プロローグ
人類がその住処を宇宙へと進出させた時、戦争は変わった。
核を筆頭にした戦略兵器の数々は滅びへの引き金は容易く引けるようにしてしまった。
相互不可侵の戦争の始まりである。
戦略兵器はその意義を失い宇宙という新たな広大な領地を前に人間の戦争は新たな姿へと変貌を遂げた。
過酷な宇宙環境に適した無人の戦術兵器の台頭と“人材”という資源の消費を抑えるべく戦場に送られる兵士の数は年々と減っていく。
戦場には指揮する為の僅かな人間と彼らによって指揮される無人兵器だけが残された。
惑星開拓による新たな資源を巡る無人機による戦争が続き、人々は“血を流さない戦争”にすっかり慣れていってしまった。
それでも戦場に立つ人間は居る。戦闘指揮をする人間である。彼らは無人兵器を運用し指揮する為に一人は戦場に立っていた。
しかし人間の必要性が薄れてしまった国軍には数名の将校しか残されていない。そんな彼らが部下として戦場に送り出したのが金で雇われた傭兵達であった。
絶えず命を危険に晒す過酷な労働条件は同時に莫大な報酬が約束される。彼ら【傭兵】は味方の無人兵器を指揮する一方で、自らもナノマシンを介した機体同調システムを搭載した人型機動兵器【機工戦騎】で敵の無人兵器に対抗した。
キサラギもそんな金で雇われた傭兵の一人だった。
『メインシステム起動。生体反応をチェック――搭乗者をキサラギ本人と確認』
「時間が惜しい。機体状態のチェックを急げ。リート」
ディスプレイの灯る操縦席でキサラギは相棒のナノマシン管制用AIに指示を出す。
彼が居るのは機工戦騎の操縦席である。彼が乗る戦騎名【シュナイト】は依頼主より預けられた艦内で静かに出撃の時を待っていた。
『機体状態を確認――良好。搭載武装を確認――全火器問題ありません』
「わかった。なら作戦内容の最終確認を頼む」
『了解。今回の作戦内容を説明します。今回の標的は敵の機動艦隊です。数は5隻と少な目ですが油断は出来ません。敵艦隊は哨戒任務中だった依頼主の無人艦隊と交戦。向こうは1艦も欠けることなくコレを撃破しています。なお、敵は傭兵を雇っているようです。新に入った情報によると対象の中に機工戦騎【テュラン】の存在が確認されています』
「ぐっ……なら向こうの大将はレオンの野郎かよ」
『現在の速度で航行すれば敵艦隊との接触ポイントはエリアY3宙域になります。目的は敵艦隊の撃破、もしくは敵防衛戦力の無力化です。こちらとしては最低でも【テュラン】の撃破はしなければなりません』
「あの殺人狂の相手は骨が折れそうだな」
『それだけではありません。交戦ポイントとなるエリアY3宙域は第一種危険宙域に指定されています。あの狂人の相手をするには些か不安な場所です』
画面が切り替わる。新しく表示された作戦宙域の情報にキサラギは眉を顰めた。
「これは……断続的なホールの自然発生だと?」
ホールとはその名の通り宇宙空間にぽっかりと開く穴のことである。ホールは見境なく周囲の物を呑み込む危険な自然現象で、宇宙空間を航行する際に留意すべき災害である。
規模は様々だが大きさによっては艦隊すら全滅させることすらあった。
しかし平時なら回避は難しくないが作戦中は話が別である。
『現在詳しい原因は不明ですがY3宙域はホールが発生し易い環境のようです。しかも艦主砲である荷電粒子砲はかなりの確率でホールが発生させる危険があります』
「艦主砲による一掃は無理なんだな」
『はい。使用は控えるべきです。また自然発生の兆候にも気を付けてください。こちらでも随時チェックはしますが、マスターの方でも計器には気を配ってください』
「わかった。主砲による援護射撃が望めないならしょうがない。レオンの野郎とは正面からやり合うことになりそうだ。両腕部武装を対機工戦騎用のライフルに換装。あとエリアY3は漂流物が多い。運搬用無人機【キャリアー】に予備の装備と弾を搭載しておけ」
『了解。換装作業は10分程で完了します。マスター』
「頼む。リート」
キサラギの了承と同時にハンガー内の無人整備機が換装作業を開始する。
この艦隊にはキサラギの他に人間は居ない。艦の操縦から機体の整備、清掃から調理まで全て作業をAIリートによってナノマシンを介して制御されている。
彼を雇った将校は長距離無線を通じてキサラギに大まかな指示を出すだけだ。そのキサラギにしても大抵の場合は無人兵器を相手に戦っている。
誰だって死ぬのは嫌だ。狙うのは無人兵器――そういう暗黙の了解があった。
まさに“血を流さない戦争”である。
「……だが奴は違う」
傭兵とは身寄りの無い孤児や生きる為に金を必要とする人間がなる職業だ。
しかしレオン・ブランデルは富裕層の生まれだ。彼は金銭が目的で傭兵をやっている訳ではない。レオンが傭兵をやる理由は単純である。
それは“合法的に人間を殺せるから”だ。
「ちっ……全く厄介な奴に目を付けられたもんだよ」
初めてレオンと交戦したのは半年程前になる。当時から既にレオンは同業者から頭のいかれた“殺人狂”として彼の愛機【テュラン】と共に有名であった。
“戦場でレオンに会ったら迷わず逃げろ”
キサラギも同業の傭兵にはそう忠告されていた。
「なんで俺なんだろうな。リート」
『恐らくマスターがあの男に正面から戦いを挑んだからだと思われます』
「やっぱりそう思うか?」
『はい。当時からレオンは明らかに傭兵の間で忌避されていました。戦うことが当然の傭兵業も命あっての物種です。進んで殺人狂の相手をしようとする者は稀でしょう』
「ぐっ……言われてみれば……」
『ですが、そう悲観的になるばかりでもありません。少なくとも今でも私はあの時にマスターがした選択は正しかったと思います。あの男に背を見せれば即撃墜されていたことでしょう』
「それが原因で今もあの狂人にストーキングされるようになってもか?」
『はい。それに何度も襲って来るのなら何度でも倒してやるまでです』
「簡単に言ってくれるぜ」
『大丈夫ですよ。マスターは負けません』
「その根拠は? 悔しいがレオンは一流の傭兵だぞ」
『問題ありません。腕前ならマスターも十分に一流です。そしてマスターには一流のサポートAIである私が付いています。なら二人合わせて“超一流”です!』
「ったく……そう言われちゃ勝つしかないだろ」
長年の相棒から心強い言葉を貰いキサラギの心に闘志が漲る。
確かに相手は凄腕の強敵だが自分達は何度も撃退に成功している。
「よし! 今日こそ奴との因縁を終わらせる」
『はい。マスター! 換装作業完了。まもなく作戦宙域に入ります』
「あの野郎のことだ。恐らくは一騎討ちを御所望だろう」
『どうしますか?』
「勿論、討って出るぞ!」
『了解。システムを戦闘モードに移行します』
『生体反応――良好』
『機体状況――良好』
『機体接続――良好』
『【シュナイト】――起動』
頭部カメラの単眼が赤く灯る。システムの移行と共にキサラギはスティックを握る。
リフトが起動し機体をメインカタパルトへと移動させる。
『カタパルトに接続――完了。敵艦より熱源多数――無人支援機【スフィア】です』
「出遅れたか……こちらも【スフィア】を出せ。出た所を叩かれちゃ堪らん」
『了解。敵機の迎撃に向わせます。進路クリア――ハッチ開きます』
正面ハッチが開きメインモニターに漆黒の宇宙が広がる。
リートが味方艦隊から無人機を発進させる。それと同時にレーダーには敵艦から機工戦騎を表すマーカーが表示された。
「早速来やがったな。【シュナイト】――出るぞ!」
フットペダルを踏み込む。リンクしたカタパルトが作動。弾かれるように全長30メートルを誇る漆黒の巨人は因縁の戦場へと躍り出た。
現代における戦争とは無人兵器を主戦力とする物量戦である。
如何に安価で大量の戦力を用意出来るかが重要だ。故に機種による明確な役割分担と徹底した単純さが必要とされる。
その中でも最も戦場で幅を利かせているのが【スフィア】という無人支援機だ。これは宇宙空間での機動を想定した球状の機体である。
小型で積載量が低く武装は一つしか取り付けられないが、その単純さ故に様々な装備が取り付けられる。また搭載する装備によっては攻撃支援から防御支援までこなせる高い汎用性から国を問わず広く支持されている。
「雑魚の相手は任せるぞ。リート」
『了解。その間は最低限の補助しか出来ません。お気を付けて』
無人機はナノマシンを介した量子通信で操作される。下手に人間が操作するよりリートのようなAIに任せてしまった方が適任だ。
何よりこれから戦うレオンは強敵だ。敵味方両方の意味で無人機に気を取られながらでは勝てない。
リートが操る【スフィア】に援護されながら【シュナイト】を駆る。
『敵機接近!』
「あぁ……見えてるよ」
グッリップを握り直す。リートに聞かずともわかっていた。既にメインモニターには敵機の影が小さく映っている。
どうやらレオンも雑魚は無視して一直線にこちらへ向って来ていた。
「ん? あれは……」
背部にある二対の大型スラスターから噴射炎が翼のように広がる。見たことの無い装備だ。恐らくは機動力の強化を目的とした追加装備だ。
「ちっ……厄介な」
レオンは銃などの遠距離戦より剣を用いた接近戦の方を好んでいた。そうなると今回の追加装備による機動力強化は侮れない。
だが今のキサラギに迷っている暇は無かった。両機の距離が近付く。
【シュナイト】は遠近のバランスが取れた汎用型だ。この距離ではまだこちらが有利である。それに遠距離なら【シュナイト】の方が武装は豊富だ。
「当たってくれよ。そらぁ!」
ライフルの射程に納めると敵機をロック。間髪入れずにトリガーを引く。エネルギーのシールドに護られた機工戦騎の装甲すら貫く一条のビームが撃ち出される。
しかし【テュラン】は機体をロールし難なくビームを回避してみせた。
「はん! そう簡単には当たってくれないよ、な!」
回避されることも織り込み済みだ。素早くスティックを引きペダルを踏み込む。
機体の状態を起こし両足を前に蹴り出す。そのまま脚部のスラスターを噴かし急制動を掛ける。
「そらよ! 喰らっとけ!」
【シュナイト】の両肩のポッドが開き多段式ミサイルがばら撒かれる。
勿論そのままではレオンに当たる筈もないが、直進するビームと違ってミサイルは敵を追尾する。
『は! 随分なご挨拶じゃねぇーか! キサラギィィー!』
共通回線を通じて響く歓喜の声――相手の顔を見て思わずキサラギは渋面を浮かべる。男の名はレオン・ブランデル。くすんだ金髪はその名が示す通り獅子のような獰猛な雰囲気を持つ男だ。
『今度はミサイルか! だが甘ぇーぜ!』
【テュラン】は右手に装備した突撃銃でミサイルを迎撃する。
レオンは接近戦を好むが射撃の腕も十分に一流だ。
それでも全てを撃ち落すことは不可能である。咄嗟に上方へと逃れる【テュラン】だが間合いに詰め接近戦に持ち込むことには失敗していた。
「まだまだぁ!」
一応はキサラギもレオンとの接近戦は予め想定はしていた。直前に換装した対機工戦騎用のライフルには接近戦用の短剣が取り付けられている。
「ちっ……やり難い」
そもそも宇宙空間での運用を主眼とする機工戦騎は射撃戦を想定している。これは広大な宇宙空間では敵機を接近戦の間合いに捉えることすら困難だからだ。
それでも接近戦で数々の傭兵達を屠って来たレオンの腕前は本物だろう。
(だが奴に一泡吹かす為の策はある)
そのまま【シュナイト】は一定の距離を保つ。ミサイルを振り切る前に連続でビームを撃ち敵機を誘導する。
機動力は向こうが上だ。しかも武装は接近戦に特化している。
無策で挑むにはあまりに危険が大き過ぎる相手だろう。
『はんっ! チマチマしたのは性に合わねぇ……ぜっ!』
最後のミサイルを撃ち落した【テュラン】が突撃銃を腰に装着。左手に持つ盾の裏からビームを剣状に形成させたサーベルを抜き放つ。
『さぁ、勝負だ! キサラギィィー!』
可動時の機工戦騎は常に薄いエネルギーのシールドで防御されている。
しかし【テュラン】の持つサーベルはシールドと同質のエネルギーで形成されていた。
つまり当たりさえすればサーベルは一太刀で機工戦騎を落とせるのである。
「うおおぉぉー!」
だが自身へと肉薄する【テュラン】に【シュナイト】は正面から迎え撃った。
ライフルの短剣は実体剣で心許ない。
だがキサラギも【テュラン】がサーベルを使って来ることは百も承知だ。
「リート!」
『了解』
リートの短い応答と共に両肩の盾が可動し機体前面へと展開する。
正面で合わさる2枚の盾は迫る【テュラン】のサーベルを見事に受け止めた。
【シュナイト】の両肩外部に装着された2対の盾。対ビーム用の加工が施されたソレは【テュラン】を相手に鉄壁の守備を誇る。
そのままキサラギは盾を展開したまま機体を押し込んでサーベルを弾く。
「これで――」
空かさず盾を左右に展開、正面から両手のライフルを向ける。
『おっと、俺様を舐めるなよ。小僧!』
だがレオンも防御されたと見るや展開された盾を蹴って距離を取る。尤もキラサギの方もライフルを撃ち込んで【テュラン】を牽制することを忘れない。
「くっ……あれに反応するのかよ!?」
『機体損傷――軽微。戦闘に支障ありません』
悪態を付きつつもキサラギは機体のバランスを立て直す。
しかし相手は高速機体だ。背部の翼型ブースター以外にも各部に補助ブースターが付いて入る。滑らかに体勢を整えると【シュナイト】へ突撃を再開する。
「ちっ……今度は牽制して来たか」
しかも今度は【テュラン】の方から撃って来た。【テュラン】の突撃銃は実体弾でシールドを貫く威力を持ってはいない。それでも同じ場所に連続で被弾すればシールドを抜かれる危険はある。
キラサギは直撃を避けるよう動き回りながらもライフルで反撃する。
近付けまいとライフルで牽制する【シュナイト】は未だ致命の一撃を当てられない。
射撃を掻い潜り接近しようとする【テュラン】も致命の一太刀を浴びせあぐねていた。
だが一見すると均衡しているように見える戦況は密かに傾きつつあった。
『敵スフィア――残り4』
「あぁ、頼りにしてるぜ。相棒」
リートの報告を冷静に受ける。周辺で交戦していたAI制御による無人機同士の戦闘はこちら側に軍配があるようだ。
『任せてください。あの無感情AIには負けません』
「はは……」
同じAIとして敵愾心を燃やすリートに苦笑する。リートと同様にレオンのナノマシンにも管制用のAIが搭載されている。
名前はモニカと言ってキサラギは数回しか直に声を聞いたことはない。
しかしリートは量子通信を通して何度か言葉を重ねたらしいが、どうもモニカの人格は一般的なAIらしい機械的で冷めた人格らしい。何処か人間的なリートとは正反対である。
そしてリートは何かと交戦経験の多いモニカのことをライバル視していた。
『敵スフィア――全機撃墜しました!』
「よし、こっちのスフィアは何機残ってる?」
『3機です』
「それだけあれば十分だ」
敵無人機の増援を呼ばれる前に決着を付ける。
今まで距離を取ろうとしていたが【シュナイト】の軌道を変更。実体弾による牽制を掻い潜るように【テュラン】へと突っ込む。
『カハハッ! 全くお前は最高だぜ。まだまだ楽しませてくれよぉー!』
迫って来る【シュナイト】にレオンは臆することなく嬉々として突撃して来る。
【シュナイト】は速度を落とさず両手のライフルを乱れ撃つ。キサラギも別に当たるとは思っていない。少しでも奴の軌道を制限することが出来れば十分だ。
『やっぱりお前に目を着けて正解だぜ。あの時の依頼主には感謝したい位だ』
「そうかよ。俺は恨み言の一つでも言ってやりたいね」
降り注ぐビームを【テュラン】は危なげ無く回避。モニカのサポートを得て【テュラン】の機動力が増しているのは明らかだ。
そして再び両機が正面から激突する。
『さぁー逝けるとこまでトコトン逝こうぜぇー!? なぁ、キサラギよぉー!』
再び【テュラン】のサーベルと【シュナイト】の可動盾がぶつかり合う。
「はん、逝くならお前一人で逝けよ」
【シュナイト】の機体越しに3機のスフィアが【テュラン】へとビームを放つ。タイミングは完璧。ギリギリまで【シュナイト】で射線を隠した。察知は不可能だろう。
スフィア単機のビームに【テュラン】のシールドを抜くような出力を期待は出来ないが、如何に機工戦騎の強固なシールドにも限界があった。
『敵機のシールド消失を確認――マスター!』
「おぉぉー!!」
故にその瞬間――キサラギは勝負に出た。
前面に展開していた盾を開放。そのまま衝撃で仰け反る【テュラン】へと右手のライフルを短剣ごと突き出す。
シールドの護りを失った今の状態なら実体型の短剣でも十分に必殺となり得る。
(この一撃で落とす!)
狙うのは腹部――動力炉の直ぐ下にあるのは機工戦騎の操縦席だ。
乾坤一擲――裂帛の気合と共に放たれた必殺の一撃は、しかし中断せざるを得なかった。
『マスター!』
短い警告と同時にキサラギの身体が勝手に動く。ナノマシンによる神経介入だ。
機体負荷を無視して【シュナイト】が右にぶれる。
「ぐっ!?」
操縦者の安全性を考慮しない回避運動に猛烈な重力が全身を襲う。
しかし直ぐにキサラギも自身に迫る危機的状況を理解することになった。
素早く体勢を立て直した【テュラン】の胸部装甲が展開し内部から迫り出す小型の砲身に紫電が迸って収束する。
『ハッハッハッ! さぁ、コイツはどうする!?』
「荷電粒子砲だと!?」
機工戦騎に搭載しているので【テュラン】のソレは艦主砲よりは幾分か小型である。
だが問題は砲身の大きさではない――ソレを撃とうとする場所が問題だった。
『正気とは思えません! この宙域で荷電粒子砲を使えばホールが発生してしまう! あの男は死ぬ気ですか!? モニカは何をしているんです!』
「ともかく回避だ。直撃すればホールの前にこっちが死ぬ」
荷電粒子砲は艦主砲にも用いられる強力無比な兵器だ。その一撃は機工戦騎のあらゆる防御を貫く程だ。直撃すれば【シュナイト】といえど大破は免れない。
『堕ちろぉーキサラギィィー!!』
そして破滅の光は放たれた。胸部から迸る荷電粒子の奔流は進路上の全ての物質を呑み込み消し去る。
「リート!」
既に回避運動に移っているが避けきれない。そう判断したキサラギは咄嗟に左肩のミサイルポッドをパージ――至近距離で起爆させた。
真横で炸裂する爆風に煽られ機体が激しく揺れる。
「ぐっ、機体状況はどうなってる。リート」
『荷電粒子砲の回避に成功。幸いシールドのお蔭で機体各部の損傷は軽微です。しかし左肩部の武装が無くなってしまいました』
「撃墜よりはマシか……」
安堵の息を付きたいとこだったが状況はソレを許さない。
宇宙空間の暗闇で一際暗い穴があった。
『ッ!? ホール発生! 至急この宙域から離脱してください!』
「わかっている!」
戦争などやっている状況ではない。それは周囲の物質を見境無く吸い寄せる。逃げ遅れてしまえば悪くて通る過程の衝撃で死亡。例え無事に通り抜けられたとしても何処とも知れない場所へ飛ばされてしまう。
『ぬっ……こ、これは……』
レオンは位置が悪かった。機動力では【シュナイト】に勝る【テュラン】も目の前に発生したホールから逃れられない。
『ち、畜生め……振り切れねぇー!』
虚空に開いた奈落の穴は目の前に居た【テュラン】を呑み込む。
この期に及んでキサラギにレオンを気にする余裕は無かった。
だが――
『おいおい、一人だけ逃げるなんて連れないじゃねぇーかよ』
「なっ――」
機体に走る衝撃。気付いた時には【シュナイト】は穴から伸びる一本のワイヤーに拘束されていた。
『アンカーだと!?』
「くっ……不味い。振り解けない!」
【テュラン】の左腕に装備された盾。裏にサーベル収納する他にも射出式のアンカーワイヤーを仕込んでいたらしい。伸びたワイヤーは【シュナイト】の胴体に完全に絡み付いていた。切断しようにも銃身の短剣では不可能。しかも吸い寄せられながらでは正確な射撃も無理である。
なんとか踏み止まろうと出力全開でブーストを噴かす。
『だ、駄目です。マスター! 出力が足りません。このままで――』
「う、うぉぉー!?」
必死に足掻く【シュナイト】をホールは無情にも呑み込む。虚空に穿たれた黒穴は徐々にその大きさを縮め――やがて最後には消えてしまった。
真の意味で無人となった戦場には無人の兵器だけが残されていた。
今回は私の稚拙な文章をお読みいただきありがとうございます。現在執筆中の作品をこの場で発表させていただきす。まだまだ未熟者ですので何かご意見やご感想があればどんどん書いてくださると助かります。