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14.暴走

今回は少々残酷な描写があります。

人によっては大したことはないと思いますが、一応書いておきます。

『GuuUuoOoooOooAaaAaaa!!!』

 青空に木霊する恐ろしげな大絶叫が響き渡る。

 その大き過ぎる咆哮は、前庭で剣を交わし合う二人の老人の耳にも当然届いていた。

「ぬぅ!?」

「あれは……」

 交差寸前で二人の剣が同時に止まる。一瞬の隙が命取りとなる戦場ではまず有り得ないことだったが、二人は互いに不意打ちでの決着を望んでいないと理解していた。

 しかしどちらの方が動揺していたかは明白である。

「あ、あれが……“魔神”……」

 騎士団では豪胆なことで知られるアルフォンスは、初めて目にする“魔神”の威容に珍しく完全に呆けていた。

(まぁ、初めてアレを目にすれば誰だって似たような反応をします)

 ブライは一週間前の自分を思い出し、微かに頬を引き攣らせる。

 屋敷越しで下半身は隠れているが、ここからでは【シュナイト】の上半身を確認するのは容易である。

(それにあの声は何なのでしょう?)

 キサラギの説明によれば【シュナイト】は生物ではなく“機械”――つまり生物を模した物だと言う。

 しかしブライは魔族としても長く生きている方だが、鳴き声を上げ生物のように動き回る機械など見たことがなかった。

(もしや【シュナイト】様と呼ぶべきだったのでしょうか?)

 だとすればお嬢様の従者として忌々しき事態だった。

(お嬢様の客人を屋敷の裏地で一週間も雨風に晒すなど言語道断です)

 自らの不手際を反省するブライだったが、その思考がピタリと停止する。

(はっ! お、お嬢様は!?)

 アルフォンスとの戦いに熱くなる過ぎて、すっかり鈍っていたブライの頭に冷静な思考力が戻り始める。

「ッーーーーーー!?」

 ブライが声にならない悲鳴を上げる。

「な、何事じゃ!?」

 普段は冷静沈着で鉄面皮のライバルが、唐突に大口開けて顔面崩壊する姿を目の当たりにして、アルフォンスは先程とは別の意味で驚いていた。

(私としたことがとんだ失態です!)

 ブライとしたことが熱くなるあまりに周囲への警戒を怠ってしまった。

 気付けば二人の激闘を観戦していた騎士達の姿が見えない。彼らの目的を考えればどこへ行ったかは聞くまでもないだろう。

「やってくれましたね。アル」

「ふむ、わしが指示した訳ではないがのう。まったく、優秀な部下達じゃよ」

「こうしてはいられません」

 【シュナイト】のような巨体が、調査隊の目を掻い潜れる訳がない。ブライは剣を収めるとアルフォンスに背を向け走り出した。

「何故着いて来るのです?」

「わしの目的は“魔神”じゃ。それにあそこにはわしの部下も居る!」

 見れば【シュナイト】は地面を踏み鳴らし暴れていた。その足元では調査隊が必死に逃げ回っているだろう。今まで気付かなかったが、時折悲鳴も上がっている。

 二人程の俊足を以ってすれば一瞬で目的の場所に着く。僅かに先行していたブライは、前方に見慣れた人物の姿を捉える。

「キサラギ様……」

 軍服の所々が焼き切れていたが、彼はちゃんと自分の足で立っていた。

 キサラギの周囲には戦闘の跡なのか、生々しい破壊の爪痕が深く刻まれている。ブライが毎日欠かさず手入れしていた庭園は今や見る影も無い。

「ん? あれは……」

 キサラギは油断無く銃を構えている。彼が銃口を向ける先には、シェラより少し年上位の魔族の少女が横たわっていた。

 恐らく彼女はキサラギが撃退した侵入者なのだろう。しかしキサラギの陰から覗けたシェラの姿を目にした瞬間、ブライの意識はそちらに集中する。

「お嬢様!」

 ここからでは細部の確認までは出来ないが、どうやらシェラは無事のようだ。多少の服の汚れは見られるが、目立った外傷は見られない。

「嗚呼……キサラギ様」

 主人とキサラギの無事な姿を確認した安堵から、ブライは思わず気が抜けてしまう。

 だが、その場に居たのは彼だけではなかった。

「むっ!? いかん!」

 後方を追走していたアルフォンスが慌ててブライを追い抜く。それを一瞬とはいえ気を抜いてしまったブライが制止することは無理だった。

「キサラギ様!!」

 慌ててブライがキサラギに身に迫る危機を警告する。

だが、それは既に手遅れだった。

 

 

「ふぅ……」

 思わぬ苦戦を強いられたが、キサラギはユリに勝利した。

倒れ伏す彼女は血の一滴流していない。どうやら気絶しているようだ。

「どれ位で目を覚ますかわかるか?」

「あまり長くは持たないと思うわ。魔術士は肉体的には貧弱な連中が多いけど精神は強靭なの。剣で斬られたなら話は別でしょうけど、魔力弾で撃たれた程度じゃ少しの間だけ意識を奪う程度よ」

「そうか……」

 シェラの説明にキサラギは思案する。この場でユリを殺すことは容易だ。無意識なら魔術障壁も無いので、このまま拳銃を撃てば簡単に始末できるだろう。

(だが、調査隊を殺せば本格的に帝国と敵対することになる)

 ミスリル調達の為とはいえ、軽率に人間と敵対してしまったキサラギとしては、悪戯に敵を増やすことは翻意ではない。

(それにこの女には聞かなきゃいけないこともある)

 彼女の言動の中には気になることが幾つかあった。

 

『“魔神”はこの屋敷にある(・・)のだろう?』

 

 セルディオでは一般的に生物だと思われている“魔神”に対して、“ある”という言い方をするのは違和感がある。

 それにキサラギには一つの憶測があった。

(ま、出来れば外れてくれた方が嬉しいんだが……)

 恐らく望みは薄いだろう。

「この女は拘束する。それで良いか?」

「ええ、この屋敷を血で汚して欲しくはないもの」

「了解。ボス」

 ホッとした様子のシェラに軽口で答えてキサラギはユリを拘束しようと近付いた。

 急に意識が回復した時の為に、拳銃を向けることも忘れはしない。

 だが、今回はそれが仇となった。

「キサラギ様!!」

 切迫したブライの声が聞こえた瞬間、背後を振り向く。キサラギの視界に剣を抜き突撃して来る老騎士の姿が映る。

「くっ、新手か!」

「退けい! 小僧!」

 アルフォンスはキサラギに向かって真っ直ぐ踏み込む。彼にとってキサラギが何者かは関係ない。

 仲間ユリに銃を向けるキサラギを排除する。

 アルフォンスの思考はその一点に占められていた。

(この気迫……正面から受けるのは不味い)

 ユリの魔術障壁という前例もある。真っ直ぐに突撃して来るアルフォンスの勢いは、真っ向から受け止めるにはリスクが大き過ぎた。

 最善の選択は“回避”――そう判断すると同時にキサラギは気付いた。

「……ッ!?」

 キサラギの背後にはシェラが居る。一瞬の動揺がキサラギの反応を遅れさせた。

「ちっ……くしょうがぁぁーー!」

 この距離まで接近されると銃は当てにならない。キサラギは腰からナイフを抜き放つと迫り来る剛剣を正面から迎え撃った。

 刃と刃が甲高い音を立てて交差する。

「むっ!?」

 真正面から鍔競り合う形となったが、たかがナイフと侮っていたアルフォンスはその結果に視線を鋭くする。

 高度な冶金技術で作られたキサラギのナイフは、純粋な強度ではセルディオの名剣を上回る――筈だった。

「小癪な、叩き斬ってくれる!」

 裂帛の気迫を撒き散らしてアルフォンスが咆える。炎のような気迫に剣が応えるかのように、その刀身が淡い赤い色の輝きを纏う。

「金剛剣・断絶こんごうけん・だんぜつ!」

 如何なる術を用いたのか、輝く剣は今まで鍔競り合っていたキサラギのナイフを抵抗も無く切り裂く。

 アルフォンスの剣がキサラギの肩口に深く食い込む。

「ぐっ!」

 このままでは右腕を切り落される。瞬時にそう判断したキサラギは、残る左腕で刃を掴んで止めた。

(ま、不味い……)

 足から力が抜けていく。斬られた傷の深さもあるが、ユリとの戦闘も含めて明らかに血を流し過ぎていた。

「くっ……」

 急速に意識が遠ざかる。必死に抗おうとするキサラギの意思とは裏腹に、視界は闇に染まって行く。

「キサラギィィィー!!」

 倒れそうになる身体を抱き止められる。頼りない小さな腕に柔らかな身体、見えてなくともキサラギには、それが誰なのかがわかった。

「ぬ? 女じゃと!?」

 アルフォンスからは姿が見えていなかったのだろう。突如、現れた少女の存在は彼に敵の排除を躊躇わせる。

「くっ! 世話の掛かる奴じゃ」

 アルフォンスは短く舌打ちすると意識の無いユリを回収し、飛び退く。

「キサラギ様! お嬢様!」

 それと入れ替わるようにブライが泣き縋る主人の下に駆け寄る。

「キサラギ! しっかりして、キサラギ!」

 シェラは必死にキサラギに呼びかける。普段の強気が嘘のように取り乱す彼女の姿に、傷口ではなく胸が痛んだ。

「心配……」

 心配するな、そう言って笑ってやりたかった。

 だが、その言葉は最後まで紡がれることはなく、キサラギの意識はそこで途切れた。

 

 

『……え?』

 リートはその映像を見た時、彼女にしては珍しいことに呆然としてしまった。

『マスター?』

 映像の中ではキサラギが肩口から剣で斬られ血を流している。

 どう見ても重傷だった。刃は骨まで届く程に深く食い込んでいるし、傷口からは鮮やかな血が止め処なく流れ出している。

「キサラギィィィー!!」

 ゆっくりと倒れるキサラギの身体をシェラが支える。縋り付き名を呼ぶシェラの顔は涙で濡れていた。

『嘘……ですよね?』

 カメラが故障したのかと思った。むしろリートはそうだと思いたかった。

 だが、キサラギの支援用AIである彼女に“勘違い”や“思い込み”という“逃避”は許されない。

『……死んでしまう』

 たった一人だけの大事なマスターが――

 掛替えの無い最高の相棒が――

 何より大切な自分の家族が――死んでしまう。

『……許さない』

 そんなことは許せる筈がない。

『許さない……』

 【シュナイト】が持つ全てのセンサーを駆使して周囲を索敵する。“魔素”の影響なのかカメラやマイク以外は使い物にならない。

『でも、私には関係ないです』

 【シュナイト】は全長30メートルの巨体だ。敷地内を俯瞰ふかんすることが出来る今のリートに死角は殆ど存在しない。

「ふむ、そろそろ引き時じゃな」

 そう呟くとキサラギを斬った老騎士が笛を鳴らす。どうやら撤退の合図だったようだ。

 今頃になって【シュナイト】に恐れをなしたのか、侵入者達はそそくさと逃げ始める。

『逃がさない!』

 リートは【シュナイト】を駆動させる。これまでのような近付く侵入者を追い払う為の緩慢な威嚇ではない。

 今のリートに出来る全力全速を以って機体を動かす。

「な、何だ!?」

「魔神の動きが急に――」

「おい! こ、こっちに来るぞ!?」

 巨体から想像も付かない速度で走る【シュナイト】に調査隊が目を剥く。

『許さない! 許さない!』

 彼らには目も暮れずリートは標的へと一直線に迫る。

 狙うのはキサラギを斬った老騎士だ。

『許さない! 許さない! 許さなぁぁぁぁい!!』

 リートの絶叫がスピーカーを通して外部へと流れる。

 突如として“魔神”から聞こえた女性の叫びに、逃げていた調査隊の動きが止まる。

「馬鹿者が! 立ち止まるな!」

 アルフォンスが警告する。だが手遅れだった。

「う、うわぁー!?」

「助け――」

 不自然に悲鳴が途切れる。彼らはもう悲鳴を上げることもない。

 踏み潰したのだ。大樹のように太い足で、リートは逃げ遅れた者達を踏み潰した。

『よくも! よくもマスターを!』

 しかしリートは足元の彼らのことなど頓着しない。

 リートにとってキサラギを斬った老騎士以外は路傍の石ころ同然。気に掛ける必要のない瑣末さまつな存在でしかなかった。

 【シュナイト】は前進する……その度に調査隊が踏み殺されて行く。

「ち、畜生がぁー!!」

 次々と仲間が踏み殺されて動揺した一人が、撤退から一転して【シュナイト】へと切り掛かる。

 操縦者不在の今は【シュナイト】を護るシールドは展開されていない。

「ぐっ……な、何て堅さだ」

 振り下ろされた切っ先が折れ飛ぶ。並の勢いで斬り付ければ曲がるだけなのだが、天下の西天騎士だけあってそれなりに技量は高いようだ。

「くっ……化け物め」

 折れた剣を見て男は忌々しそうに吐き捨てる。そして剣の折れる甲高い音は、男の存在をリートに認識させる。

『誰ですか?』

 【シュナイト】が歩みを止めて屈み込む。赤い単眼が忙しなく動き音の主を探し出す。それは直ぐに剣を失った男を捉えると一度だけ光った。

『邪魔です』

 無造作に腕を振るわせる。塔すら薙ぎ倒す豪腕がたった一人の為に振るわれた。

「ギ――」

 男の身体がひしゃげて飛ぶ。どう見ても即死である。

 リートは一欠けらの躊躇も無く敵を殺した。

 

 

「総員散開! 全力で撤退するんじゃぁぁーー!」

 アルフォンスは声の限りにそう叫ぶ。信頼する団長の命令に怒りで自失していた隊員達がバラバラの方向に動き出す。

 屋敷の外には予め決めてあった合流地点がある。彼らはそこを目指して散り散りに撤退して行く。

『許さない!』

 “魔神”はアルフォンスへの呪詛を叫びながら真っ直ぐに彼を追って来る。意識の無いユリは既に部下に預けた。

 自分が狙われていることを利用して部下達の撤退を支援しなくてならない。彼が撤退するのは十分な時間を稼いでからだ。

「…………」

 だが、目の前で可愛い部下が殺されて腸が煮えくり返っているのも事実だ。

 しかしアルフォンスはあくまで団長として冷静に対処する。

『許さない! マスターを斬った、お前だけは!』

 “魔神”からは女の声で彼への呪詛が吐き出される。

(マスターとは……あの小僧か)

 唸りを上げる豪腕を巧みに回避しながらアルフォンスは考えた。

(調査のことなど忘れてブライと死合っておったが、コレはもしかすると――)

 不味いことになったかもしれない。

 陛下から斬れそうならば始末しろ、と言われていたアルフォンスだったが、一人だけでアレを殺すのは無理がある。

(あの巨体とパワーで、このスピードは反則じゃ……)

 おまけにミスリル製ではなかったとはいえ、西天騎士の剣を完璧に弾く強固な外郭を持っている。

(討伐するには一個大隊……いや、宮廷魔術士は必要じゃな)

 頭痛のするような報告を持ち帰るのは、堪らなく憂鬱だがしょうがない。

 それに報告は悪い物ばかりではない。それなりに気になる情報も手に入った。

(キサラギと言ったか……)

 “魔神”が主と呼ぶ者……傷付けただけで“魔神”が怒り狂うような存在。

 少なくともアルフォンスには普通の人間に見えた。

『どこだ! どこに行ったぁぁー!?』

 屋敷の外へ出ると同時に生茂る樹木の陰を伝って移動して行く。

 “魔神”が遥か上方からアルフォンスを俯瞰することが出来ても、木の陰に隠れるように移動すれば、その足取りは途端に掴み難くなる。

(ふむ、見失ったようじゃのう)

 アルフォンスにとっては僅か数十秒の時間だけでも稼げれば良かった。

 既に部下達が安全圏まで避難する時間は稼げている。後は己の育てた部下達を信じて待つだけだった。

 やがてその時は思いのほか直ぐにやって来る。

 右腕の布が淡く燐光を発する。これは特殊な染料で着色された魔術的な目印で、魔術士は遠距離から味方に魔術を掛ける際に、この布を用いるのだ。

『ご無事ですか? アルフォンス様』

 頭の中にユリの声が響く。アルフォンスの部下に起こされて目が覚めたようだ。

 少し声の調子が不機嫌そうなのは、敵に不覚を取ったからだろう。

『位置は把握しました。転移魔術でこちらにお招きします』

 あまり“魔術”の得意でないアルフォンスは、彼女に返事をすることが出来ない。

 それは向こうも承知しているようで、今頃は転移魔術の詠唱に入っているのだろう。

 後はユリが術を完成させるまで移動しなければ良いだけである。

「“魔神”よ。この借りはいつか必ず返してやる。それまで待っておれ」

 やがてアルフォンスの全身が淡い光の粒となる。

 一瞬の発光の後にアルフォンスは忽然と姿を消した。

どうも、如月八日です。

いつも本作をご愛読していただき、ありがとうございます。

次回も執筆が完了次第に投稿する予定です。

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