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26.改造

『ロキア王! 援軍が送れんとは一体どういうことじゃ!』

 ダイン共和国の代表モーディス・ハガートの怒声が響き渡る。今にも唾を飛ばしそうな剣幕だったが、彼が吐いた唾は会議に出席する二人に届くことはない。

 何故なら彼らが座る会議とは“遠話の間”を使った三国会議だからである。モーディスの怒声は“遠話”の魔術で残るダリオの下に届けられはしたが、実際には彼らの肉体は遥か遠く離れた場所にある。

 しかし、彼らの間にあるのは何も物理的な距離だけとは限らなかった。

「そのままの意味だ。歳で耳が遠くなったのかな? モーディス爺」

 熱を上げるモーディスとは対照的に、ダリオは興奮で顔を紅潮させる老人を冷ややかな目で見ていた。

 始まりは“白”の襲撃を受けたダイン共和国が、ロキア王国に援軍を要請したことが始まりだった。

共和国は経済力に優れ豊富な資金を持っていたが、その反面で商業に傾倒するあまり国が持つ軍事力は貧弱であった。それでもこれまで共和国が存続していられたのは、モーディスが持つ政治的な手腕と、大陸で戦争の無い平和な時代が続いていたからである。

「我が国は自分のことで手一杯だ。そちらに援軍を送る余裕は無い」

 小競り合い程度の戦なら傭兵を雇えば済む。現にこれまで共和国はそうやって自国を守って来た。

 ダリオは暗に今回もそうしろ、と言っていたが、それにモーディスが頷くことはない。

『このままではダインが“魔神”に滅ばされてしまうんじゃぞ!?』

 今回の敵は“魔神”……それも文字通り降って湧いて来た“白”の方だった。“白”の悪名は既に大陸中に轟いている。これまで神出鬼没で予測不可能の襲撃を繰り返していた“白”だが、ここに来て明確な目的で襲撃するという新たな動きを見せている。

 それがモーディスの抱える問題でもある“ミスリル鉱山の占拠”であった。

「腹が減ってるのだろう。満腹になれば帰るのではないか?」

『そんな悠長なこと言っておる場合か! 魔神は直ぐ側に来ておる。奴の気まぐれでダインが滅ぼされる訳にはいかん!』

『少し落ち着いてください。モーディス爺』

 これまで静観していたセラリス法王が、声を荒げ訴えるモーディスを制する。

『おお……セラリス様。どうか魔神討伐の為、聖国より神殿騎士団の派遣を……』

 ロキア王国は当てにならないと判断したのか、モーディスは縋る矛先をセラス聖国へと変更する。女神キュクレの信徒である彼女なら、邪悪な魔神の脅威から自国を救ってくれる――モーディスはそう思っていた。

『何を言ってるいるのです? 神殿騎士団には神聖なる神殿を守る使命があります。それを疎かにする訳にはいきません』

 今や迷える子羊となった老人にセラリスはそれこそ女神のように微笑み返す。

 だが、その笑顔から出る言葉は決して“救い”などではない。

『な、何を言っておるんじゃ! 共和国にこのまま滅びろと言うつもりか!?』

『そうは言っていません』

『なら、一体どうしろと言うんじゃ!』

 頼みの綱である聖国にまで見放されては、モーディスにはもう後が無い。彼は半ば八つ当たりのような調子でセラリスに食って掛かる。

 しかし対する彼女の返答はモーディスの理解を超えていた。

『祈るのです』

『……は? な、何じゃと?』

『女神に祈りを捧げるのです。モーディス爺も女神キュクレの敬虔な信徒。女神キュクレの大いなる愛を信じ、女神による救いを祈りましょう。私も聖国より祈り続けます』

『…………』

 得も言われぬ脱力感がモーディスの身体を支配する。興奮に立ち上がっていた老体が、糸の切れた人形のように力なく椅子に倒れ込む。

 呆然とするモーディスの顔は絶望に染まっていた。

「どうやら話がついたようだな。なら、会議はここまでだ」

 ダリオは頃合と見ると会議を終わらせた。今は特にセラリスと話すことも無く、モーディスがあの状態では会議を続ける意味は無いだろう。

『それではロキア王、モーディス爺。あなた方に女神キュクレのご加護があらんことを』

『…………』

 鏡に映るモーディスの顔は虚ろだった。そこには老いてなお覇気に溢れたかつての面影は無く、朽ち逝く時を待つ老人にしか見えなかった。

 “遠話”が終わり、二つの鏡には見慣れた自身の顔だけが映るようになる。

「ふん……」

 不機嫌そうな自身の顔にダリオは不快そうに鼻を鳴らす。

 理由なら既にわかっている。これまで戦争こそしていなかったが、長年張り合って来たモーディスが抜け殻のようになってしまったからだ。

 だからと言ってダリオが共和国に援軍を送ることは無い。彼はそんな私情で国を危険に晒すような暗愚ではなかった。

 だが……彼は玉座へと戻ると兵に命令を出す。

「ニールとグレッグの隊を出撃させろ。目的地はダイン共和国だ」

 それは援軍の部隊ではなかった。

 

 

「うふ、むふふ……」

 シェラの口元が湧き上がる高揚感でだらしなく緩む。

 彼女は今にも涎を垂らしそうな顔で【シュナイト】の改修作業に打ち込んでいた。

 横たわる漆黒の巨人の上でシェラは作業を続ける。彼女の手には特殊な塗料を馴染ませた筆が握られており、彼女はそれを使って【シュナイト】の全身に線を描いていく。

 頭部や手足といった末端から伸びる線はやがて胸部へと収束する。それはスケールの大きい落書きのようだった。

「右腕はこんな感じで良いわね。お次は……」

 向かう視線の先には元通り接合された“左腕”がある。結界が戻り活動を再開したナノマシンは数日で切断された腕を元通りに復元していた。

 現在、シェラが行っている作業は“刻印魔術”を刻み付けである。

 言葉にすれば単純な物だが、その為にはシェラが機体表面を塗料でマーキングし、各部の改修をするリートのナノマシンを補助しなければならない。

 何故そんな面倒なことをするのかと言うと、シェラが“魔術”で直接加工するには機工戦騎の装甲は堅過ぎであり、また“刻印魔術”を扱えないリートが一人で作業するのも無理だからだ。

 そんな訳で今のシェラは大腕を振って【シュナイト】に触れた。シェラは隅々まで脳に焼き付けようと機体を観察する。

「間接はこんな風になってるのね。うふ、うひひひッ!」

 途中で興味深い部分を発見し笑う姿は、普段の美少女が台無しになる醜態だった。それでも本人はこの上なく幸せなのだろう。作業を続ける手は一時も止まることはなく、【シュナイト】の改修作業は淀みなく進む。

 念願叶って遂に機工戦騎の研究が出来て、シェラは大変ご満悦だった。

『シ、シェラさん? あまり怖そうに笑わないでください。思わず振り落としたくなります』

 一方で彼女のお目付け役を任されたリートは、作業しながらも前触れも無く笑い出すシェラの狂態に戦々恐々としていた。

 【シュナイト】の強化の為にやむを得ないとはいえ、シェラを野放で作業させるのは危険だと判断したキサラギは、彼女の見張り役を信頼出来るリートに任せていた。

 ちなみに彼がこの場に居ないのは、食料の買出しを任されたからである。シェラ達が馬車に一杯に積んだ食料は数日でキサラギの胃の中に消えた。

 さすがに食うだけでは居心地が悪い、とキサラギが自主的に買出し役を申し出たという訳である。

 今後の戦局を左右する大役を任されたリートだったが、それは同時に修理の為に【シュナイト】と一体化している彼女にとって“恐怖”との戦いでもあった。

「嗚呼ぁ……良い。本当、本当に素晴らしいわ!」

『そ、そうですか……』

「あら? 何だか元気がないみたいね」

 貴女の所為です――と、口に出して言うことは出来ない。仮にもこちらは改造を頼んでいる立場である。シェラの機嫌を損ねて作業を中断されてしまっては事だ。

 尤も、今のシェラは止めても勝手に改造するだろうが……

『いえ、何でもないです。それよりシェラさんに聞きたいことがあるんです』

 少し露骨な話題転換だったが、機工戦騎に夢中で注意力が散漫のシェラには有効だった。

 それに聞きたいことがあるのは事実である。

『以前から聞きたかったんですが、シェラさんはどうして機工戦騎に興味があるんですか?』

「簡単な話よ。機工戦騎が素晴らしいから、コレに尽きるわ。“魔術”も使わずにこんな巨体が人間みたいに自在に動くのよ? それだけでも素晴らしい技術だわ!」

 シェラは金眼を星のように輝かせる。その眼は既に機工戦騎という未知の技術に魅入られていた。

 だが、それが一般的な反応なのかと言えば答えは否だろう。

『シェラさんの感性を否定する訳ではないですが、機工戦騎は今のセルディオの科学力だと構造を理解するだけで数百年は掛かる代物ですよ? はっきり言ってシェラさんみたいに研究したがる奇特な人は他に居ないと思います』

「無理もないわね。セルディオは“魔術”で発達した文明だもの。“魔術”を全く使わない“機工戦騎”は異端の技術でしょうね」

『なら、シェラさんもまず興味より畏怖が湧くと思うんですが?』

 全く未知の存在に対する生物の反応は“無視”か“拒絶”の二択であろう。それが危険を避ける生存本能というものだ。その原因が途方も無い技術の差から来るものであっても、未知の物を避けようとするのは当前の反応である。

「個人の感性は人それぞれ、よ。私は一目で機工戦騎の有用さが理解できた。他の連中がどう思おうと関係ないわ。うん、私は“機工戦騎”が欲しいの」

『あげませんよ?』

「ええ、結構よ。私が欲しいのは“機工戦騎”だもの」

『まさか……【テュラン】を手に入れる気ですか!? 止めてください。命を無駄にするだけです!』

「あははは! 大丈夫よ。私は誰からも“機工戦騎”を貰うつもりは無いから」

『シェラさんの身に何かあればマスターが――え?』

 これは緊急事態だと慌てるリートだったが、シェラにその気が無いことを理解する。

 同時に彼女の発言に存在する矛盾に気付き思わず聞き返す。

『じゃ、じゃあ一体どうする気なんですか?』

「無いなら造るわ。私を誰だと思ってるの? 欲しい物が無きゃ自分で造る。それが私よ」

 その為にこうやって調べさせて貰ってるし、と続けるシェラの瞳は燃えていた。

『ほ、本気で機工戦騎を造る気なんですか? さすがに無理なんじゃ……』

「いいえ、絶対に造ってみせるわ。その為に一度【シュナイト】を動かしてみたいんだけど駄目かしら?」

『その手には乗りません。素人が機工戦騎を動かすのは危険です。あ、先に言っておきますが、マスターとの相乗りでも駄目ですよ?』

「もぅ、けちね。……ん? ははぁ~ん。わかったわ」

 シェラは不満そうに頬を膨らませていたが、何か思い至る物があったのか途端に笑みを浮かべる。

「私が愛しのマスターと仲良くするのが嫌なんでしょう?」

 何処か意地の悪そうな顔で、シェラは自分が思い至った理由を口にした。

『なッ!? ち、ちち、違います! 何を根拠にそんなことを……』

「見事な狼狽えようね。いっそ清々しい位だわ」

『本当に違います! 機工戦騎は傭兵イェーガーにしか動かせないんです!!』

「あら、どうして?」

『シェラさんは動いてる所を見たことがないので、イメージするのは難しいでしょう。“機工戦騎”は操縦者に掛かる負荷を一切考慮していないんです。頭の良いシェラさんならこれだけで理解できると思います』

「あぁーなるほど、そう言う訳なのね」

 つまり普通の“人間”では操縦の負荷に耐えられない、ということだ。

 キサラギやレオンのようにナノマシンで身体を強化された傭兵イェーガーならば問題ないが、そうでない者には機工戦騎の機動――まして戦闘など自殺行為でしかない。

『歩く位なら酔うのを我慢すれば可能です。しかし走ったり跳んだりはアウトです。機工戦騎同士で殴り合いなんてした日には、一瞬で挽肉ミンチに早変わりです』

「う……嫌なこと想像させないでよ。ま、まぁ……完璧に再現するのは無理そうだからね。うん、多少のアレンジは必要だわ。大丈夫、私ならきっと出来る……筈よ」

 この時ばかりは自称“天才”の彼女も言葉尻が弱かった。それでもシェラは機工戦騎の研究を止めないだろう。彼女も“刻印魔術”という成果に一応の満足してはいるが、自分の身近により優れた物がある以上、ルシフェラ・セリクスが黙って見過ごすことは無いのだ。

『でも、それなら魔術の一般化の方は良いんですか? さすがに両立は無理だと思いますが……』

 “魔術”については学の浅いリートから見ても、シェラの“刻印魔術”は画期的だ。

 それでも彼女の掲げる“魔術の一般化”は容易い道では無い筈だ。途中で投げ出すなど中途半端なことを嫌う性格のシェラらしくない。

 リートの疑問は的を射ていたが、結局シェラは理由を教えてくれなかった。

「大丈夫……行き着く結果は一緒だから。さぁ、作業に戻りましょう」

 そのままシェラは話を終わらせた。誤魔化されてしまったが、確かに彼女の言う通りこれ以上の無駄話は作業に支障をきたす恐れもある。

 リートはそのまま黙して作業に専念することにした。

 

「…………」

『…………』

 シェラは先程までとは一転、二人は黙々と作業を続けていた。

 【シュナイト】の黒いボディには何本もの線が描かれ、まるで凝った意匠のようである。

 それらの線が引き終わるとリートはナノマシンで塗料と装甲の構成物質を組み替えて行く。塗料の中には“魔力”を通し易い物質が含まれている。リートはナノマシンでそれらを“魔力”を通す為の“導線”に変化させていた。

「それにしてもこの“カイロ”……だったかしら? キサラギの居た世界の人間は凄い物を考えるのね」

『はい。こちらと違って科学しかありませんでしたから』

 機体各部を走る無数の“導線”は心臓部である“動力炉”へと繋がっている。それはシェラが携帯端末に使われた“集積回路”をヒントに考えたアイディアだった。

 動力炉には “魔晶石”が仕込まれており、内部の“魔素”を“魔力”に変換。それらの“魔力”は“導線”を伝って機体各部で放出される仕組みである。

「でも、折角の“魔力”をただ垂れ流すだけってのは……考えてみれば勿体無いわね」

『い、いえ! このままでも良いのではないですか?』

 リートは不吉な予感に従って、シェラをそれとなく止めようとする。

 だが、“魔晶石”と繋がった“導線”は“魔晶石と同じ性質を持つ”という面白い特性があった。つまり機体の全身に張り巡らされた“導線”も、“魔晶石”と同様に“魔素”から“魔力”を生み出せるということだ。

 本来なら“動力炉”の稼働率を戻す為に“魔素”を取り除くことが目的なので、それでも良いのだろうが、“魔術”の専門家のシェラからしてみれば、資源の無駄遣いに思える。

「そうよ。余剰魔力はたっぷりあるし……クヒヒ! これを使わない手は無いわ!」

 シェラが熱っぽい視線で【シュナイト】を見詰める。彼女の口は三日月の形に裂けていた。警鐘を鳴らしていたリートの嫌な予感が、確かな質量を持った現実となる。

『あの……シ、シェラさん?』

 魔改造――そんな三文字がリートの脳裏に過ぎった。

「さて、やるなら直ぐ作業に取り掛からなきゃ……キサラギが帰って来る前に」

 【シュナイト】の集音マイクは優秀だ。最後の方は小声だったシェラの言葉もばっちり拾っている。

『ひーん、マスタ~! 早く帰って来てくださぁぁーい!』

 今のシェラを自分では止められない。シェラに出来るのは一刻も早い主人の帰りを祈ることだけだった。

どうも、如月八日です。

何とか今日中に上げることが出来ました。

来週も間に合うよう頑張ります。

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