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28.問題

どうも、皆さん。お久しぶりです。

試験も終わり新作を投稿することが出来ました。

『機体状態……全て正常です』

「……ああ」

 液晶の光が灯る仄暗い操縦席にリートの声が響く。座席に腰掛けたキサラギは何処か不満そうに返事をする。

 今日は待ちに待った【シュナイト】の動作テストの日だった。レオンの【テュラン】に対抗すべく、シェラに依頼していた改造が先日になって遂に完了したのだ。

 本来喜ぶべき日に、キサラギがそんな顔をする原因は彼の膝の上にあった。

「ふふん、当然よ。私が作ったんだから問題なんかある筈ないわ」

『はい。信頼は(・)しています』

「…………」

 シェラはリートと仲睦まじく談笑している……キサラギの膝の上で、だ。

 今回の改造は全てシェラの先導の下に行われた訳で、【シュナイト】に刻まれた“刻印”が正しく機能しているかは彼女にしか判断が付かない。

 だが、【シュナイト】の操縦はキサラギにしか出来ず、折衷案としてシェラの同乗を渋々ながらも了解した次第であった。

(くっ……何だ? この居心地の悪さは……)

 シェラは小柄なので膝の上に座られても重い訳ではない。

 しかし、これまで傭兵業一筋で潤いとは無縁だったキサラギに、このような形で異性と接触した経験がある筈もなく、彼の平静を否応なしにかき乱す。

(落ち着け。落ち着くんだ。相手は子供だ。子供相手に何を動揺する必要がある?)

 言い聞かせるようにキサラギは自身を落ち着かせる。本人が聞けば激怒すること必至の台詞だが、直接口に出すような愚は冒さない。

 尤もキサラギの理論には一つ大きな誤解があった。

 シェラは “魔族”の血を引いている。外見こそ小柄で幼く見えたが、実の年齢ではキサラギよりも上なのだ。

 そんなことを微塵も知らないキサラギは、何とか精神の安定を取り戻して来ると、二人の会話に耳を傾ける余裕が出て来る。

『相手はあの狂人です。備えは幾らあっても足りないでしょう』

「出来る限りの手は施したわ。後は今日のテスト結果次第よ」

 シェラの言葉にキサラギは計器の最終確認を済ませる。動揺しながらも無意識下で続けていたソレも完了して、後は実際に動かしてテストするしかない。

 試験と言っても内容は単純だった。機体の“刻印魔術”を発動させた状態で“動力炉”を含む機体データを確認するのである。

 その為にまず試験前に【シュナイト】を屋敷から移動させていた。シェラが太鼓判を押しているとはいえ、どんな事故が発生するかもわからない。予期せぬ“暴走”で屋敷を吹き飛ばしてしまう可能性もあったので、テストには屋敷から離れた場所を選んでいる。

「よし、テストを開始する」

 既に移動も完了し、【シュナイト】は無人の荒野に直立している。テストは迅速に行われるべきだろう。

 周囲に気を配ってるとはいえ、長居すれば【テュラン】の目に留まってしまう。

 キサラギも試験の結果もわからない状態で、【テュラン】と戦闘することは避けたかった。

「それじゃあ、キサラギはそこの窪みに魔晶石をセットしてちょうだい。それで“刻印”は起動するわ」

 シェラの指示に従いコンソールに新たに拵えられた窪みに魔晶石を填め込む。窪みは溶かしたミスリルで描かれた回路によって外部の“刻印”と繋がっている。

 機体の全身を走る“刻印”を起動させるには“魔力”が必要となる。一度起動さえしてしまえば、“刻印”で発生する分で維持は可能なので、初回の分さえ用意できれば理論上は永久に稼動させることが出来る……らしい。

「……うん。ちゃんと問題なく動いてるわ」

「そうか、リート」

『はい、動力炉の出力――60……70……まだ上昇中です』

「よし! 良いぞ」

「やったわね。キサラギ」

『出力――100%で安定。マスター!』

「ああ、これならいけるぞ」

 期待通りの結果にキサラギ達は喝采を上げる。

 “動力炉”の出力が正常に戻せれば、【シュナイト】は本来の性能を遺憾なく発揮できる。

 それに出力の都合で使用を断念していた武装も幾つかある。それらの解禁だけでもキサラギには十分な成果だった。

 久しぶりの全快であったが、修理した左腕の具合も確認しなければならない。

 勿論、シェラことを考慮し戦闘機動などはせず、あくまで緩慢な速度での動作だけに留める。

「よし、シェラ。少し動くぞ」

 キサラギが注意を促すと、機体をゆっくりと動かす。

「え? うわわっと!?」

「おっと……もっと確り掴まっていた方が良いぞ」

「あ……そ、そうね。わかったわ」

 揺れにシェラがよろめいたが、側に居たキサラギが難なく支える。先程のようにどきまぎしていても、いざとなれば自然に身体が動くキサラギであった。

 

 その後も機体の点検は続けられる。一通りの動きを確認するとキサラギは機体を直立させた。

 無人の荒野に【シュナイト】は静かに佇む。漆黒のボディに走る意匠のような“刻印”は周囲の“魔素”を“魔力”に変換、淡い青色の燐光となって漂う。

 科学の申し子たる“機工戦騎”は、その身に新たな魔術ちからを宿していた。

「リート。左腕の調子はどうだ?」

『特に問題は無いです。急に出力が正常値に戻った影響で、修復部の強度が足りなくなるかと懸念していましたが、正常に動作しています。接合部への負荷も許容の範囲内です』

「そうか。なら後は武装のチェックだが……」

 ちらりと視線を膝の上に腰掛けるシェラへと向ける。歩いたりする分には問題ないが、武装の点検ともなれば、多少は激しい動きもする必要があった。

 “魔族”の血こそ引いているが、シェラの身体はそこまで頑丈ではない。

 機工戦騎の戦闘機動には耐えられないだろう。

「一度屋敷に戻るぞ」

 シェラが何か言うかもしれない。キサラギは返事も待たずにコンソールの“魔晶石”を取り外した。

 淡く輝いていて“魔力”が霧散し、機体の“刻印”もその輝きを急速に失う。

 後は元通りの状態になる筈であったが……突如、リートが悲鳴のような声を上げた。

『大変です! 出力が低下しています!』

「魔晶石を外したんだ。元の五割程度の状態に戻るのは当たり前だろ?」

『違うんです。出力が下がり過ぎてるんです!』

「なんだと!?」

 慌てて計器を確認すると、確かに彼女の言葉通り“動力炉”の出力が低下していた。

 それも稼働率が10パーセントに届く程の下がりようである。ここまで下がってしまうと、もう機体を歩かせることすら不可能なレベルだった。

 明かに異常である。

「シ、シェラ。これは一体――」

「うーん。さすがに天才の私も詳しく調べてみないとわからないわね」

「そうか……そうだな」

「出力低下の原因が“魔素”や“魔力”にあるのなら、ずっとこのままってことは無いでしょう。だけど“刻印”の使用には何かしらの反動がある、と考えた方が良いみたいね」

「ああ……」

 喜んでいた矢先の落とし穴だった。それでもリスクに対し、余りあるリターンがあったことも確かである。

 全力で稼動する【テュラン】に対抗するには他に手は無い。

『戦闘時の出力を維持できません。システムを待機モードに移行させます』

 赤く灯る単眼が光を失う。漆黒の巨人が力なくうな垂れる。

 その身に刻まれた無数の“刻印”も今はもう輝いていない。

 佇み眠る巨人の姿はまるで骸のようであった。

 

 

「ふん、やはり思った通りだな」

 玉座に腰掛けたダリオは伝令の兵を下がらせると、誰にでもなく呟いた。

 報告は“ロキア共和国”に向けた部隊からの物である。彼らはダリオの指示通りに部隊を少数の班に分け、広く薄く展開しながら緩やかに共和国に侵攻していた。

「“魔神”が狙うのは“砦”や“大軍”だ。奴らの目に兵など地を這う虫けらにしか見えんのだろうよ」

 人間が一匹の虫に敵意を向けることはない。そもそも両者には圧倒的な格差が存在し、自身よりも遥かに矮小な個体を識別しているとは思えなかった。

 それはこれまで“魔神”が襲撃した場所が証明している。

「群がる虫が屠られるというのなら目立たぬようにむしを分ければ良いのだ」

 事実、薄く展開した王国軍は“魔神”の目を掻い潜って、今も混乱する共和国の喉笛に食い付いている。

 だが、極力人数を抑えた軍隊では城を落とすことは出来ない。各地で奮戦する共和国軍だが、破滅の時は刻々と近付いていた。

「モーディスよ。“魔神”はミスリルをご所望らしい。お前の国はたんまり持っているからな。さぞや魅力的に見えることだろうさ」

 数日前に襲来した“白”が未だにマオルベルグから動かないのがその証拠だろう。

 援軍を断られたモーディスは軍を集結させ、首都の防衛に当てている。

「くくっ、篭城は下策だ。群がり騒げば“魔神”が来るぞ!」

 これは傑作だ、とダリオは笑う。共和国は既に詰んでいる。“魔神”という特大の脅威に狙われ、商業という生命線を断たれた共和国は以前のような強国ではない。

 ダリオは共和国に点在する交通の要所を制圧し、共和国軍を少しずつ追い詰めた。

 後は勝手に“魔神”が引導を渡してくれるだろう。万が一にも“魔神”に滅ぼされずとも、共和国が力を取り戻す前に平らげてしまえば良いだけの話だ。

「“白”はロキア共和国に破滅をもたらした。ならば“黒”は――」

 ――何に破滅をもたらすのか?

 ダリオは今も姿を晦ませている漆黒の“魔神”に思いを馳せた。

 

 

「うーん……」

 キサラギは屋敷に戻ると居間で地図を相手に唸っていた。

 動力炉は数分後に正常な状態に戻った。詳しい原因は不明だがシェラは携帯端末リートを連れて今も原因の解明に取り掛かっている。今夜も徹夜する気のようで、ブライに夕食は軽食で良いと頼んでいた。

 キサラギも彼女を手伝いたいのは山々だったが、魔術の分野では役に立てず、機工戦騎についてもリートが居れば十分だった。

 そのような理由から現在、キサラギを悩ませているのは別の案件である。

「さて、候補としてはこんな所か」

 居間の大机には地図が広げられ、上には目印代わりの銃弾が二個置かれていた。

 渋い顔をするキサラギは手の平で残りの弾を弄ぶ。候補となっている場所は二箇所……“魔の森”と“ラグル湖”である。

「うん、ここなら余計な横槍の心配は要らないな。周囲への被害も最小限で済む」

 どちらも人気とは無縁の場所だ。荷電粒子砲を持つ【テュラン】を相手に遮蔽物が少ないのはマイナスだが、地上での接近戦に限れば平らな地形はむしろプラスに働く。

「誘き寄せるなら拠点から近い“魔の森”の方が良い、が……」

 “ラグル湖”の性質は上手く利用すれば、こちらの手札として使うことも出来る筈だ。

 キサラギとしても切れるカードは一枚でも多く持っていたい。

「ま、この件は保留で良いだろう。あれこれ考えても奴が誘いに乗るとは限らない」

 尤もそうなる可能性は高い筈だ。相手はあのレオンである。キサラギが姿を現せば文字通り飛んで来るだろう。

 “魔素”でレーダーが使えない以上、【テュラン】のように空を飛ばない限りこちらから奇襲するのは不可能だった。

「野郎に先制を取られるのは癪だけどな」

 “出力”では同じ土俵に立てても装備では相手側に分がある。その差を少しでも埋める為に今は少しでも行動すべきだ。

「差し当たっては新しい情報が欲しいな」

 ブライは確か厨房だったか、と席を立とうとした矢先に控えめなノックが聞こえた。

「キサラギ様。少しお時間を頂いてよろしいでしょうか?」

「ああ、大丈夫だ」

 計ったようなブライの登場にキサラギは思わず監視を疑うが、彼が押すカートの存在で疑念は直ぐに氷解した。

 何のことは無い。シェラの夕食を運び終えたブライが次はキサラギの所にやって来ただけに過ぎない。

「“白い魔神”について何か新しい情報は入ってないか?」

 出された料理には手を付けず、キサラギは先に話を切り出す。

 ブライは少しだけ残念そうな顔をする。料理にがっつかないキサラギの反応が寂しかったのだろう。

「おほん、特にこれと言った動きは無いようです」

 だが、それも一瞬のことだった。直ぐに気持ちを切り替え、ブライはいつもの執事然とした態度に戻る。

「特に大きな動きはなしか」

「はい。“白い魔神”にこれと言った動きは無いようです」

 ブライは念を押すように同じ言葉を繰り返す。その言いようはキサラギの脳裏に引っ掛かった。見ればブライは口元に微笑すら浮かべている。

 そのことに気付いた時、キサラギにもブライの言わんとしていることの意味がわかった。

「もしかして全く動いていないのか?」

「はい。今もマオルベルグに留まっているようです」

「狙いは大量のミスリルか。良い予感がしないな」

 レオンがこのタイミングでミスリルを欲する理由は一つだろう。

 以前の戦闘で破壊された装備の修復……いや、ひょっとしたら新たな装備を製作しているのかもしれない。

「場所がわかってもこっちから仕掛けるのは無理か」

 夜陰に紛れても【シュナイト】の接近は感知される可能性が高い。そもそもレオンが【テュラン】から降りてなければ奇襲の意味は無いのだ。

(あの野郎が敵地のど真ん中を生身でうろつくとは思えないしな)

 やはりレオンとの戦いは正面からぶつかり合う以外ないだろう。

 来るべき決着の刻は近い。知らずキサラギは拳を握り締めていた。

どうも、如月八日です。

書くのは久しぶりで少し苦労しました。

本作を待って下さっていた方はありがとうございます。

お待たせしました。今後も日曜の更新を目標に連載を再開します。

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