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20.天使

 快晴の空の下を漆黒の巨体が歩く。ラグル湖を出撃した当初は、キサラギも森の中などの出来る限り人目を避けたルートを選び進んでいた。

 しかしドグラ山脈を越えてからはそれも無理だろう。

『マスター。まもなく作戦区域です』

「よし、機動制限を解除しろ」

『了解』

 これ以上の迂回も不可能だ。間接部の疲労軽減の為に作戦区域まで戦闘機動は避けたかったが、生憎と今日の天気は快晴――視界は良好で澄んだ空気のお陰で遥か遠方まで見渡せる。遮蔽物の途切れた状態では機工戦騎の巨体は嫌でも目立つ。山を駆け下りる巨人の姿は、十中八九で“ゲシュト砦”の見張りに察知される筈だ。

 そなるとキサラギが選べる最良の手は一つだけだった。

「正面突破だ。突っ込むぞ、リート!」

『はい。単純ですが、最良の手です』

 相棒の同意も得られ、キサラギはフットペダルを深く踏み込む。

 山肌を蹴って【シュナイト】は疾走する。押し寄せる濁流の如き暴威を秘めて、漆黒の巨人は一直線にゲシュト砦へ迫った。

『前方に展開する部隊を確認。兵種は……騎兵です』

「こちらの接近は気付かれていたか」

 だとしても明らかに部隊の展開が速い。【シュナイト】を視界に捉えてから出撃していては間に合わないだろう。

『どうしますか?』

「目標はあくまで帝国の戦力を削ぐことだ。その為に砦は破壊する。守備隊の方は適当な被害を出せば十分だ」

 ゲシュトにはグラナの時と違って奪取すべき物資は無い。シェラの屋敷を守る為に必要なのは敵部隊の無力化であり、キサラギも悪戯に命を奪う気は無かった。

「相手をするのは面倒だ。跳ぶぞ!」

 【シュナイト】が一瞬だけ身を屈め、大地を踏み砕く勢いで跳び上がる。キサラギは一連の動作に連動させて背部のメインブースターを噴かす。

 大気圏内での単独飛行は【シュナイト】には不可能だが、一時的な滞空や“跳躍”なら話は別だ。

 【シュナイト】はその巨体に似合わぬ軽やかな動きで、正面に布陣する敵部隊の頭上を跳び越える。

「「「おおっ!?」」」

 その非常識ともいえる機動に帝国軍は度肝を抜かれた。果敢に戦いを挑もうとした矢先の出来事に兵士達が浮き足立つ。

(本来ならここで“鳴き声”の一つでも聞かせてやれば効果抜群なのかもしれないが……)

 恐らく無駄だろう、とキサラギはそう判断した。

 屋敷の襲撃前ならグラナ砦と同じように帝国相手にも“魔神”は恐ろしい怪物と認識させる作戦を取っただろう。

 だが、レオンとの繋がりが疑われるユリが居る以上、帝国側も機工戦騎の存在に気付いていると考えた方が妥当だった。

「ならば速攻で潰すだけだ。リート!」

『了解。シールド展開』

 狙うのは前回と同じ“城門”だ。堅固なシールドに守られ突撃する【シュナイト】の巨体は、それだけで凶悪な威力を秘めた武器となる。

 グラナと同じようにゲシュトの城門も粉々に破壊される……筈だった。

「「「上位光壁魔術ハイ・マジック・シールド!」」」

「何っ!?」

 今度はキサラギが驚かされる番だった。重なる詠唱と共に砦を光の壁が包み込む。

 【シュナイト】の体当たりが光の壁と真正面からぶつかる。

 雷鳴のような爆音を響かせ境目では激しく火花が飛び散った。

「ぐっ……馬鹿な! アレを正面から防いだだと?」

 【シュナイト】の巨体が弾かれる。突撃の勢いが生半可ではなかったので、キサラギを乗せた機体が大型車に跳ねられた人間のように宙を舞う。

『マスター!』

「おっと、呆けてる場合じゃない、な!」

 キサラギは各部の補助ブースターを駆使して空中で姿勢を制御。何とか無様な墜落だけは免れたものの、機体は砦から大きく後方へと飛ばされてしまった。

『城壁の上に魔術士らしき集団を確認。推測ですが複数の魔術士による合体魔術ではないでしょうか?』

「畜生、厄介な魔術を使ってきやがる」

 城壁の上に並ぶ魔術士達がまた詠唱を始める。彼らの詠唱は最後の一節で意図的に止めてあった。どうやら【シュナイト】の攻撃に合わせて魔術で砦を守る作戦のようだ。

「アレをどうにかしないと砦は落せない、か」

 【シュナイト】が真紅の単眼で砦を忌々しそうに睨む。それを好機と見たのか、砦前に展開されていた騎兵隊が追撃を仕掛ける。

「矢を放てぇー!」

 騎兵達が馬上から矢を射掛ける。鉄の矢では【シュナイト】の脅威にはならない。

「ちっ!」

 だが、何十と射掛けられる矢の雨をキサラギは機体をステップさせて回避する。

 正確に言えば回避させられたというのが正しい。彼らは“魔神”の眼――頭部のメインカメラを狙っていた。

 そして一連の動きは敵の計算の内であった。

「全てを燃やす灼熱の火よ。今ここに終焉をもたらせ!」

 城壁の上で老人が高らかに杖を掲げる。彼が唱える呪文はいつかユリが唱えようとした上位魔術の物だった。

『凄いエネルギーです。マスター!』

 リートの警告にキサラギの身体が反射的に動く。シールドではなく、咄嗟に両手の手甲を交差させて防御する。

上位燃焼魔術インフェルノ!」

 赤々と輝く杖が【シュナイト】へと向けられ、先端の宝玉から巨大な炎の槍が撃ち出される。

 だが、【シュナイト】の手甲もレアメタル製の自動盾を改造した物だ。

 無骨な赤い色の手甲が燃え盛る業火の槍を阻む。

「ば、馬鹿な……」

 まさか防ぎ切られるとは思っていなかったのか、老人が気圧されるようによろける。

 あれ程の術を一人で行使していた老人は、宮廷魔術士と見て間違いないだろう。

「なるほど、一筋縄じゃいかないってことか」

 纏わり付く炎を【シュナイト】は軽く振り払う。

 確かに機工戦騎の体当たりを弾く堅固な防壁と、的確な騎兵の援護射撃、それにシールドを抜ける宮廷魔術士の魔術は厄介だろう。

『それでもマスターの敵ではありません』

「ああ、違いない」

 【シュナイト】は攻防一体式手甲――“シュライ”を構える。

「くくくっ……」

 キサラギは操縦席で好戦的な笑みを浮かべる。指摘すればキサラギは否定するだろう。

 だが、犬歯を剥いて笑う姿は彼が嫌悪する宿敵にそっくりだった。

 

 

「まさか上位燃焼魔術すら防ぐとはのう」

 改めて“魔神”のとんでもなさを見せ付けられ、アルフォンスは呆れてしまった。

 斥候の報告で“魔神”の接近を察知した彼は、誰よりも早く部隊を展開した。

 アルフォンスが率いるのは西天騎士団でも精鋭の騎兵達で、前回の接触から“魔神”との戦闘では“魔術”が鍵だと考えていた彼は、自らは砦の魔術士達の援護に徹していた。

「だが、勝機がない訳でもなさそうじゃな」

 一度目の攻撃は防がれてしまったが、こちらが奴の攻撃を防いだのも事実である。

 それに防いだということは、“魔神”が“魔術”による攻撃を脅威に感じたことも意味している。

「怯むでない! わしらの役目を思い出すのだ!」

 馬上から一括。“魔神”の力に狼狽えていた部下を鼓舞する。手にした剣を掲げるとアルフォンスは切っ先を“魔神”へと向けた。

「悔しいが剣や槍では“魔神”を傷つけられん。攻撃と防御は砦の連中に任せて、わし等は作戦通りその補助に徹するぞ!」

 騎兵の機動力は魔神といえども手を焼くだろう。何より砦の外なら戦場を広く使うことが出来る。

「よし、全騎。わしに続けぇぇー!」

 アルフォンスはいつもの愛剣ではなく、腰の矢筒から矢を抜くと馬を走らせる。彼は剣の他にも様々な武器に精通しており、弓術もかなりの腕を持っていた。

 馬上での戦闘経験も豊富で、今回のように騎乗しながらの射撃もお手の物である。

 だが、注意を引こうとした矢先に“魔神”が両手を広げて構えた。

「む? 一体何を……」

 警戒を促そうとするアルフォンスの目前で“魔神”の身に変化が起きる。

 カシャン!

 軽やかな金属音と共に“魔神”の腕から銀の爪が生える。いや、実際に爪が生えてきた訳ではないのだろう。見れば“爪”の正体は先程まで肘から生えていた棘であった。

 棘は真逆に向きを変えて、赤い手甲を攻防一体の武器に変貌させている。あれ程の巨体が武器を振るって暴れれば、その威力は想像を絶するだろう。

 しかしアルフォンスの関心は別のところにあった。

「あの輝きは!?」

 その淡い銀色の輝きにアルフォンスは見覚えがあった。それは“魔神”がグラナ砦を襲った理由でもある。

「ミ、ミスリル……なのか?」

 アルフォンスが今一つ確信が持てない様子なのも無理はない。

 魔物の襲撃が絶えないセルディオでは、街や城を囲う城壁はとても分厚く造られる。

 “魔神”の爪は一刺しで城壁を貫ける程の長さだ。更にそこまで巨大なミスリルの塊はセルディオには存在せず、磨き抜かれた鏡のような光沢は全く別の物にさえ見えた。

 “魔神”は両手を広げ重心を落す。長い爪を両手に伸ばし構える姿は、獲物に飛び掛る前の獣を想起させる。

「いかん! 総員、矢を放てぇー!」

 アルフォンスの号令に呆けていた騎兵達が一斉に“魔神”に矢を射掛ける。“魔神”は上半身を伏せ、まるで地面を滑るかのように回避した。

「くっ、何度見ても出鱈目なスピードじゃ……」

 “魔神”の脅威は何も巨躯から来る怪力だけではない。その巨体からは想像出来ない獣の如き敏捷さが何より厄介であった。

 高速で動き回る“魔神”の眼を精確に射抜くことは不可能だ。アルフォンス達の牽制は殆ど意味を成さず“魔神”は再び砦に接近――ギラリと光る銀爪を一閃する。

「「「堅牢なる盾よ。敵意を挫き我を守れ!」」」

 城壁の魔術士達が光壁を展開して、すくい上げるような大爪の一撃を弾く。彼ら役目は全力で砦を守ることだ。人数を生かした防壁の重ね掛けで“魔神”の攻撃を完封する。

 その隙に宮廷魔術士が上位魔術で“魔神”を撃退、あるいは討伐する作戦だった。

「大気に漂う精霊よ。我が意に従い顕現せよ」

 宮廷魔術士の老人が先程とは別の上位魔術の詠唱を始める。老人の周囲を漂う魔力が徐々にその輝きを増す。

 しかし老人の魔術が完成するより先に第二撃は迫っていた。

 “魔神”の爪は左右両方の手にある。すくい上げるような右手の一撃から、流れる水のように滑らかな動きで“魔神”の身体が回転。続く二撃目は左手による切り払いだった。

 パキィンッ!

 光の壁に巨大な爪痕が交差する。何十にも張り巡らされた防壁が一枚、乾いた音を立てて砕けた。

 キラキラと空気に溶ける防壁の破片を見てアルフォンスの顔が青褪める。

「ぜ、全騎後退! 急ぎ援護に向かうんじゃー!」

 “魔神”の狙いに気付き、急ぎ部隊を向かわせるが、間に合うかは微妙だった。

 爪は一撃の威力こそ体当たりに劣るが、代わりに小回りが利く。全身全霊の突撃さえ弾く強固な防壁も、一点に連撃を集中されれば穴も開くだろう。

 パキィンッ! パキィンッ!

 “魔神”の爪がまた一枚防壁を砕く。“魔神”の連撃は止まらない。独楽こまのように回転しながら銀爪を閃かせる度に防壁が削られる。

「大地を砕く天の怒りよ。聖なる刃で断罪せよ!」

 砦の方もようやく危機感を覚えたらしい。宮廷魔術士の老人が唱える呪文は“雷”の上位魔術だ。

 確かに金属質の身体を持つ“魔神”には炎よりも効果があるかもしれない。

上位雷撃魔術ジャッジメント!」

 天から巨大な雷が雨のように降り注ぐ。場所を対象にした上位雷撃魔術が砦の前面を薙ぎ払う。

『…………』

 赤い単眼が僅かに明滅――同時に“魔神”の周囲を翡翠色の光が包み込む。

 魔物の群れすら一瞬で蒸発させる稲妻の嵐が、翡翠色をした障壁の表面で弾ける。

 場所を対象にしたことが仇となった。広域に拡散する雷は範囲こそ広いが一本一本の威力は中級程度でしかない。

 しかも雷は援護に向かうアルフォンス達の足さえ止めてしまう。巻き添えを恐れ立ち止まる騎兵隊は、砦への援護が更に遅れてしまった。

 そうなるともう独壇場だった。“魔神”は不可思議な翡翠色の守護を消して、猛然と攻撃を再開する。

 パキィンッ! パキィンッ! パキィンッ!

 大爪による執拗な連撃に魔術士達の体力が遂に限界を迎えた。

 パキィィィィンッ!

 一際甲高い音を立てて最後の防壁が破られる。

「百人掛りの防壁を力尽くで破るとは…………化け物め」

 アルフォンスの言葉は居合わせた帝国軍の誰もが思ったことだ。

 勝てない――彼ら身を支配するのは暗く重い“絶望”だった。人智を超越した理不尽なまでの力の化身を前にして帝国軍は諦めていた。

「…………あ?」

 諦観に空を仰ぐ兵士の一人が間抜けな声を漏らす。

「おい、何か見え――」

 釣られるように空を見上げた男は、隣に立つ戦友と同じように硬直した。

「「「…………」」」

 その反応はまるで伝染するかのように次々と帝国軍に広がる。彼らは皆一様に空を見上げると身を強張らせた。

 それは帝国軍だけでなく、“魔神”の方も一緒だった。

『ッ!?』

 天を見上げた“魔神”が砦への攻撃を中止する。挑むかのように遥か上空を凝視し身構える姿は、天上の神に敵対する“魔神”を描く一枚の絵画のように荘厳だ。

 その空気に当てられて誰かがポツリと呟く。

「……天使だ」

 空から天使が舞い降りた。


どうも、如月八日です。

今回も少し短めです。

次回は久しぶりのロボット同士の対決になります。


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