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24.疑念

 シェラ達と合流したキサラギはテラスのテーブルへと場所を移す。

 目の前のカップに琥珀色の液体が注がれる。先程までサキラギが欲しがっていたブライの淹れる紅茶だ。

 湯気と共に心安らぐ甘い芳香が広がる。場所と時間だけ見れば彼女の屋敷ではお馴染みの茶会だったが、珍しくその席に菓子の類は出されていない。

「…………」

 キサラギは黙って紅茶を飲む。本当ならば久しぶりに携帯食料でないブライの料理を食べたかった。

 だが、今は駄目である。この場を支配する空気はとても飯など頼める物ではなかった。

「さて、聞かせて貰おうかしら? あの白い魔神は何?」

 シェラは優雅な仕草でカップを傾ける。その額には青筋が浮かんでいた。

 純粋な戦闘力でシェラはキサラギの脅威とはならない。

「わ、わかった」

 しかし、この時ばかりは彼女の迫力に気圧された。今のシェラに半端な誤魔化しは通用しないだろう。

 キサラギもさすがに腹を決めた。

「まずは白い魔神だ。アレは【シュナイト】と同じ“機工戦騎”――【テュラン】だ」

「やっぱり、そうね。あんな物が他にあって堪るもんですか」

 キサラギの口から聞かずとも最初から予想はしていたのかもしれない。呟くシェラの顔には確信の色があった。

「何で黙っていたの?」

「俺の都合だ」

 キサラギも好き好んでレオンのことを黙っていた訳ではない。

 シェラの関心は“機工戦騎”にある。ざっくばらんに言えば、彼女にとってキサラギは“機工戦騎”のおまけ程度の価値しかないのだ。

 そんな彼女に他の機工戦騎が存在することを話せばどうなるか?

 出会って間もないキサラギに確かな答えは出せないが、シェラにとってキサラギという傭兵の“価値”が無二の物でなくなることは確かだった。

「他にもアレがあると知れば、お前がどうするか……俺にはわからなかった」

 尤も、彼女が今でもそう考えているとはキサラギも思っていない。

 しかし当時の彼女ならキサラギを切って、レオンを取る可能性があった。

「来たばかりの俺が他に頼る当てはない。それに奴が来ている確証もなく、自分が不利になるだけの情報を渡す訳にはいかなかった」

『シェラさん。マスターを責めないでください。私はいざとなれば貴方達を切り捨てる位のことは考えていました。ですが、マスターは本心から貴方達の為に戦おうと――』

「はい、ストップ。別に私もそのことで二人を責める気はないわ。誰だって自分の都合を優先するもの」

 シェラは――まぁ、切り捨てる云々はあまり良い気がしないけど――と、苦笑した。

 だが、それで終わりではない。彼女は不意に表情を引き締め直し続ける。

「でも、問題はその後よ。キサラギは今この時までそのことを黙っていた。話す機会は幾らでもあった筈だわ。そのことについてはどう説明する気かしら?」

 それは即ち“信頼”の問題だった。互いに出会ったばかりの頃なら話せないのも無理はないが、一緒に暮らす内に二人の間には確かな関係が築かれている。

「そ、それはだな。あの……その……」

「何よ。私には言えないってことなの?」

「いや、別にそういうつもりは――」

「ッ!」

 言い淀むキサラギの姿にシェラは表情を悲しげに歪める。

 シェラは異邦人のキサラギに様々なことを教え助けた。

 キサラギはシェラをアルフォンスの剣から己が身を挺し救った。

 リートやブライとの付き合いに比べればまだまだ短い時間だったが、確かに二人の間には“信頼”が芽生え始めていた筈である。

 無論、キサラギもシェラのことは信頼していた。しかし今度はその信頼が、彼女に事情を説明させることを躊躇わせていた。

 それでもキサラギは話さなければならない。ここで話さなければ、セルディオに来てから一月あまり、シェラとここまで築き上げた“信頼”が壊れてしまう。

「シェラには【テュラン】……いや、レオンと関わって欲しくなかったんだ」

「レオン? 【テュラン】ってのが“白い魔神”の名前なのはわかるけど、レオンって前にキサラギがギルドで探していた男よね」

「ああ、レオンは危険な相手だ。それは奴が俺と同じ“機工戦騎”を持っているからじゃない。何より危険なのは“人格”の方だ」

「そのレオンって奴が白い魔神の持ち主なんでしょ? なら危ない奴かどうかは一目瞭然ね。ここ最近の行動を見れば改めて言われるまでもないわ」

「野郎が何かやらかしたのか?」

「何かしたなんてもんじゃないわよ。白い魔神といえば、今や大陸中で知らぬ者の居ない災厄の象徴なんだから」

「聞かなきゃ良かった……」

 レオンの傍若無人な振る舞いにキサラギも頭が痛くなる。一部の国では【シュナイト】も同様の扱いを受けているのだが、この時のキサラギは微塵も思っていなかった。

『あの男は殺しを楽しむ外道。“戦い”を求める生粋の“戦闘狂”です』

「そうなの? 確かに大陸中で暴れ回ってるらしいけど、無抵抗の都市を襲ったって話は聞かないわね」

『あの男はマスターとの決着を望んでいます。憂さ晴らしで狙われるのは戦う力のある者だけです。しかし――』

「戦う奴が誰も居なくなれば、奴は力を持たない者でも殺すだろう」

「何ですって!?」

「しかもその理由は何と暇潰しだ。まったく、迷惑な野郎だ」

「なっ……」

 常軌を逸したレオンの人物評にシェラは言葉を失う。しかし苦り切ったキサラギの顔やリートが訂正しないことから、それが事実だと理解したのだろう。

 彼女は何時になく深刻な剣幕でキサラギに詰め寄る。

「そ、そんなことが……そんなことが許される訳ないわ!」

「倫理の上ではそうだな」

『しかし圧倒的な“暴力”の前には倫理など紙屑同然です』

「悔しいが【テュラン】は強い。性能だけなら間違いなく【シュナイト】よりも上だろう。現に俺は奴に一度敗れている」

 キサラギは視線を【シュナイト】へ向ける。横たわる漆黒の巨人の隣には、赤い手甲を着けた片腕が転がっていた。

「嘘……キサラギでも勝てなかったの?」

 シェラは呆然としていた。それはキサラギに対する信頼の裏返しでもある。

 彼女は実際に機工戦騎が戦う場面を見たことはないが、【シュナイト】の片腕を切り落とす“化け物”を相手に“人間”や“魔族”が勝てると思えるほど楽天家でもなかった。

「…………」

「お嬢様……」

 絶望に俯くシェラをブライが気遣う。それでも彼女の不安が晴れることはない。

 出来る者が居るとするなら、それはセルディオで一人だけだった。

「レオンは俺が倒す」

『マスター?』

「黙ってやると、またシェラに怒られるからな。先に言っておく」

「キサラギ……それで何か勝算があるの?」

「残念ながら今は無い。だが、まだ時間はある」

 愉悦の為に戦うレオンは一つ傭兵として致命的な欠点がある。本来ならレオンはキサラギを生かして返すべきではなかった。

 だが、レオンは戦いを楽しむ為に敵を見逃した。今はまだキサラギに勝つ為の算段は付いていないが、レオンが与えた時間はキサラギに渡すには過ぎた塩であった。

「奴が居る限り俺に安息は訪れないんだ。ならお望み通りにぶっ殺してやるだけさ」

『そうですね。マスターの言う通りです。あのストーカー野郎は息の根を止めてやりましょう!』

「「「は、はは……」」」

 さらりと過激なリートの発言を三人は苦笑いで流す。彼女のお陰で暗くなりかけていた空気が少しだけ弛緩した。

 だが、ずっとこうしている訳にもいかない。レオンから対決までの猶予は与えられたが、その時間は有限である。

 のんびりしている暇は無かった。

「シェラ。屋敷の結界を直せないか? アレが無いと【シュナイト】を直せないんだ」

「力づくで破るからよ。悪いけど数日は掛かるわ」

「そうか……」

 今は少しでも時間を無駄にしたくない。キサラギは彼女にとっておきの切り札を使うことにした。

「残念だ。折角、【シュナイト】に触らせてやろうと思ったのに――」

「任せて! 一晩で終わらせるわ!」

「さすがは天才。話が早いな」

『正気ですか、マスター!?』

「ちょっと、それどういう意味よ」

『あ、いえ……』

「良いんだ、リート。今回はシェラの意見も聞こうと思ってる」

 シェラ達の予期せぬ訪問ですっかり忘れていたが、【シュナイト】の改良でキサラギは行き詰っていた。既にリートとキサラギでは出せる案に限界が来ている。

 その点でシェラなら“魔術”という二人にはない知識がある。何か画期的なアイディアを出してくれるかもしれない。

(ま、ちょっと怖いのは確かなんだけどな)

 背に腹は代えられない。不安げなリートを何とか宥めながらキサラギはカップに残る紅茶を飲み干す。

「ご馳走さま! おっしゃぁぁー! やるわよぉぉぉー!!」

 普段の優雅さは何処へ行ったのか、シェラは物凄い勢いで紅茶を流し込むと、一目散に研究室へ駆けて行く。

「良かったですね。お嬢様」

 淑女らしからぬ主人の姿をブライは嬉しそうに見送っていた。

 

 

「申し訳ありません。陛下」

 アルフォンスは深々と頭を垂れて、皇帝に自分の非を報告する。

 彼の居る場所は諸侯会議の席ではなく、皇帝の執務室であった。

 室内には彼と皇帝の二人しか居ない。無論、扉の向こうには近衛騎士が守っている。こうして二人だけで話せるのは、アルフォンスに対する信頼の顕れであった。

「陛下より賜った任……果たすことが出来ませんでした」

「構わん。此度の顛末は聞き及んでいる。ゲシュトの件はお前の責任ではない。お前は良くやってくれた」

 長年仕えた忠臣にアスラは皇帝として労う。

 だが、アルフォンスは頭を上げようとしない。彼の心は無念に満ちていた。

 本来ならアルフォンスに責任はない。彼の指揮に不備は無く、その証拠に彼が率いた騎馬隊に大きな犠牲は出ていなかった。アスラもそのことを正しく理解している。

 しかし砦に居た者達は誰一人として帝都に帰ることは叶わなかった。

 彼らは死体でさえ帝都に帰れなかった。

「陛下。わしは……いえ、私は……」

「よい。お前には幼少の頃より世話になっている。他の者の目がない今、気遣いは無用だ」

「そうでしたな。あの鼻垂れ小僧が立派になったもんじゃわい」

「口の聞き方に気を付けろよ? ジジイ」

「ふっ……」

「ふふっ……」

「「うはっはっはっ!」」

 二人同時に笑い出す。明らかに空元気だったが、これからする話のことを考えると無いよりマシであった。

 笑いが治まるとアスラは歯切れ悪い口調で話を切り出す。

「此度の“白”の件、我は……帝国は一体どうすれば良い?」

 懸念となるのは新たに出現した“白い魔神”についてである。神出鬼没で行く先々で破壊を振り撒く、まさに悪夢のような存在だった。

「わしが言えた口ではないが、安易な刺激は与えない方が良いじゃろう。白い方の目的がわからん以上は迂闊に動けん。都市部の防衛に専念するべきじゃ」

「最早大陸全てが直面する危機だ。今は“人間”のことを気にする必要が無いだけ良いだろう」

 “魔の森”が消失してからアスラは“人間”との全面戦争を避けようとしていた。

 頭の固い“魔族”を纏めるのは骨が折れたが、“白”という新たな脅威を前に“人間”が攻めて来られなくなったのは思わぬ行幸でもあった。

 しかし悩みの種は尽きることはない。

「それよりも問題は“ハイゼンベルグ”じゃ……」

 渦中の“白”はどうやらハイゼンベルグ領を拠点にしているようなのだ。

 近隣からは空へと飛翔する“白”を見たという証言が帝都にも届けられている。

「うむ。ハイゼンベルグ卿も無事だと良いのだが……」

 彼女とは領地での謹慎を命じてから、今も全く連絡が取れない状態が続いていた。

 “白”の出現と時期が被ることからも、諸侯会議でも彼女の生存は絶望視されている。

「今はまだ抑えておるが、若い者達が無茶をせんとも限らん」

「ハイゼンベルグ卿は若い諸侯に慕われていたからな」

 彼女の見た目もそうだが、若いながらたった一人で領地を治め、魔術の最高峰である宮廷魔術士の位を持つ天才――若い者の間では彼女はちょっとしたアイドルだった。

「何も無ければ良いんじゃが……」

「彼女は優秀な魔術士だ。きっと逃げ延びているだろう」

 アスラは西の窓から外を窺う。残念ながら帝都からはキシル山脈が邪魔で、ハイゼンベルグを直視することは叶わない。

「そうじゃな……」

 呟くアルフォンスの表情は何故か硬い。純粋に彼女の身を案じるアスラと違って、彼には一つ気に掛かっていることがあった。

「歳は取りたくないのう」

 疑り深くなって敵わん……呟き山脈を見詰める老人の顔は、長きに渡って帝国を守り続けた油断無き騎士の物であった。

どうも、如月八日です。

今回も何とか日付が変わる前に更新出来ました。


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