16.冒険者
セルディオには“冒険者”と呼ばれる者達が存在する。
彼らはいわゆる“何でも屋”で、魔物の討伐や商人の護衛という血生臭い依頼から危険地帯での採取、果ては商店や家事の手伝いなど非常に幅広く仕事を請け負う。
ギルドはそんな冒険者と依頼人を橋渡しする為の組織で、一部の国を除いて大陸中にギルドの支部が存在している。
大陸北東部の都市“ボーレル”もその例外ではない。本来なら種族間の差別が原因で、帝国内にはギルドの支部は存在しないのだが、ボーレルだけは例外だった。
ボーレルは帝国に属する地方都市だが、魔の森を介さずに帝国領と行き来が出来る立地的な条件から、“人間”との貿易の窓口として半ば独立していた。
そんな理由からボーレル支部は他の支部とは少し毛色が違う。ギルド管理するギルドマスターこそ人間だが職員の中には現地で雇った魔族のアルバイトも大勢いる。
レニー・マルネルもその一人であった。
「それじゃ、後はよろしくね」
「はーい。任せてくださいよ。先輩」
レニーは笑顔で同僚を見送る。時刻は正午で丁度昼飯時であった。
ギルドは簡単な酒場も営業しており、まだ昼間だったが支部内では冒険者達が食事と一緒に互いの情報を交換し合っている。
「さて、午後も頑張りますか」
頬を叩いて気合を入れる。既に昼食は済ませているので夜まで休憩は無い。
レニーの仕事はギルドの受付嬢である。同僚の中には給仕の仕事と掛け持ちする者も居るのだが、彼女は受付嬢の方が性に合っていた。
今日もギルドは多くの冒険者で賑わっている。
「あら?」
その喧騒の中でレニーの目を引いたのは、今しがた入って来た若い男と少女の二人組みだった。
(兄妹……なのかしら?)
二人は黒髪と翠色の瞳という共通の特徴を持っている。
男の方は顔の造りや肌の色が違うので大陸の生まれではないのかもしれない。人間が住むボーレルでも若い人間は珍しく、周囲の冒険者が探るような視線を向けている。
また少女の方は別の意味で周囲の気を引いていた。
(ひゃー綺麗な娘ね。とんでもない美少女だわ)
艶やかに煌く長い黒髪に職人が精緻を凝らした人形の如き端整な顔立ち、華奢で小柄な体躯もあって本物の人形みたいな美少女だ。
(見ない顔だわ。それにしても二人とも華奢ねぇ)
冒険者は依頼によって大陸中で活動する。商店や家事の手伝いをする場合があっても、彼らは総じて高い戦闘能力を持っている。だから腕っ節に自信のあるチンピラのような者が多かったりする。勿論、紳士的な者も居るには居るが明らかに少数派だ。
(依頼かしら? それとも冒険者志望の子かな?)
二人とも冒険者にしては華奢だ。おまけに“魔族”より寿命が短い人間とくれば、支部でも古株に入る受付嬢の自分が知らないベテランという線はありえない話だろう。
精々が依頼を持って来た依頼人か、新人希望の若者であろう。
そう予想したレニーの読みは正しく、二人は店内を見回すと正面の受付――つまりレニーの下へと歩いて来た。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドにようこそ」
レニーは馴染みの滑らかな口上と、支部でも評判の営業スマイルで二人を出迎える。
新人でも依頼人にしても一度は受付嬢に話を通す。周囲の者による不躾な視線もあり、レニーは二人を緊張させないよう配慮し、まず自己紹介をした。
「私は当支部の受付嬢をしております。レニーです」
「キサラギだ。職業は――」
「馬鹿! 律儀にそこまで答える必要は無いの!」
「ぐっ……」
カウンター越しなので確認は出来なかったが、どうやら少女に脛を蹴られたようで、男は不自然に言葉を途切れさせる。
「ふふふ、仲がよろしいんですね。えっと……」
「シェラよ」
「はい。シェラさんに、キサラギさんですね。本日は冒険者ギルドにどのような御用でしょう?」
二人の漫才に思わず笑ってしまう。それでも仕事はきちんとやらなければならない。
レニーは二人にギルドに来た用件を尋ねる。
「ギルドに加入したいの」
「キサラギさんがですか?」
「いいえ、私もよ」
「シェラさんもですか!?」
思いもしなかった言葉にレニーは驚きの声を上げた。
シェラのような小さな子供には務まらない。商店や家事の手伝いなら可能だろうが、当然ながら冒険者の仕事はそれだけではない。
「あの……もしかしてシェラさんは魔術士なんですか?」
魔術士なら肉体的な強さを補うことが出来る。実際に高名な冒険者の中には、体力の低さを魔術で補う者も沢山いた。
「残念。私は魔術士としては三流よ」
「うーん。そうなるとちょっと……」
あっさりしたシェラの返答にレニーが唸る。
ギルドは依頼人と冒険者の信頼を第一に考えている。ギルドは依頼人の求めるだけの人材をきちんと提供し、冒険者には依頼を精査し真っ当な仕事を斡旋するのだ。
ギルドとしては手伝いしか出来ない冒険者では、斡旋する仕事がどうしても少なくなってしまう。
レニーがその旨を伝える。
「私はそれでも構わないわ」
思いの外にシェラはあっさり承諾した。
冒険者なら受けられる依頼が少ないのは歓迎出来ないことなのだが、シェラはそこら辺に対して執着がないようである。
どうにも首を傾げたくなるレニーだったが詳しい説明を始める。
「それでは簡単に冒険者についてご説明しますね。当ギルドに入会し冒険者になりますと、こちらのようなギルドカードが発行されます」
レニーはカウンター下に置かれた見本用のカードを二人に見せる。見本用だが材質から表記されている内容まで全く本物と同じだ。
「本人がカードに記入していただくのは名前だけで結構です。登録支部とランクについてはこちらで記入いたします」
「ランクとは何だ?」
「はい、ランクとは簡単に言えば冒険者の力量を表す目安です。EからAまでの五つのランクが存在し、ギルドは冒険者のランクに見合った依頼を紹介します」
「ふーん、そのランクはどう決めているの?」
「冒険者の仕事ぶりに応じてギルドの方から昇進の案内が来ます。また逆に何か問題を起こしたことが発覚すれば容赦なく降格されることも有ります。ご注意を」
時折、二人の質問に答えながらレニーは説明を続ける。
「ギルドはランクにあった依頼をご紹介します。その代わりに成功報酬の半分を仲介料として当ギルドに納めていただきます」
「半分か……」
「その点に関しては納得して貰うしかありません。また注意事項になりますが、依頼中に達成不可能だと判断した場合は、速やかにギルドへ報告してください。一度受けられた依頼を達成せずに長時間放置されるとギルドの信用に関わります」
そうならない為にギルドは冒険者をランク分けしているのだ。
「お二人はEランクから始めて貰います。騎士団や高ランク冒険者の紹介があれば飛び級も可能でしたが……ご了承ください」
「ランク以上の依頼は絶対に受けられないのか?」
「うーん……原則的には出来ません」
「何か引っ掛かる物言いね。抜け道でもあるのかしら?」
「絶対に無い……とは言えません。ギルドとしては認めていない方法が存在します。えっと、ここだけの話にしてくださいよ」
レニーは声を潜める。若い二人への警告とはいえ、ギルドが認めていない裏技を説明するのは外聞がよろしくないのだ。
「ギルドを通さずに個人で依頼を受ければ可能です。先程も説明した仲介料もギルドを通さなければ発生しません。悲しいことですが、儲かるから――自分の力量に自信があるから――と、理由は様々ですがギルドを通さずに依頼を受ける冒険者は存在します。」
「ま、ギルドとしては歓迎出来ない方法だな」
「そ、それだけが理由じゃありません!」
思わず大声を出してしまう。レニーは慌てて両手で自分の口を塞いだ。
もう見飽きたのか周囲の注目が薄れていたことが幸いした。周囲の連中はレニーの大声には気付かず、真っ昼間から騒いでいる。
「ギルドを通さない依頼には必ず裏があります。まず真っ当な依頼ではありません。後ろ暗い事情があるからギルドを通さないんです」
「なるほど、ヤバイ仕事ってことか……」
「キサラギさん、妙に納得顔ですね」
あまり褒められた話でもないが、後ろ暗い依頼を受けたことがあるのかもしれない。
確かにキサラギという若者は、新人にしては妙に落ち着いていた。
(ま、ギルドに来たってことは足を洗うってことですよね)
それに後ろ暗い者が冒険者になることは珍しい話ではない。
だが、念を入れて釘を刺しておこう。レニーは近頃ギルド内で流行っている例の噂を話すことにした。
「気を付けてくださいよ? 最近も大きな裏の依頼が募集していたそうで、何十人という冒険者が失踪しましたから」
「失踪なのにどうして裏の依頼だってわかったんだ?」
「あまり大きい声で言えないんですが、失踪した人達は、その……あまり評判のよろしくない人達ばかりでしたので……」
普段は気さくで明るい受付嬢と評判のレニーも思い出すと表情が曇る。
失踪した連中は冒険者とは名ばかりのゴロツキだった。腕っ節には自信があったのだろうが、裏で隠れて怪しい依頼を受けていたらしい。
「…………そいつらが失踪した場所はわかるか?」
「興味本位で近付いちゃ駄目ですよ。噂ではハイゼンベルグ領らしいです」
「ハイゼンベルグ? 何処かで聞いたような……」
「…………」
首を捻るキサラギだったが、シェラは何やら険しい表情を浮かべる。
何か訳ありのようだが、客の事情を細かく詮索しないのが優秀な受付嬢の条件だ。
「さて、噂話はここまでにして説明を続けますね」
一度手を叩いて仕切り直す。随分と脱線してしたが、まだ説明の途中である。
「お二人にはギルドが用意する試験をクリアしていただきます。試験と言っても内容はとても単純です。ふもとにある“ラグル湖”に行って水を汲んで来てください」
「何だ? 随分と簡単だな」
「はい。道中には危険な魔物も居ませんし、盗賊なども出ませんので安心してくださいね」
そう言ってレニーはいつも通りの営業スマイルを浮かべる。
実は試験の説明には一つだけ嘘が混じっていた。道中に危険な魔物は出現しないが、盗賊は出るのだ。むしろ受験者は必ず盗賊に遭遇することになる。
何故ならギルドの職員が扮する盗賊に遭遇することが決まっているのだ。
これは単純に受験者の戦闘資質を計る目的以外にも、危険に遭遇した際の行動から受験者の精神面もチェックされる。
簡単に依頼を投げ出すような輩はギルドとしてもお断りだ。
「こちらが水筒になります。ラグル湖の水は特殊なのでこの水筒にいれて持ち運んでくださいね」
「ああ、わかった」
「この試験の期日はどうなのかしら?」
「一応の期限は一月です……が、早いに越したことはありません。試験に要した時間が短い程にギルド内での評価が良くなります。早くランクを上げたい方は頑張った方が良いですよ」
ボーレルからラグル湖まで大した距離も無いので、徒歩でも半日で往復が出来る。
準備と移動を差し引いて平均で三日といった内容だ。
「それでは頑張ってくださいね。シェラさん、キサラギさん」
レニーは二人を笑顔で送り出す。ある意味でとても印象に残る二人組みだった。
だが、その印象が劇的な物になるのはもう少し先のことだった。
試験を受けてギルドを後にしたキサラギは、シェラと一緒に大通りを歩いていた。
冒険者ギルドのような需要の高い施設は都市中央の大通り側に建てられている。
「しかしこんな場所があるなんてな」
通りを歩く者達を横目にしながらキサラギは関心する。
一応は帝国領なので、道行く人々にも“魔族”が多いが“人間”の姿も何人か見掛けた。
「ここじゃ駄目なのか?」
今のシェラはハーフであることを隠す為に例のカラーコンタクトをしている。
キサラギは暗にボーレルならシェラも安心して暮らせないかと聞くが、結果は否定だった。
「無理よ。ここに“人間”が居ることが許容されているのは、あくまで“魔族”に利があるからなの。だけど私は――」
ハーフだから――自嘲的に呟くシェラの言葉は喧騒に呑まれて消える。尤も聴力を強化されているキサラギにはきっちり聞こえていた。
「そうか……」
「キサラギが落ち込むことないわ。コレのお陰でこうやって街にだって行けるんだもの。二人には感謝してるのよ」
シェラはそう言って今は翠色の瞳を指差して微笑む。少し寂しげだったが、本当に嬉しそうでもあった。
「それにしてもマオルベルグとはまた別の意味で賑やかな場所ね」
彼女の言う通りボーレルの市場はマオルベルグとは違った意味で栄えている。
マオルベルグは採掘される上質なミスリルや職人によって加工された物を求めて客が集まるのだが、ボーレルはその逆だった。
中心部の大広場で開かれる市場には、魔族にとっては他国の品を手に入れる貴重な機会で、人間の商人からすれば帝国の品を仕入れられる唯一の場所なのだ。
黒山の大賑わいを見せる市場を遠目に眺めて、キサラギはボーレルに来た経緯を思い出していた。
(物と情報の集まる街、か……確かにブライの言う通りだな)
彼の良い提案とは自分が情報収集に行くボーレルに潜伏するというものだった。
確かに“魔族”と“人間”が居ても咎められない場所は大陸中を探しても他に無いだろう。
「ねぇ、キサラギ。少し買い物して行きましょうよ」
「あそこに美味そうな屋台がある。アレで手を打とう」
「ふふ、良いわ。それで手を打ちましょう。傭兵さん?」
そうやって軽口を交えながら二人は屋台へと移動する。
キサラギの興味惹いたのは串焼きの屋台だった。市場にはこう言った露天を見物しながら手軽に食べられるような物が多い。
「はい。キサラギ」
シェラはさくさく串焼きを購入するとキサラギへと手渡す。串焼きはシンプルな味付けらしく、木の串に刺した肉と野菜には塩が塗してあるだけだった。
「うむ。美味い」
素材の鮮度が良いのか焼き加減も絶妙で串焼きはとても美味かった。
二人はそのまま串焼き片手に露天を回る。食べ物にしか興味の無いキサラギとは違って、シェラは魔術に関する品を探しているようだ。
もう七件目を回ろうかという時、書物を扱う露天を後にしたシェラが溜息を付いた。
「はぁー思ったより良い物が無いわね」
「何か探してる物でもあるのか?」
「うん、最近の魔術教本でも買おうかと思ってたんだけど駄目ね」
「俺は専門外だが、何が駄目なんだ?」
店の主人も帝都で評判の一冊だと言っていた。
だがシェラは不満そうに口を尖らせる。
「全然駄目ね。問題外よ。教本なんだから万人にわかり易く書くことが大事なの。それがあの本の作者は何を勘違いしてるんだか、理論にもなってない自分の経験談って自慢話を延々と書いてあるのよ? 最初の数ページなんて飛ばしたわ」
「は、はぁ……」
「そもそも“術式”を感覚で組むような奴が教本なんか書くんじゃねぇーって話なのよ」
「そ、そうか……」
物凄い剣幕で捲くし立てられてキサラギも唖然としていた。
以前から感じていたが、シェラは自分の得意分野になるとやけに饒舌になる。
『オタクってやつですね』
今まで黙っていたリートがボソリと呟く。彼女は最初からキサラギと一緒に居たのだが、キサラギが頼んで黙っていて貰っていた。
「お、おい。リート」
『わかっています。マスター』
セルディオでは精霊を使役する者――“精霊使い”という者が居る。非常に稀有な能力のようで、人目に触れれば軽く騒ぎになるレベルらしい。
だからキサラギは人目のある場所ではリートに話し掛けて来ないよう頼んでいた。
「シェラ。お目当ての物が無いなら帰ろう」
「そうね。いつまでも黙ってて貰うのはリートに悪いものね」
キサラギ達は賑わう大通りを後にした。
二人が向かう先は彼らの新しい家だった。
どうも、如月八日です。
今回も書けた分まで投稿します。
最近になって生活のサイクルが変わったんですが、次回の日曜にはきちんと更新することが出来そうです。