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繋がる絆  作者: 結城由良
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ルシウス(3)―邂逅

ルシウス回想編はもう1話で終了の予定。

 森の中へ逃げたソレ(・・)を彼らは執拗に追ってきた。それは、パルジャンの存在が大きかった。現状で彼の研究の唯一の成功例で今後の研究に必要であること、敵の手に渡れば危険な存在であることを指摘し、追跡魔法を使ってソレ(・・)の移動先を割り出し、指示を出した。


「四肢をもいでもいい。動けなくしていただければ、無力化はおこないます」


 淡々と述べるパルジャンを、隊長はなんとも言えない顔をした。子どもの四肢をもぐのはなぁ、とぶつぶつ言う。


「あれは、子どもではありません。魔力を強化された兵器です。並みの魔術師単独では対抗できない程の力を持ちます。決して単独で攻撃したりしないよう。集中攻撃で飽和させて撃破するしかありません」

「やり過ぎると死んじゃうんじゃねえかい?」

「やむを得ません。逃亡されるよりは死体を回収できた方がましです」


 おおこわ、と肩をすくめつつ、隊長は部下に指示を出し、組織的な山狩りがおこなわれたのであった。


/*/


 (はし)る――森の中を、獣が(はし)る。


 後ろには追手。振り切ったと思っても、すぐに先回りされ、攻撃を受ける。


 木を吹き飛ばし、岩をえぐり、≪火弾≫が、≪風刃≫が、≪雷槍≫がソレ(・・)を襲う。


 兵器として調整されていたソレ(・・)に防御系魔法の知識はない。攻撃系魔法で相殺・はじき返しつつも避け切れない。肌が焼かれ、切り裂かれ、徐々に体力が削がれていく。


 そして、ついに追い詰められた。


 前にはパルジャンと隊長を先頭に敵魔術師部隊。後ろは崖。夜の闇の中では底の様子は見えない。


「おとなしく戻れ、4号」


 パルジャンが呼びかける。ソレ(・・)は唸った。


「僕は、…4号なんかじゃない!」


 そう叫ぶと、崖に身を投げた。


/*/


 早朝、目覚めのいいシンシアは水汲みの桶を持って川まで来ていた。日は昇りきっていないが、空気は澄み、今日も天気は良さそうだ。ふんふんと鼻唄を歌いつつ、川に桶を突っ込む。


 汲み上げようとした手が止まった。


 少し上流、中央の岩に乗り上げるようにして倒れている人影――子どもに気がつくや、シンシアは桶を放り出し、上着を脱ぎ捨てた。


 ためらうこともなく川に飛び込み、岩に向かって泳ぐ。幸いこのあたりの川の幅は広く、流れは緩やかだった。だから、岩に引っかかったこの子どもも流されずに済んだのだろう。


 気を失っているその子どもを脇に抱えて、元の岸に戻るまで、それほどの時間はかからなかった。


/*/


 コトコトコトコト――スープを煮込む音を聞きながら、寝具の中でまどろむ。豆を煮込んだ薄いスープ。裏の畑で取れた野菜が入っている。丸く焼いた穀物の粉を、ちぎって漬けながら食べる、毎朝のおなじみの母さんのメニュー。


 さあ、朝ですよ。起きなさい。


 心地よくて寝たフリを続ける僕に母さんが声をかける。いつもの、ずっと続くと思っていた日常。


 母さんが僕の名前を呼ぶ――


「目が覚めたかい?」


 開いた目に映ったのは、母さんではなかった。赤茶の髪に茶色の瞳をした見知らぬ女性。


「あたしの名前はシンシア。坊やの名前は?」


 母さんのものではない、でも優しいほほ笑みでその女性(ひと)は、僕の名前を尋ねた。


「僕の名前は――ルシウス。ルシウス・オーランド」


 僕はようやく僕の名前を取り戻した。


/*/


 シンシアは旅の治療師だと言った。戦争で生き別れになってしまった子どもを探して旅をしているのだと。この村には、立ち寄ったついでに路銀を稼ぐためにしばらく小屋を借りて滞在しているのだと、問わずもがな語った。


 ルシウスのことを問い詰めることはなかった。


 体に多数ついていた火傷や切り傷――その一部には致命傷に近いものもあった――が治療する間もなく、通常ではありえない速度で回復したことも、ぼろぼろになった上着に≪追跡子≫――遠くへ離れても術者にかけられた物の場所を教える魔法がかけられていたことも、少年がただものではなく、おそらくそれゆえに追われていることを示していたが、まずは回復が先決と、何も聞こうとはしなかった。


 ≪追跡子≫のかかった上着は洗濯のついでに下流に流してきたが、はてさてどれくらいもつものか。ぼちぼちここも引き払い時かねぇ、とシンシアはのどかに呟くと荷物をまとめはじめた。


/*/


 常人をはるかに凌ぐ自然治癒力に加えてシンシアの治療によって、ルシウスの傷は1日という短期間でほぼ全回復していた。シンシアの料理で体力・気力も回復した。


――逃げなければ。


 パルジャンが彼を諦めることはない。逃げ切れる自信も、行く宛てもない。だけれど、あそこへ戻ることはできなかった。自分がモノ――実験動物でしかないあそこへは絶対に戻りたくない。


 だから、このままここにいることはできなかった。おそらくすぐにパルジャンはここを突き止めるだろう。シンシアから聞いて、ここは、ルシウスが囚われていた施設から山一つ挟んだ裏側だとわかった。徒歩でなら2日かかる距離を、流されてきたらしい。


「僕はもういかないといけません」


 お世話になっておきながら何もお返しすることもできず心苦しいのですが、ここにいると迷惑がかかるから、と言うルシウスに、シンシアは頷いて服と、バックパックを渡した。


「準備はできてるよ。近所からあんたに合いそうなサイズの子ども服をもらってきておいたから着替えな。こっちには、着替えと食料少々、あとロープとかの道具が入ってる」


 あ、あと私も行くから。と、自分のバックパックを見せてシンシアはにやりと笑った。


「なぜ…」


 絶句するルシウスの頭をぽんぽんと叩く。


「子どもは大人に頼っていいもんだよ。あんたは子どもなんだから、もっと甘えていいんだよ」

「子ども…」


 ルシウスがなぜか複雑な顔をして何かを言おうとしたが、しっとシンシアがそれを制した。目が細められる。


「まずいね。囲まれたみたいだよ」


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