25.閃き
レオン・ブランデルは自分のことを“騎士”だと思っている。
本物の騎士が聞けば、激怒して切られるようなことであったが、彼は本気でそう思っていた。尤も、彼の考える“騎士”とは戦う者であり、総じて戦場での強者を意味する。そこに騎士の誇りなんて無価値な物は含まれていない。
“ブランデル”の家系は騎士の末裔だった。その起源はまだ人類が宇宙で暮らす前の時代まで遡れる。
しかしレオンが産まれた時には、“騎士”という存在は既にフィクションの中だけの存在であり、彼の家系が“騎士”の血を引いているという事実も全く意味の無い物だった。
だが、レオン・ブランデルには“騎士”の血が流れている。
それは誇りと忠義を重んじる尊い物でなく、力と闘争を求める浅ましいモノだった。
「くくくっ……待ってろよ。キサラギィ」
薄暗い操縦席の中でレオンは愛おしそうに宿敵の名を呼ぶ。
大陸中を荒らし回っていた【テュラン】も、今は一時の休息を取っている。各国を荒らす程度なら今の状態でも可能だったが、いつまでも丸腰で居る訳にもいかない。
彼が求める宿敵との対決には“剣”が必要だった。
「あの一撃は見事だったぁ……」
ゲシュト砦での一戦で、片腕を犠牲にして【シュナイト】が繰り出した一撃は今もレオンの脳裏に焼き付いている。
“騎士”の末裔として産まれたレオンには戦いの才能があった。
だが、産まれる時代が悪かった。今の戦場は人間の兵士よりも、優秀でコストの掛からない無人兵器が幅を利かせていた。
それでも“戦い”を求めるレオンが、傭兵となったのは必然だった。
戦場ならば正当に人と殺しあえる――期待していたレオンは直ぐに失望することになる。
彼は強過ぎた。狂犬の如く執拗に機工戦騎だけを狙う彼の噂は直ぐに広まった。傭兵と言えども死にたくはない。危険な相手なら戦わないで逃げるのも立派な戦略だ。
しかしソレではレオンの渇きは癒せない。そこに彼はレオンの前に現れた。
「やっぱり、お前は最高だぜぇ……ギサラギィ」
キサラギこそレオン・ブランデルが求めた宿敵だ。彼が失望した無人兵器の陰に隠れてばかりの惰弱な傭兵どもとは違う。機工戦騎の操縦もそうだが、何より不利な状況下でも自分を殺そうとする気迫が心地良かった。
キサラギなら“戦い”を求めるレオンの飢えを満たせる。
「早くしてくれよ。俺は我慢するのが苦手なんだぜぇ」
ナノマシンを使って新たな剣を製造するのに一週間は掛かる。
それが終わればまた暇を潰して待つしかない。
キサラギに用意された時間はあまり多くなかった。
「お、終わったわ……」
「うぉ!? す、凄い顔だな」
翌日の朝食の席にシェラはやって来た。
キサラギは彼女の登場に唖然としてしまう。徹夜で結界の復旧作業をしていたのか、目の下には濃いくまが出来ており、身に纏う空気は黒く淀んでいる。
折角の美少女が台無しの姿であった。
「うふふ。一晩で終わらせたからね。大変だったわ」
「今のお前を見ればわかるよ」
疲労困憊の筈なのに目だけがギラギラと輝いている。余ほど【シュナイト】に触りたかったらしい。
「気持ちはわかった。だから【シュナイト】を見るのは寝てからにしてくれ」
「ちょっと! 私は直ぐに見たいのよ」
「無理するな。寝ぼけて【シュナイト】を壊されたら洒落にならん」
「またそうやって私に触らせない気ね。そうは行かないわよ。そうは!」
「違う。今のお前の頭じゃ良い案は期待できない」
「ぐっ……むぅ~」
シェラも理屈はわかるようで渋い顔をして唸る。自慢の頭脳も寝不足では、キサラギの期待には応えられないだろう。
「仕方ないわね。でも、ご飯だけは食べさせてちょうだい」
「何か軽めの物をご用意します」
ブライは彼女の為に用意していた皿を下げようとする……が、その手はキサラギによって止められる。何事かと視線を向けるブライにキサラギは自分の皿を差し出す。
「畏まりました。キサラギ様」
キサラギの前にシェラの分だった料理を残してブライは厨房へ戻る。
シェラは寝ぼけ眼ながらも、一連の流れを見て呆れた。
「相変わらず朝からよく食べるわね」
「ナノマシンがある分、沢山食わなきゃ駄目なんだよ」
「そうなの?」
『はい。ですが、マスターの大飯食らいをナノマシンだけの所為にしないでください』
「事実だろ。だからこれも栄養補給なんだよ。うん」
キサラギは幸せそうにブライの料理を堪能する。シェラの分も入れれば既に三人前になるのだが、ブライの料理は何度食べても飽きることのない至高の一品だった。
『なるほど、栄養補給ですか……なら今後はマスターの料理は必要ないです。まだ携帯食料の残りがあります。昼からはソレを食べてください。栄養価も高いですし――』
「勘弁してくれ」
『それならもう少し自重してください。今のマスターはタダ飯食らいの身なんですから』
「くっ……わ、わかった」
キサラギは苦悩に満ちた表情で頷くと、料理を食べるペースを緩める。どうせ最後なら味わって食べることにした。
やはりシェラは眠いのか会話が弾むことはない。そのまま食事が終わるとシェラは眠そうに欠伸をする。
「ふわぁ~あ……それじゃ、少し部屋で寝るわ」
(少しと言わずに好きなだけ寝てくれ……)
主に【シュナイト】の安全の為にも……そうは思っても口にしないキサラギであった。
最後まで眠そうにシェラは自室へ戻る。
そうして独り食堂に残されたキサラギは席を立つでもなく、窓の向こうにある【シュナイト】を見ていた。
『マスター。何もしなくて良いんですか?』
「ああ、今はすることが無い」
時間は惜しいが別に焦っても状況が好転する訳でもない。屋敷の結界が直り“魔素”の影響が無くなった今、直すだけならばナノマシンに任せても問題はない。
キサラギはのんびりとシェラの目覚めを待つことにした。
結局、シェラが目覚めたのはすっかり日も暮れた夜だった。
「さぁ! 行くわよ。キサラギ!」
寝起きとは思えないテンションでシェラはキサラギを先導する。今日も徹夜する気なのか、その手にはブライが用意したバスケットが握られていた。
「頼むから壊すのだけは勘弁してくれよ」
些か活き活きとし過ぎているシェラに今更だがキサラギの不安が増す。
リートはとっくに腹を括っていたのか、先程から沈黙を続けていた。いや、既に諦めている可能性もあるだろう。
二人は屋敷の裏地に出る。暗くてよく見えないが、そこには夜闇に溶け込むような漆黒の巨人が横たわっている筈だ。
キサラギは片手にランタンを持ちながら器用に【シュナイト】によじ登る。
「ほらよ。梯子だ――って、何やってるんだ?」
「はぁ~ようやく、ようやく、触ることが出来た……」
シェラが【シュナイト】に頬ずりしていた。
「アホなことやってないでさっさと登れ」
「うふ、うふふ……楽しみだわぁー」
「悪口にも反応無し、か……こいつはヤバイかもしれん」
普段なら噛み付きそうな言葉にも全くの無反応である。彼女の【シュナイト】に対する好奇心はキサラギの想像を絶していた。
下調べと称して機体をバラバラにしかねない雰囲気である。
『マスター。大丈夫ですよね? 【シュナイト】はきっと大丈夫ですよね!?』
不安に耐えかねたのかリートが泣きそうな声を出す。だが、キサラギには今のシェラを止める術に心当たりがなかった。
「すまん、リート。俺は間違ってしまった……かもしれん」
『そ、そんな!? た、助けてください。マスター! 【シュナイト】が、このままじゃ【シュナイト】が!』
「くっ、許せ……」
等と漫才をしていると、シェラが縄梯子を登って操縦席の場所まで来た。キサラギはハッチを開くとシートの裏に回る。
今日この椅子に座るのはキサラギではなく、シェラであった。
「リート。システムを待機モードで起動しろ」
『了解。システム起動』
「搭乗者の認証は全てカットしろ。あと駆動系の操作は全て受け付けないようにしておけ……危険だ」
『わかってます』
重苦しく答えるリートの声にキサラギも操縦席のシェラに視線をやる。
「ウホホホッ! この椅子に座って【シュナイト】を動かすのね。あら? これは一体何かしら……」
「危険だな」
『ええ、シェラさんが今押したボタンは炸裂障壁のスイッチです』
「ぐっ、もし起動していたら――」
屋敷が跡形もなく吹き飛んでいたかもしれない。思わず想像してしまい背筋を冷たい汗が伝う。このまま彼女の好きにさせるのは心臓に悪過ぎる。
「止せ。好き勝手にボタンを押すな」
キサラギはシートの後ろから手を回すとシェラの手を掴み彼女を止めた。
「あ……」
掴まれた手の平を見てシェラが小さく声を漏らす。その頬がほんのりと色付く。
キサラギは彼女が急に大人しくなったのを好機だと判断した。
『むむむ……』
リートは気付いていたが黙ってハッチを閉じる。キサラギの指示に従って彼女の気を逸らすべく、本題である機体情報を正面モニターに表示させた。
「これは! 興味深いわ」
その効果はてき面で、彼女は金色の瞳を輝かせてモニターを覗き込む。シェラはキサラギ達の文字が読めないので、リートと二人で図面に書かれた単語の意味を伝える。
さすがの“天才”も複雑な構造を持つ“機工戦騎”を全て理解することは不可能だ。
大まかな部分を説明したキサラギは本命の図面を表示させる。
「次はこれを見てくれ」
「これは……内部の機関みたいだけど何処の部分なの?」
「機工戦騎の“動力炉”――言って見れば“心臓”に当たる部位だ」
「へぇーコレが機工戦騎の心臓なのね」
彼女に見せたのは“動力炉”の設計図だ。その横には現在の稼働率を表す60の数字が浮かび上がっている。
「この数字が動力炉の稼働率を表してる。これを出来るだけ100の状態に近付けたい」
「確か前居た場所では数字は100だったのよね?」
『はい。動力炉が正常に稼動すれば数字は100になります。それと今は60まで上昇していますが、外では50まで低下します。その分も考慮する必要があるでしょう」
「外だと低下? じゃあ、【シュナイト】は屋敷の敷地内の方が本来の力を発揮出来るってこと?」
『そうなります。細かい理屈はまだ分かっていません。ですが、動力炉の不調は“魔素”が原因なことは確実でしょう』
「まぁ、セルディオが“魔素”で満ちた世界なんだ。そこで動かすからには動力炉の方に手を加えるしかないからな」
だからキサラギはシェラの意見が聞きたかった。魔術研究の専門家である彼女ならば、キサラギやリートとは違う視点で考えることが出来る。
「ふーん……“魔素”が邪魔なら取り除いちゃえば良いんじゃない?」
『「…………」』
シェラの何気ない言葉に二人は揃って絶句した。
天才ゆえの閃きなのか、発言した筈のシェラは至って冷静に補足を続ける。
「“魔素”が邪魔なんでしょ? なら動力炉……いえ、いっそ【シュナイト】の内部に存在する“魔素”を全部取り除けば良いのよ」
まさにキサラギが求めていたアイディアだった。キサラギが求める【シュナイト】の改造とは、レオンの【テュラン】と対等に戦える条件を整えることである。
動力炉から“魔素”を取り除き稼働率を100パーセントにまで引き上げられれば、少なくとも出力の差は埋まる。
だが、それも出来ればの話である。
「で、出来るのか?」
キサラギは震える声でシェラに確認を取った。それに対する返答は不敵に笑うシェラの顔だった。
「任せなさい。それに丁度試してみたいと思ってた研究があるの」
『た、試す? まさかシェラさん。【シュナイト】を使って実験するつもりじゃあ……』
「キサラギが置いて行った端末を見て思いついたんだけどね。中に入っていた変な板みたいに刻印を――」
『無視しないでください!』
図星だったのかシェラはリートの言葉に聞こえないフリをした。一方で誤魔化すように自分の新たな研究を饒舌に語る。
『助けてください、マスター! このままじゃ【シュナイト】が実験台にされてしまいます!』
リートが悲痛な声で助けを求める。
だが、他に手は無いのだ。キサラギはそれを涙を呑んで黙殺する。
「すまん。リート……」
零れた懺悔の言葉は、シェラの捲くし立てる声とリートの泣き声で誰の耳にも届くことはなかった。
どうも、如月八日です。
何とか今日中に書き上げられました。
次回の更新も日曜日になります。