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繋がる絆  作者: 結城由良
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ルシウス(2)―チャンス

あと1話か2話ルシウス編が続きます。

『実験体4号 実戦投入実験報告書 記:パルジャン』


 光喜歴18年銅の月10日、かねてより計画のあった実戦投入実験を、モンフェス公国との国境での紛争にておこなった。逃亡防止と命令遵守のため、感情除去処置をおこなったが、著しい自律行動の欠如がみられた。摂食・排泄などの生命維持行動にも支障をきたすことから、施術の改良が必要である。


 また、感情除去魔法の持続時間は現在のところ5時間程度であり、その効果が完全に消滅する前に重ねがけが必要である。一般人への持続時間が10時間程度はあるのに対し5時間と効果の減衰が早いのは、実験体4号の魔術耐性のためと見られる。


 実戦で使用した魔法は、≪火弾≫、≪氷弾≫、≪風刃≫、≪雷槍≫、≪土流≫。5大要素の代表的な攻撃魔法を網羅することができた。光魔法、闇魔法、無属性魔法については今後の課題である。この5つの魔法の出力的については、実験室での計測の80%は確保できていることを確認した。幾分威力が落ちているのは、感情除去処置の副作用でないかと思われる。


 なお、帰還後の感情復活に伴う精神への影響は現時点では予測の範囲内である。実戦を繰り返すことにより、最終的には感情除去処置が必要なくなる可能性もある。経過を観察しつつ調整をおこないたい。


/*/


 パルジャンは、実験報告書を書く手を止めて、ふっと顔を上げた。敷地に張り巡らせた警戒網に何かが触れた。警戒と調査を命じようと、呼び鈴に手を伸ばす。


 爆音が響き、建物が揺れた。


/*/


 ソレ(・・)――実験体4号は、牢獄と言ってよいその部屋のベッドにあおむけに寝ていた。正確には、暴れたために、四肢をベッドに固定されていた。目は開いている。


 心に満ちているのは恐慌。


 戦場から部屋に戻され、感情が戻って来るに従い、記憶も蘇ってきた。まるで他人のしたことのように実感のない、だが紛れもなくソレ(・・)がおこなった非道。


 命じられるままに魔力を放ち、敵を――人間を虫けらのように吹き飛ばしていく。


 その力が恐ろしかった。感情を奪われることが恐ろしかった。そして、いつの日か行為に慣れ、感情を除去されなくても何も感じなくなる…その予感が、一番恐ろしかった。


 恐慌に暴れるソレ(・・)をパルジャンは淡々とベッドに縛り付け、落ち着いたら解除するようにと監視者に指示を出して、去って行った。首と四肢には感情回復前に、魔力を抑える枷が填めてあり、この部屋自体にも強力な魔力抑制の魔法がかけられている。


 2重3重の逃亡防止策に、幾度かの挑戦の末、逃亡はあきらめていた。


 そう、その時までは。


/*/


 爆音と震える建物に、外の通路がにわかに慌ただしくなった。状況を知りたいが、ベッドに縛り付けられた状態ではいかんともしようがない。じりじりと焦れているうちに、外の通路の気配がなくなり、そして、扉が開いた。


 扉から姿を現したのはパルジャンだった。


「いったい何が起こってるんですか?」


 問いかけに、動揺の特に見られない無感情な目を向けて、パルジャンはそれでも答えた。


「襲撃だ。敵の正体はまだわかってない」


 言いながら、ソレ(・・)の縛めを解く。四肢と首につけた魔力抑制のリングはそのままだ。立つよう促すと、裏口から脱出する、とパルジャンは言った。


 手を引かれるようにして、通路を急ぐ。遠くから聞こえてくる爆音は、徐々に減り、そのうち聞こえなくなった。


 裏口の扉を開ける。


 そこにはすでに敵の部隊が待ち構えていた。


/*/


「武器を捨て、手を上げていただこう」


 10数名の魔術師を背後に待機させた状態で、隊長格らしい男が声をかけた。


 パルジャンの手が実験体4号の首に添えられ、パチンと音を立てて、首の魔力抑制リングが解除される。


「おおっと、それ以上動いたら火だるまにしますぜ。こちらとしても無駄な流血は避けたい。手をあげていただけますね?」

「…つまり、抹殺が目的ではない、と」


 渋々手をあげながら、パルジャンが問う。


「もちろん、抵抗したりこちらの要求が飲んでいただけない場合は処理するように、とは言われてますがね。賢いパルジャンさまのことだ、そんなことにはならないと思ってますよ」


 男が獰猛に笑う。


「この状況では、私に選択肢はなさそうだが」

「ご理解いただけて幸いですな。俺の依頼主どのが、パルジャンどのにご相談があるとのことですので、ご同道いただきたい」

「用があるなら正面から申し込んでいただければいいものを」

「あちらさんの手の者がいる状況ではいやだ、とおっしゃるものでしてね」


 パルジャンと男の間の空気が緩む。


――パシン!


 その瞬間、何かがはじけて砕ける音が響き渡った。


/*/


 それは、ソレ(・・)にとっての最後のチャンスだった。


 男との話がまとまり、部屋に戻されてしまえば…いや、その前に首の魔力抑制リングが戻されてしまえば、逃亡の機会は永遠に失われてしまう。ソレ(・・)は慎重に時機を伺い、男たちの緊張が緩んだその瞬間、右足首の魔力抑制リングを破壊した。


 パルジャンが慌てて首の魔力抑制リングを戻そうとするのを、火属性の小爆発魔法でリングごと弾き飛ばす。次の瞬間、態勢を整え直して放たれた敵部隊の攻撃魔法を、地面を蹴って転がることでやり過ごす。


 転がって移動しながら、左足首の魔力抑制リングを破壊。解放された魔力を使い、高速の竜巻を招来する。


「≪風刃≫」


 態勢が整わなかった敵の数名が切り裂かれ、吹き飛ばされて行くのを目の端で見つつ起きあがり、走る。


 走りながら残りの左手首、右手首の魔力抑制リングを順に破壊して行く。


「追え!逃すな!捕えろ!」


 男のわめき声を背に、ソレ(・・)は森の中に飛び込んだ。

ちなみに、魔力抑制リングが抑えていたのは5大属性のそれぞれで、火(首)→木(右手首)→土(右足首)→風(左足首)→水(左手首)となってました。それぞれ相性の悪い属性で抑制魔法を構成するので、まず木属性で抑えていた右足首の抑制リングを解放された火属性で破壊したのでした。

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