多いので、それらは材料に戻しているんです』

「なるほど、私にもわかります。武人にとって武具の手入れは大事なことですから」

『まぁ、現在は利用価値の低い装備も幾つかありますからね。マスターが不在の内にある程度は絞っておきたいんです』

 特に対機工戦騎用のライフルは動力炉の出力低下で撃つことすら出来ない。動力炉に依存するシールドは強度も落ちているし、地上に降りるときに使用した“炸裂障壁”に至っては使用すら不可能だ。

『何か良い装備があれば良いのですが……』

 特に自動盾やライフルの代わりになるような主力となる武装が足りない。今の【シュナイト】は銃身に付けられた短剣しか接近用の武装が無いのだ。

「そういえば“しゅないと”の装備に剣は無いのですか?」

『丁度そのことについて考えていました。何かアイディアを貰えないでしょうか?』

「私の、ですか? 私は“ましね・りーぜ”に関しては完全に素人ですよ」

『関係ありません。むしろ剣士としてのブライさんの意見が欲しいのです』

「そういう考えならわかりました。そうですね。これだけの巨体ですし――」

 ブライという一流の剣士に意見を仰ぎながらリートは機体の修復を進める。

 手の掛かる主が戻る前に、少しでも【シュナイト】を使えるようにしておく為に――



「げふっ! まぁ、ブライの料理の方が美味かったな」

「はっ、一人で5人前も食べた癖によく言うわよ」

 馬を預けた宿屋で昼食をとったキサラギ達は再び大通り歩いていた。“マオルベルグ”の町は全ての店舗が大通りに面しているので、全ての商店を見て回りたければ真っ直ぐに大通りを歩いて行くことになる。

「ははは……悪いな。ご馳走になって」

「そう思うなら少しは遠慮しなさい。もう、食事だけで銅貨20枚も使っちゃったわ」

「一食で銅貨20枚か……そんなに高い店だったのか?」

「十分過ぎる位におまけして貰ってこの金額よ!」

「うお、薮蛇やぶへびだったか」

 キサラギも流石に食い過ぎた自覚があるので、今度からは出掛ける際にはもう少し加減しようと思った。

「さぁ、買い物の続きに行くわよ」

「へいへい……仰せの通りに」

 キサラギはやる気の無さそうな態度で返事をするが、その後は大人しくシェラの荷物持ちに徹する。

 行商や旅人が多いだけに“マオルベルグ”には、大陸各地から珍しい石や薬草の他にも様々な物が売られている。

「いや~こりゃあ大漁だわ。あっはっはっ!」

 さっきの不満はすっかり忘れているようで、シェラは研究用の素材が沢山買えたようでご満悦の様子だ。

 時刻は既に夕暮れ時となっており、道行く人の数はだんだん疎らになっている。後の予定は服屋にキサラギの服を取りに行くだけだ。

 切り出すなら今しか無いとキサラギは思った。

「なぁ、少し鍛冶屋に寄りたいんだが良いか?」

「鍛冶屋? 残念だけどミスリルは買えないわよ。もう服の代金以外は手持ちに銀貨1枚しか残ってないんだから」

「大丈夫だ。金は掛からない」

「何よ。剣でも見に行く気なの? ま、見るだけなら無料だし良いわよ」

「…………なら、服屋の後はこの先の鍛冶屋に行こう。腕が良いと評判らしい」

「は? あんたこの町に来るのは初めてよね。そんな情報どこで仕入れて来たのよ」

「昼飯の時だ。店内で旅人風の男達が話していたのを聞いた」

「凄まじい地獄耳ね。一体どんな聴力してるのよ」

 キサラギの出鱈目な能力にシャラは呆れる。服屋でキサラギの服を買った後は約束通りに評判の鍛冶屋へと向う。

「おい、ジジイ! 剣が売れねぇーとはどういうことだ!?」

 二人が目的の鍛冶屋まで来ると店の扉越しに男の怒声が聞こえて来た。どんな客かは知らないが、店内が修羅場と化していることは容易に想像出来た。

「う……」

「大丈夫だ。行くぞ」

 荒事の予感に入るのを躊躇うシェラを置いて、キサラギは何の気負いも感じさせずに鍛冶屋へと入って行った。

「あ……ま、待ちなさいよ。ちょっと、キサラギ……」

 置いていかれるのも心細いのでシェラもキサラギの後に続く。

 扉を潜り最初に気付いたことは、有名店にしては室内が閑散としていることだった。

 本来ならミスリルの輝きで満ちる店内は、鎧どころか剣一本すら見当たらない。

「はぁーだから言っておるじゃろう。ワシの店にお前さんに売るミスリルの剣は無い」

「金ならちゃんと用意した。金貨30枚だ! 頼む、俺にミスリルの剣を売ってくれ!」

 煌びやかな鎧を纏った大柄の男が、店主らしき老人に詰め寄りカンターに金貨を叩き付ける。淡く神秘的な輝きを持つ男の鎧にシェラは息を呑んだ。

「嘘……あの男の鎧――ミスリル製だわ」

「アレがミスリルなのか……綺麗な色だな」

 シェラの呟き通りなら男は相当の実力者なのだろう。全身を覆うミスリルの鎧は凡夫に纏える代物ではない。

「はぁー……くどい奴じゃ、幾らあろうと関係ないわい。この店にミスリルの剣は無い。残念じゃが帰ってくれ」

 頭に血が昇っている男に比べ老人の態度は醒めていた。何度も同じようなやり取りを経験したのか溜息を付くと男に帰るよう促す。

「ふざけるな! こっちはあんたの評判を聞いて剣を買いに来たんだ。その剣を売ってくれるまでは帰らないぞ」

「まったく……これは売り物じゃないわい」

 呆れる老人の後ろの壁には一本の剣が展示されている。淡く蛍火のように煌めく銀色。その剣は見る者を魅了する魔性の光を放っていた。

「アレがミスリルの剣か……始めて見るが惹かれるモノがあるな」

「何言ってるのよ。キサラギはミスリルを見たことあるでしょ?」

「は? そりゃ何時の話だよ」

「だってブライの剣もミスリル製よ? しかし驚いたわね。ここの店主は噂通り大した腕利きみたい。ブライの剣には及ばないけどアレも相当な業物だわ」

「いや、むしろ俺はブライの剣に驚きだよ」

 あの剣は少なくとも金貨30枚以上の価値があるのなら、ブライの剣は一体どれ程の価値があるかキサラギには見当もつかない。

 二人がそれぞれ違う意味で驚いている間にも、店主と男の会話は白熱していく。

「この町にあるミスリルの武具は全て“ロキア王国”に売ったんじゃ。お前さんに売る剣は一本も残って無いわい」

「それじゃ困るんだよ。俺にはミスリルの剣が必要なんだ!」

 取り付く島の無い店主の態度に男はすっかり困り果てていた。

 二人の会話に割り込むなら今のタイミングしか無いだろう。キサラギは一歩進み出ると店主に声を掛ける。

「ちょっと良いか?」

「あ? 誰だよ、お前は――」

「用があるのはお前じゃない。店主の爺さんだ」

「何じゃ? お前さんも剣を売って欲しいのか? なら帰ってくれ」

 有無も言わさず追い返されるが、キサラギも大人しく帰る気は無い。それに先程の店主の言葉には気になる部分があった。

「いや、少し聞きたいことがある」

「ほう、聞きたいことか……何じゃ言ってみろ」

「ミスリルの武具が無いのは“ロキア王国”に全て売ったからなんだな?」

「そうじゃ! “マオルベルグ”はモーディス様のお蔭で発展したんじゃ。あの方の決めたことに逆らう商人はこの町には居らん」

「売った武具はもう“ロキア王国”に?」

「うむ、昼前に大々的に報せが届いてのう。兵士の助けを借りたから昼頃には店中の品を引き渡したわい」

「具体的に王国の何処へ運ぶかは聞いていないのか?」

「そこまでは知らん。じゃが、今朝方から大急ぎで武具を集めていると兵士が漏らしておったのう」

「そうか……ありがとう。邪魔をしたな」

「もう良いのか? ワシが言うのもなんだが、お前さん鍛冶屋に何しに来たんじゃ?」

「ミスリルが無いなら用はないんだ。俺のことは気にしなくて良い。後はそっちの男と存分にやり合ってくれ」

 驚く程にあっさりと踵を返すキサラギにシェラも続いて店を出る。言葉にしなくともシェラは、キサラギと同じ考えらしく馬を預けた宿屋へと急いだ。

 酒場としての業務で忙しい宿屋の店主に、二人は見送られて “マオルベルグ”の町から出て行った。

 行きと同じようにキサラギはシャラの操る馬に二人乗りをしている。人通りも疎らな山道に入ったので、シェラは両目からカラ-コンタクトを外した。

 陽が沈み周囲を暗闇が満たしたが、シャラが懐から取り出した自家製ランプで夜道も安心だった。

 しばらく歩くと何気なく感じでシェラが声を掛けて来る。

「ねぇ、キサラギ」

「何だよ?」

「……時間が無いわ」

「そうだな」

 紋章の刻まれたランプは少し“魔力”を注ぐだけで薄く光を灯す。弱々しく揺れる光に照らされてシェラは心情を吐露する。

「さっきの話が本当なら、装備は全部“グラナ砦”に送られる筈よ」

「ああ……」

「きっと戦争を始める気だわ」

「ああ……」

「ちゃんと私を護れる?」

「…………」

 薄闇の中でシェラの金眼が揺れる。それはまるで水面に映る月のようだ。その光は儚げで美しく、やはり全ての嘘を見透かされるかのような錯覚に陥ってしまう。

 キサラギの脳裏に昨日の会話が過ぎる。


「ふふ……頼りにしてるわ。キサラギ」

「ああ、任せておけ――と、言いたいが正直に言って今は厳しい」


 キサラギは断言しなかった。今の【シュナイト】はお世辞にも万全の状態とは言えない。

 そしてキサラギも安請け合いをするような男では無い。

 だから今回もキサラギは、シェラに明言する気は無かった。

 しかし――気が付けばキサラギの口から自然と言葉が零れていた。

「ああ、任せておけ。“俺”が絶対に護ってやる」

 力強く断言する――シェラと約束したのだ。傭兵にとって契約は絶対である。依頼は果たさなければならない。

「安心しろ。ミスリルの当てはある」

「キサラギ……?」

 揺らめく金の瞳に見透かされる。だが、キサラギの心は穏やかだった。

 何故ならソレは自分が持つ在りのままの本心だったから……

 セルディオの地に落ちた“彗星”は、静かに目覚めの時を待っていた。


どうも、如月八日です。今回は少し量が多目になってしまいました。

前回に比べると長いです。ご意見、ご感想が頂ける嬉しい。

何かありましたら気軽にお声を掛けてください。

それではまた次回も書き終わり次第、投稿します。

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