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1.来訪者

『…ス……―! マ…タ…!』

「痛ッ! 俺は……」

 聞きなれた相棒の声にキサラギの意識が覚醒する。どうやら頭を打ったらしく微かな鈍痛が頭を苛む。おまけに相当揺られたようで吐き気が込み上げて来た。

「最悪の気分だ」

『酔いなら直ぐに醒めます。それよりも一刻も早い状況の確認を推奨します』

 投与されたナノマシンは常にキサラギの身体を最適の状態にする。

 ホールに呑まれた衝撃で頭部を強打。今までキサラギは気絶していたらしい。

「状況を報告してくれ。リート」

『はい。良い報せと悪い報せがあります。どちらから聞きたいですか?』

「…………良い報せから頼む」

『了解。喜んでください。私達は無事にホールを突破することが出来ました』

「ちょっとした奇跡だな。信じてもいない神に感謝したくなるよ」

 本来なら死んでもおかしくない状況だったが幸運にもキサラギは生き残れた。思ったよりも機体損傷が少ないのも救いである。

『では信仰に目覚めたマスターに次は悪い方の報せです』

「なんか嫌な予感しかしないな」

『冴えてますね。艦隊と連絡が取れません。依頼主ともです』

「ってことは……」

『どうやら遭難したようです』

「そうか……だが問題はソレだけじゃないんだろ?」

『はい。惑星の重力に捕らえられました』

「嗚呼……見えてるからな」

 正面のメインモニターには青く美しい惑星がデカデカと映されている。

 【シュナイト】はゆっくりと吸い寄せられ落ちて行く。

「現在の【シュナイト】で重力圏からの離脱は可能か?」

『推力が足りません。大気圏――突入します』

 画面が真っ赤に染まる。仕様の上では機工戦騎は単独で大気圏を降下が可能だ。

 しかし【テュラン】との戦闘、ホールの突破と機体の状態は万全とは程遠く最悪大気圏で燃え尽きる事態も想定される。

「畜生め! 自動盾を展開。シールドの強度を上げろ」

『自動盾展開――そんな! シールド強度が上がりません!』

「何、だと……故障か!?」

『原因は不明……って、きゃあー!? 動力炉の出力も低下していきます!』

「くっ……このままじゃ……」

 墜落――即ち“死”――キサラギの脳裏に最悪の映像が浮かぶ。

「まだだ……まだやれる筈だ!」

 窮地の中でもキサラギの脳は冷静に打開策を思案する。体内のナノマシンが脳内物質を操作して気分を落ち着かせる。だが彼が落ち着いている理由はソレだけではない。

 キサラギは15歳の頃から傭兵として戦場で生きて来た。命の危険に遭うのも一度や二度ではない。それらの経験が窮地においてもキサラギに冷静な思考力を与えていた。

「リート! 今から突入コースの変更は可能か?」

『無理です! 今のシールドの強度では……』

 強行すれば機体が燃え尽きてしまうだろう。つまり落下地点の地形は選べない。固い山脈にでも激突すれば機工戦騎といえども無事では済まない。

『落下予測地点は森です。かなりの規模なので多少ずれても大丈夫ですよ!』

「ちっとも安心出来ないけどな。しかし森かアレが使えるかもしれん」

『何かプランがあるのですか?』

「地表激突時の予想出力を割り出せるか?」

『現在のペースですと最大時の50パーセントまで出力が低下すると思われます』

「50パーセントでは厳しいな。衝突の瞬間に合わせて動力炉を臨界駆動フルドライブさせればどうだ?」

 平時の機工戦騎は動力炉の出力を8割程度に抑えている。奥の手とも呼べる臨界駆動はその枷を解き放ち動力炉が本来持っている10割の出力を引き出すことが出来るのだ。

『この状態なら80パーセントの出力を確保することが出来ます。しかし……』

 それは同時に危険な賭けでもあった。臨界駆動は圧倒的な力を得られるが、それに比例して機体に掛ける負担も大きい。今の【シュナイト】が耐えられるかは微妙である。

「他に手は無い。なら俺は打てる手を打つだけだ」

『了解。死ぬ時は一緒です。マスター』

「…………縁起でもないこと言うな。まぁ、俺も死ぬ気は無いさ」

『勿論です。頑張ってください。私も死ぬのは御免です』

「はは……そうだな」

 機械なのに“死”を嫌がるリートの言葉にキサラギの口元が緩む。今は何処か人間臭い相棒の存在が何よりも心強い。

「本当、頼りになる相棒だよ」

 自然とスティックを握る手に力が篭もる。大気との摩擦熱で機体温度が上昇。先ほどからけたたましい警告音が鳴り止まない。

「頼むぜ」

 高速で迫り来る地表を目前にキサラギは覚悟を決めた。

 その日――セルディオの大地に空から翡翠に輝く星が落ちて来た。

 

 

 セルディオ大陸の中央には広大な森がある――“魔の森”と呼ばれる土地だ。

 二つの山脈の麓に広がる大森林は人間の領域と魔族の領域を分かつ境界線でもある。

 一年を通して深い霧に覆われたこの森は内部に凶暴な魔物が生息する天然の迷宮だった。

 しかしその迷宮の最奥に一軒の屋敷が建っていることはあまり知られていない。

「ふ、ふぁ~あ……徹夜明けは朝日が染みるわ」

 屋敷の主である少女――ルシフェラ・セリクスはテラスで伸びをする。真っ赤なリボンで一本に縛った艶やかな黒髪と清潔感漂う白衣のコントラストが眩しい。少し幼さの残る端整な顔は職人が精緻を極めた人形の如き愛らしさがあった。

「あまり根を詰め過ぎないでくださいませ。シェラお嬢様」

 そう言って老人はシェラ――ルシフェラをテラスのテーブル席へと促す。その服装は黒の執事服で格好の通り老人は少女の執事だった。

「おはよう。いつもありがとうね。ブライ」

「いえ、執事ですから。当然のことです」

 ブライは恭しく一礼するとテキパキと準備を始める。彼が押して来たワゴンにはシェラの為に用意された簡単な朝食とティーセットがあった。

 メニューは徹夜明けの少女を気遣って少しボリュームのある物になっている。いつもは小食のシェラも空腹の手伝いもあって、瞬く間に平らげてしまう。

 だからといって彼女の食事の様子に下品な感じは受けない。むしろあらゆる仕草に隠し切れない気品があった。

「ご馳走さま。今日もとっても美味しかったわ」

「ありがとうございます」

 主人の食事が終わるとブライは自然な動作で紅茶のカップを差し出す。カップで揺れる琥珀色の液体が芳醇な香りを上げる。

「ん……ふぅー」

 一口含むとシェラは満足気に息を付く。お気に入りの茶葉を使って最高の従者が淹れてくれた一杯である。

 それは彼女にとって至福の一時であった。

「あら? アレは何かしら? こんな朝から流れ星――」

 その直後――世界から一瞬あらゆる音が消え失せる。

 天より落ちた漆黒の流星が世界を焼いた。

「おじょうさまぁー! 盾よ、迫る脅威を阻め!」

 ブライがシェラを背に庇って短く詠唱する。唱えるのは大陸でも一般的な防御魔術だ。

 大気中に漂う“魔素”を体内に吸収し“魔力”に変換。ソレを“術式”を使って編み上げ現象を操作する――即ち“魔術”である。

光壁魔術マジック・シールド!」

 詠唱と共に魔力で構成された光の盾が展開する。咄嗟の事態に大した魔力も煉れなかったが、元から屋敷に張ってあった結界魔術のお蔭で何とか持ち堪える。

「ぐ……ぬぅ……」

 駆け抜ける衝撃で盛大に土埃が舞う。爽やかだった筈の朝の空気が一瞬で土っぽくなってしまった。

「ケホッ! ケホッ! もう! 一体何なのよ」

「お嬢様、お怪我はありませんか?」

 ブライは彼女の身を案じるがそれを振り解きシェラはテラスを見回す。衝撃でテーブルは倒壊。折角ブライが淹れてくれた紅茶が派手に床へとぶちまけられている。

 普段のシェラなら烈火の如く怒り狂う所だが、今回はそうもいかなかった。

「な、ななな……」

「夢でも見てるようでございます……」

 あまりの光景にいつも泰然としたブライが息を呑んで呆けている。彼には産まれた時から世話になっているシェラもブライのそんな姿は初めて見た。

「何なのよ……コレ」

 理不尽な天災によって見慣れた筈の風景は彼女の知るモノではなくなっていた。

 ずばり森が無いのである。見渡す限り広がっていた緑深い森林は随分と見晴らしの良い場所となっていた。

「も、森が消えちゃったわ」

 それはあまりにも現実感の欠ける冗談めいた光景だった。

 一つだけ確かなことは既に此処が“魔の森”と呼べる場所ではなくなっているということだ。立ち入る者を拒む深き森はただの荒野となっている。

「確かめるわよ。ブライ」

 だが、いつまでも思考停止している訳にもいかない。徐々に冷静な思考力を取り戻して来た彼女は、ブライに指示を出すと部屋へと踵を返す。

「畏まりました。お嬢様」

 ブライの行動は迅速だった。彼は数秒でテラスを片付け、馬車の用意を済まして主人を迎える。彼も準備は出来ていた。その腰には鞘に納められた剣を帯びている。

 シェラを乗せるとブライは業者席に腰掛けた。

「では、参ります。お嬢様」

 主人の意を汲みブライは馬車を走らせる。今はすっかり荒地となった大地を馬車は驚くほど静かに走って行く。その理由は馬車の車体にあった。高貴な品格を漂わせた馬車には所々に幾何学的な紋章のような物が刻まれている。

「うん。衝撃吸収の刻印は正常に機能してるわね」

 非常時の中でもシェラは自分の研究成果に微笑を浮かべる。これらの紋章はシェラの研究である“刻印魔術”の産物だった。これは“付加”と呼ばれる系統の術である。

 “刻印魔術”は“詠唱”の代わりに対象に“術式”を記号として刻むことで現象を操作する魔術だ。

「はぁーこれからどうしましょうね」

 しかし不意に少女の顔が翳る。それはブライに向けた言葉ではない。無意識に口を突いた彼女の本音である。ブライは敢えて主の言葉に口を挟まない。彼が促さずとも彼女なら正しい選択をするだろう。

「もう此処には居られそうにない……か」

 窓から見える荒れ果てた森の姿にシェラは心を痛める。直にこの地にも人間か魔族のどちらかが乗り込んで来るだろう。

 今もセルディオ大陸では人間と魔族は互いを憎み敵視している。それは人間が魔族の国を滅ぼし彼らを“魔の森”の向こう側へと追いやったことで一時的に沈静化していたが、両者に根付いた憎しみは完全に消せなかった。

 今でも両者は森を挟んで小競り合いを続けている。“魔の森”という邪魔な壁さえ無くなってしまえば、両者の衝突は秒読みに入ってしまうだろう。

「私は何処へ行けば静かに暮らせるのかしらねぇ」

 今のセルディオ大陸に“魔の森”以外にシェラの居場所は無かった。

 人間と魔族の両方を拒む“魔の森”は内部に巣食う魔物さえ何とかしてしまえば、緑豊かで静かな理想の居場所であった。

 だが、その平穏も空の彼方から訪れた落下物によって滅茶苦茶にされてしまった。

(絶対に原因を突き止めてやる。ただでは転ばないんだから!)

 彼女は“刻印魔術”を研究する研究者である。天より飛来し一瞬で森を消し飛ばすようなナニカに怒りがふつふつと湧いて来た。

「お嬢様。これより先は馬車では危険です」

 その言葉通り馬車は切り立った傾斜の手前に止まっていた。どうやら落下地点は発生した衝撃波で地面が半球状に抉れているようである。

「お嬢様。この先には私が一人で――」

「いいえ、その心配はいらないわ。私は私の平穏を壊した物をこの目で見たいの」

「畏まりました。お嬢様」

 主人に意向に従いブライは彼女の隣に並ぶ。本来なら身の安全を考慮して先頭を歩きたい所ではあるが、この目で見たいというシェラの視界を遮る訳にはいかない。

「なッ――!?」

 そして少女はその目に焼き付けた。

 大地に膝を突き、煙を上げる漆黒の巨人。


 ――遥か空から現れし魔神の姿を――


どうも如月八日です。早速書き終わった分を投稿します。

続きは現在執筆中です。ご意見、ご感想がございましたらどんどんお願いします。

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