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23.帰宅

 新たな“魔神”の出現。その話題は瞬く間に大陸中へと広まる。

 いわく、純白の翼で自由に大空を舞う姿はまるで天使のようだった。

 いわく、堅固な砦を一撃で消滅させた様はまるで悪魔のようでもあった。

 信じ難い情報に大陸中の国々が躍起になって情報の真偽を調べようとしたが、数日とせずに彼らは知ることになる。

 白い魔神――【テュラン】は大陸中の国々を攻撃したのだ。

 この数日間で【テュラン】が陥落させた砦の数はもう一つや二つではない。まるでキサラギのやり方は手緩いとでも言わんばかりに……

 しかも【テュラン】は“魔の森”からも離れた南部の国さえ襲撃の標的としていた。

 これらの襲撃に南部の国々は大きな打撃を被る。彼らからすれば“魔神”のことなど精々が“危険な魔物”……悪く言えば対岸で起きた山火事程度にしか考えていなかった。

 そこへ突然の襲撃、それも相手は遥か上空を飛行してやって来る。しかも白の魔神には砦さえ一撃で消滅させる“光”があるのだ。

 そして“魔神”の標的に“人間”と“魔族”という区別はない。【テュラン】が訪れた場所は一日とせずに焦土と化す。

 まさに降って沸いた“天災”だった。

 しかし“魔神”がもたらしたことは何も悪いことばかりではない。この未曾有の事態を前にしてお互い戦争どころではなくなり、“魔の森”の消失を端にする“人間”と“魔族”の戦争は回避された。

 空から落ちて来た“魔神”が原因で起きようとしていた戦争が、今度は空を飛ぶ“魔神”によって避けられるのは皮肉である。

 セルディオに住む者達は等しく“白の魔神”を恐れた。彼らはいつ来るかわからない“魔神”の恐怖に晒されながら日々を祈るように生きていた。



「白の魔神がダイン共和国を襲撃……今度は東の方に行ったみたいね。まったく、コイツもやりたい放題やってくれるわ」

 シェラは手にした新聞の一面を見て不満げに唸る。

 別に襲われたダイン共和国の心配をしている訳ではない。彼の国が物資を提供し、ロキア王国に“魔の森”を突破させようとしたことを彼女は忘れていなかった。

 シェラが不満なのは新聞に書いていることではない。むしろあることが書かれていないことに不満があった。

「それでキサラギ達の足取りは掴めたの?」

「申し訳ありません。お嬢様」

 ブライは申し訳無さそうに俯く。シェラが求めているのはキサラギの情報である。彼にはこの数日の間、キサラギや黒い魔神についての情報を集めて貰っていた。

 シェラ達の話を盗み聞きしたキサラギは勝手に飛び出したきり、あの日から行方が掴めないでいる。

「ブライが謝る必要はないわ。悪いのは全部あの馬鹿よ。まったく、いつも雇い主の私に黙って勝手に動くんだから……人の気も知らないで」

「お嬢様……」

「大丈夫よ。落ち込んでいてもキサラギ達が見付かる訳でもないわ。ボーレルでキサラギの帰りを待つのも良いけど、やっぱり待ち続けるのは私の性に合わないと思うの」

「まさかご自身の手でお探しになる気ですか? そのようなことは執事である私にお任せください」

「駄目よ。毎日留守番なんて退屈過ぎるし、それに気になるのよ」

 屋敷を守る為に出撃したのならば、キサラギの目的地はゲシュト砦だった筈だ。

 行方不明となったキサラギ達と入れ替わるように現れた“白い魔神”――とても無関係とは思えなかった。

「私は一刻も早く機工戦騎が研究したいの。キサラギったら、何だかんだと理由を付けて結局触らせてもくれなかったのよ? さっさと見付けて解た――いいえ、研究がしたいの」

「…………」

「ま、まぁ、幸いこの白い奴のお陰で“魔の森”に近くの拠点は全て潰れたわ。“人間”も“魔族”も白い奴の警戒で手一杯みたいだし、良い機会だから屋敷に戻りましょう」

 前回は急ぎだったので、置いて行かざるを得なかった研究も幾つかある。

 それにこれだけ探してもキサラギの目撃情報が無いのは、そもそも人目が無い場所だったからではないか、とシェラは考えていた。

「さぁ、夜までには着くようにしたいわ。準備をしてちょうだい」

「畏まりました。お嬢様」

 ブライは来た時と同様に静かに退室する。

 残されたシェラも旅行鞄を用意すると研究途中の物を何個か中に詰める。これらの品は物によっては繊細な扱いと深い知識を必要とし、ブライだけに任せる訳にもいかない。

 何個か詰め終えると、不意にシェラが顔を上げて辺りを見回す。

 幸い目的の物は直ぐに見付かった。

「いけない、いけない。これを忘れちゃ駄目よね」

 シェラが手に取ったのはナノマシン用の小型端末だった。まだ屋敷に住んでいた頃は、よくこれでリートと話していた。

「キサラギの奴、ちゃんとリートの言うこと聞いてるかしら。あまり無理をしていないと良いけど……」

 姿は見えなくてもシェラにとってリートは友人である。キサラギには彼女を心配させるような無茶な行動はして欲しくなかった。

「す、少し位なら……あの馬鹿も心配して上げても良いわね」

 尤も理由はそれだけでもないのだが……シェラにその自覚はなかった。


 ブライの操る馬車に揺られて、シェラは一路“魔の森”へと向かう。

 その道中は整備されているとはいえ山道なので、快適とは言い難かったが予定通り日が沈む前にはドグラ山脈を降りられたることができた。

「ふふ……」

 退屈凌ぎに窓から景色を見ていると、思わずシェラは苦笑してしまう。

 ブライが怪訝そうに振り返るが、長年の経験でシェラの表情から心配ないと判断したのか、そのまま馬車の運転に努める。

 彼の読みは正しく、実際シェラが笑っていた理由も深刻に考えるような内容ではない。

 彼女達が今走っている場所は厳密には“魔の森”と呼ばれる場所だが、窓の外には草木一本すら生えていない。

「まったく……人騒がせな奴だわ」

 これは“証”であった。【シュナイト】の落下に始まり、グラナ、ゲシュトと二つの砦への攻撃と続いて、キサラギ達が確かに存在したという痕跡でもある。

 その中に一つだけ彼女を惹き付けるものがあった。

「どうやら、そんなに遠くには行ってないようね」

 シェラが見付けたのは大きな足跡だった。ゲシュト砦のあった位置からすっかり木が寂しくなってしまった森の中へと続いている。

 キサラギは所在がばれるような痕跡は残さないよう心掛けていると話していたので、今回のコレは追跡の目を誤魔化す為の陽動なのかもしれない。

 だが、彼女の勘はコレが当たりであると囁いていた。

「うふふ……待ってなさい。キサラギィィィ」

「…………」

 シェラは獰猛な笑みを浮かべる。歯を剥いて笑う主の姿にブライは珍しく見て見ぬフリをした。



「ッ!?」

『どうしたんですか、マスター? 少し脈が乱れているようですが?』

「いや……少し悪寒がしただけだ」

『当然です。マスターの体調管理は万全です。病気になど私がさせません』

「ま、ただの勘だ。何の科学的根拠もない。気にするだけ無駄だろう」

 それに今のキサラギにはもっと考えなければならないことがある。

 【テュラン】との対決に敗れたキサラギ達はシェラの屋敷に身を潜めていた。

 結果的には生き残りはしたが、あのまま戦い続ければ負けていただろう。

 レオンはこの決着は次に預けると言っていた。

 奴の言う“次”が一体何時なのかわからない。だが、早急に【シュナイト】を修理しなければならないことだけは確かである。

「しかしあまり芳しくはない、か……」

 今の【シュナイト】は例によって屋敷の裏地に横たえていた。野晒しでは【テュラン】の目に留まる危険があるので、草や土で最低限のカムフラージュは施してある。

(だが、あの戦闘狂のことだ。気付いていても見逃す可能性が高いけどな)

 レオンならこちらが万全の状態になるのを待つ位のことはするだろう。

 尤も、その憂さ晴らしで大陸中の国々が【テュラン】に襲撃されていたことまでは、ずっと森に居たキサラギが知る由も無かった。

『屋敷に入る際に結界を壊してしまったのが不味かったようです。“魔素”の影響かナノマシンの稼働率が落ちています。このままでは自動修復も侭ならないです』

「ああ……だが、普通に直すだけじゃ駄目だ」

 ただ直すだけでは【シュナイト】は【テュラン】に勝てない。

 どういうカラクリか不明だが、【テュラン】は動力炉の力を完全に引き出せる。

 機工戦騎としてはそれが正しい姿なのだろう。だが、“魔素”という未知の要素で満ちたセルディオでは“異常”とも呼べた。

「こっちも機体を本調子にする。それ以外に手はない」

『機体の修理は私が見ます。マスターは打開策を検討してください』

「ああ、頼む」

 キサラギは修理をリートに任せて、自分は機体の側に置いた椅子へと腰掛ける。

 元はテラスにあったのを勝手に拝借した物だが、何故か座るだけで無性に喉が渇くような気がした。

「そういえば座るのは何時もこの椅子だったな」

 紅茶が趣味なだけあってシェラと話す時は殆ど決まってお茶を飲んでいた。

 この椅子はテラスの椅子なので、初めて出会った日にもキサラギは座っている。

(はは、まるで“パブロフの犬”だな)

 腰掛けただけで喉が渇くとは――キサラギの調教は順調だった。

(しかし腹が減った。嗚呼……ブライの料理が懐かしい)

 それ以上に餌付けの方が進んでいた。

 ここ数日は【シュナイト】に元々積んでいた携帯食料を食べて過ごしている。それはブライという凄腕料理人の味を知ってしまった彼には“拷問”とも呼べる日々だった。

「止めだ、止めだ。考えるだけ余計に腹が減る」

 そんなことより【シュナイト】の改造案を練るべきだろう。

 空腹を誤魔化す為に携帯食料の残りかじりながら思案する。

「あぁー! 畜生、駄目だ」

 しばらく黙考してみたが全く名案は浮かんでこない。

 動力炉の問題は初期の頃から直面していた重大な課題だ。それが少し考えた位で解決するなら、とっくの昔に改善されているだろう。

 早くもキサラギは行き詰まっていた。これなら機体の修理をリートに代わって貰うべきだったかもしれない。

(いや、それじゃ意味がないな)

 リートは優秀なAIだ。その彼女が即座に解決策を提示しなかったのだから、彼女にこれ以上を望むのは酷というものだろう。

 彼女もキサラギに自分が思い付かないような妙案を期待している筈だ。

「その期待に応えやりたいところだが――ん?」

 強化されたキサラギの耳が微かな物音を感知する。

 足音だった。数は恐らく二人……珍しいことに侵入者のようだ。

「空き巣か? 人様の家に無断で入るとは無粋な奴らだ」

 自分のことを完全に棚に上げて、キサラギは侵入者を迎え撃つことにした。

 作業に集中するリートの邪魔をしては悪い。キサラギは黙って準備をすると音も無く正門に移動する。

 タイミングは完璧である。侵入者達が森を抜けて出て来る所だったらしい。

「おっと、ここは人様の家だぜ。大人しく帰った方が――」

 キサラギは素早く彼らの目の前に踊り出ると銃を抜き警告する。

「――え?」

 だが、それも相手の顔を確認するまでだった。

「あら、ブライ。大人しく帰れ、ですって」

「それは困りました。私達はお屋敷に帰ろうとしていたのですが……」

「そうね。これは困ったわ。ところでキサラギ。確かここは私の家の筈だけど……これは私の勘違いかしら?」

「め、滅相もない! ここはあなたの家です。はい」

 混乱のあまり言動が少しおかしくなるキサラギだったが、頭の方はそれ以上にパニックになっていた。

 シェラの言う通りここは彼女の屋敷なので、帰って来ても何らおかしい話ではない。

 問題は何故今このタイミングで帰って来たか、だ。

(ま、まま、不味い!)

 家主に黙って泊まっていたこともそうだが、何より都合が悪いのは、キサラギがまた(・・)彼女らに黙って出撃したことである。

「リート! 頼む、助け――」

『因果応報……黙って怒られるのもケジメです。マスター』

「リートォォォォ!」

 頼みの綱だった相棒にも見放された。

 それでも諦め切れずに縋る思いでシェラの様子を横目に窺うが、キサラギは見て直ぐに後悔した。

「ッ!」

「シェラ……」

 彼女の目は少しだけ潤んでいる。今更になってキサラギは、彼女にどれだけ心配を掛けたのか自覚した。

 だが――

「とりあえず一発ね」

「は? ――ぐほぉ!?」

 しおらしくしていたのは一瞬だった。

 先程までの儚げな姿が幻だったかの如く、腰の入ったシェラの拳がキサラギの鳩尾に抉り込まれる。研究大好きのインドア派とは思えないキレのある良いパンチだった。

「ふん、これで勘弁してあげるわ」

 シェラは蔑むような冷たい目でキサラギを見下ろす。どうやら相当頭に来ていたらしい。普段は口で言うタイプのシェラが直接殴ったのだから、その怒り凄まじさが窺えるだろう。

『ご心配をお掛けしました』

「いえ、私はお二人の無事を信じておりました」

 そんな殺伐としたやり取りなどまるで見えないかのように、リートとブライは和やかに話し始める。

「さて、次は私の屋敷を勝手に使った分よ」

「何! 今ので全部チャラじゃないのか!?」

「誠意が足りない。どうやら躾が必要みたいね」

 結局、シェラの“一発”は合計五回までその数を増やすことになった。


どうも、如月八日です。

今回は少し短めになります。


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