青い空の下で
ルシウスの過去回想に行くべきか悩み中。
澄み渡った青い空を、綿のような雲が流れて行く。
アイラは晴れやかな天気とは裏腹な重苦しい気分で、流れて行く雲をぼうっと眺めていた。
タイサからは完治のお墨付きを得ており、気晴らしの外出を勧められてもいたが、気が進まずにベッドに身を起したままじっと窓から外を眺めている。
思考はぐるぐると同じところをめぐっている。
どうしよう。魔法が使えなくなったら、ここにはいられない。家にはもとより居場所がない。ここからお金が送られなくなったら、あの人はなんて私をなじるのだろうか。帰れない。帰りたくない。でも行く場所がない。
はらはらと、そばかすの浮いた白い肌の上を涙が流れ落ちる。
「あーいっらちゅああああん、あっそびっましょー」
そんな場面に場違いな能天気が乱入し――空気が、固まった。
涙が強制的に止まり、闖入者を見つめる。
闖入者――ルシウスは両手を大きく広げて、笑顔を貼りつかせたまま、固まっていた。
アイラの視線が、自分の胸元に落ちる。色気はないとはいえ、寝まき。
「きゃあああああ」
ルシウスの元からないその手の名誉が更に下がる悲鳴が、建物に響き渡った。
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建物――下宿用に借り上げられた民家の管理人のおばさんが駆け付け、ルシウスをひっ捕まえて追い出した。その間にアイラに着替えるよう促す。アイラは久々に外出着に着替えた。女性の部屋にいきなり入るとは何事かとおばさんにひとしきり絞られた後、着替えの終わったアイラのとりなしで、ルシウスは解放された。
「なまっちょろくて頼りなさげだけど、外出するのはいいことだよ。気晴らしに行っておいで」
おばさんも閉じこもってふさぎこんでいるアイラを心配していたらしい。頼りなさげと言われたルシウスはあははーと頭をかく。
「アイラちゃんになんかあったら容赦しないからね。ちゃんと守るんだよ」
「もちろんです」
しかし、ルシウスは気を悪くした様子もなくにこにこと答えた。むしろアイラの方がおばさんの威勢の良すぎる言い方にあわあわとしている。
「夕方までには帰しますので」
「気をつけて行っておいで」
「い、行ってきます」
押し切られる形で外出することになってしまったアイラは、目を白黒させたまま手を引かれて連れて行かれるのだった。
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「ど、どこまで行くんですか?」
手を引かれているのが恥ずかしいが、振り払うこともできず、微妙に引きぬこうとすると却って強く握られるので、途方に暮れる。そうこうしているうちに、街の外周を囲む壁が見えてきて、アイラは行く先を尋ねた。このまま行くと、街の外へ行く門へ出てしまう。
「ん、天気もいいし郊外へピクニック?」
確かに天気はいいけれど…はあ、と力なく答えるアイラに、ルシウスは手に持ったバスケットを掲げながらウインクしてみせた。
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小一時間も歩いただろうか。街から少し離れた小高い丘の上で、ルシウスはバスケットの中身をてきぱきと取りだす。敷き布に、昼食の包みに、飲み物の入った筒。
広げた敷き布の上に腰を下ろすと、包みを開けてその中身を取り出し、アイラに手渡した。
「さすがにもう冷めてるけど、うまいよ」
「ありがとうございます」
穀物の粉を平べったく焼いたシートで、たれをつけて焼いた肉と刻んだ青野菜を巻いた、パンジャというこの付近の郷土料理だ。広場の屋台でよく売っている。焼き立てが一番うまいが、冷めてもそれなりにいける。アイラも買ったことがある中央広場の屋台で買って、包んでもらったのだとルシウスは言った。
ぱくり、と一口食べてみたアイラは、久しぶりに自分がとてもお腹が空いていたことに気がついた。
「おい…しい」
ぱく、ぱく、ぱくぱくぱく。食べ盛りらしさを取り戻して齧りつくアイラを、ルシウスは目を細めて見ていた。
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食べ終わると飲み物の筒を渡され、それを飲み終わると、沈黙が落ちた。落ちたと言っても、ただルシウスがにこにこしてしゃべらないだけで、居心地の悪いものではない。いや、微妙に落ち着かなくはあるのだが、何をどう切り出していいものかわからない。
日差しは温かく、頬を撫でる風は優しい。
「あの…」
「ん?」
街の方を見るともなく眺めていたルシウスがアイラに視線を戻した。なんで、この人はこんなに嬉しそうに私を見るんだろう…なんか、こう、落ち着かない。
「その…どうして、わたしみたいなものに親切にしていただくのか、わからなくて」
からかわれてるのか、とも思う。田舎者の小娘、魔術師の塔にはあまりいない物珍しいおもちゃ。だが、返ってきた答えは予想外のものだった。
「んー恩返し?」
「はぁ?」
記憶を掘り返してみるが、思い当たる節がない。確かにアイラは、困ってる老人がいれば手を貸してあげる程度には親切な方ではあるが、こんなど派手な人物を助けたことはない。
「わたしには心当たりがありませんが」
「ああ、うん。そりゃそうだろうね。僕を助けてくれたのは、アイラのひいおばあちゃんだから」
アイラの目がさらに点になった。